降伏
矢の後ろについている
だが、シルヴィオの風魔術は矢を後ろから風で押すような形で作用するらしく、本来なら矢羽が与える回転を邪魔してしまう。回転しなかったり、後ろからの風で逆に回転したりする矢は、速度と威力こそ上がるものの、どちらに飛んでいくかわからない。しかも、先端の大きい
シルヴィオの弓を離れた矢は、射た瞬間に狙いが低すぎることが見てとれた。
短く断続的な爆音をたてながら、鏑矢は低い軌道で飛んでいき、すぐに地面へと接触する。
失敗か。
ところが、そのまま不格好に地面へ突き立つかと思われた矢は、水の石切りのように地面をかすめて跳ね、そのまま敵の馬車の方へ飛翔を続けた。すぐに矢は、もう一度地面に接触するが、こんども跳ね上がり草原を低く飛ぶ。
敵も味方も、全員が大きな音をたてながら飛ぶ鏑矢を見つめていた。
矢は、もう一度地面に触れると、今度は大きく跳ね上がって斜め上に軌道を変える。断続的な音は、地面に接触したことで速度を落としたせいか笛のような音になり、馬車を乗り越えて上空に舞い上がる。鏑矢は力なく上空へ上がると、そのまま笛の音を鳴らしながら輪形陣の内側へ落ちていった。
「シルヴィオ君、あれは狙ってやったのか」
首を横に振るシルヴィオを横目に、できるだけ平静を保ちながら敵へ向かって大声でよびかけた。
「いまのを見たか。その馬車が弓よけになると思っているかもしれないが、こちらには弓の
こんなはったりが通用するとは思えないが、そもそもこちらの方に圧倒的な数的優位がある。敵に戦いを避ける口実を与えたいのだ。
「そろそろ時間だ。どうするか返事が欲しい。黙っているなら、戦いを始めるしかない」
返事はない。イングがなにか減らず口を叩くかと思ったが、そういうこともなかった。
「シルヴィオ君、鏑矢の用意を――」
「私はこの輸送部隊を護衛する責任者だ。降伏の条件を教えてくれ」
突然、イングとは別の声が私のことばを遮った。
「武器と馬。馬車、荷駄をすべて放棄して置いていけば命を保障する。東に戻ることは許さないが、西に一日進めば君たちの本隊がいるはずだから、そちらと合流すればいい」
「ヘボ教官! そんな都合のいいことが信用できるか。俺たちが本隊に合流すれば、お前たちにとっても邪魔になるはずだ」
怒鳴っているのはイングだろう。部隊の中で、イングはどういう地位なのか。まあ、今はどうでもいい。
「お気遣い感謝するよ。だが、心配は無用だ。私たちは後方かく乱部隊なんだ。ナユーム族のエルムント王の本隊が、いずれギュッヒン侯の末っ子の部隊を蹴散らしてくれる。君たちを西に送るということに、少し心に痛むが、東に逃げても時間の問題だと思うよ」
しばらく、何かをいい争う声がしたが、それもすぐに終わった。
「降伏する。約束は絶対に守れよ」
さきほどの責任者の声だ。
「ああ、これでも軍人だ。誰かさんのように、王の地位を求めて裏切ったりしないよ。武器を捨て、西側から出てきてくれ。君たちの本隊まで少し距離があるから、水筒くらいは持ってきた方がいいかもしれない」
すぐに、ぞろぞろと円陣の西側から武器を持たない兵士たちがあらわれた。
約束通り武器は持っていない。不用意に接近することの危険性を考えると、身体検査をおこなったりはしないつもりだ。
すぐにイングも現れたが、その服装はただの一兵卒のものだった。あれだけの
「よし、それでは西に進んで欲しい。間違ってもこちらに戻ってこないでくれ。約束は守る」
兵士たちは全部で二十七人。トボトボと西へ向かって進んでいく。
イングがチラリとこちらを見たが、なにもいわなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます