勝ち目
西方の平原には、ところどころに小高い丘がある。チュナム集落もそのひとつだ。見晴らしの良い場所に陣取れば、周囲一帯を見渡すことができるので戦略的価値は高い。優れた指揮官なら、物見の兵士くらいは置いておくだろう。
「三人ともきいてほしい。ギュッヒン侯の末っ子が優れた指揮官なら、あの小高い岩場には見張りの兵士がいるはずだ。こちらからは見えなくとも、その敵がこちらをうかがっているかもしれないから注意してほしい」
三人のあいだに緊張がはしる。だが、私の体に震えは起きていないし、強張ってもいない。敵がいるとしても、我々を攻撃するつもりではないということだ。
「シルヴィオ君、ひとつ頼んでもいいかな。もう少し近づいたら、例の風魔術をのせた矢で、あの一番大きな岩を射てくれないか」
「かまいませんが、なぜですか。それに、風魔術の力を加えると矢がどこに飛んでいくのかわからないので、外れるかもしれませんよ」
当たらなくてもかまわないが、敵がいるなら威嚇にはなるだろう。あれだけの威力なのだから、
シルヴィオの考える必中射程は、たった二十歩くらいの距離のようで、この距離なら駆け寄って斬りつけた方がはやいのではないか、と思った瞬間に矢が放たれた。
大きな岩の中央から少し上に当たった矢は、驚くほど大きな音をたてて砕け散る。音の大きさだけでいうなら、攻城戦で使う大型の
「ここから先は、シルヴィオ君も馬に乗り換えてくれ。乗馬が得意ではないのは知っているが、
さきほどの遭遇戦で殺した斥候の馬に乗り換え、四人でそれほど高くない山に登りはじめる。草も生えない岩山は滑りやすく、乗馬の下手なシルヴィオがどんどん私たちから遅れてしまうが、頂上へ急ぐ。
赤茶けた斜面を抜け、眼下には枯草色の海が広がる。ところが、その海には真っすぐ東に進む騎手の姿があった。
さきほどまで、ここに見張りがいたのだ。こちらが四人で見張りは一人であったため、増援を呼びにいったのだろう。風魔術の矢などという無駄なことをしなければ、捕まえられたかもしれないが、今から追いかけても間にあわないことは明らかだ。
「すまない、敵兵が潜んでいる可能性を考えすぎて、見張りを逃がしてしまっ――」
「教官殿、あれを見てください。あれが敵の本隊じゃないですかね」
ジンベジが地平線を指さす。太陽の光をキラキラと反射するのは、槍だろうか。はじめは小さな点のように見えた茶色い塊が、パンに増殖するカビのように草原を汚しはじめた。
「ギリギリまでここで敵の数を見極める。ホエテテは馬とシルヴィオを連れて麓まで降りていてくれ。見張りが応援を呼んできたら、一目散に逃げだすからその用意を頼む。ジンベジは私とここにいてくれ」
ホエテテは黙って、三頭の馬の手綱を引いて山を降りていった。山の頂上には、私とジンベジだけだ。
「軍規に厳しい指揮官なら、行軍するときも中隊規模で移動する。槍兵の塊がいれば、それで一中隊だと思う。ジンベジは目がいいから、特に騎兵の数を数えてほしい。鎧を着ている騎兵の数と、我々のような軽騎兵がどれくらいいるかが一番知りたい情報なんだ」
ジンベジはうなずき、遥か彼方の敵部隊を見つめる。
一個中隊の定員は百八十名。一個大隊なら五百四十人だ。
西に進む茶色い塊は、縦列というにはバラバラであったが、いくつかの塊にわかれていることは見て取れた。ここから見ると、ジリジリと進む兵士は蟻のようだ。塊を六つまで数えたところで、その後ろからキラキラと馬上で輝く戦士達が見える。
「あれが敵の指揮官だな。重騎兵は何人くらいいそうだ」
「ざっと三十というところでしょうか。その左右にも軽騎兵がいますね。左右五十で、あわせて百。その後ろにも兵隊がいますよ、教官殿」
これほど離れているのに、ピリピリと痺れるような感覚が体を襲う。隊列を離れた騎兵達が、こちらへ向かっているのが見えた。
「逃げよう。必要な情報は手に入れた。一気に走るぞ」
転げるように山を駆け下り、私たちは馬のところまで戻る。シルヴィオは
二個大隊なら、槍兵が千名。重騎兵三十、斥候をのぞいた軽騎兵が百。最低でも軽騎兵はあと五十はいるはずだ。そのほかに補助部隊。
残念ながら、この戦いに勝ち目はない。
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