矢羽

 ユリアンカとジンベジを送り出し、すぐにフェイルの町から持ってきた品物を確認しにいく。

 五張りの弓は半弓で、騎射するには長すぎるが、そこそこ威力はありそうだ。三角錐の形をしたやじりは思ったより大ぶりで、羊たちに渡した投槍のように別の用途にも使えそうだった。布草は鬼角族の男の背丈よりも高く、乾燥させれば槍として使えそうだ。

 族長の天幕に戻り、ハーラントに弓を使えるものがいるかどうかをたずねるが、誰も弓は使えないとのことだった。弓は卑怯者の武器というのが鬼角族の考えで、忌避されているのが原因だ。羊の放牧に出るハーラントに、今晩から敵との戦い方についての意見交換をすることを頼んだ。

 ハーラントが出ていくと、自分の天幕に向かい、シルヴィオを呼んで、近くにある戦車チャリオットのうち一番状態が悪いものを一台分解していく。車輪と車軸はなにかに使えるかもしれないので置いておき、車体の底板の釘をはずして、ある程度の長さの板を確保する。もともと馬車だった車体は、かなり消耗しているので、ボロボロになった板のいくつかは焚きつけにするしかなかった。乗員を保護する車体の側面は、モフモフ羊の糞を粘土と混ぜたものを使っていたので、燃料にもできない。

「シルヴィオ君、この板で矢をつくるから手伝ってほしい。このなたで板を縦に割って、細い木の棒にしてもらいたいんだ。どうだできるか」

「こういう細かい作業は得意なんです、隊長。見ていてください」

 シルヴィオは板に鉈の刃を立て、そのまま地面に軽く打ちつける。鉈の刃が板に少しだけ入ると、今度は強く鉈を地面に打ちつけると、板がきれいに二つに分かれた。今度は半分になった板の真ん中に鉈の刃を立て、地面に打ちつける。刃が入ると今度は強く――。私より、よほど器用に細い棒を作り出していく。

「なかなか器用だな。なにか経験があるのか」

贈物ギフトがあるとわかるまで、樽屋で樽をつくっていましたから、こういうのは得意なんですよ」

 それなら任せてよさそうだ。シルヴィオには棒をつくることを頼んで、天幕の外に出た。

 ハーラントもユリアンカもいないので、ことばが通じる相手はいない。

 ホエテテの妻であるウーリンデが、少しだけ人間のことばを覚えつつあるようだが、意思疎通できるレベルではなかった。しばらく野営地をウロウロして、目的のものを見つけた。ある天幕の入り口のところに、鳥の羽の飾りがあったのだ。これで矢羽やばを用意できる。二十本くらいなら、あの羽で大丈夫だろう。矢ができれば、鳥を射ることでさらに矢羽を用意できる。野営地をまわって他に羽がないかを見てまわったが、それ以上は見当たらなかった。あとはハーラントに頼むことにしよう。


 食事が終わり、族長のテントで矢をつくりながらハーラントと二人で作戦の確認をする。バター茶が用意されたが、にかわで手がベトベトで湯呑を手にする気になれず、すっかり冷たくなっていた。

「この羊の膠はすごい粘着力だな。牛や豚のものより、格段にくっつく力が強い」

「そうだろう、そうだろう。キンネク族には、昔から腕の良い膠をつくる職人がいて、大市おおいちでは大羊の皮とともに、人気の品となっているのだ」

 上機嫌なハーラントは、バター茶を飲みながら私の手元を面白そうに眺めていた。

「その大市というのは、いったいなんなんだ。教えてくれるかな」

「年があけて二度目の満月の日に、我らの聖なる地で同胞が集まり、生きる上で必要なものを交換するのが大市だ」

 生活必需品を交換するいちのようなものか。

「少し気になったんだが、キンネク族にとって一年はいつ始まるんだ」

「春になれば新年だ。あと四月ほどか」

 私たちのいう四月が、一月ということになるのだろう。

「ところでローラン、その矢の後ろに羽をつけることには、なにか意味があるのか」

「これは矢羽といって、矢に回転を与えるんだ。矢を回転させると、真っすぐ飛ぶ。これがないと、どちらに飛んでいくかわからない」

 ハーラントには、いまひとつ理解できていないようだったが、どちらにしろ弓を使う気がないのだから問題ないだろう。

「さて、それじゃあ攻めてくる軍隊への作戦についてはなしをしようか」

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