準備
渋い表情になったハーラントは、少し怒ったような声で私にたずねた。
「同じ人間だから殺したくないのか。我らの仲間は殺したくせに」
たしかに、鬼角族との戦いで相手を殺さずに勝とうなどとは思ってもいなかった。
姿かたちが人間に似ているからといっても、ことばの通じない異民族との戦いは殲滅戦になりがちだ。
ハーラントとユリアンカが人のことばを使えるからこそ、鬼角族の文化や考え方の一端を知ることができたのだ。二人がいなければ、今でも私たちと鬼角族との関係は殺すか殺されるかのままだったかもしれない。
「もちろんそれもある。同じ人間であるだけではなく、敵は私の教え子や部下かもしれない。だから殺したくない」一呼吸おいて、話を続ける。「だが、それだけではない。どんなに有利な状況をつくっても、戦えば必ず人が死ぬ。君たちキンネク族は、すでに成人男子を百二十名ほど失っているのに、これ以上の戦死者がでれば部族として成り立たなくなるぞ」
「死人を出さないというが、戦わないでどうするんだ。逃げるのか」
実のところ、敵の勢力がわかっていないので、現状では私の計画が実現できるのかはわからない。困ったときには簡潔で率直に、だ。
「いまの段階ではわからない。騎兵が百以上いるなら、安全のためにできるだけ早く冬の野営地から離れるべきだろう。敵に騎兵が二百以上いるなら、戦わずに逃げることが正解だと思う。もし戦うなら、近隣のナユーム族へ助けを求める必要がある」
「ナユーム族のエルムントは、人間との混血と我を憎んでおるぞ。助けを求めても無駄ではないか」
弟であるミゼンラントが、反乱を起こした背景には、隣のナユーム族の族長であるエルムントの影響もあるというのがハーラントの考えだった。
「三千人が攻めてきても、そんなに悠長なことがいえるのかな。それとも人間の軍隊をなめているのか」
ハーラントはニヤリと笑った。
「ナユームの連中なら、三百は戦士を用意できる。エルムントの爺は好かんが、あいつらと戦う相手に同情するぞ」
鬼角族は恐るべき戦士だが、もし部隊に弓兵の補助部隊がいるのであれば、かなり痛い目にあうだろう。今は亡きハーラントの父であるルネラントも、弟のミゼンラントも、私たちと戦う時は、こちらの陣地から百歩ほど離れたところに騎兵を展開していたが、あの距離なら十分に弓兵の射程内だ。皮鎧しか着ない鬼角族はいい的だろう。
「だったら、戦わざるを得ない状況をつくればいい。ナユーム族が冬に使う野営地に、敵を誘導するんだ。人間の軍隊は、君たちの野営地など知らない」
私の提案が気に入ったのか、ハーラントは大声で笑いはじめた。
「お前は悪い奴だな、ローハン。人間らしい
まずは斥候だ。敵がどれくらいの規模なのか。騎兵はいるのか。弓兵はいるのか。
「まず一番重要なのは偵察だ。できるだけ速い馬と、目の良い戦士を二人、フェイルの町に送ってほしい。軍隊が西に進撃してくるようなことがあれば、急いで知らせる命令を頼む。ジンベジと、ユリアンカさんが戻ってくれば、二人に頼むことにする」
ハーラントはうなずいいて同意した。
「軍隊が進んでくれば、補給を断つための別動隊が必要だ。腕の立つ戦士を選んでくれ。その部隊の指揮は私が取る」
「なんだ、やはり戦うのではないか」
私は首を縦に振る。
「できるだけ戦わないとはいったが、まったく戦わないわけではないんだ」
「わかった、見張り二人でいいんだな。すぐに向かわせることにする」
生き残りの西方軍団との戦いが、いよいよはじまるのだ。
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