追跡

 ときどき馬の足跡を見失いそうになるが、なんとかユリアンカたちを追跡していく。

 足跡をみるに、野営地からある程度離れるまでは常足なみあし、そこからしばらく駈歩かけあしになって、速歩はやあしで移動しているようだ。

 あくまで推測だが、遅れは半刻ほど。

 こちらの進む速度が遅いため、差は開く一方だ。最悪なのは、ユリアンカたちが兄のハーラントと出会う場所へ日暮れまでに到着できず、暗闇では足跡が見えないから、到着まで一晩以上の差が生じることだろう。

 朝食を食べていないため、馬上で固いパンをかじり、ぬるい水で流し込んだ。皮の水筒に入った水には、なんともいえない臭いがあったが、体が水分を求める欲求の方が強かった。

「教官、あれを見てください」

 そういって、突然ジンベジが前方を指さす。足跡を追跡していた私は、地面ばかりを見つめていて前方の天幕群には気がついていなかった。

 おそらく、時刻は正午を少し過ぎたくらいだろう。思ったより早く到着したことに安堵する。

 大男のホエテテは疲れ切った表情で、ジンベジのことばにもあまり反応しなかった。

「このあたりにいる鬼角族は、ハーラントのところだけだろうから、あれが目的地だな。まず私が挨拶してくるから、君たちはゆっくりきてくれ」

 そういい残すと、天幕のほうに馬をすすめた。


 大きな天幕、小さな天幕、ざっとみただけでも八十はある。

 鬼角族は家畜の餌となる草を求め、決まった場所を一年かけて移動するという。

「ハーラント! ハーラントはいるか。ハーラント!」

 族長の名前なら、ことばが通じなくてもわかるだろう。

 何人か大太刀を手にテントからでてきたものもいるが、私が族長のハーラントの名前を叫んでいることに気がつき、攻撃するようなことはなかった。

「おお、これはかわったお客さんだな。ローハンよ、こっちだ、こっち」

 大きな天幕の一つから、ゆったりとした服を着たハーラントが出てくるのがみえた。

「ハーラントさん、お久しぶりです。今日は大事なお願いが――」

 ハーラントに続いて、ユリアンカも天幕の中から出てくるのが見える。

「お願いがあるので、おうかがいしました。供にあと二人連れてきていますので、間違いがないように頼みます」

 ハーラントが、私にはわからないことばで命令を下すと、数名の男がどこかへ走っていった。

「妹からきいた件の申し開きに来たのか。それとも謝罪か」

 ここから見える限りでは、ハーラントの表情に険悪なものはない。少しホッとして返事をする。

「別に謝罪することも、申し開きすることもありませんよ。ただ、経緯を説明せよというなら、詳しく説明します」

 笑顔をみせたハーラントは、顎をしゃくって天幕の中に戻っていった。

 馬を降りた私は、腰の大太刀を鞍に引っ掛けて丸腰となり、天幕の中に入っていった。


 ハーラントの天幕は、ユリアンカの使っていた天幕の十倍ほどの大きさがあり、柔らかそうな絨毯や、壁掛けの刺繍ししゅうが族長の権力を示していた。ハーラントは、ひときわ高級そうな絨毯の上に置かれた枕の上に体を横たえ、右肘で頭を支えるようにしてこちらを見ていた。

「ローハンも、適当なところに座ってくれ。お茶でも用意しよう」

 なにごとかを命じると、天幕の外で誰かが走る音がきこえた。

 ユリアンカは、兄の隣にある絨毯の上に膝を崩して座っていたが、その表情はどことなく不安そうだった。しばらくすると、ジンベジとホエテテが天幕に案内されてきたが、腰には大太刀を佩いたままだったので、馬の所に置いてくるよう命じるとヨタヨタと天幕を出ていった。

「おい、ハーラン。お前の部下はなんで生まれたばかりの子馬みたいな歩き方してるんだ」

 ハーラントに、チュナム守備隊の兵士には馬に乗れるものが少ないことや、あの二人は今回の旅がはじめての長距離移動であることなどを伝えると、面白そうに笑っていた。

 二人が戻ってくると、ハーラントは急に厳しい表情になった。

「よし、では顛末について話してもらおうか」

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