じゃじゃ馬

 左手は離さなかったので頭を打つことはなかったが、したたかに背中を地面に叩きつけられたユリアンカは息を詰まらせた。

 女性に問答無用で暴力をふるうことに抵抗がないわけではない。

 しかし、それは人間という種族において女性は男性より筋肉量が少なく、格闘では男性のほうが有利であるという前提があればこそだ。その爪で人間の首を簡単に飛ばすことができる野獣に対して、先手を取らない理由にはならない。

 そのまま背後にまわりこみ、ユリアンカの首に腕を回す。それまで、なにもせずに見ていた侍女達の顔色が変わった。

「大丈夫。大丈夫だから。殺したりしな――」

 次の瞬間、ユリアンカの右ひじが私の脇腹に突きたった。強烈な一撃だったが、私はさらに体を密着させて頸動脈を締めあげる。

 はじめは暴れていたユリアンカだったが、すぐに全身から力が抜け、ぐったりと崩れ落ちた。

 擬態の可能性もあるが、これ以上、頭への血流を止めてしまうと死んでしまう。

 首に回した腕をとき、ゆっくりとユリアンカを床に仰向けに横たえる。意識はないようだ。

 すばやくうつ伏せにして、両腕を持ってきた紐で縛る。ほどこうとすればするほど、強く締まる結び方だ。

 頭への血流が戻り、ユリアンカの意識が戻りはじめる。まわりをキョロキョロと見回し、自分がうつ伏せに寝かされ、後ろ手に縛られていることを把握するやいなや、敏捷な獣のように立ち上がった。

「爺、なにをしやがった。この縄ほどけよ」

 美しい顔は目が吊り上がり、まさに鬼の形相になっていた。

「ユリアンカ、君のやったことは軍法違反だ。私たちの法に違反しているというだけではない。キンネクでも他人の家に入り込み、物を盗むのは掟に違反してるんじゃないか」

「うるせーよ。強いものはなにをしてもいいんだよ!」

「だったら、私も君をどう扱ってもいいんだな。私は君より強い。だから、君を好きにする」

 返事は前蹴りだった。私の股間を狙ったいい蹴りだったが、ある程度予想していたので後ろに一歩さがってかわす。

 だが、やはり私はユリアンカを甘くみていたようだった。蹴りがかわされるのをわかっていたのか、そのまま反対の左足で、私の臍の上あたりを蹴りこんだ。中足ちゅうそくが胃袋を押しつぶし、痛みに思わず体をくの字に曲げると、今度は眼前にユリアンカの右足が迫る。

 かわすことも、受けることも不可能だった。せめてもと、少しだけ顔を右にずらして被害を減らそうとする。

 鎖骨のあたりを強い衝撃が襲うが、かまわずに左手でユリアンカの右足をつかみ、そのまま前に体を押しこむ。頭がユリアンカの腹部に触れた瞬間、体を起こして右足をユリアンカの左足に絡めて前に体を預けた。右足をつかまれ、左足を内掛けにされたユリアンカは、そのまま後ろに倒れこみ、受け身が取れない状態で背中を地面に叩きつけられた。

 ひるんだユリアンカの、腹の上あたりに腰をおろし、蹴られないように注意しながら強い口調でいさめる。

「まるで馬の蹴りだな。だが、これ以上暴れるなら私も手加減できない。女性を痛めつけるのは趣味ではないが、足にもかせをつけることもできるんだぞ」

 ユリアンカは顔を背けて、なにもいわなかった。

「リーザベル神に誓って、これ以上暴れないなら足枷はやめるが、どうする」

 顔を背けて無言のユリアンカに業を煮やし、大きな声で兵士をよんだ。

「誰か、誰か来てくれ。ツベヒに頼んで足枷を持ってくるように頼んで――」

「わかった、誓う。誓うよ。リーザベル様に暴れないって誓うから、足枷はやめて」

 私はうなずくと、ユリアンカの上から腰をどけた。蹴られた胃がムカムカして、喉の奥から酸っぱいものがこみあげてくる。鎖骨も痛いが、折れてはいないだろう。

「よし、明日にはここを出発して、君の兄のハーラントのところへ向かう。その前に、君には罰を受けてもらわなければならない。恥をかきたくなければ、侍女の三人にはここで待っていてもらうんだな」

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