予言

「なあ、ローハン。ちゃんと仕事したから、あの甘いのくれよー」

 私が馬の皮から切り出した革紐を、戦車チャリオットの馬具用に編んでいるとユリアンカが天幕に入ってきた。

 ターボル赴任前に、兵士の気慰みとして買った飴は大不評だった。誰も食べない飴はそのままになっていたが、女性なら甘いものを好むのではないかと思い、ユリアンカと三人の侍女にいくつか渡したところ甘味の虜になってしまったのだ。

「おい、あの甘いのくれよ。ケチケチすんなよー」

 猫なで声で飴をねだるユリアンカには族長の妹という権威も何もなく、体だけ大きいただの少女のようになっていた。あまりにも飴を欲しがるので、鬼角族に砂糖は麻薬的な働きがあるのかとも思ったが、侍女達には影響がないようだった。

「おい、あの甘々くれよ。約束だろ」

 機嫌が悪くなってきたので、残り少ない飴を壺から取り出してユリアンカに手渡そうとすると、私の手から飴を奪い取りそのまま口に放り込んだ。

「んー、甘くておいしいー」

 嬉しそうに飴を食べるユリアンカを見ていると、甘いものをいくらでも食べさせてやるといえば、結婚すら受け入れそうに思えた。しかし、そんな方法でユリアンカを私のものにしても、また誰かに奪われるのではないかと毎日心配し続けなければならないだろう。

「兵士たちの腕前はどうだ、君たちの騎兵と戦って役に立ちそうかな」

 緩んだ顔のユリアンカは、飴を頬張りながらいった。

「馬に乗らないで、あたしたちと戦うのは無理じゃないかな。まあ、馬を恐れる気持ちは薄まってきたようだけど、突進する馬をみたら絶対にビビって逃げ出すよ」

 数百の槍兵でつくった槍衾やりぶすまなら騎兵の突撃を防ぐことができるだろうが、三十名程度の槍衾ではものの役に立たないだろう。

「私はハーラントの友人だ。私は遠からぬうちに、君たちキンネクを隣のナユームが攻撃する可能性が高いと考えている。その時、我々は君の兄を助けて騎兵達と戦わなければならない。今のうちに対騎兵の戦い方を考えておかないと、マズいことになるぞ。徒歩かちの兵士が騎兵と戦う方法を、なにか方法を思いつかないか」

 しばらく考えていたユリアンカは、ニヤリとして右手を出した。

「甘いのくれたら教えてやるよ」

 しかたなく、もう一つ飴を渡してやると、飴はそのまま口の中に消えていった。

「そうだなー、騎兵を攻撃するのは今の兵隊の腕前では難しいと思うよ。勝つためには、騎兵を攻撃するんじゃなくて、馬を攻撃してやればいい。馬から降りた相手と戦うなら、槍の長さをいかせばいいし」

 壕の中や、体を隠す茂みでもあれば、馬の足を斬るような長物を使うこともできるが、この遮るものがない平原ではあまり意味がないだろう。それでも、返却しなかった鬼角族の大太刀を使った長刀のような武器をつくってもよいかもしれない。

「それより、エルムントのクソ爺が兄貴を襲うって本当なの。なんで爺にそんなことわかるんだよ。予言者かよ」

「ジジイじゃなくて、ローハンだろ」反省をうながすが、ユリアンカは黙っていた。しかたないので話を続ける。「君たちキンネクは、優秀な兵士を百二十名以上失った。ナユームの族長エルムントが、ハーラントやユリアンカのような人間との混血を嫌っているという話が本当なら、この機会に君たちキンネクを襲って傘下に加えようと考えても不思議ではないと思う。この考えに、なにか納得できない点はあるかな」

「たしかに、エルムントの爺ならやりそうなことだ。でも、なんであんたたちは兄貴の味方をするんだよ」

「君の兄ハーラントは、相撲で負けたから私の子分になったようなものだ」怒るかと思ったが、とくに反応はなかった。「そのハーラントが死んだりすると、せっかくできた人間とキンネクの同盟も台無しになってしまうし、またこの集落も戦争に巻き込まれるだろう。君たちを守ることが、私たちを守ることにもなるんだ」

「ローハンは、本当に小ズルいことばかり考えるな」

 感心してもらったのか、それとも軽蔑されたのかはわからないが、ユリアンカは私の考えに納得したようだった。私はいつのまにか、戦いがおきることを待ち望んでいた。

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