戦闘訓練

 素直に従うヤビツの右手に、輪っかのようになった手甲鉤てっこうかぎの下部を通し、皮の固定帯で締め付ける。

「これで大丈夫なはずだ。剣を腕に固定することも考えたが、おそらく相手に当たった時の衝撃に耐えられないだろう。少し右腕で攻撃する動きを試してもらいたい」

 皮の固定帯は、手甲鉤を黒鼻族のひずめにしっかり固定できているようで、左右に腕を振るたびに鋭い風切り音がきこえた。

「よし、じゃあこの盾に手甲鉤をうちこんでみてくれ」

 収納箱に立てかけてあった、人間の肩幅ほどの丸い盾を左手にしっかりと持ち、ヤビツに声をかける。

 モフモフ羊が放つ手甲鉤の一撃は、私の持つ盾の表面に張られた薄い鉄板の上を滑ったが、その腕力により私は数歩右に体勢を崩した。

「なかなかの威力だが、槍や剣などと比べると届く距離が短いのが難点だな。この盾も試してほしい」

 丸い盾の裏には、腕を通す金具と手を固定する皮の帯があった。ヤビツの左手に盾を通し、固定具で手の先端を固定した。これで盾は大丈夫なはずだ。私も練習用の木剣と盾を手に、ヤビツとともに表に出る。

「そちらの手甲鉤が当たると大怪我するから、この盾を狙って攻撃してほしい。こちらも木剣で盾を叩く。わかったかな」

 ヤビツがうなずいたので、訓練をはじめることにした。

 衝撃に耐えられるように、盾を持つ左手首をしっかりと胸の上に押し付ける。

 ゆっくりと右に回りながら、木剣を開いた形にかまえて、羊が攻撃してくるのを待つ。

 ヤビツが右足を一歩前に踏み出し、手甲鉤を盾に力いっぱいぶつけてこようとした瞬間、木剣を手首の返しだけで相手の盾に当てる。

 攻撃しようとしてたモフモフは、私の予想より素早い攻撃に驚き、手甲鉤を構えなおそうとするがそれを許さない。今度は力いっぱい羊の盾を殴打する。足腰の強いはずのヤビツの上体が、グラリと揺れた。

 そこへさらに、木剣の連打を加える。

 攻撃しようとすれば出鼻をくじき、守ろうとすれば木剣を力いっぱい叩きつける。

 もうそろそろいいだろう。

 わざと攻撃の手を緩め、手甲鉤の全力の一撃を盾で受け止める。

 怪力から生まれた打撃を受け流すために、自分から体を右へ飛ばして、右手を軸にぐるりと一回転する。

 バッチリ決まった。

 見物人がいると、やんやの歓声がおこる回転受けだ。

「よし、やめ」

 私はヤビツに声をかけるが、興奮したモコモコは、口から長い舌とヨダレをたらしながら手甲鉤で再び鋭い一撃を加えてきた。

 かろうじて盾で受け止めるが、その衝撃で、自分の左手で左胸を殴ってしまう。

 痛い。

 華麗に回転したことで、盾を持つ手が胸から離れていたのだ。

「まて、ヤビツ! 終わりだ、訓練は終わりだ!」

 叫んでみるが、羊には通じない。恐ろしい力での連撃に、今度は私が態勢を崩すことになる。

「やめ、やめだ。ヤビツやめろ!」

 私のことばはとどかない。

 これはもう、どうしようもない。多少は痛い目にあってもらわないと意識を取り戻さないだろう。

 さすがに疲れてきたのか、攻撃の速度が少し緩んできたのをみて、大きく後ろに飛びずさった。

 再び攻撃をしかけようと前進するヤビツの右腕を、木剣で力いっぱい叩く。

 普通の人間なら骨折するくらいの力だが、黒鼻族の腕や足はこれくらいではビクともしないはずだ。

「メ!」と一声鳴くと、ヤビツの目に正気が戻る。

「おいおい、私を殺すつもりか」今度は大丈夫なようだ。「訓練は終わりだ。はじめはこちらが圧倒していたが、最後の連撃はなかなかなものだったぞ。私が戦い方を教えると、もっと腕前はあがるはずだ」

「しゅみましぇん」

 しょぼんとした羊は可愛らしいが、さきほどまでの狂乱状態は心にとどめておかなければならないだろう。もともと温和な種族なので、戦いというものに慣れていないだけかもしれないが、命令を受け付けなくなるのはこまる。

 ヤビツとともに天幕に戻り、水をすすめてから話をつづけた。

「私は、チュナムの皆に、自分の身は自分で守れるようになってもらいたいと思っている。その手甲鉤もそのひとつだ。だが、私たちはチュナム集落と鬼角族が戦うことを望んでいない。一度戦いがはじまれば、殺し合いが永遠に続く。だからこそ、私は麓にいる鬼角族のハーラントに族長になってもらいたい。あの男には貸しがあるから、ハーラントが族長であるあいだは、君たちチュナムを襲わないと約束させよう」

 ヤビツは私の顔を見つめながらいう。

「隊長は、私ぃ達になにをしゃせたいのでしゅか」

 にっこり笑いながら、私はヤビツにはっきりとした声でいった。

「君たちにも、あのハーラントとともに戦ってもらいたい」

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