たゆたうたけのこ

七歩

たゆたうたけのこ

袋の中、いまにも手放してしまいそうな意識を必死で繋ぐ。

ちゃぷちゃぷと揺られるほど、満たされた水に過去が溶けていく気がした。

どんどん薄まっていくみたいだ。

俺はたけのこ、だよな?


山での暮らしはほとんど覚えていない。

気がつくと俺は袋に詰められ、同じような身の上のものたちと暗い箱の中。

遠い国へ運ばれるのだと誰かが言っていたけれど、

国ってなんだ。遠くってなんだ。

俺はたけのこ。俺、は、だれ、たけのこ。

俺はたけのこ、だよな?

俺はいつまで自分を保てるだろう。


どれだけ経ったろう。

箱からだされた俺たちは、広い世界に放り出された。

俺の隣には俺と同じようにちゃぷちゃぷ水につけられた、けれどたけのこではない何者かが並ぶ。そして嘆く。

僕ゴボウ、だよね?

その隣からもすすり泣く声。

私サトイモ、よね?

自分が誰であるかすっかりわからなくなっているものもいた。

今までで一番明るいはずのこの場所には、どこよりも闇が満ちていた。

俺は、俺はたけのこ。たけのこ、だよな?


そうだお前はたけのこだ。

声の方を見上げるとそこには。それは。

「お前も僕もたけのこだ」

茶色い皮に包まれたその姿を目にした途端、俺は思い出していた。

それはかつての俺の姿。切り刻まれる前の、水に浸かる前の本来の姿。

俺は、俺はたけのこだ。そう、俺は、たけのこであったもの。

今の俺は、たけのこなのか?


思考は揺れる。

揺れながら水に溶け、やがて悩んでいるのかどうさえ疑わしくなる。

俺は、たけのこ?

「面倒だからこっちでいいわね便利だし」

むんずと掴まれた俺の視界が次の瞬間ぐるりと回る。

どうやらここは檻の中。カゴと呼ばれるその場所では見知らぬやつらが肩を寄せ合いひしめき合っていた。

そんなことはどうでもよかった。

面倒だから。その言葉に、食べ物としてのアイデンティティーが揺らぐ。

俺はたけのこ。たけのこのはずだ。たけのこは食べ物のはずなのに俺は、便利だという理由で選ばれた。

「いいなあ」

茶色いのがため息をつく。明日には処分される運命なのだと彼は言った。

いやそんなことはどうでもいい。

俺はたけのこ、食べ物だよな?

俺はその日、まるで道具のように買われた。


確かカゴの中にもそいつらはいたように思う。

けれど食べ物としての自我を揺るがされた直後の、あそこでの記憶はあまり残っちゃいない。

「それじゃいくね」

切り刻まれた牛肉が中華鍋へと向かう。

「私も」

同じくピーマンも。

二人は自分が何者であるかしっかりとわかっているように見えた。

おいしそうねと買われたことが誇りだとそう言っていた。

俺はたけのこ、だよな? 

俺は食べ物、だよな?

「君はたけのこだよ」

牛肉が言う。

「あなたはたけのこよ」

ピーマンも言う。

二人には俺がたけのこであって欲しい理由がある。

二人には夢がある。夢を叶えるため俺を手招く。

「おいでたけのこ」

「ね、たけのこ。一緒になりましょう」

俺はたけのこ。

俺はたけのこ。

便利だと道具のように買われた。記憶だってほとんどない。

けれど俺を、たけのことしての俺を必要としてくれるやつらがいる。

俺がたけのこであるというだけで、それだけで、夢を叶えられるものたちがいる。

「たけのこ」

呼んでくれるなら俺は信じよう。

俺はたけのこ。俺はたけのこだ。


中華鍋の中で踊る運命。交わる未来。

青椒肉絲という新しい名前に俺は安堵していた。

俺は青椒肉絲。俺は青椒肉絲だ。

牛肉とピーマン、二人の夢を叶えて俺らはひとつになった。

わかり合える仲間とここで食べられるのを待てばいい。食材として、たけのことして、多分これ以上の幸せはない。

けれど、と青椒肉絲は思う。

たけのことして揺蕩ったあの日々が懐かしい。

俺も変わっちまったな。

青椒肉絲は白いご飯にのせられた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たゆたうたけのこ 七歩 @naholograph

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る