アクティブスーツ

桜松カエデ

第1話 アクティブスーツ

「それでは誰かこれが分かる人いるか?」

 そう言ったのは歴史の教師だ。中年のどこにでもいる普通の教師であり、もうすぐ学校を離れるとか。

 ホームルーム中に小テストをするのは少し反則では無いだろうか。

 昨日と同じように電子黒板に文字を並べて質問を生徒に問う。

 一番後ろの席にいる俺は、机の上に置いた端末に目を落としてしばらく考えた。黒板と同じ文言が書いてあり、ここに書き込むと、教師の端末へと自動的に転送されるのだ。

 とは言っても質問形式だと書き込むのが面倒な奴もいる。

 俺は目を横に流して外の景色を見つめた。

 乱立するビルに、うるさい車音がここまで聞こえてくる。

 視線をさらに上げると、街の向こう側には巨大な壁がそびえ立っていた。それはこの地上の人間領域を囲んでおり、外と遮断している。

 白いパネルで僅かに光を反射しているそれを見ると、まるで天国への扉のようにも思えてくる。

 まあ俺には関係ないか。

 そう思っていると、不意に声をかけられた。

「それじゃあ、青葉カイト。初めの厄災について答えて見ろ」

 どうやら誰も端末に書き込まなかったらしい。先生が無理やり指名してきた。

 俺は席を立ちあがると、目を机の上に落とす。

 日本史の授業は嫌いでは無い。

「初めの厄災は数百年前。ガルマスが地球にやってきて結晶化現象がおき、人類は滅亡の危機に陥りました。政府が介護用として発明していたアクティブスーツを軍用転換したことで、なんとか壁の外にガルマスを押しのけ……」

「はい、そこまで」

 半ば無理やり回答を打ち切られた俺は釈然としない気持ちで椅子に座った。

 宇宙から飛来したガルマス。彼らに傷つけられた人たちは体外に紫の結晶を出現させ、やがては全身を被われる。

 軍用転換したアクティブスーツの活躍こそあれど、人間の数は世界的に減少し地上の八割はガルマスに占領されている。そして国土が狭くなった人間は、効率的に人を生産消費しなければならなくなったのである。

「どうせならここまで言いたかった」

 小さく呟き再び視線を前に移した。

 暫くしてチャイムが鳴ると、どこからともなく教室が騒ぎ出す。

「ねえ知ってる? 今日って転校生くるらしいよ」

「聞いた聞いた。女子でしょ、楽しみ~」

 そんな噂が一瞬にして教室を駆け巡り、クラスメイトの脳内を支配していく。やはりこういう事は誰でも気になるのだ。もちろん俺も。

 担任兼歴史の教師が教室に戻って、教室でざわついていた生徒がゆるゆると席に戻り始める。

「もう皆は知っていると思うが……今日は転校生を迎え入れる。では教室に入ってくれ」

 教室のドアが開きそこからゆっくりと名も知らぬ少女が入ってくる。

 クラスメイトはまるでアイドルでも見る様な好奇心旺盛の眼差しを向け、この時ばかりは物音一つしなかった。

 ゆっくりと入室してきた彼女は銀色の髪をなびかせ、優雅に教壇に立つ。

 それから皆の方に体を向けると、ざわっと室内の……主に男子がざわつく。

 俺も思わずハッと息をのむと同時に、記憶の片隅に引っかかるのを覚えた。

「梓乃ツクヨですよろしくお願いします」

 ツクヨと名乗った少女は透き通るような肌で、大きくぱっちりとした目が印象的だった。よく通る声で、後ろの席にいる俺にまではっきりと聞える。

 教室の男子衆がさらに騒ぎ立てることは間違いない。そう思ったが、予想ははずれた。

 反響した声音はとても活気があるものとは思えなかったのである。表面だけは普通でも、その下に沈む何かが押さえつけている。

 その違和感に教室の誰もが気が付き、別の意味でどよめき始める。

「はい、静かに。それではツクヨさんはそこの咳が空いているか座ってください」

 先生が指さした先はクラスの真ん中の席だ。

 ツクヨは表情を動かさずに頷くと歩き出して着席した。

 俺はその背中に近親感を見出していたが、どうも思い出せない。これほどいい意味でも悪い意味でも印象的な相手なら忘れるはずもないのだが。

 そんな違和感を抱きながらもチャイムが鳴り、ホームルームは彼女の紹介だけで終わった。


 放課後になっても彼女の周りから人が消えることはない。

 どうやら自己紹介の時に抱いた違和感は俺だけの物だったようで、クラスメイトに聞いたところ『綺麗な声にどよめいた』とのことだ。

 美少女と形容しても申し分ない顔立ちと、抱きしめたら折れそうなほど華奢な体が学校中に広まり、休み時間にはクラス外から見に来る人もいた。

「お前は行かねえのかよ」

 席に座って何となくその光景を眺めていた俺の元にやってきたのは、隣の席の山田だ。

 こいつそう言えばさっき、ツクヨの前に立って告白してたな。

「俺はいいよ。てか告白は上手くいったのか?」

「さあ。まだ返事貰ってねえからな」

 てかスルーされてたじゃねえか。ちゃんと見てたからな。

 内心でツッコみを入れている間にも、放課後なのに彼女の周りには人が集まってくる。

 休み時間も昼休みも他の人には話しかけず、一人なのにまあ何ともうらやましい限りだ。

 俺は席を立つと、バッグを肩にかけた。

「帰るのか? もう少しツクヨちゃんと話してようぜ」

「バカ言え、もうすぐ中間テストだろうが。あまりいい加減だとナンバーズになるぞ」

「ならねえよ。あいつらは何の適性も無い奴らだからな」

 小ばかにしたように笑う山田につられて俺も思わず吹き出してしまった。

 ナンバーズ。聞こえはいいかもしれないがこの人間生産社会においては底辺に位置する存在だ。

 全ての子供はある年齢まで同等の教育を受ける。そして一定基準の学力、または何らかの能力を有していないと認められれば名前では無く数字で呼ばれるのだ。彼らはそこから施設に預けられ、壁の外に追放、もしくは奴隷となって壁の中にいる住人に着き従うのである。

 ガルマスに地上を占領され、高度な科学を有していても養える人口には限りがある。政府が取ったこの策は、人類が生きていくうえで必要な事なのである。

「俺は上にいくぞカイト」

「だったら勉強しろ。まあセブンナイツにはなれないかもな」

「おいおい、ガルマスと戦うなんて俺にはできないぜ。結晶化されたらそこで一生固まるなんて想像するだけでも嫌だからな」

 そう言いながら、山田は視線を上に向けて目を細めた。

 俺もつられて見上げると、そこには天空へと伸びる人類の空間がある。

 一本の太い支柱を中心にして、三層の楕円形型居住区があるのだ。一番上には昔には無かった王族が住みつき、その下には企業の経営者や金持ちが広い豪邸で寝転がっている。

 そして地上と一階層には一般人が居を構えているのである。

「下手すると、地上の警備兵かもな」

「冗談言うなよ~それ一番の外れくじじゃないか」

 アクティブスーツを用いてガルマスと戦い、災害時や緊急時に出動するのがセブンナイツ。ならば、地上の白い壁の外を守護しているのが一般兵だ。

 一般兵はいわゆるガルマスの監視役だ。荒廃した元人類領域を見渡し、敵が来ないか常に監視しているのである。だが、彼らは最新のアクティブスーツを所有していない。配られているのは第一世代のスーツだ。用とは衝撃緩和のみである。

「まあ戦闘的性が無かったら、別に配属されることないだろ」

「それは、男として少し悲しいかも」

 カラカラと笑いながら山田は手を上げて教室を去って行った。

「さてと」

 俺も席を立ちあがり、取りあえずまじかに控えているテスト勉強の事を考えることにした。


 翌日は、大騒ぎとなっていた。

 今朝がた遠方で起った爆発音のせいじゃない。壁の外はガルマスがうようよしていて、警備兵が常に戦っている。その為、昼夜の爆発音にはもう慣れてしまった。

 だから、原因は他にある。

「ツクヨちゃん大丈夫?」

「その怪我ただ事じゃないよ」

「病院行った?」

 そう、クラスメイトがざわつくのも無理ない。アイドルのように目立っていたツクヨが大きな包帯をぐるっと巻いてきたのである。右目を被い、顔の半分が隠れてしまっている。

「大丈夫。問題ないわ。少し転んだの」

 クールにそう言うが、見ている方は痛々しい。

もちろん、山田も眉根を寄せて人だかりの中でおしくらまんじゅうしているのだから、遠目から見ていて滑稽だ。

ツクヨの事は心配しているが、それよりも俺は昨日のニュースが気になっていた。

「レジスタンスか」

 手元にあるタブレットで話題の一ページを開くと、そこには長身でやせ形のイケメンが映し出されている。

 『追放者』と名乗る彼らは、白い壁の外に放り出されるナンバーズを束ねているレジスタンスだ。そしてこいつがリーダーである。

 ナンバーズのくせにスーツ何かきてやがる。人類存続のために不必要だと言うことが気が付かないのか。

 俺は窓の外、壁の向こう、荒れ果てた元人類領域を見つめた。

「かなり遠いな」

「なーに黄昏てんだよ。お前、壁の外にゃガルマスがうじゃうじゃいるんだぜ。結晶化されたら何されるか分かったもんじゃねえぞ」

 いつの間にかツクヨの元を離れていた山田が背中に腕を回してきた。

「そうだな。俺もごめんだ。出来れば二階層には行きたいと思ってる」

「おいおい、起業でもする気かよ」

 とあきれ気味に言われて俺も肩をすくめてしまった。

 んなことするはずがない。地上でも十分に暮らしていけるのに、わざわざ上を目指すのもつかれる。もちろん安全は格段に違ってくるが。

「それよりも何の記事見てたんだ?」

「これだよ」

 俺は手元に映し出されているニュースを山田に見せた。

「レジスタンスか。こいつらまだいたのかよ。いい加減ガルマスに殺されてるかと思ったぜ。幼少期のテストで一定の点数も取れずに、かといって何かの適性も見いだされなかったんだから、壁の外でガルマスと共にくたばれば……」

 馬鹿にしたように言う山田だが、そこで口を閉じた。

 俺も思わず周りを見渡して額に皺を作ってしまう。

「やべ」

 ナンバーズは確かに外へ追放される。人類に何御利益ももたらさないと判子を押された人々。しかし、だからと言って死んでいいなんて言葉を発することはご法度だ。

 いやそれもまあ、表面上は、と言うことではある。ネットじゃあ山田と同じ意見の人間は少なくない。

 すると、俺は妙な視線を感じて、その方向へ目を向けた。

 ツクヨがじっと睨むようにこっちを見つめていたのである。

「おい山田、ツクヨさんこっち睨んでるぞ。取りあえず謝っておけ」

 世の中にはこいつと言は真逆の考え方をする人間もいるのだ。俺のような関心が無い輩は笑うだけで済まされるのだが。

 おずおずと山田はツクヨに近づき、ぼそぼそと謝罪していた。まったく、それなら外にいるナンバーズにすればいいのに。

 そう思っているとチャイムが鳴り朝のホームルームが始まる。

 来るテストの日にちと、その後に催される体育のプチ大会について担任が口を開く。

 まあテストはともかく、プチ大会はその名の通り体育の小さな大会だ。各クラスで別々の時間に入っている体育を、半年に一度合同にすることで競い合っているのである。今回の種目はバスケットボールだ。

「お前がいれば優勝間違いないな」

 山田がボソッと話しかけてくる。

「そう簡単じゃないと思うけどな」

 運動神経が良いのは自他ともに認めるが、プチ大会の前にやらないといけない事がある。

 順風満帆な学生生活を送るためにはテストの通過がまず第一だ。親も金持ちではないため、私立に行くなら良い所がいい。

 でも正直プチ大会はかなり盛り上がるから楽しみでもあるから、練習したい本心もある。

 板挟み状態の俺はうーんと頭をひねってみるが、やはりどう考えてもまずはテスト対策だろう。

 しかし。

「今回のプチ大会は体育の点数に加算されるから、頑張れよ」

 普通は内申点に加算されるはずのないプチ大会だが、今回ばかりは違うようだ。

 まあ理由はどうあれ、そう言われては本気を出すしかあるまい。

 ついに俺の中の天秤はプチ大会へと傾いてしまった。

「今度場所下見いこうぜ」

「おお、それいいな! 確か会場ってもう決まってるぞ。近くに学生デモ借りれるバスケコートあるらしい」

 山田が有益な情報を持ってきてくれた。

 俺が早速次の休日から練習開始をしようと提案した時だ。

 ごほん、とわざとらしい咳ばらいが聞こえてきた。

「お前たち、それも結構だがテスト勉強も忘れるなよ」

 くすくすと笑い声が聞こえてくる。

 どうやら会話は静かな教室の中では筒抜けだったようだ。



 空を飛んでいくのは最新型のアクティブスーツだ。第四世代型。

 この資源の少なくなった人類領域では、現在セブンナイツが持っている七機のアクティブスーツが最新型だ。作るには技術も素材も必要だが、着用する人間も必要になってくる。

 戦闘的性が高いと示されればいつか身に着ける日が来るかもしれない。

「何ぼけっとしてんだよ」

 空を駆けて行った二機のアクティブスーツから目を離すと、山田とクラスメイトの男子数人がいた。

 肩にはスポーツバッグを担ぎ、出発の用意はすでにできているようだ。

「ああごめん」

 電車が滑り込んできて俺達は目的の第一階層へと向かう。

 地上から上へと昇る手段は二つ。

 中央の柱からエレベーターを使うか、もしくは螺旋状の路線を走る電車を使うかのどちらかである。

 以前は飛行機もあったが、その滑走路は今や農業用に変わっている。

 不便極まりない。それもこれもあのガルマスが地球に来たからだ。

 そう思いながら窓の外を眺めていると、電車は第一階層の駅に着く。

 びゅおっと吹き抜ける風が、地上から離れたことを改めさせる。吹き飛ばされないようにしないといけない。

 俺達は駅を出てそれから地上と同じように乱立するビルを見上げた。

 ここに来るのは初めてではないが、それでも地上ではないことに感心してしまう。

「よく作ったよな」

「そうでもしないと地上はガルマスでいっぱいだからな」

 口々に呟きながら、俺達はバスへと乗り移った。

 学校の近くで徒歩圏内ならば有難いのだが、そうもいかないらしい。

 交通量の多い大通りを進み、窓から目的地が見えてくる。随分と大きな会場らしい。

「やる気出て……」

 きた。と言いかけた所でなんとバスの前方で大爆発が起こったのである。

 地面から勢いよく炎と噴煙が吹き出し、コンクリートの破片が宙へと吹き飛んだ。

 同時に運転手がハンドルをきり、バスは横に滑る。

 俺の視界が九十度反転したかと思うと、すぐさま衝撃が体を駆け抜ける。

 乗客の悲鳴が耳に否応なく入り、俺は近くにあった鉄棒を握りしめた。

 数メートルほど車体を滑らせたバスはやがて泊り、俺達は社内でもみくちゃにされていた。幸いにも俺は入り口付近だったため、全身に力を入れてはい上がると外に出た。

「おい、こっちだ」

 中に残っているクラスメイトに声をかけると、気絶していない奴らがゆっくりと目蓋を開き俺を見た。

「はやく」

「お、おう」

 差し出した手を掴み俺は強打した体に力を入れると、山田を引きずり上げる。

「よし。それじゃあ続いて……」

「カイト、危ねえ!」

 なんと突然山田が俺に飛びかかってくると、バスの上から一緒に飛び降りた。

 瞬間。

 後方から来ていたダンプカーが横転したバスを突き飛ばしたのである。

 金属音が響き、火花がいくつも散る。衝突した場所はひしゃげてしまい、飛ばされたバスが歩道へと乗り上げた。

「くそっ。一体どうなってるんだ!」

 俺は叫ぶと、バスの方へと目を走らせ、まだ息をしていた友達を救おうと立ち上がった。

 だが。

 ガツンと頭に衝撃が走り、思わず意識が途切れそうになったが、なんとか踏ん張り後ろを振り返った。

 そこには何とツクヨが銃を持って立っていたのである。さらにその後ろには黒い服を着た輩が数人、ダンプカーに走り寄っていた。

「あんた一体」

「ごめん」

 いつもの口調でツクヨがそう言うと、もう一発俺の顎に一撃を叩きこんできやがった。

ついに俺は膝をつくと朦朧とする意識にしがみ付く。

「ツクヨ。こいつか?」

「間違いないわ。やっと見つけた」

 目だけを動かしてツクヨの話し相手を視界に納めると、なんとか俺は乾いた口を動かした。

「レ、レジ……ス、タンス」

 全ての気力をその一言で使い切った俺はついに意識を止めに持って行かれてしまった。




 遠い約束を果たさなければいけない気がする。

 かなり昔に交わした約束。たった一言だが強烈に脳内に焼き付いていたはずの記憶。

 だけど思い出せない。

どこにでもある、誰でもできることを約束したはずなのに。



 全身の痛みから解放されることなく俺はハッと目を覚ました。

 目に飛び込んできた知らない天井と、かび臭い室内にはオレンジ色のランプが揺れている。こんなもの教科書でしか見たことない。

 違和感を覚えながら上体を起こした途端。

「起きたのね!」

 勢いよく抱き着いてきたのは見覚えある少女、というかツクヨだった。

 甘い臭いが鼻につき、さらりとした神が頬をくすぐる。そして柔らかい物が二つ、俺の胸に当たっていた。

 僅かに思考停止していた俺だが、それでも何とか脳を動かす。

「つ、ツクヨさん?」

 教室にいる時とかなり雰囲気が違う。それに色々と聞きたいこともあるのだが。

「カイト、あんた探したんだから! まったく、私がどれだけ待ってたと思ってたのよ」

「え、え、ちょっとツクヨさん?」

 抱き着かれながら俺が戸惑っていると、部屋のドアがノックされて一人の男が入ってきた。

「ツクヨ、彼は病み上がりだ。気を付けた方がいい」

 凛とした、しかしどこかに柔らかさを感じさせる雰囲気を纏った男だ。

 俺は思わず心の中で唸ってしまった。

 こいつには確かについて行きたくなる。

「ご、ごめんなさい戸塚リーダー」

 おずおずと俺の元から離れたツクヨはベッド際になる椅子に腰かけた。

 床には毛布が落ちており、おそらく一晩中面倒を見てくれていたのだろう。

「構わないさ。俺もツクヨがこんな顔をするとは思わなかったしな。まあそれほど待ち焦がれてたんだろう」

「ええ、この日をずっと……教室で見つけた時から」

 ツクヨがうっとりとしながらこちらを見つめてくるが、俺は何もしてない事だけは確かだ。

「それよりもここはどこなんだよ。あんたら……レジスタンスなんだろ?」

 見たことある顔の男。ニュースで言っていたレジスタンスのリーダーなのは待合なかった。

「手荒な真似をしてすまない。ツクヨ、少し外してくれないか? 彼と話がしたい」

 戸塚がそう言うと、ツクヨは頬を膨らませ、じっと俺を見て、ゆっくりと頷いた。

「また来るわカイト」

 満面の笑みを浮かべて手を振りながら出て行くツクヨ。後に残された俺は生唾を飲み込んで目の前にいる戸塚を睨みつけた。

 しかしそんな事は意に介した様子も無く戸塚は肩をすくめた。

「そんな顔をしないでくれ。バスの件は悪かったと思っている」

「あ、あんたのせいでどれだけの人が死んだと思ってるんだ。それにここはどこだよ、俺をどうする気だ」

 脳内ではついさっきの事のように事故がフラッシュバックする。

 横転したバスに、衝突してきたダンプカー。バスは大爆発を起こしていたのは持っ駆使している。

「バスの件は申し訳なかったと思っている。しかしツクヨの読み通り君は生きていたのだから問題はない」

「つ、ツクヨさんの読みだと」

「そうだ、ナンバーズの君は既に分かっているだろう?」

 ニヤリとした戸塚は俺の腕に視線を投げてきた。その目が嫌で思わずある部分を手で被ったが既に遅い。

「その数字はナンバーズのものだ。幼少期の適性テスト時に一定の点数を取れなかった人間がされる刻印。君は人類領域にいるはずが無かった人間だ」

「くっ……」

「落ち着けよ。だからと言って俺達は君に酷いことをしようとは思わないさ。それに知ってのとおり、ここにはナンバーズしかいない」

「それじゃあ何で……」

「君は適正者だからさ。ツクヨと同じ、ガルマスの結晶を体内に宿した人間だ」

 そんな単語初めて聞いたぞ。適正者だと? 何を言っているんだ。

 困惑気味の俺の顔を見て戸塚は柔らかい表情をする。

「どうだろう、追放者の仲間にならないか? ナンバーズであることをひた隠しにしながら生きていくのは辛いだろう? それじゃあ結婚も危うい」

「なな、何を言ってるんだ! そんなことするわけないだろ! そんなことよりも学校に返せよ」

「そうか……では出て行ってもいいぞ」

 すっと戸塚は一歩横に退くと、扉への道を開ける。

 俺はすぐにでも出て行きたかったが、体がこんな状態で動かせるはず無かった。

 ベッドから降り、椅子を掴み上がって立ち上がろうとするも足が言うことを聞かない。

「くそっ」

「どうした? 出て行ってもいいんだぞ。この外を出てガルマスの領域を這いずりながら逃げることができるのなら」

「卑怯だぞ」

「バカを言うな。俺達はお前を介抱し危険地帯を抜けて運び込んだんだ。途中でガルマスに襲われて一人が死に、もう一人が結晶化したんだぞ。君は二人の命を落としてまで守られたんだ」

 そう言われて目の前が暗くなりそうだった。

 俺のために二人が犠牲だと? いや、レジスタンスの言葉だ、嘘に違いない。

 もう一度立ち上がろうとして盛大に椅子を倒してしまうと、扉が開かれた。

「カイト大丈夫?」

 ツクヨが飛び込んできて俺の体を支えてくれる。同時に彼女は戸塚を不安そうな目で見つめた。

「何もしていない。彼が外に出たいと言うんで好きにさせているのさ。ツクヨ、連れて行ってやれ」

「うん。カイト、こっちよ」

 俺は支えられながら部屋を出て、うす暗い廊下を歩く。

 横にいるクラスメイトを一瞥し、社会の敵を突き飛ばしてしまいそうになったが、ここを出るまでの我慢だ。

「どうして、ツクヨさんは……」

「レジスタンスにいるかって? もちろんカイトを探すためよ。同じナンバーズで壁の外に来ると思っていたから」

「同じって……まだ合って数日しか経ってないだろ」

 こいつが同じクラスに転校してきたのが数日前だ。それ以前で会った記憶など無い。

 しかしツクヨは俺の言葉に目を見開き歩みを止めた。

「お、覚えてないの?」

「何を?」

「そうなのね……だったら……」

 ツクヨは俺にさらに身を寄せてきた。

 もはや抱き着いているに等しい恰好で、俺の心臓が高鳴る。口から出てきそうだ。

「どう? 思い出せた?」

 上目づかいに見てくるツクヨに思わず顔を逸らしてしまう。そんな目で見られたら訳も分からず頷いてしまいそうだ。

「え、えっとまったく……思い出せない」

「んじゃもっと」

 さらに力を込めて抱き着いてくる。こんな場面見られたらクラスメイトは卒倒するかもしれない。

 だけどその前に。

「いってえええ!」

 全身に走る痛みに悲鳴を上げてしまった。

 慌ててツクヨが離れ、おろおろとした表情を作る。

「ご、ごめんね。まだ完治してなかったわね」

「いや、いいんだ。それよりも外に」

「うん」

 ツクヨが再び肩を貸してくれるも、何所か戸惑いが見える。

「本当に外に出るの?」

「ああ」

 逃げられると思っているのだろう。まあ機会があればすぐにでも逃げるつもりだが。今はそんなこと出来そうにも無い。だからこそ、戸塚も俺の好きにさせているのだ。

 窓も何もない狭い通路の先に扉が見えた。ツクヨがドアノブを回しぎいっと開くと、そこには荒れ果てた景色が広がっていた。

 俺がいた場所はどうやら倒壊しかけているビルの一室だったらしく、出てきたのは屋上だった。

 眼下には何人もの人が集まり炊き出しが行われていた。そこには長蛇の列が出来ている。

「ナンバーズ」

「そうよ。壁の外に捨てられた人たちよ。私たちが食料を分けているの」

 その光景に俺はもう言葉も出なかった。

 普通見ているのと全く違う世界。髪も服も靴にも目も当てられない。

「中に戻りましょカイト。貴方の食事は取ってあるのよ」

「ば、馬鹿を言うな。おれは元の所に戻るぞ。こんな所にいてたまるか!」

「無理よ。壁はあそこだもの」

 そう言いながらツクヨは遠くを指さした。しかしそこに見えるのは壁では無く、塔だ。俺達が上っていた塔がまるで爪楊枝のように小さい。

「だがお前は帰りたいのだろう?」

 後ろから戸塚が声をかけてきて俺は振り返った。今すぐにでもぶん殴ってやりたい。

「だけど無理だ。ここはガルマスこそ少ないが全く出没しないわけでは無い。俺達の警護なしではまともに出歩くことは不可能だ」

「あんたらの装備は……そうか」

 俺は視線をもう一度下に向けた。銃を持った人間が周囲を見渡しているが、その体の関節部分には稼働補助の機器がついている。

「第二世代アクティブスーツ。取って来るのに苦労した」

「ふん、セブンナイツの足元にも及ばないな」

 人類領域を守護しているセブンナイツの人間がもつ第四世代型アクティブスーツ。一度だけ見たことがあるが、こんな安いおもちゃなんかなじゃない。

「別にいいさ。俺達は最終的にあの一番上にいる奴を引きずりおろすだけだからな」

「出来るわけないだろ。壁の前には第三世代型のスーツを着た警備兵、そいつらを殺してもセブンナイツがいる……勝てるわけがない! どうやってこんな炊き出しの食糧を持ってきているか知らないが、全員死ぬぞ!」

「それはつまり、俺達が人間に殺されると言う見解で間違いないのか? それともガルマスか?」

「さ、さあな。どっちもだろう」

 俺が頬をつりあげて笑うと、戸塚は拳を振り上げてきた。その速度たるや普通ならば目視も出来ないかもしれない。

 しかし、俺にはなんてことは無かった。

 思い切り転がり回避すると、体に残った痛みを堪えて何とか立ち上がる。

「適正者に間違いないな。ツクヨ、こいつは監禁することにする。人間が狙ってくるのも時間の問題だろうな」

「え、でも……こいつは私に任せてくれるって言ったじゃない」

「だが、状況が変わった。お前の目がその証拠だろ。適正者がどうなるか……こんな面白い実験結果を奴が逃すはずないからな」

 ツクヨがそっと自分の目を触ると、それから俺に目を向けてきた。

 どくんと脈打つ心臓が棄権を察知した合図だったかもしれない。

 俺は一目散にビルの中へと戻り、思い切り扉を閉めると鍵をかけた。それから狭い廊下を走り、急な階段を飛ぶ様にして降りる。

 さっきまで全身を支配していた痛みが嘘のように引いていて、四肢を動かし続けた。

 ビルの構造がどうなっているのかは見当もつかないがとにかく階段を見つけようと視線を動かす。

 上からは扉が蹴破られた音が鳴り、よりいっそう焦ってしまう。

「くそ、下へ降りるには……」

 訳も分からず走り、手当たり次第に扉を開けて外への通路を探す。

 段々と近づいてくる足音に怯えながらも俺は必死で走ったが、もはや隠れるしか術が無くなった。

「どこかに……」

 そう呟きながら俺は一際狭い通路を見つけた。多分本来あった通路じゃなくて後からレジスタンスが作ったのだろう。

 人ひとりが通れるほどの幅の先には、今までとは違う甲鉄の扉が現れた。

 ここなら時間稼ぎにはなるか。

 ぐっと全身に力を込めて扉を開けると、すぐに閉ざす。

 思わず座り込むと、安どのため息をつく。いや、まだ安心してはいられないのだが。

 額にかいた汗を拭うと、俺は顔を上げた。

 電球の一つもついておらず真っ暗だ。

「なんでこんな場所を作ったんだ」

 広さも高さも分からない。しかしあんな甲鉄の扉を設置するくらいだ。余程大切な何かがあるのだろう。

 段々と俺の目が慣れてくると、数メートル先にある物がうっすらと見えてきた。

 思わず目を見開き、頭の中が好奇心でいっぱいになる。

「第四世代……いやこんなの見たことないスーツだぞ」

 黒一色の鋼の四肢は芸術品とも呼べる造形。太い腕は鉄骨なんて簡単に持ち上げることが出来そうだし、足先から膝までを追おう部分は数キロを一瞬にして駆けそうだ。

 いや、そうでなくとも翼があるのを見れば飛行可能だと言うことは一目瞭然である。

 人間の全面だけをくりぬいた様な構図で、すっぽると入る事が出来るこの姿の機器はアクティブスーツであることに疑い無い。

 今ならこれで脱出できるはずだ。何としてもここを抜け出て、いつもの日常に戻るんだ。腕に記されているようなナンバーズになる訳にはいかない。

 俺が太い四肢に自分のそれを通すと同時に、作動音が鳴る。

「よし、これで……ぐあああああ!」

 逃げ切る事が出来ると思ったが、凄まじい痛みを背中に感じて俺は振り返った。見るとそこには何本もの管が伸びていたのである。

 すると機械の音声が耳に入ってくる。

『脊髄認証を登録しました。第五世代型アクティブスーツ起動します』

 背中の痛みがすうっと引くと同時に、俺は腕を動かしてみた。

 僅かな作動音もなく、金属の擦れるような不備も無い完璧な無音で巨大な腕が動き出したのである。

 思わずぎょっとして声を上げてしまったが、なんてことはないアクティブスーツなのだから。

「すげえ、これが……」

 と感心していると、勢いよく扉が開かれた。

 そこには俺を追ってきていたツクヨと戸塚の姿がある。二人とも目を見開き、驚いていたが、すぐに我に返ったのはリーダーの戸塚だった。

「すぐに降りたほうがいい。そのままでは歩くことすらままならない」

「はっ、何言ってんだよ! 自分達の武器を取られたからって」

「それもあるが……君はそのまま帰って無事でいられると思ったのか?」

「な、何を言って……」

「その第五世代アクティブスーツは俺達が盗んで来たものだ。先日ダンプカーがバスに衝突しただろ? だからそれをお前が来ているってことは……」

 その先は言わないでも分かる。空を飛び優雅に帰ったとしても今までと同じような生活は帰ってこない。むしろ死刑になってもおかしくはない。

 ゆっくりと戸塚が近づきながら口を開く。

「脊髄認証は君の運動神経から骨格、反射速度までが登録され、見事に体の一部になるような設計だ。ここで脱いだとしても俺達がスーツを返してしまえば、誰が乗ったのか一目瞭然だろうな。特に今は人口管理のためにDNAの登録はナンバーズ以外は義務づけられているしな」

 戸塚は口の端をつりあげて手を伸ばしてきた。

「それは元々適正者に、ツクヨに渡すための物だったが俺としてはお前でも構わん。どうだ、仲間にならないか? そうすれば掴まる事はないし、無事に返してやろう」

「くっ……」

 奥歯を噛み締めて頭の中を回転させるが残された選択肢など無い。

 迷っているのを見透かされたのか、戸塚はさらに続けた。

「それじゃあ猶予をやろう。四日間だけ君を解放しよう。もし返事が無ければこのスーツの情報と君の事を国に売る」

 悪くない、寧ろ余裕が生まれたことで安堵してしまう。

「分かった。それで良い」

「交渉成立だな。ツクヨ、すぐに手配しろ。加賀も一応連れて行け」

「分かったわ」

 ツクヨは頷くと視線を向けてきた。

「カイト、すぐに出発するわよ。早く降りて」

 ウキウキ気分なのが凄まじく伝わってくる。レジスタンスなのか一般人なのか分からなくなってきた。

「アクティブスーツ解除」

『解除します』

 機械音声と同時に俺は両腕と両足を機械から引き抜いた。

 すぐにツクヨが駆け寄ってきて腕に噛みついてくると、ぐいぐいと外に引っ張って行く。

「まったく、してやられたわね。あんたがスーツを起動させることなんて戸塚はお見通しだったわよ」

「え、そうなのか?」

「当り前じゃない。狭い通路に鉄の扉。ビルの中に追い込まれたカイトが隠れるなんて分かり切った事よ」

 そう言われて俺は思わず天を仰いだ。全て戸塚の計画通りだったと言うことか。掴まった時から俺には選択肢など無かったのである。

「まあでも私はこうしてカイトと一緒に入れるから問題ないわ」

 にっこりとした笑みを向けてきたツクヨに、思わず引き込まれそうになる。この笑みは危険だ。

 何とか目をそむけた俺はついつい聞いてしまった。

「一つ聞いていいかなツクヨさん」

「ん? どうしたの?」

「どうして俺なんかに構うの?」

 二度目の質問だ。

「やっぱり覚えてないのね……カイトは昔の事どれくらい覚えているの?」

「俺は……」

 記憶の糸を辿って行くが、いつものように靄がかかっている。まるでそこから先が無かったかのようだ。

「一番古いのだと、小学五年生かな?」

「五年生……二年の時は思い出せないの? 適性テストが行われるでしょ?」

 そう言われても無理だ。

 俺は無言で首を横に振ると、ツクヨが服を掴んで引き寄せてきた。

「あの時、カイトと私と九十九が一緒に」

「お二人さん! いいところだけど悪いね、こっちは準備できてるよ」

 聞き慣れない声に俺達の会話が中断されてしまった。

 いつの間にか一階まで降りてきており、外では一人の女性が立っていた。

 黒いライダースーツに身を包み、黒く長い髪をポニーテールにしている。

「車と銃と、後は偽装の学生証ね。向こうに住む部屋はそのままでいいよん」

 誰が聞いてもやばい単語を並べた彼女はツクヨに必要な小物を渡していく。

 それから大きな瞳で笑うと、俺の方を見た。

「やあやあ、君が新人君かな?」

「違う、まだ決まったわけじゃない」

 強がりを言ってみたが、どうも彼女の中では決定事項らしく一人腕組みをして頷いている。

「うんうん、仲間が加わる事はいいこだ。お姉さんは嬉しいよ!」

 がばっと両腕を広げて飛びついてきた彼女だが、俺の前にツクヨが飛び出してそれを防いだ。

「何してんのよ」

「歓迎のあいさつだよー」

 ぐぐっとお互いの手を握り合っては力比べをしているが、ツクヨの方が優勢だ。

「適正者に勝てると思ってるわけ?」

「ええーん、それ反則だよ。指一本で勝負してよ」

「やるわけないでしょ!」

 微笑ましくなるようなやり取りを聞いていたが、カヤの外にいる俺は居たたまれなくて口を挟んだ。

「ツクヨさん、この人は?」

 そう尋ねると二人とも、パッと離れる。

「加賀京子よ。追放者の移動担当ね」

「移動担当だけどさ、別に戦闘にも参加してるし結構オールマイティじゃないかって思ってるんだ実は」

 ドンと胸を叩くと京子に、ツクヨが冷ややかな目を向ける。主にその胸に。

「少しやせた方がいいわよ。そうじゃなきゃ移動するとき大変でしょ」

「ツクヨちゃんたら……前までの御人形さんみたいな顔も良かったのになあ。カイト君が着た途端にこれだもんねえ」

「ちょっと、そのことは今はいいのよ。それよりも早く移動しましょ。ガルマスがいつ出て来るか分からないわ」

 そそくさと車に乗り込んだツクヨは手招きをしてきた。

 それを見て京子は肩をすくめる。

「しょうがないね。それじゃあ元気に行ってみようか!」



「って危険すぎるだろ!」

「下噛むわよ!」

 そう言われて俺は慌てて口を閉ざす。

 京子の運転はかなり無謀なものだった。

 舗装されていた地面が今ではひび割れ陥没し、平らな所など見当たらない。加えてすでに地中の砂を混じっている所もあるのだから、先に進める方がおかしいのだ。

 両脇にそびえるのは傾いて半分ほど倒壊したビル、信号機は既に色を失い地面に横たわっていた。昔は道を記していただろう標識もひしゃげているし、交通の妨げとなって道路に落ちている。

 しかしそんな土地での走行をさせているのが京子の運転テクニックだった。

 ハンドルを右に切ったかと思うと左に回し、急ブレーキなんて数えきれないほどかけている。

 豪快なエンジン音を鳴らしながら俺達は壁に近づいて行くが、相当な距離がある。

 京子によるとたどり着くまでに半日はかかるそうだ。

 退屈かなと思っていたが、隣のツクヨは膝の上に銃を持って辺りを警戒していた。

 そっか、壁の外にいる限りはいつガルマスが現れてもおかしくないんだ。

 嫌な汗が噴き出してきて背中が濡れるのを感じていると車が停止した。

「どうしたの?」

「こりゃあちょっとヤバいかもねえ」

 今日この視線の先には人が、いや正確に言うならば結晶化された人間が立っていた。

 今にも悲鳴を上げそうな表情をしており、腕を上に伸ばしている。どんな彫刻家でも作れないだろう。

「昨日は無かったんだよねえ。それに一体じゃないし……うーんどうしようかねえ」

 呑気な独り言を言っているが、俺は汗が止らなかった。

 おそらくここに住んでいたナンバーズなのだろう。数十体の人間が結晶化しており逃げ遅れてしまっている。

 美術館並みのアートが溢れているが、今度の餌食は自分かもしれないのだ。

「この様子だと二匹入るわね」

「だねだね。ちょっくら駆除してくるとしましょうか」

 物騒な会話を聞き俺は耳を疑ってしまった。

 ガルマス討伐の映像ならいくつも見たことがある。セブンナイツが一騎当千の働きを見せ、一般兵が銃で援護をしながら突き進むのだ。あの姿を見て兵役を志望する人間も多い。

 しかし、死亡率も格段に飛躍することは間違いなく、討伐はセブンナイツのみで行うように主張する団体もいる。

 二人は車から降りると、目つき鋭く辺りを見渡す。

 同時にツクヨがハッとした表情をすると、素早く銃口を大通りの向こう側へと向ける。

 grrrrrrrrrrrrrr。

 声では無い。

 動物が喉の奥から発する威嚇そのものだ。

 やがてひび割れたコンクリートを踏みしめながら姿を現したのは異形の化け物。

 全身が黒く、ぎょろりとしている目が四つ。四本足のガルマスは顔の半分ほどもある口に牙をはやしてゆっくりと近づいてきた。

「獣型ね、案外楽勝じゃない」

「油断はダメだって。ほら他にもいるかもしれないでしょでしょ」

 京子が一番油断してるだろとツッコみたくなったが、それは多分慣れているからだろう。

「カイトはそこで見ていて」

「そ、そうだな」

 はじめて目の当たりにするガルマスに俺は半ばビビっていた。映像とは違って、雰囲気が、殺意が全身を駆け抜けている。

 握りしめていた拳に汗を握りしめ、今すぐにでも背を向けたい衝動に駆られる。

 目の前にいるのはナンバーズだ。おいて行っても問題はない。だが、それでも彼女達がいなければこの先の安全は保障できないのである。

「私が先行するわ。京子は後一匹いないか見てて」

「りょーかい。こっちは任せていいよん」

 今日この呑気な返事を聞くと、ツクヨが走り出した。

 その速度たるや尋常では無い。運動選手の適性が認められた人間でさえ追いつくのは難しいだろう。

「はああああ!」

 ツクヨは引き金を引くと銃弾をぶっ放す。

 こんな光景があるのか。まだ二十歳にも満たない少女が走り、銃弾を放つ。その敵は人類の天敵だ。

 鬼気迫るツクヨの声に思わずこっちが体を震わせてしまった。

 乾いた音が連続車内にまで聞こえてくる。

 ガルマスは大きく横に跳躍すると、ツクヨの方へと駆け出し、瞬く間に距離を詰める。

 ツクヨはそれから発砲を止め、腰の短剣を引き抜き身を低くした。

「何で銃を使わないんだ」

 俺が慌てて発すると、近くにいた京子があきれ気味に教えてくれた。

「弾なんてほとんど役にたたないんだよ。当たっても一発で仕留められるわけじゃないし、弾数だってやばいんだ。だから必ずしとめることができて、繰り返し使える短剣や長剣が一番なのさ。とくに……適正者ならね」

 目を前に向けると、ガルマスは大きく飛び跳ねて弓矢のごとくツッコんで来た。

 ツクヨはしかし、スライディングでもするかのような姿勢で地を滑ると、手にしていた短刀を天に向ける。

 必然。

 上を通り過ぎたガルマスはその腹部を二つに引き裂かれ、夥しいほどの液体がぶちまけられた。

 下を通り抜けたツクヨはすぐさま手をついて跳ね起き、短刀を構えて後方を確認する。

 その一部始終を見ていた俺は思わず体の力が抜け背もたれに体重を預けた。

「すげえ、なんだあの動き」

 感心を通り越して驚愕をしていると、横から大きく手を振って京子が飛びはねている。

「さっすが! 良い動きだったよ!」

「あんたこそ早く……」

「ツクヨ、後ろ!」

 二人が話している間に割って声を大にした俺は、ツクヨの後ろから迫ってきた黒い怪物を目視した。

 だが、その心配は杞憂だったようだ。

 彼女は一歩横にずれると、背後から襲いかかってきたガルマスの一撃を回避し、同時に短刀で頭部を真上から貫いたのである。

 それから地面に押さえつけたツクヨは体重を駆けてさらに得物を深く突き刺す。ビクンとガルマスの体が一度だけ跳ねると、ゆっくりと短刀を引き抜いた。

 小走りで戻ってきたツクヨに、京子がハイタッチしようと手を挙げたが。

「心配してくれたのね、やっぱりカイトは優しいわ」

 なんと今日このタッチを無視して、車に乗り込んでくるなり抱き着いてきたのだ。

 さっきまで剣と銃を持っていた女の子とは思えないほどの変わりように俺は目を白くしてしまう。

「あーあー、『追放者』に来た時はもっと大人しかったのになあ。新人君に持って行かれちゃったよ」

 やれやれと首を振る京子も車に乗り込んで頬を膨らませた。

「いやでも、俺は何もしてないし。それにツクヨさん対処してたから声を上げた意味ないんじゃないかな」

「いいのよ、凄く助かったわ」

 満面の笑みであるツクヨが抱き着いてくるのだから、もう理性が吹き飛びそうだ。

 その様子を運転席にいる京子が、ニヤつきながら見てきた。さっきまでふてくされていたのは演技だったか。

 エンジンがかかった車は再び出発する。

 既に日は傾き始め、荒廃した世界がより鮮明に輝く。所々に見える結晶化した人間がいて、彼らは光を反射してきらめく。

 その中にはやはり警備兵として戦っていた者たちが多いのだろう。第一世代のスーツを着て、肩からは銃をぶら下げている。誰もかれも驚愕の表情をして固まっていた。

 逃げようと振り返った者、走り出している者、武器を手にしたままの者。誰もかれもが絶望しているのは間違いなかった。

「酷いな」

「なーに言ってるんだよ、ここはまだいい方だよ。ガルマス領域に行けば、そこらじゅうが結晶化された人間のオンパレードだ。しかも崩れた結晶が積もって地面が見えないと着ているんだから、歩くのにも疲れるんだよ」

 そんなこと気が付くはずがない。俺は今まで壁の中で守られて育ってきたんだ。外に脅威があることは生れた時から知っていたし、人間が外に放り出されることも、ガルマスと戦い負傷したらどうなるかも知識としては持っていた。

 しかし、狭すぎたのだ。壁の外僅か百メートルほどの知識しか持ち合わせていないみたいだ。

「でもだからこそ、私たちは必要なんだ。あんな光景を見たからナンバーズの人たちに生きていて欲しいし、警備兵だって死なせたくない。外に来た者には炊き出しするし安全な寝床だって提供する」

「それじゃあ、あんた達の目的は……」

 そう尋ねると、ミラー越しに京子と目があった。

 彼女は何の屈託も無く笑うと、堂々と。

「ナンバーズを壁の中に入れてもらうことさ。そして二度と人を外に出さないようにして、尚且つガルマスの全滅まで協力してもらう」

「かなり多いな」

「よくばりなんだよ『追放者』にいる奴らってのはさ」




 壁の外に車を止め、俺達は昔の下水道を進みそれから上へと昇った。

 顔を出したのは狭い路地。壁の中は発達していても、この場所は初期に整備された区画で、都市部からはかなり離れていた。

「まだこういう所あったんだな」

 鼻につく嫌な臭いに顔をしかめながら俺は裏路地を見渡した。

「まあここだけじゃないんだけどね。それよりも早く戻った方がいいよん。家族は心配しているだろうからね」

「そうよね、それじゃあカイトの家に行きましょ」

 遠足気分のような声を出すツクヨだが、京子が腕を掴んだ。

「あんたは前の部屋でいいでしょ。折角いい眺めなんだから」

「ええ、私もカイトと一緒の部屋がいいわ」

 うるうるとした目で俺に賛同を持ちかけてくるが、これ以上一緒だと本当に承諾してしまいそうだ。

 忘れてはダメだ。レジスタンスに入るかどうかを決めるための期間だと言うことを。

 だけどまあ、それを無しにしても可愛い同級生が俺にくっ付いて来てくれるのは素直に嬉しい。

「学校で会えるだろ」

「……そうね、学校で会いましょ!」

 これまた一目ぼれしそうな顔をしたツクヨは、京子に引きずられながら連れて行かれた。

 二人の姿が見えなくなると、俺は懐かしい空気を感じながら家に戻る事にした。



 学校でも家でも心配されているのは身に染みた。多分、こればかりは壁の外も中も同じなのだろう。

 俺がクラスメイトから解放されたのは帰って来てから二日目。ツクヨも登校してきていつも通りかと思っていたが空気は重かった。

「こんな事になるなんてな」

 そう言ったのは前の席に座っている山田だ。頬に傷を追っているが、大怪我は無いようで俺もほっとしている。

「くそっ、何で……」

 拳を作った山田の心の内は痛いほどに伝わってくる。

 俺も空席になっている所に視線を映して込み上げてくる涙を拭った。

 バスの横転から助け出せなかったクラスメイトの席には花が供えてある。

「あいつらさえいなければ! レジスタンスだの追放者だの……ただの人殺しの手段じゃないか! 人間以下の奴らが人間を殺すなんて!」

「お、落ち着け」

 俺は宥めてみようとするが、そんな言葉など一蹴される雰囲気がクラスの中に充満していた。

 思わずツクヨの方を一瞥するも、彼女とて平然としていられるはずがない。唇をきつく結んで額に皺を作っていた。だけどそれは死んだクラスメイトに対してなのか、それとも追放者を貶されたからなのかは分からなかった。

 やがてチャイムが鳴り担任が入ってくると、プチ大会は中止され、テストの身が行われることを伝えてきた。

 致し方ないだろう。

 そう思いながらも横にいる山田に目を移すと机の上で何やら必死に端末を弄っていた。

「何してんだ?」

 小声で尋ねると、山田は薄いタブレットの画面を傾けて俺に見せる。

 そこには『警備兵募集』と書かれた文字があった。

「高校生以上なら応募できるからな」

「でもお前、この前警備兵は嫌って言って無かったか?」

「言ったさ。でもあんな体験した後で逆に奴らを憎むなって方がおかしいだろ。俺達はただバスに乗ってただけなんだぞ」

 山田は応募ページに問い、内容も確認せずにボタンを押そうとした。

 しかし。

「離せよ」

「ダメだ」

 クリックする前に俺は山田の腕を掴んでいた。

 外に広がっていた光景を見れば誰だって友達を警備兵なんかにさせたくないはずだ。

 結晶の中でもがき苦しむ姿を残してほしくはない。

「なんだよ、それじゃあお前は許せるって言うのか?」

「そうじゃないけど……友達をみすみす壁の外に出すような事はしたくないんだ」

 クラスメイトの目を見て真面目に訴えかけると、山田はふっと顔をほころばせた。

「お前いい奴だな。やっぱり俺が見込んだだけの事はあるぜ」

「何を見込まれたのか知らんけどな」

「友情だよ、友情。ま、それは有難く受け取っておくけどな」

 そう言いながら俺の手を振りほどくと、躊躇なく応募しやがった。

 声を荒げてすぐにでも辞退メールを送るように言いたい。しかしこいつが選んだ道に賛成していることも確かだ。

「大丈夫だって、いつかあいつらを全員、クラスの奴の墓の前で土下座させてやるからよ」

「ああ、そうだな」

 笑みを浮かべた山田に俺はただそう呟いただけだった。



 王立ガルマス研究所はこの国で最も権威ある機関の一つだ。

 ガルマスの生態から行動、結晶化の謎と人間に及ぼす被害と応用した技術を模索している。

 地上から遠く離れた三階層の中央に位置し、巨大なビル丸ごとを使っているのだから、二階層にある企業家や政治家の敷地面積何か比べ物にならない。

 そんな莫大な投資をして建てられたビルの中を白衣を着た人物が歩いていた。

「シグレ博士、良いデータが取れましたよ」

 そう声をかけられたシグレは、振り返ったが上手くいかずに転んでしまった。小さな体で引きするようにして来ている白衣のせいだ。踏んでしまったのである。

「だ、大丈夫ですか?」

「にゃははは、だーいじょうぶ、だーいじょうぶ。それよりも見せてみそ」

 十五歳にして研究者としての適性を叩きだされたシグレは、瞬く間にガルマスの興味を増大させ、ありとあらゆる研究に手をつけては結果を残してきていた。

 もちろんそれは、如何にして敵を倒すか、と言うことにも結び付きアクティブスーツの開発までもを手中に収めているのだ。

 生態学者にして技術者、開発者、研究者のシグレは人類にとってなくてはならない存在なのである。

 スタッフから渡された端末に目を落としたシグレは、その可愛らしい大きな目をさらに太くした。

「適正者同士の接触による人体への影響がこうも個人差があるとはねー。でーもーまだ合って数日ってところかなー」

「はい、バス事故の後に接触したと思われます。まさかレジスタンスの一味になっていたとは思いませんでした」

「だーよーねー。小説よりも奇なりだよー。んで、いま彼女はどこに?」

「彼と同じ学校にいて行動を共にしているようです。ですが……彼女が住んでいる場所と壁の中に入ってきた経路が分かりません」

 おずおずと言うスタッフにシグレはひらひらと手を振って面倒くさそうに答えた。

「それはー。セブンナイツのお仕事でしょー。かんけーないよ。まあこれは良いとして。結晶化後の精神抽出の件はどうなったのー?」

「まだ芳しいデータは出ていません。再現性も……」

 とスタッフが皆まで言う前に一際高い声が廊下に響いた。

「シグレ、シグレ博士はどこにいるのですか!」

 普通の声量ならば心地よさそうな声も、大きくしてしまうと勿体ない。

 研究所の長い廊下を優雅に歩いてきた女性は、目的の人物を見つけると駆け寄ってきた。

「やっと見つけました」

「建物内ではもうすこーし静かに願いますよー。彩花様。王女である貴方の品に関わりますよー」

「あら、すいません。外に出る時のいつもの癖でして」

 ハッとしたように口を押えた神宮寺彩花は長い金髪を揺らして苦笑いをした。

「それで、今回はどうしたんですか? まさか、まーたおっぱいが大きくなりましたーとか言ってスーツの調整をさせる気ですかー?」

 シグレは目線の高さにある二つのふくらみをジトッと睨みつけた。

 慌てて彩花は胸の前で腕を交差すると、顔を赤らめて首を左右に振る。

「ちち、違いますよ! 盗まれた第五世代型のスーツについてです」

「あーそのことなら前にも話したとーりですよー。レジスタンスに持って行かれましてねー。今の段階では二機目を作る事は不可能なんですよ」

「それはもう聞きました。問題はそれを使われた時にセブンナイツが勝てるかどうかです」

 彩花がそう言うなり、後ろからまた別の人間が現れ横に並んだ。

 セブンナイツ筆頭の加藤九十九は肩まであるミディアムショートの茶髪を弄りながら彩花の横に並んだ。

「それで私連れてこられたのお? 今日は友達とゲーセンいく予定だったんだけどなあ」

 気だるげな顔を見せた彼女は茶色のブレザーにプリッツスカートと、どこにでもある学生服を着ていた。

 しかしそんな愚痴など気にも留めていないシグレは手を顎に当てて数秒考え込んだ。

「スーツの性能は圧倒的に第五世代がゆうりですねー。でーもー、使用者の戦闘的性によってかくだーーんに変わってきます。九十九さんならある程度の敵が第五世代を操ったとしていてもだいじょーぶかなーと思いますよ」

「はっ、当たり前じゃん。私がアクティブスーツで負けることなんてないっしょ。シグレちゃんも目が無いなあ」

「ですがー、もしあなたと同じ適正者が乗っているとすれば……埋めるのは経験の差しかないですねー」

 シグレが声のトーンを落として至極真面目に言うが、ふっと表情を崩すとカラカラと笑う。

「だーいじょうぶ、だーいじょうぶ。適正者は三人で一人は九十九、一人は学生、もう一人はレジスタンスに……ん? レジスタンス?」

 首をひねったシグレがしばらく硬直し、いち早く気が付いたのが彩花だった。

「大ピンチじゃないですか!」

「えーでもー、彩花様としては賛成でもあるんじゃないんですかー?」

 素早くシグレが切り返すと、彩花はうっと言葉に詰まった。

「ナンバーズは世間的に見れば価値のない道具、人間以下です。しかーしそんな彼らを受け入れるように要請しているのはー他でもなーい彩花さまでしょー?」

「それはそうです! 彼らとて生きているのですから、受け入れるべきです。適性検査のみで潜在能力を図り人類の役に立たないからと言って壁の外に出すのは間違っています」

 力強い声でそう断言した彩花にシグレと九十九が眉根を寄せた。

 それはそうだ、今のシステムを構築し国民を従えているのが神宮寺家。その長女がこんな発言をしていては元も子もない。

「あまりそう言われますと、おかー様みたいな事になりますぞ」

「……そうでしたね。私も口を慎みましょう。母の遺志を受け継ぐ以上は気をつけねばなりません」

「そーいうことじゃないんだけどなあ。まーいいや、話はそれだけですかー? 私これから精神抽出に取り掛かるんですが―」

「ああ、父上から言われていた研究ですね」

 思い出したように彩花が言うと、シグレは目を輝かせて大きく頷いた。

「そうなんですよー! 人間がガルマスによって次の段階に行けるかもしれないんです! 肉体と言う枷から解き放たれ、最終的には精神だけを機械の体、もしくは新たに生まれてくる人間に移植できる可能性もあるんですよ!」

 ばたばたと自分の腕よりも長い白衣を振り回すシグレに、しかし彩花は良い顔をしなかった。

 こういう事のために、犠牲になっているのは彩花が助けたいと思っているナンバーズが殆どだからだ。

 結晶化された人間はまだ鼓動があり生きている可能性が高い。しかし表面を削るだけでは上手くいかなかった。体と結晶が完全に一体化していたのである。

「分かりました。なるべく上手くいくように願ってますよ。これ以上犠牲を出さないためにも」

「りょーかいしましたー」

 シグレが敬礼すると、彩花と九十九は踵を返して去って行った。

 それを見送って、スタッフを呼びつけると。

「マザーの反応はどうかなー?」

「沈黙したままです。適正者の接触には関係ないように思われます」

「ほんとにー? はあ、結晶と人間の後天的融合をしてみた結果は、ただ運動能力が飛躍するだけ、他には何もないなんてねー」

「しかも、成功したのが三人だけですから、これ以上は予算もきついですね」

「だよねーだよねー」

 唇を尖らせたシグレは足早に歩き出すと、エレベータに乗り込み、一番下の階へと向かう。

 一瞬の浮遊感の後に目的の階までたどり着き扉が開くと、体の芯まで凍える様な冷気が入ってきた。

「いつ来てもさーむい。寒すぎるね」

「今明かりをつけます」

 一緒について来ていたスタッフが駆け出して室内の電球をつけると、そこには一体のガルマスが氷づけにされていた。

 見た目は完璧な女性であるが、彼女こそ地球に飛来した最初のガルマスなのである。

 一カ月もの間に数万人の人間を結晶化し、ガルマスの領域を作っては子供たちを野に解き放ったのである。そして子供たちは世界中を瞬く間に蹂躙。人類は存亡の危機へと経たされたのだ。

「こいつを捉えるのにどーーれだけ苦労したことか。第三世代のスーツが八割失われてさー、困ったもんだよー」

 白い吐息を出しながらシグレは近づくと、人差し指で氷を叩いた。

 それから傍にあった端末を起動させてモニターを凝視する。

「やっぱりそうかー。ガルマスの生成する結晶が無いと意思疎通できないもんね。適正者に反応示さないわけだよー」

 結晶はいわばガルマスの通信装置に他ならない。その結晶で互いの考えを読み取り行動するのだ。

「数匹のガルマスを取り囲み、その中にある結晶だけを壊していくと互いが個人行動するんでしたよね?」

「よーくしってるねー。初めは団体行動で人間を襲ってきていたけど、結晶がすくなーくなるごとに、連携が乱れてやがて完全な個人行動に移行するんだー。でも厄介なのはもう一つの方で、視界を共有できることも分かってるんだよねー」

 モニターから視線を離したシグレは目を細めてマザーを見つめた。

 結晶から意志を発する事が出来れば、記憶や人格までもが外に出せることになる。であればさっき彩花に言ったように、他の肉体に自分の意識を移動させることができるかもしれないのだ。

 それを考え神宮寺家の当主は精神抽出が出来ないかシグレに申し出てきたのである。

「でもさー、実験の途中で適正者が現れたんだから、まあそこは認めないとねー。三人だったけど」

 シグレはそう言ったが、適正者でもガルマスのように視界共有は出来たい無いことが発覚していたため見た目よりも落ち込んでいたのである。

「しかし、神宮寺様も言われたとおり、ナンバーズといえどこれ以上の犠牲を出すわけには……」

 皆まで言う前にシグレはスタッフの言葉を打ち切った。

「そーんなこと知らないよ! この研究は人間がさらに次のステージへと進むために必要な事さ! そのためにはガルマスだろうが人間だろうがぜーんぶ使ってみせるよ! もちろん研究を邪魔する発言をした君なんて格好の素材じゃないか!」

 大げさに両腕を広げたシグレはニヤリと口の端をつりあげた




 第一階層にある共同墓地にてカイト達は黙とうをささげていた。

 今のご時世一つ一つ墓を建てる余裕はない。だから火葬して少量の骨だけを大きな器の中に入れるのである。計算上は今の人間の半分が死んでも余裕があるらしい。

 ゆっくりと目を開けたカイトは踵を返すと、周りにいるクラスメイト達と共に墓地を出ようとした。

「カイト、もう決めた?」

 さすがに周りに配慮したのか声を押さえてツクヨが尋ねてくる。

「いや、まだ……」

 あんな光景を見てしまったら、もう戻れないと思っていた。それに、不運にも脱出するためのアクティブスーツを取られてしまっている。

 レジスタンスの仲間にならない限りは、どの道未来はない。それは分かっている。

 だけど。

「……」

 俺はもう一度振り返って友達の眠る墓標に目を当てた。

 こいつらのやり方は気に食わない。山田が警備兵への志願をしたことも納得がいく。

「まあいわよ。後二日あるしゆっくり考えましょ」

「ツクヨさんは……どうなんだ? 辞めたいとは思わないのか?」

「思うわよそりゃ。だってあのダンプカーを誘導したの私だもの」

「なっ!」

「でも全部知ってたわ。カイトがいることも、他のクラスメイトがいることも全て見ていたの。だから分かっていてやったのよ……でももう止れない。特に私はね」

 そう言うとツクヨは包帯している方の目を俺に見せてきた。

 事故か何かで怪我をしたのだろうと思っていた布の下の瞳が薄紫色に怪しく輝いていたのである。

 息をのんだ俺は周囲を見渡し、もういちど彼女の目を覗き込む。

「これ……結晶化してるのか?」

「ええ。体内にある結晶が体と繋がっているの。前までは何の変哲も無かったけど……カイトに会ってから一気にこうなったのよ」

 ガルマスと戦い負傷した兵士はその傷の度合いによって結晶化する速度が異なってくるのは聞いたことがある。

 だけどこれは何だ。一体何が起っているのか見当もつかない。

「俺のせい?」

「何言ってるのよ。んなわけないでしょ」

 ツクヨが微笑んでくれたおかげで俺は少し安堵した。

 しかしだとすれば、尚更聞いておかなければいけない。ツクヨがこうなった原因が俺にあるのなら、その俺もまた体内にガルマスの結晶があるのかもしれないのだ。

 だけど、聞いたら当然戻れなくなる。

「まだ時間あるわよ、ゆっくり考えたらいいわ」

 そんなに悠長では無いなと思いながら、俺達は電車に乗り込んで地上へと戻ろうとしたその時、俺のスマホ、いやここにきている生徒全員のスマホからアラームが鳴り響いた。

「かなり近いな」

 ガルマス出現のさいになるアラート。外で警備兵が戦っているのは日常になったが、それでも時折人間領域に近づく時はある。

 俺はスマホから流れてくる情報に視線を走らせていると、横にいたツクヨが俺の脇腹を突いてきた。

「来るわよ」

「は?」

 俺がすっとんきょな声を出した瞬間だ。

 遠くから飛翔してくる第四世代アクティブスーツの轟音と、立っていられないほどの揺れに襲われたのである。

 思わず床に手をついた俺だが、急停止した電車が耐えられなかったのか、がくんと傾いた。

 車内の悲鳴が一段と大きくなりツクヨが俺にしがみ付いてくる。

「スーツを呼んで。音声で飛んでくるから」

「は?」

「このままだと電車が落ちるわ。そうなれば……」 

 ツクヨが言いたいことは分かった。だけどそんなことをしたら、俺の人生は終わりだ。

 彼女はよりいっそう腕に力を入れて身を寄せてきた。

 俺が唇をかみしめていると、不意に窓の外から声が聞こえてきた。

「大丈夫ですか!」

 今まで聞いたことも無いような、透き通るような声だが、その奥には芯を感じさせる。

 窓の外から顔を出すと、そこには見たことのある顔があった。彼女はアクティブスーツを着て落ちそうになっている電車を懸命に支えていた。

 一度足りとて会ったことはない。見たのはテレビでのみだが、ナンバーズの待遇に対して声を上げている人だ。しかもガルマス討伐の先頭に立っているため支持率も高い。

「神宮寺様?」

「はい。動かないで下さい、このまま上の駅まで戻します」

 ぐっと表情を引き締めた彩花はレールから外れかけている電車を、上へと押し戻し始めた。

 鉄と鉄のこすれ合う音が耳に痛いが、ゆっくりと確実に上へと昇って行く。

「良かった」

 心の底個から安堵したが、逆にツクヨは眉根を寄せていた。

 この状況が嬉しくないのか疑問だが、取りあえずは大丈夫なはずだ。それにガルマスアラームが鳴ったが、さっき見たセブンナイツが対処してくれているだろう。

 しかしそんな安堵を打ち消すかのように、今度は真下から悲鳴が聞こえてきた。

 ゆっくりと窓の外から地上を覗き込むと、あちこちで小規模な爆発が多発していたのである。

「何があったのでしょうか」

 ふと視線を下に向けた彩花は状況を把握していないようで、まじまじと見つめていた。

 あまりにもその見つめっぷりに俺も目を細めて伺った。

「諸君、ご機嫌よう。我々は『追放者』である」

 何と戸塚が瓦礫の上に立ち大声を張り上げていた。周囲にはあの日見たレジスタンスの面々が立っており、手には銃を持っている。

 案内役の京子がいるのを見ると俺達と同じ通路を通ってきたのかもしれない。

「我々追放者が今日この時この場にいるのは諸君に見てもらいたいからだ。この壁の向こうを!」

 そう言うと同時にどこから持ってきたのか、巨大な立体プロジェクターを設置し、そこに映像を映し出した。

 そこにあるのは、今しがた出動したセブンナイツの姿だ。ガルマスアラームが鳴ったために、先頭に立って外敵を一掃している最中である。

 しかし。

 俺はリアルタイムで流れている映像に目をこれでもかと見開いた。

「いけません!」

 彩花が焦りの声音を発したのも無理はない。なぜなら、セブンナイツたちが駆除しているのはガルマスだけでは無くナンバーズも含まれているのだから。

 乾いた銃声と、悲痛な叫び声が辺りに響く。さらにガルマスの見るに堪えない姿まで横たわっているのだから、もう何がどうなっているのか理解が追いつかない。

「これが現実だ! 王というこの国に相応しくない座についている神宮寺家はセブンナイツと警備兵を使い悪逆非道を行っている!」

 戸塚はその体型に似つかわしくない声音を上げた瞬間だ。

 俺の近くから一発の乾いた音が聞こえたかと思うと、下に設置していたプロジェクターがはじけ飛んだ。

「そこまでです!」

 神宮寺が眉根をつりあげて怒りの表情を見せると、戸塚がそれを見上げていた。

「お前たちがやっていることは、人殺しに他ならない! たとえ俺の眼の前にいるのが神宮寺彩花であり、ナンバーズを人間と認めていてもだ」

 戸塚の声が彩花の顔を歪ませ、俺も彼女を見つめてしまう。

「ですが私は……」

 と神宮寺は口を開くが続く言葉が出てこないらしく、瞳を伏せてしまった。それはそうだ、彼女は確かにナンバーズを壁の中に入れるよう主張はしているし、署名活動までをも行っている。それは彩花の母親がやっていたことと同じだ。

 しかし、結果はゼロに等しかった。

「我々はいずれ貴方達を追放して見せる。この壁の中に誰もが受け入れられるようにするために」

「その願いは私も同じです! ナンバーズなどと言われる人がいるのは耐えられません!」

「しかし、こうして現状は貴方のお母様の時代から変わってはいない。故に我々がたちあがる。その為の用意はもう既にできている」

 勝ち誇るでもなく、クールに言い切った戸塚はそれから辺りを見渡している。

 ここまで長い演説をしていれば警備兵が取り囲むのは当たり前だ。もうこれで逃げ切れないだろう。

 それに彩花は戸塚と話しながらも電車を確実に押しているのだから、駅まではもうすぐだ。

「案外あっけなかったな」

 そう呟くと、俺にしがみ付いていたツクヨが僅かに首を振った。

「まだよ」

「え?」

 聞き返した瞬間、何かが弾けるような音がして、次に隣の車両が傾き始めたのである。

 左右のバランスを保つために設置されていた装置が外れた、いや、剥がされたのだろう。

 窓の外を見ると京子が丁度狙いをつけて発砲した後だった。

「まじかよ!」

 俺が声を上げると、その異変に気が付いた生徒達が悲鳴を上げる。

 さすがに神宮寺一人では支えきれない。

「スーツを呼んで。数秒で飛んでくるわ」

「いや、でもな……」

「カイトが呼ばないなら、私は構わない。このまま心中する。でも……その前に」

 ぐっとツクヨは俺を引き寄せると、強引にキスをしてきた。

 唇に伝わる感触が広がり、少し苦い味が口の中に広がって行く。ムードも場所も関係ない、ただの接吻に俺はおもわずツクヨの肩を掴んで引きはがす。

「なんで……どうしてそこまでして」

「私が施設で泣いている時は、いつもカイトが助けてくれた。背も低くて小柄な私はいつも一人だったけれど、カイトは必ず助けてくれたし傍にずっといてくれた。それに……約束もしたわ。外に行っても俺が守ってやるって! だからずっと信じて待ってたら、カイトが、目の前に……」

 まくしたてるように言いきったツクヨは大粒の涙を拭いもせずに見つめてくる。

 たぶん、それは人違いだ。俺にはそんな正義感なんて無いし、数日前まではテストの事を考えていたただの高校生だ。

 だが記憶の奥で微かに引っかかる何かのせいで断言できない。

 グッと奥歯を噛み締めてスーツを呼ぶかどうか悩んでいたが、そんな時間はもうない。

 視界の端で大きく傾き始めた車両がタイムリミットだった。

「正直、まだ思い出せない。それに戸塚のやり方は好きじゃない、大きな犠牲が今日も出ているんだ。だけど……」

 目の前で落下しそうな車両があり、俺に救える力があるのに救わないなんてことはない。それこそ、人殺しと変わらない。

「呼べばいいんだな」

「カイト……そうよ、起動させるの」

 俺は頷くと呟いた。

「アクティブスーツ起動」

『アクティブスーツ起動します。到着まであと十秒』

 脳内に音声が響いたかと思うと、横から神宮寺の声が掛かった。

「下がってください。私が何とか……」

 そうは言うが、どう考えても無理だ。片方を手放せばもう一方は確実に落ちてしまう。

「俺が何とかします」

 横にくっ付いているツクヨを一瞥すると、彼女は大きくなずいた。

「何をする気ですか。いいから下がって……え?」

 キイイインと耳がつんざくような音が近づいてくる。その姿は徐々に大きくなり、やがてその漆黒の姿を露わにした。

 神宮寺も驚愕し、俺とスーツの交互に視線を走らせる。

「あ、あれは第五世代アクティブスーツ! レジスタンスに盗まれたはずでは……」

「すいません。あれはもう俺の脊髄認証をしたんです」

「貴方達、レジスタンスだったのですね!」

 そう言われても仕方ない。この状況でどういう風に弁解しろと言うのだ。クラスの連中さえも驚き、声も出せてないと言うのに。

 だけど、横にいてくれるツクヨの温かさだけはどこか安心できた。まあ同じ仲間なんだし無理も無い。

 俺が車両から飛び降りると同時に素早くスーツが身を包み込んだ。

 背中に僅かな痛みが走り、鉄の四肢に命が宿るのを感じる。無機質の翼を羽ばたかせ、それから上を見上げる。

「カイト!」

 俺の後から飛び降りてきたツクヨを受け止めると、彼女は首に腕をからめてきた。

 ゆっくりと地上に降り、戸塚の隣にツクヨを降ろした。

「君もやっと決心したようだな」

「この騒動、この場所、この時間帯を狙うなんて偶然にも程があるだろ。内部には自由に入れるみたいだし、京子さんがいればツクヨから俺がいつどこに行くのか予想できるしな」

 僅かに睨みつけると、戸塚は肩をすくめた。

「想像に任せる。それよりも周りを見たまえ」

 促されて周囲に視線を走らせると、警備員の持つ銃が一斉に向けられていた。

 一番の脅威は俺に間違い。それにニュースになっていた第五世代スーツがレジスタンスの手に渡っているのだから、僅かに動揺も見て取れる。

「あの……」

「撃てええ!」

 俺が一言発するかどうかの間際に、警備兵の集中砲火が始まった。

 いくつもの弾丸が撃ち込まれ、辺り一帯に騒音と火薬の臭いが充満する。

『迎撃します』

 俺の耳に何御抑揚も無い声が届いたかと思うと本来飛ぶための翼が大きく広げられて、輝きだす。

 そこから放たれた熱線が赤い糸のように伸びて、無数の弾丸を的確に焼き尽くしていく。

 しかし、あまりこんな事に時間を割いてはいられれない。

「京子さん、外に逃げるまでのルートは?」

「おんやー、良い質問だね。さっそく追放者としての人格が出来上がってるようだよん」

 そう言いながら京子はスマホを取り出して地図を映しだした。

 それは俺が通って来たルートとは全く別の道だった。しかし入り口はここから走って数十秒の近い所だ。

「捨て道、でね。一度使ったらもう分からなくする道だよ。一回きり、だけど出る場所はこういった街中なのさ」

「分かりました。時間は充分に作りますのそこまで走ってください!」

「君はどうするんだい?」

「俺は……あの車両を助けに行きます。京子さんのおかげで危ないですから」

 そう言うとグッと腕に力を込めて両拳を作り地面を思い切り叩いた。

 ビシッと円状に亀裂が入り、クレーターが出来上がる。同時にコンクリートが跳ねあがり、警備兵が態勢を崩す。

 その隙を逃すまいと、追放者の面々は走り出した。さすがに荒れ果てた壁の外で生活しているだけあって、凹凸の出来た地面を軽々と駆けて行く。

「ツクヨさんも早く」

「待ってるわ」

「ああ」

 俺は彼らが去って行くのを見つめると、足に力を入れて飛び上がる。

 脊髄認証とはこれまた便利なもので自分の意志で翼を動かすことができる。装着してから俺の中には別の神経が形成されたような感覚だ。

 大きく羽ばたき瞬く間に飛翔した俺は脱線寸前の電車の側面に手を当てた。

 何トンもの鉄の塊が態勢を立て直し元の位置に戻る。安全装置は京子に撃たれてしまって作動はしないだろうが、それでも走行するだけなら問題ないはずだ。

「あなた、レジスタンスでは無いのですか……なぜ車両を……」

 困惑する神宮寺に俺は少し不快になってしまう。彼女の目にはそう見えるのか、レジスタンスは人を襲う存在だと。

 壁の外を何回も見てきている彼女は一体、どこへ目を向けていたのだ。今回流れた映像を見ても、どちらが極悪非道なのか一目瞭然だと言うのに。

「レジスタンスとは心外だな。俺は先日の事故で連れ去られたんだ。これを手に入れたのは逃げ出すためだ」

「そんな話が通じるはず……」

「だったら、俺もここで手を離していいのか?」

 第四世代アクティブスーツの飛行機能はその名の通り飛ぶだけのものだ。こうして重量のある物質を運んだり支えたりは出来ていない。

 だからこそ出力不足の神宮寺のスーツでは元に戻すのにも時間がかかるのである。

 さっきまでずっと今の姿勢で支えていたのだ、ここで俺が引けばどうなるのか目に見えていた。

「それはダメです。どうか力を貸してください」

 神宮寺が唇をかみしめ、はっきりと言ってこなかったがそれでも目を見られては断る事も出来ない。というか初めから助けるつもりだったのではあるが。

 俺はグッと力をこめて一度大きく翼を羽ばたかせると、窓際にいた山田と目があった。

 そこには驚愕と畏怖の混じった瞳が俺を捉えており、僅かな憎しみが山田に拳を作らせていた。

「ずっと黙っていたのか?」

「……ごめん。でもこれは仕方なくて」

 俺は車両を元に戻しながら謝るが、それでも許してくれるはずもない。追放者が起こした事故に巻き込まれたクラスメイトの墓参りをしたばかりだ。

 どんな顔をして山田を見ればいいのか俺にはもう分からない。はっきり言って頭の中は真っ白だった。

 電車はゆっくりと動きだし、第一階層の駅へと戻り始める。

「絶対に許さないからな」

 窓から顔を出して叫ぶ山田の顔を見たくなくて、俺は視線を伏せた。

「あなた本当に、追放者の仲間では無いのですか?」

「なった覚えはないな」

 神宮寺が話しかけてくると、俺は力なく答えた。

 彼女はしばらく考え込んでいたようだが。

「やっと終わったねー。神宮寺様、そいつを連れてきてくださーい」

 呑気な声が聞こえたかともうと、地上にも駅近くにも警備兵が集まっており俺の方へ銃口を向けていた。

『迎撃システム作動します』

「いや、キャンセルだ」

『キャンセルします』

 この場で人騒ぎ起こしても得な事はない。だからと言ってこいつらの仲間になろうなんて気は毛頭ない。

「いい判断だねー、青葉カイトくーん。それじゃあ君にはご同行願おうかー」

「待ってくださいシグレ博士、彼は私に任せてもらえませんか。簡単に追放者と決めつけるのは……」

「ダメです神宮寺様。彼が乗っているのは紛れも無く第五世代アクティブスーツ。そしてそれはー、先日追放者の起こした事故によって盗まれたんですよー。どう考えたら無関係など度言えるのでしょーか?」

「しかし」

「あまり我がままを言われるようだと、お母様のようになりますよ?」

 声のトーンを落としたシグレが睨みつけると、神宮寺は口を閉ざして苦い顔をした。

「じゃー、そこの君はスーツ脱いでついて来てね」

「俺は……」

 この先どうなるのか不安で上手く言えないが、こいつはヤバい。

 シグレ博士は俺も知っている。と言うか教科書にまで名前が載る有名人だ。壁の中で知らない者はいないだろう。

 初めて会ったが、あの小さな体からは狂気しか感じられない。目の奥に宿るのはどす黒い光が俺をがっしりと捉えているのが分かる。

「返事が遅―い」

 気だるそうに言うと、彼女はポケットからスマホを取り出して操作し始めた。瞬間。

『緊急事態。スーツを強制解除します』

「なっ!」

 ゆっくりとスーツは足元のある場所まで移動すると、俺の体から離れてしまった。

「じゃー、捉えてね。それと学生たちはすぐに…………うん、すぐに学校へ戻してあげてねー」

 何故かシグレは僅かに間を開けると、警備兵に指示を出した。

「じゃあ行こうかー」

 俺は押さえつけられ拘束されると、黒い布きれをかぶせられた。同時に思い一撃が頭を襲い、がっくりと気を失ってしまった。




 固い感触が体の背面を支配していた。冷たく、無機質なベッドにも椅子にもなりそうな台の上で俺は目を覚ました。

 真っ白な部屋の一室に置かれている長方形の台から上体を起こすと辺りを見渡す。

 部屋の入り口には小さなモニターが付いているだけで、その横にはパンんとスープが置いてある。

「起きたかなー? 起きてるね、まあずっと見てたし分かってるけどさー」

 聞き覚えのある声が耳に入ってくると同時に扉が開かれ、シグレと二人の警備兵が入ってきた。

「その食事は食べながらでもいいから聞かせてよ。体調はどうかなー?」

 俺は一歩下がると、この少女と目を合わせてつばを飲み込んだ。

「ここは?」

「第三階層のガルマス研究棟の一室。それで、体調はどうかなー?」

「別に、普通だけど……」

「変わりなしね……九十九と接触しても変化は見られないのかなあ。やっぱり個人差は大きいなあー。念のため記録しておくかー」

 シグレがタブレットを取り出し何やら操作していると、別の女性が姿を現した。

「あーやっぱり起きてるじゃん。目が覚めたら教えてくれるっていってたのにさ」

 今どきの女子高生が神を弄りながら入ってきたのである。

 同い年くらいの女子ならクラスにもいるが、何故か緊張してしまう。

「九十九は勝手に入ってこないで下さいよー」

「いいじゃん、別にさ。こう見えても幼馴染なんだし。まあ覚えているかどうか分からないけどねえ」

 揺れる短いスカートに目が生きそうになるのを堪えて俺はなんとか聞きたいことを頭の中で整理しようとする。

「覚えている訳ないでしょーが。実験の後に適正者が一般社会で適応できるか見る為に記憶を弄ったんですから―」

 その言葉を聞いて俺はぎょっとした。

 腕にあるナンバーズの印と言い、頭の片隅にあるおぼろげな記憶といい、それですべてが繋がった。

 足から力が抜けて思わず頭がふらりとすると、台の上に腰を下ろす。

「まさか聞かされて無かったの?」

 俺の様子を見て察したのか九十九が口を開いたがすぐに優れが答える。

「言う訳ないじゃーん。だって被験者だよー? 無理むり、この口が裂けても言えないよ」

「どういう事だよ……」

「言葉のとーりだよ。君はナンバーズ。そして結晶の適正者として能力を開花した……だけど本当は九十九みたいにセブンナイツに入れようかと検討されてた時に、神宮寺様がクーデター起こしてねー、それでもう実験はめちゃくちゃ。捉えていたナンバーズの一人は逃げ出し、残った九十九と君はそれぞれ感化に置かれることになったんだー」

「そうそう、私は戦闘的性を計るためでしょ。んでもってカイトは社会的性を見出すためにね。あーでも懐かしいな! ようやく会えたんだから感動的だよね」

 目の前に立った九十九はきゃぴきゃぴしながら跳ねる。

「はいはーい、感動的な再開もそこまででーす。カイト君にはこれからマザーとの接触を行ってもらいまーす」

「マザー?」

 あまりの展開について行けなかったが、聞きなれない単語に首をかしげる。

 九十九がぴたりと止まりシグレに顔を寄せた。

「それ本気? 適正者同士で意思疎通ができないとしてもマザーは危険なんじゃない?」

「セブンナイツである九十九を検体にしたら私の首が危ないんだけど……追放者を名乗る彼なら問題ないでしょー」

 何を話しているのかさっぱりだったが、九十九がふてくされた様子で出ていくと、俺は警備兵に立たされた。

「んじゃあ行こうか―」


 絶対零度の室内で俺は驚愕していた。これ以上は前に進みたくない。いや進んでいは行けないのだと本能が警告していた。

 後ろでは白衣を着た数人の研究者らしき男たちと、シグレが何やら呟いているが内容までは耳に入ってこない。

「さあカイト君、もう一歩近づいてー」

 呑気な声が聞こえてくるが俺の脚は地面に張り付いたように動かなかった。

「あ、ああ。な、なんだこれ……」

 見ているだけで頭の中に何かが入ってきそうになる。別の、他の存在がすぐそばにいる。

「らちが明かないなー」

 すぐ後ろで不満を漏らしたシグレの声が聞こえると、なんと彼女は俺の背中を押したのである。

 瞬間。

『これは驚いたぞ人間。貴様、結晶を体内に宿しているのか』

「ひっ!」

 地獄の底から発したような声音が、俺の脳内に直接入り込んでくる。

 俺の思考が流れマザーの思考が滝のように入ってくる。

「や、やめ……」

 頭を抱えて膝をつくが、それでもマザーは容赦がない。俺の中に感情が二つ出来上がっていく。

『オスか。結晶に耐性を持つならば契りを結べ。人間との交配は我が更なる種を従える基礎なとなるであろう』

 くわっと氷漬けされているはずのマザーが目を見開き、ぎょろりと視線を俺へと向けてきた。

「緊急冷凍! 全員ここから出て!」

 シグレの声がどこか遠くで響いている。

 意識が朦朧とする中で誰かが俺を担ぎ上げてエレベーターまで運んでいく。見えるのは俺の足と、凍り始めた室内。

 エレベーターが上へ登って行くのを感じると同時に、俺の中にいた何者かもすうっと引いて行く。

「危なかったねー。まさか目がぱっちりと開くとは思わなかったよー。あの状態じゃあもしかしてずっと意識はあったのかもなー」

 ふっと額の汗を拭ったシグレは尚も落ち着き払ってブツブツと小言を呟きだす。

 エレベーターは俺が閉じ込められていた階まで到達する。

「カイト君を元の部屋に戻しておいてね。私は面白いことになって来たから自室にこもるよ」

 手をヒラヒラと振ったシグレはそのままエレベーターで昇って行く。

 扉が閉まると警備兵は俺の両脇を掴み引っ張る。

 あの怪物の声がまだ頭から離れない。もし、あんなものが外に出てきたらどうなるのか考えただけでもおぞましい。

「そこの警備兵、少し待ちなさい。カイトさんにお話があります」

 目の前に現れた神宮寺に言われて警備兵はさっと俺の腕を離した。

「時間ありますよね?」

「……ええ、いくらでも」

 俺が小さく頷くと、彼女は踵を返した。

 警備兵ももちろんついてこようと歩き出したが、神宮寺はそれを引き留めると、無防備な状態で再び前を行く。

「俺は追放者の一員だぞ。警備兵もつけないでいいのか?」

「盗んだアクティブスーツを使って人助けをする貴方が、私なんかを背後から襲うのですか?」

 質問で返されたが、そんなこと俺にはできるはずもない。

 神宮寺は俺を軽く一瞥すると、クスリと笑った。

「ほら、出来ないでしょ。だから大丈夫ですよ」

 それから神宮寺は俺をとある部屋に通すと、すぐに鍵をかけた。

「話しは何だ? 大した情報なんて持ってないぞ」

「私は貴方をここから逃がそうと思います。もちろん、スーツ付きで」

 至極魔人赤尾をしている者だから俺は思わず吹き出してしまった。

「神宮寺家の人が追放者の一員にそんなことを言ったらまずいでしょ」

「大丈夫ですよ。ここは盗聴もされていませんし。それに貴方を逃がすのは私の目が間違っていなかった証拠ですから」

「証拠?」

 俺が尋ねると神宮寺は形のいい唇を僅かにあげて嬉しそうに微笑んだ。

「ナンバーズは壁の中にいる人たちと何も変わらない人間です。追放者の皆さんだって炊き出しを行っているではありませんか」

「知ってたのか」

「ええ。出撃のたびに見てますから。それにこの前あなた方のリーダーに言われましたからね。私の行動で何が変わったのか、と」

 ぐっと拳を作った神宮寺は俺の目を真っ直ぐに見つめてくると、はっきりと言い切った。

「私はどんな手を使ってでも父上を王の座から引きずり下ろします。その為には追放者の協力が不可欠なんです。ですからどうか、追放者のリーダーに私が協力者であると伝言してほしいのです」

 その提案には乗ってやりたい。たぶん京子の力があれば第三階層まで、いや神宮寺の父が住む場所までたどり着けるはずだ。

 しかし、もしそんなことを実行すれば外にいる人たちがどうなるか分からない。

 それにあの氷漬けのマザーと呼ばれるガルマスも問題だ。

 目の前の彼女が王になったところで、今まで優遇されてきた壁の中の人間がナンバーズだった奴らを受け入れられる可能性だって低い。

 問題は山積みだ。

 しかし、どう考えてもここまでの行動をとる神宮寺が後に下がるとも思えない。

「俺はまだ追放者になった覚えはないんだけどな」

「そうなのですか? しかし彼らはそう思っていないようですよ」

 そう言いながら神宮寺はスマホを取り出すと、検索サイトのニュースを見せてきた。

 話題になっていることで目を引くのは『追放者の一員を取り戻しに来るか』というタイトルの記事だ。

「追放者の一因が政府に捉えられており、それを奪還するための計画が進行中との憶測が立っている……ってまじかよ」

 俺の知らない所で早速戸塚が動き出しているらしい。いや、思い起こせば俺を必要としてくれていたのは追放者だった。

 それに。

「話しはそれるけど、適正者のナンバーズを逃がしたのってあんたの母親なんだろ?」

「……はい。母は父がシグレ博士に頼んでいた『結晶からの精神抽出』の研究でなくなっていく子供たちに同情しクーデターを起こしたのです。もちろん母は処刑されました。同じ考えを持つ私は、その償いとしてガルマスとの戦闘に出ています」

「そっか、それじゃああんたの母親は命の恩人ってわけか」

 これで彼女に対する大義名分は出来た。迷っていた背中を押すには十分だ。

「分かったよ。脱出方法はそっちで考えてくれ、何分この建物内じゃ自由に動けないからな」

「分かりました。古い手ですがいい案があります」

 顏を輝かせた神宮寺は大きく頷くと早速俺に方法を打ち明けた。




 持ってきた服は少しサイズがあっていないのか、歩きにくい。

「ばれてないか?」

「大丈夫ですよ。というか意外と様になってますね。それだと本当に私専属の警備兵になっても問題無さそうです」

 クスクスと笑う神宮寺は間違いなく楽しんでいた。こちとら慣れない服装で緊張していると言うのに。

 俺は奪ってきた警備兵と、深めに被っている帽子に違和感を覚えながらも神宮寺の後ろからついて行く。

 研究所と言うだけあって相当な高さの建物だが、やはり警備兵は少ない。

 一階まで行くと受付がありその横を何知らぬ顔で神宮寺は通り過ぎていく。俺も後から続くが、緊張して声も出ない。

 出入り口の前にはゲートがありそこで指紋と静脈認証をする。

 俺は警備兵がいる真横で、機器に手を乗せるとぴっと音がしただけだった。

「え?」

 俺は一瞬首を傾げ、近くにいる警備兵と視線を合わせてしまう。

「どうした?」

 不審に思ったのか、警備兵が話しかけてくるも、そこで神宮寺が割って入ってきた。

「早くしてください」

 少々荒げた声を発した彼女に俺はハッとすると、警備兵の声を無視してそそくさと歩き出した。

「認証通ったぞ……」

「ああ、あれは認証なんかしてないんですよ」

「は? いやでも……」

「電子キーが普及して何年も経ちますがそうすれば、自ずと解除しようとする輩も増えます。今はイタチゴッコで新しくシステム開発してもすぐに破られるんですよ。ですから出入りに関しては『最新のシステムを配置してる』という心理を使った防犯と安心をしてるんです」

「じゃあもし、重要な部屋に入られでもしたら」

「そこはご安心ください。今は数が少なくなった鍵の施錠をしてますので」

 なって発想だよ。まあ確かに電子錠が発達したのは紛失や盗難の恐れがある鍵を無くし便利にするためのものだが、逆手に取るなんてな。

 外に出ると広い芝が広がり噴水の傍にはいくつものベンチが並んでいた。丁度お昼過ぎの今は休憩中の研究員が談笑している。

 これが、壁の外にも広がっていたら。

「ここならスーツを呼んでも大丈夫なはずです」

 第五世代アクティブスーツの認証機能は一時的に切られていたが、神宮寺が解除してくれている。捉えられている室内で呼んでも良かったのだが、それだと被害がおおきくなる可能性があるため外で呼んでほしいとのことだった。

「アクティブスーツ起動」

『アクティブスーツ起動します』

 脳内におなじみの声が響くと同時に壁を打ち破ってアクティブスーツが姿を現した。

 一度虚空を旋回し俺の元までやってくると、背後からかぶさるようにして体に装着する。

「なんだ一体!」

「追放者が逃げたぞ!」

 方々から警備兵の慌ただしい声が聞こえてくると、神宮寺は俺の手を取った。

「必ず伝えてください。お気をつけて」

「分かった」

 俺は周囲の警備兵が集まって来る前に飛び立つと、それから地上を一瞥した。

 見上げている神宮寺を一瞥すると、そのまま飛び去ろうとしたが。

『ダメだよ逃げちゃ』

 クスッと笑いを含んだ警告が耳に聞こえると、慌てて後ろを振り返った。

 そこには赤色の第四世代アクティブスーツがピッタリと付いて来ていたのである。

「確か、九十九さん?」

『はいはい、そうですよ~。今どきな女子高生の九十九ちゃんでーす。いやあ、シグレから逃げ出さないように見張ってくれって頼まれてて正解だったよ』

「悪いけど、掴まる訳には行かないんだ」

 単純な飛行速度なら俺の方が有利なはずだ。だけど、このまま空中を突っ切って追放者のアジトを知られでもしたら大変な事になる。

 神宮寺の言葉を戸塚に伝えるどころでは無いな。

 しかし俺のことなど歯牙にもかけない九十九は後ろで肩をすくめるだけだった。

『分かってるよん。でもこっちもお仕事なんだよね。悪いけど捕まえさせてもらうねー』

「そうはいくか」

 俺は眼下に視線を降ろし急降下したが恐ろしさに背筋に悪寒が走る。自分で操っているにもかかわらず、落ちるという行動は本能的な恐怖があるようだ。

『レースだね。楽しくなってきた!』

 背後から迫る異様な空気に俺はゴクリと唾を飲んだ。

 彼女からしてみれば仕事かもしれないが、何故か楽しそうだ。

 広々とした家々の間を飛翔し、慣れない操作でどうにか間を縫うように九十九を引き離そうとするが、上手くは行かない。

『もし君がガルマスならもう撃ち落としてるよん』

 心の中で悪態をつき、もう一度後方を確認するも、九十九はニヤリとしているばかりである。

「まだ早くならないのか」

『無理むり、それは経験の差だよ』

 それはそうだろう、俺だってこれを切るのは三回目だ。そんな素人と、セブンんあいつのトップが競争になる訳も無い。

 第三階層の恥まで来ると、俺はさらに急降下して第二階層を目指す。

『もう飽きてきちゃた。落ちてくんない?』

 寒気を纏った声音に俺の背に汗がにじみ出る。

『ロックオンされています』

 視界の端に映し出されたのは、後方の映像だ。九十九が俺に狙いをつけて今まさに引き金を引かんとしている。

 しかし、その時だ。

聞えてきたのは別の音。ポケットから鳴り響いてくるのは、つい先日鳴ったガルマスアラームだ。

『ガルマス接近中、十一時の方向に数百体の群れを確認』

 俺が目を向けると、スーツが望遠鏡の役割をはたして視界をズームする。

 異形の怪物は津波のように押し寄せてきており、最前線で戦っている警備兵はチリのように宙を舞い、蛇のように地べたを張っていた。

 だがそんな事に慈悲を見せる奴らでは無い。目もくれずに尚も壁の方へと向かってきている。

『もー折角いいところだったのに。でもあっちの方が先かあ。また会おうねカイト』

 手を振った九十九は空路を変えてガルマスの群れの方に飛んで行った。

 俺は停止すると、思わず安堵のため息を漏らしたが、悠長な事は考えていられない。

 このスーツを着こなしてセブンナイツと同等の力を得なければ敵対した時に手も足も出なくなる。

 だけど、その前に。

「ツクヨ」

 ぽつりと呟いて追放者のアジトを目指して俺は一目散に飛んだ。


「カイト! 無事だったのね!」

 炊き出しを行っていた場所に降り立つと、食事を配っていたツクヨが飛び付いてきた。

「ああ。もちろんだ」

「本当に心配したんだから」

「あの後、誰かから連絡はあったか?」

 尋ねるとツクヨは瞳を伏せて首を左右に振った。

 ツクヨは人気者だし、数少ないが女子たちと連絡先を交換していたはずだ。しかし誰からも連絡が無いとなると、それはもうクラスメイトでは無いと言うことだろう。

「そっか。だけど心配すんなって」

「うん、カイトが言うならもう考えないわ」

「そういえば九十九と会ったぞ。てか俺はあまり覚えてないんだけどな」

 肩をすくめると、ツクヨは目を輝かせて一歩近づいてきた。

「本当に! よかったあ。あいつって施設にいたころは喧嘩っ早いし、別れてからはどうなっていたか不安だったのよ。今何してるのかしら?」

 にこやかに聞いてきたツクヨに俺は思わず躊躇してしまう。それでもやはり伝えるべきだろう。

「セブンナイツのリーダーになってたよ」

 視線を僅かにずらしてそう言うと、ツクヨが目を見開くのが分かった。

「そっか。でも戦闘的性が一番高かったし……」

 ツクヨは一歩下がるとどこか納得したように微笑んだが、それでも瞳は悲しさを宿していた。

「ほう、帰ってこられたのか」

 ふと投げられた言葉に目を向けると、戸塚が歩み寄ってきていた。

 相変わらずのイケメンぶりには少し嫉妬してしまう。

「何とかな。だけどまさか一人残されるとは思わなかった」

「許せ。まさかあそこにシグレがいるとは思わなくてな。俺の誤算だ」

「シグレ博士を知ってるのか?」

 戸塚はグッと口元を引き締めたが、やがてゆっくりと口を開いた。そして重々しく、憎しみを込めた口調で。

「あいつはナンバーズになった俺の妹を……初めの結晶化研究に使った奴だ」



「生まれた妹が出産後の審査で即刻ナンバーズになってな。何とか匿おうと両親を説得し、シグレに頼み込んだ。だがまあ無理な頼みだったんだ。あいつは神宮寺家から命を受けて精神抽出の実験に取り掛かった。もちろん、材料なんてすぐに見つかるはずも無かったさ。ナンバーズは壁の外にいるし、施設にいる子供たちは適性試験を受けてないから、金の卵が眠っているかもしれないだろ」

 なるほど、そこで白羽の矢が立ったのが戸塚の妹だったわけか。

 倒壊したビルの一室で、外を眺めながら戸塚は淡々と言ってのけた。

パイプ椅子の背もたれに体重を預けた俺は暫く放心状態だったが、テーブルの上に置いたコーヒーを戸塚が啜るのを聞いて現実に戻ってくる。

「それじゃあ妹さんは……」

「まだ生きてるが……半分だけ結晶化して意識不明だ。適正者の素質がどこかにあったのかもしれないな」

 ふっと自嘲気味に笑った戸塚は窓の外から俺達に視線を向けると、さっきまでの悲しそうな横顔は消えていた。

「辛気臭い話は終わりだ。さてと、青葉カイト、君は追放者に入るしかなくなったがどうする?」

「……ああ。あんた達に協力する。だけどナンバーズがどうこうってのもあるが……」

「あるが?」

「研究所にいるマザーってガルマスを何とかしないと、多分人間は絶滅する」




 研究所にいたことを全て話すとしばらく沈黙が流れた。

 マザーと呼ばれるガルマスを目にしたときのことは今でも鮮明に覚えている。しかしだからこそ脅威であることも十分に理解しているのだ。

 それが伝わってくれたらいいが。

「ツクヨはどう思う? カイトの話を聞いて」

「信じるわ。でも戸塚リーダーも知らなかったの?」

「地下は俺でも入る事が出来なかった所だからな、それは初めて聞いた」

 神妙な顔つきの戸塚は顎に手を当てて何やら考え込んでいた。

「あとそれと、もう一つ大事な事なんだけど、神宮寺が戸塚リーダーに会いたがってた」

「俺にか?」

 首をかしげたくなるのも分かる。王の娘が追放者のトップに会いたいなんて普通は言わない。だけど、それでも俺は思い出しながら正確に話した。

「現政権を転覆させて追放者を救うか…まったく、あの人はお母様と同じだな」

 ふっと戸塚は微笑むと席を立つ。

「よし、すぐにでも会う準備を……いや、その前にカイト、お前の初仕事だ」

 目を細めて外を眺めた戸塚に釣られて俺も顔を向けた。

「ガルマス! しかもかなりの数だぞ」

 俺が叫ぶと同時にツクヨが部屋を飛び出していく。

 まさかこの前みたいに戦う気か?

「そう心配するな。まず俺達が行うことはナンバーズの避難だ。ツクヨはそれをしに行ったまでだ。戦闘は、カイトの分野だろ」

 俺の考えを見透かしたようにいう戸塚も部屋を出て行く。

 後は俺に任せたってわけか。何ともストイックな奴だ。

「やってやるさ。アクティブスーツ起動」

『アクティブスーツ起動します』

 別の部屋に置いていたアクティブスーツが壁を突き破って俺の元までやってくると、土埃が瞬く間に視界を奪った。

 今度から気をつけよう。

俺はすぐに部屋から飛び立ち地上に降りる。

「地下に避難して! 慌てないで、ゆっくりでもいいから! 子供先に!」

「追放者は武器を取ってこい! 弾はいくらあってもいいぞ」

「ビル爆破の配置確認とスイッチ用意しておけ。最悪の場合ここ一帯を爆破するぞ」

 次々と飛ぶ指示に俺は内心舌を巻いてしまう。

 だけど、俺がこれを着ている限りは絶対に誰一人として死なせない。

「カイト」

 非難の案内をしていたツクヨが駆け寄ってくると心配そうな顔を見せてきた。まったく、こんな顔、家族にもされたことないぞ。

「私も戦うわ」

「それはダメだ」

「いやよ! また離れるのは……」

 涙を目に溜めながら胸に飛び込んできたツクヨに俺は息をのんでしまう。

 だけど今はどうしようもない。

 ゆっくりと肩を押し返して、俺は彼女の額に自分のそれを合わせた。

「なに言ってる。掴まってもまた戻ってきた俺を信じろよ」

 俺はゆっくりと離れると、ゆっくりと飛び上がり一直線にガルマスの方へと飛んでいく。

 群れの前に降りるとすぐ足に根が生えたように動けなくなるほどの恐怖が体を支配してきた。

『敵個体、獣型ガルマスと認定します。武器を展開、迎撃活動は自動で行います』

「分かってる」

 俺の左太ももにある装甲がガチャンと音をたてると、中に納まっていた二つ折りの件が飛び出してくる。

 それを握ると同時にまるで合図でもしたかのような轟音が鳴り響いた。

 以前レジスタンスを助けた時のように、翼が開き、そこからレーザーが繰り出される。

 赤一色の線が迫りくるガルマスを次々と貫くが、それでも止ろうとしない。

「くそっ、量が違いすぎる。それに向こうの方も」

 いや九十九が対処しに行った方の事を考えている暇はない。一匹でも逃すわけにはいかないのだ。

 この自動迎撃だけで対処できなければ俺が動くしかない。

 恐怖を目の前にして僅かに足が竦んだが、背後に視線を感じて振り返った。

 すこし離れた所に心配そうな顔をして胸の前で手を合わせるツクヨがいた。

「はああ!」

 全身を支配していた恐怖を吐息と共に追い出し、手に力を込めて得物を握りしめる。

 ぐっと足に力を入れて軽く踏み出すと、スーツの強化補正で予想よりも早いスピードで駆けだすことになった。

 いや、これでいい。多分止まったら今度は動けそうにない。

 俺は剣を振り上げると力任せにガルマスを斬った。

 バターのようにぬるりとした感触が手に伝わり思わず眉根をしかめるが、また別のガルマスが牙をむく。

 四つ目の異形の化け物は生えそろった牙を今まさに俺の腕に突き立てようとしているのだ。

「ふっ」

 短い息を吐き、体を横にすると一撃を回避する。

 間髪入れずに振り下ろした剣を切り上げガルマスの体を一刀両断する。

 しかし自動迎撃と俺のこの剣一振りでは間に合いそうもない。

「他の武器は?」

『重火器が二つ、短剣一つ、対神型用ガルマス専用武器二つ、機密保持のための自爆用爆破物が一つです』

 最後の一つは聞かなかった事にしよう。

「分かった」

 俺は一度距離を取ると剣を収めて銃を取りだした。

『自動照準を開始、手動による調整は不要です』

 アクティブスーツを着ていてもずっしりと重さを感じるほどの銃を持ち、躊躇なく引き金を引く。

「はああああ!」

 雨のような弾丸が迫りくるガルマスを押しとどめ、次々と屍を作り出していく。

 翼から放たれるレーザーと弾丸の標的は重なる事が無く、別々の敵を屠っている。地面に親指三本ほどの薬きょうがばらまかれ、焦げ臭いにおいが辺り一帯を支配する。

 両腕にかかる反動を押さえながら俺は奥歯を噛み締めていた。

『残り百体、八十体、六十体、四十体……』

 耳元でカウントが始まる。

 やがて俺の目にも終わりが近づいてみえてくる。

『ゼロ。標的の全数討伐を確認しました。これより自動迎撃、自動標準を解除します』

「やっと終わったか」

 その場に座り込みそうになるのを堪えて俺は振り返ると、すぐ前にツクヨの姿があった。

 目元も拭わずに飛びついてくるとその顔を胸に押し付けてきた。

「良かった、飛び込んだ時はもうダメかと思ったわ……」

「自動迎撃じゃ間に合わなくてな。んな事よりも、そんなもの首から下げて何やってんンだ」

 俺は彼女が持っている銃に目をやった。いつの間にか取って来ていたのだろう、だけどどう見てもこんなものが似合うはずもない。

「もしものためよ」

「俺の周りでそんなもん持つクラスメイトはお前だけだぞ」

 壁の中にいた時は警備兵とセブンナイツがガルマスを討伐していただけの映像しか見たこと無かったから。いや、今でも薄々ではあるが非現実だと思っている。

 俺はゆっくりとツクヨの方にかかっている銃を取り上げた。

 こんなものを持たせるべきではないのだ。

「私はほら、適正者だから」

 はにかんだツクヨが眼帯で被っている目をちらっと見せてきた。

 その時だ。

 視界の半分がぐらりと揺らいだかと思うと、右半分に映ったのは『俺』の姿だった。

 まごうこと無き自分の姿を自分で見ている状態だ。

「な、なんだこれ……」

 右眼に手を当てて戸惑っていると、ツクヨがこちらを見上げながら呟いた。

「カイト、私、私の姿が見えるわ」

「お前もか……」

 どうやら九十九にも自分の姿が見えているらしいが理解が追いつかない。

 しかし、それと同時にツクヨがアッと声を上げた。

「カイトの目……結晶化が進行してるわ」

 そう言われて俺は当りを見渡すと、地面に散っているビルのガラス片を拾い上げた。

 左目と比べて異様に紫色に光る右眼が禍々しく、思わず手に持った破片を落としてしまった。

「なんだこれ」

 ツクヨの方を一瞥すると、彼女の瞳もまた輝きを帯びている。

「まさかガルマスの視界共有が発言するとはな」

 そう言ったのは戸塚だった。横には京子が銃を持って首をかしげている。

 確か戸塚はシグレと同じくガルマスの研究者だったはずだ。

「どういう事だよ」

「ガルマスは結晶を介して意思疎通を行う。それと同時に視界の共有もしている。まさか人間に出るとは思わなかったけどな……いや少しは可能性はあったが」

 頭をかきながら戸塚は言うと、ふっと微笑んだ。

「それはそうとしてだ。カイト、予想以上の仕事だったな。避難して奴らも途中から言うこと聞かなくて外に出て来たぞ」

 戸塚は後方を親指でさすと、そこにはナンバーズの人々が瓦礫の影からこちらを覗いていた。

「たった一人で倒したのか……」

「すげえ」

「セブンナイツも敵じゃないぞこりゃあ」

 ぞろぞろと出てきた人々の目にはどこか輝きが宿っている。

 戸塚はくるりと踵を返すと、ナンバーズと向き合って声を上げた。

「さて、皆に紹介しよう。青葉カイトだ。彼こそわれわれ追放者の盾であり鉾でもある。しかし今しばらく我慢してほしい、あのそびえる居住区から王を引きずりだし安全な壁の中に入る事を!」

 歓声が上がり、戸塚の名前を叫ぶ者もいれば俺の名前を呼ぶ人もいる。

 しかしそんな余韻に浸らないのが戸塚だった。

 再び俺へと目を向けると、にやりと口の端をつりあげる。

「よし、神宮寺彩花と会う準備をするぞ。助けてほしいと言われたら断るわけにもいかないしな」

 何かを企んでいる顔であることは一目瞭然だが、そんなこと知る由も無い。

 


 俺は目深に帽子を被って辺りを見渡す。

 左右にはビルが日陰を作り、一本向こうの通りでは車が行き交っている。その音も小さくはあるがちゃんと聞こえている。

 壁の中のとある裏路地はゴミも無ければ清潔そのものだ。

 あれから数日経ち、街で流れるテレビでは俺の業績はセブンナイツが行ったことになっていた。

 胸糞悪くなるが、それは仕方ない。追放者が最新式のアクティブスーツを盗んだと知られたらパニックになる。

「本当にここか?」

「ああ。いかにもって感じだろ」

 俺の問いに答えた戸塚は小さな扉を押しあけた。外から見れば飲食店の裏口だろうが、その実は違うらしい。追放者の内部侵入ルートの一つであり潜伏場所なのだそうだ。

「右眼の方は何も言うなよ、知られると何が起るか分からん」

「了解」

 あの日以来、俺とツクヨの視界は別々になっている。つまりは元に戻っていると言うことだ。意識をすれば互いの視界は共有されることが分かり、不用意に使うことは戸塚に禁じられている。

 まあ俺もそれには賛成だ。ガルマスと同じだからってのもあるが、一番は結晶化の信仰が進むかもしれないからである。人の姿のまま固まるなんて考えただけでも背筋が凍る。

 戸塚が歩き出すと俺も続き、後ろからは京子がついてくる。彼女ほど通路に詳しい物はおらず、もしもの時のために道案内をしてもらうためだ。

「だけど私は初めて会うよ神宮寺家の人なんて。だっていっつも上にいるんでしょ」

「いや、神宮寺彩花はそうでもない。アクティブスーツでガルマスと戦闘をしている。特に母親が死んでからは、王に命令されてな。まったく、公に処分できないから戦闘で殺そうって根端が見えてる」

 俺の前にいる戸塚が吐き捨てるように答えると、俺達は電球が照らし出す通路の奥にたどり着いた。

 古びた扉を開け、重々しい音がすると中に踏み入った。

 部屋はこれまた質素なつくりで、本棚と机、それにソファーしかない。揺れる電球が影を躍らせる。

「またせた」

 戸塚は先に来ていた神宮寺へと目を向ける。

「戸塚さん」

 神宮寺は立ち上がると、軽く頭を下げてそれから俺へと目を向けた。

 思わず硬直してしまいそうになるのを堪えて椅子に座り面と向かい合う。

「ありがとうございますカイトさん、ちゃんと伝えてくれて」

「一応約束したしな。それに俺ももう目を背けてられない事情が出来たんだ」

「そうでしたか。少し話題は変わるんですが、先日のガルマス討伐をしたのはカイトさんですよね?」

 俺は無言で頷くと神宮寺はどこか納得した様子で頷いた。

「セブンナイツの間では問題になっていますよ。あれほどの火力を長時間放つことができると言うのは驚異的だと……」

「それは九十九さんも?」

「彼女は別でしたよ。また新しい敵が増えたことで喜んでいました。戦闘的性が高すぎるゆえでしょうね」

 神宮寺が背もたれに体を預けると、次に口を開いたのは戸塚だった。

「話しをもどそう。カイトから聞いたが……現政府を転覆させたいとか聞いたが」

「ええその通りです。私は現状の人類領域が無機質なものに思えて仕方ありません。効率的に生産される人間はまるで道具です。いえ、実際はその通りなのでしょう」

 視線を僅かに落とした神宮寺の瞳が揺れているのを俺は見逃さなかった。

 ガルマス襲来以降、人口調整と持続のために不要な人間は捨てられている。それに加えて適性試験で職業の幅は狭められ、点数が取れない職種には着けないのだ。

「理由は分かった。しかし具体的にはどうする? あんたの家だったら警備は厳重でこういう抜け穴も無いだろ。しかも第三階層だ、そこに行くまでも厳重だが」

「ええ、かなり難しいです。ですからガルマスを使おうと思います」

 その提案に俺は口を挟みそうになったが、それを察した戸塚が左手で制した。

「ガルマスを使う?」

「はい。もう聞いているかもしれませんが、シグレ博士がカイトさんをマザーに合わせて以降、ガルマスが頻繁に出没しているんです。この数日間だけで既に五十を超える報告を聞いています。セブンナイツはその対応でいっぱいなのです」

「だから彼らがいない間に奇襲してしまおうと言う訳か。ではもう一度、カイトとマザーを合わせるって事か?」

「はい。地下の記録映像によると、明かにカイト君はマザーと会話していました。次ぐれ博士が作製した機器にも脳波の乱れと、不可解な波が捉えられています。それに呼応するようにガルマスの数も増えているんです」

 それを聞いて俺は握り拳を作っていた。汗をかいているのが分かる。

 あんな危険なことなど二度とごめんだ。

 じっとりと汗をかいている俺を戸塚は一瞥して顎に手を当てた。

「却下だ。うちのメンバーに危険な事はさせられない」

「ですがそれでは……」

「適正者ならもう一人いるだろう、セブンナイツにな」

「ですからそれは無理なんですよ。セブンナイツは遠出しています」

 がっくりと肩を落とした神宮寺は、それから思い出したように何かを言おうとしたが、グッと言葉を飲み込んだ。

 だがそれを見逃す戸塚では無い。

「言ってみろよ。交渉に応じられるかもしれないぞ」

「……そうですね。それでは、開発中の第五世代アクティブスーツ、それを与えるって事でどうでしょうか?」

「ほう」

「なっ!」

 俺と戸塚は同時に声を上げて目を見開くと、目の前にいる神宮寺をこれでもかと見つめた。それはそうだ、彼女が今言っていることは国の粋を集めた技術を追放者に提供することに他ならないのだから。

「それは信じていいのか?」

「この状況でそれを言いますか?」

 ちらりと神宮寺は戸塚の後ろに控えている京子に目をやった。

 京子の手には小さな拳銃が握られており、いつでも撃てるように神宮寺を睨みつけるかのような眼差しを向けているのだ。

「何故自分で殺さない? あなたなら実家に入る事も、標的に近づくことも朝飯前だ。こんな危険を冒して俺達にあって、しかもアクティブスーツをやるからと交渉する必要はないだろう」

「分かっています。しかしそれでは……」

「なるほど、父と同じだから追放者を使えば俺達のせいに出来ると言うことか」

「そ、そんなことは考えていません!」

 室内に声をとどろかせた神宮寺は目元に涙を浮かべていた。

 俺も彼女と何度か離したが、多分本当に考えていなかっただけだ。利害が一致すると言う点を見て接触したに違いない。

「まあいいだろ。その方が後々動きやすいはずだ」

 意地悪い笑みを浮かべた戸塚だが、その瞳には光が燈っていた。

 もしそのスーツが手に入れば、おそらく着るのはツクヨだろう。適正者でありガルマスと生身で戦った程の運動神経を持っているのだから。

「なあスーツを着るのってツクヨか?」

「もし手に入ればな。しかしこれで追放者はその目的にまた近づく。いや、達成したと言っても過言では無いな」

「あなた達の目的は壁の中に入る事で、私は現政権を倒しナンバーズを中に入れることです。目的は完全に一致していると思いますが」

「そうだな。カイトはやってくれるか?」

 さっきまでとは話が別次元だ。ガルマスを引き寄せるだけじゃない。あの精神的の浸食に次は耐えられるかも分からないのである。

「条件が俺にもある」

「ツクヨの事なら彼女自身に決めさせる。あいつも一人で戦うかどうかを決めるころだ」

 俺の考えを見透かしたように戸塚は先回りすると席を立つ。

「カイト、どちらにしろ俺達に道はない。ここで断っても先には進めない、いや、マザーとの接触でガルマスが増えているのならば、お前一人でこの先ナンバーズたちを守るのは無理だろう」

 この前の戦いでスーツの性能は偉大であると分かったが、それでも限界はある。もしあの時、他の場所に群れが現れたら対処できなかっただろう。

 ツクヨがこの先武器なんて持つことが無いようにと思っていたが、それは夢物語だったらしい。

「京子、すぐにツクヨに連絡して決めさせろ。まあ答えは分かっているがな」

「りょーかい」

 京子がスマホを取り出し、ツクヨへと電話をかける。

 その間に神宮司は神妙な面持ちをしていたが、俺へと視線を向けてきた。

「このまえ、マザーと何を話していたんですか?」

「あの時は…………」

 俺は思い出すのも嫌な記憶を手繰り寄せて俺は話しだした。

 マザーが俺の精神の中に入り込んできそうになった事、そして新たな種を生み出すための子種として求められていることを。

 すべて出しきると僅かな沈黙が流れ、神宮寺が口火を切る。

「であればガルマス襲来は納得いきますね」

「ああ。これからさらに激しくなるぞ。壁の中ももはや安全ではないかもしれん」

 そうなれば外にいるナンバーズは尚更危険なわけだ。

 街の人々が紫色の結晶の中で生きているとも死んでいるとも区別がつかない状態になっているのを想像して身震いしてしまう。

 機能停止なんてものじゃない、この国にいる人間が滅ぶ。その姿が容易に想像できるのだ。

「分かった、もう一度マザーと会う」

「交渉成立ですね。私はすぐに準備します、それとガスマスの対策についても考えてみます。他の国とも連絡を取って……」

「ツクヨちゃん、乗る気満々だよ」

 神宮寺の言葉を遮ったのは京子だ。スマホをしまうと少し残念そうな顔をして俺に目を向けてきた。

 分かっていた。ツクヨならきっとそうするだろう。なにせガルマスの大群を前にしてもたった一つの銃を手にしていたのだから。

「そっか」

 俺は小さく呟くと、神宮寺の方を見つめた。

「スーツの話は本当だよな?」

 念を押すように聞く。

「もちろんです。それでは一週間後の決行と言うことでいいですか?」

「問題ない。カイトもそれまでに経験を積んでおけ、スーツの扱いは機器に頼りっぱなしだろ」

「分かった」

「それでは私はこれで……」

「まて神宮寺。お前一人で内側から崩すのは厳しいだろ。俺達も一役買おう。確か四日後は人類記念日だよな」

 ガルマスから完全に領域を守り切った日だ。その記念日から三日前後は様々なイベントが行われ人々が盛り上がる。

 それを使って戸塚は何かを思いついたのだろう。ふっと、口元を歪ませている。

「ええ、まあそうですよ」

「よし、それじゃあ壁の外もお祭り騒ぎを起こしていることを知らせてやるか。少し欲しい物があるんだが」

 と戸塚は神宮寺に耳打ちすると、彼女は眉根をしかめた。

「そんなものですか……まあ別にいいですけど……壁の外までテレビは映るのですか?」

「見はしないさ。出演するんだ」

「なにか考えがあるようですね。分かりました追って連絡します」

 神宮寺は立ち上がると、机の上に置いた帽子をかぶり外へと出て行った。

 それを見送り、案内役の京子の緊張が解けたのが分かる。

「よーし、それじゃあ私たちも帰ろっか。ツクヨちゃんなんか『やっとカイトと一緒に戦えるわ』なんて言ってんだよ。ほんともう参っちゃうよね」

 なんて他人事の京子はニヤついている。

 しかし俺はそんな京子に僅かな怒りを感じてしまった。

「最悪だよ。本当は戦うべきじゃないんだ、普通に学校に行って皆と……」

 続きを飲み込んで俺は首を左右に振った。

 たぶんそれは追放者にとっては普通じゃない。俺が外に出た時に感じた違和感をもしかしたらツクヨも感じていたかもしれない。

「普通とは周りの環境しか知らない奴が言う言葉だ、いや、カイトは先を言わなかっただけマシだな」

 戸塚が俺を一瞥すると立ち上がって外へと歩き出す。

「ごめん」

 俺は京子に謝ると、彼女はカラカラと笑った。

「気にすることないさ。でもツクヨちゃんの前では言わない方がいいと思うなー。やっと彼女の願いが叶ったんだし、それを拒絶されるとつらいよー?」

「……分かった」




 いつからかは分からない。でもそれが非人道的であると言い聞かされて数年は経っていた。見た目も流れる血でさえも、言葉でさえも同じなのに、なぜ彼らを壁の外に出すのか納得がいかない。

 だけど理解はしている。この狭い人間領域に住むには人口の調整が必要だし、それに合わせて仕事も食料でさえも調整が必要だから適性のある人間を選ぶのは当たり前の事だ。

「しかし私は……」

 第三階層の中央、その一際大きな和風の屋敷に足を踏み入れると庭の手入れをしていた家政婦が首を垂れる。

「お帰りなさいませ」

「ありがとう」

 そう小声で言うのも仕方ないことだ。ここに住んでいるのもまたナンバーズ。

 父からは言葉も交わすな、出来れば視界にも入れるなと言われている。だからこうして独り言のように呟くしかないのだ。

 玄関をくぐると同時に、門に設置されている生体認証装置が作動し青白い光が私をスキャンしていく。

 庭にいる数人の警備兵も私であろうが、睨みつけるように監視され引き金に歯常に指を駆けている。そんなことしなくても武器の類や怪しい物を所持していれば、たちまち庭に仕掛けられた自動小銃が地面から顔を出して牙をむくのに。

 この建造物は木造なのに、システムだけは最先端だ。

「あっれー、どうしたんですかー? ここに来るなんて珍しいですねー」

「シグレ博士こそ、こんな所にきているとは思いませんでしたよ。父上に何か御用ですか?」

 シグレはにんまりと笑うと大きく頷く。

「そーなんですよ! この前マザーと適正者を合わせたことで一気に研究が先に進みましてねー。しかも会話の解読にも成功したんだー」

 目を輝かせるシグレは懐から薄い端末を取り出すと、見せてきた。

 そこには青と赤の線が心電図のように流れているだけだったが、やがて大きく二つの線は上下に動き出す。

 聞き取りにくいが、初めに耳に入ったのはおぞましい声だった。


『これは驚いたぞ人間。貴様、結晶を体内に宿しているのか』

「ひっ! や、やめ……」

『オスか。結晶に耐性を持つならば契りを結べ。人間との交配は我が更なる種を従える基礎なとなるであろう』


 そこでぷっつりと途切れてしまっているが、私は目を見開き、今もなお顔を輝かせているシグレを見つめた。

「凄いでしょ! これがガルマスとの発対話なんですよー! 私が思うにですねー、マザーはこの地球に新しい生命をもたらそうとしているのですよー。で、適応できない人間は多分淘汰されていくと思うんですよねー。でもでも、適正者ならつまりは合格、新しい種を残すために適正者をどんな手を使ってでも捉えようとするはずですよ。しかも、もしかしたら、適正者の中にある結晶を使って外のガルマスとの通話もかのうなのかも……ってあれー?」

 シグレの話を途中で切り上げるようにして私は足早に歩き出した。

 もし話が本当ならば、目的を一刻も早く果たし、シグレの研究をアクティブスーツののみに向けなければ……。結晶からの精神抽出なんてことに呆けさせている場合では無い。

 ここに来たのは今一度、ナンバーズの保護を頼み込むためであり、それが私の覚悟でもある事を伝えるためだった。

 だけど、悠長な事は言っていられない。一週間後と戸塚には伝えたが、数日後には大群が押し寄せてきても不思議では無い。

「なにより、私の提案は……」

 もう使うことは出来ない。

 危険だと承知していた。だからこそ第五世代アクティブスーツを与えると申し出たのだ。

 しかし、政権打倒以前の問題だったのだ。新しい種の誕生なんてことを目論んでいるならば、マザーは今以上のガルマスを引き寄せるに違いない。

 セブンナイツで抑えきれる量だと想定していたのが間違いだった。

 家に入ると長く冷たい廊下を歩き、和風の庭園を横目にしながらあるき、その奥にあるふすまの前で立ち止まる。母の仇であると同時に、この国のトップ。神宮寺家の当主たる神宮寺寅之助の書斎だ。

 数十年前に首相と呼ばれた人物はガルマスの襲撃で命を落とし、安全だと思われていた避難所は尽く襲撃された。

 しかし神宮寺寅之助は違った。アクティブスーツをいち早く戦闘用に改良、実戦投入し安全圏を築き上げたのだ。

「お父様」

 胸の前で手を握りしめて震えそうになる声を押さえ何とか声を絞り出す。

「彩花か。入れ」

 しわがれた声音にビックと反応してしまうのは、多分母の事があるからだ。

 自分に逆らうなら愛した人でさえも殺してしまう、殺人鬼。

 ナンバーズを擁護したために見せしめとして、自分の威厳を保つために大衆の面前で時代遅れの絞首刑を行った人間。

「失礼します」

 中に入ると、ベッドの上で横になっている父を睨みつけるようにして見つめた。

 ベッド横には医療器具が取り付けられ、必死に延命措置を施している。

 もう長くない事は一目瞭然であり、それは父も知るところだ。

 だからこそ、シグレに結晶化からの精神抽出なんて研究を頼み込んだのである。

「どうした?」

「シグレ博士の研究をアクティブスーツだけに集中させたいのですが」

 横になっている寅之助にはもう体を動かすだけの力はない。会話だけだ。

 しかし、その眼光は猛禽類のように鋭く言葉には魂が乗っていると思えるほどに力強い。

「バカ者! なんど言ったら分かる! シグレに頼んでいる研究は人類のために必要なのだ。まったく、そこを理解しないとは……さすがあのバカの娘だな」

 吐き捨てる寅之助に私は拳を作っていた。追放者たちに頼る事なんてない、今この場で殺してしまえば全て終わる。

 だったらいっその事……。

「用が無ければ出て行け」

「…………はい」

 かみしめていた唇から血が滴り、僅かに口の中に鉄の味が広がる。

 踵を返して部屋を出ると、私はその場に座り込んでしまった。

 殺せたはずだ。あの部屋に入れるのは私かシグレのどちらかだけなのだ。警備兵も居ないというのに。

 戸塚が言っていた言葉が脳裏をよぎる。

 どうして自分で殺さないのかと。

「やはり私は」

 拳を作り額の前に掲げ、改めて後ろの扉を振り返る。

 もう一度あの人の前に立つ勇気はない。

 ゆっくりと立ち上がり、ふら付く足取りで私は家を出る。

「おや、浮かない顔してるねえ」

 玄関から踏み出した瞬間、私の前に降りてきたのはセブンナイツ筆頭の九十九だった。

 確か今はガルマス討伐の遠征に出ているはずだ。予定では五日間程度戻ってこないと連絡を受けている。

「九十九さん、何でここに……」

「そりゃガルマスはあらかた討伐し終えたからだよん。ほらあ、このまえ第五世代スーツの動画見せてくれたじゃん、あれで熱くなっちゃったんだよねえ。おかげで、五日間の予定が三日目の午前中で終ってさあ」

 心の底から楽しそうに話す九十九に、私はぞっとしたものを感じてしまった。

 いかにセブンナイツ筆頭であれ、こちらが探知しただけでもガルマスはゆうに線を超えていた。それだけでは無い。

 獣型と呼ばれる普通の敵とは一線を画す脅威、神型ガルマスの姿もあったと聞く。

 一個体で街一つを壊滅させ、数百人の命を奪った事は歴史が物語っている。

 セブンナイツと警備兵全てを投入しても丸二日はかかる相手を想定して、彼女達を送り出したのは記憶に新しい。

 だが、今の話だとその神型ガルマスさえも一日で倒してしまったことになる。

「そ、そうでしたか……」

「もお少し嬉しそうにしてよ。これでも私壁の外に同学年の子がいなくてさあ、あ、普通の人間ってことね。ナンバーズは殺してるからノーカンで。だから寂しかったんだよ」

 きゃぴきゃぴとしているその姿から放たれる言葉が私の胸に深く突き刺さり、思わず睨んでしまいそうになる。

 だけど、そんな感情も九十九はお見通しだ。

「怒らないの~。ほらほら可愛い顔が台無しでしょ」

「怒ってなどいません」

「そうなの? じゃあまーいいか。それよりもさ、私の新しいスーツが出来たってシグレから聞いたんだよね。今日はここに来るって言ってたけどなあ?」

 思わず肩を跳ね上げてしまった私は、努めて平静を装った。それこそまさに追放者との交渉で差し出すと提案した機体だ。

 当りを見回した九十九だが、もうここにシグレがいるはずもない。

「少し前に出て行きましたよ」

「えっ! もお~、お披露目してほしかったんだけどな」

 がっくりと頭を垂れた九十九は、しかし大きな目をぱちくりさせてにんまりと笑った。

「そっかあ、じゃあカイト君を探しに行こうっと」

「は? な、何を言っているのですか?」

「カイト君だよ。彼でしょ第五世代スーツの所有者。この前の映像にもはっきりと映ってたしさ。だから勝負したいんだよねえ私。第四世代でどこまで通じるのか……同じ適正者としてどちらが上なのかさあ。ほら、私が新しいの着ると勝ちは見えてるわけじゃん」

「待ってください、追放者を相手にする前に……」

「ガルマス討伐が先だって言いたいんでしょ」

 盛大にため息をついた九十九はやれやれと首を左右に振ると、顔をググッと近づけてきた。

「でーもねえ、やっぱり楽しいんだよねえ。人間は悲鳴あげるっしょ、逃げるっしょ、もうあの顔がたまんないの! 後ろから撃つなんて事しても反撃一つしてこない、負け犬の顏が忘れられないんだよね!」

「あ、あなたと言う人は」

「ふふん。これよりも楽しいことあるなら別にいいけどさ」

 すうっと離れた九十九は背を向けると、手をヒラヒラと振って飛び立とうとする。

「待ってください」

「ん? なに? もしかして面白いこと考えてる?」

「……ええ。もちろんです。絶対に後悔はさせませんよ」

 頬をつりあげて私は思考を少し前に戻した。シグレと会う前に。

 目の前にいる九十九がガルマスよりも危険な存在ならば、ともに散ってもらった方がいい。

 敵は何も外だけじゃない。そんなこと初めから分かっていたのに。

 私が追放者との策を伝え、ガルマスの動きまでを予想すると、九十九は目を見開いた。

「この前の神型よりも強い奴が来るんだ! しかも数も桁違いなんて楽しそうじゃん! 早速マザーに合わせようよ」

「ちょっと待ってください。適正者がマザーと会おうとすると」

「知ってるよん、精神が侵食されるんでしょ。私は経験した事ないから分からないけどさー」

 九十九はセブンナイツ故にシグレの実験からは外されているのだ。

 地下にも言ったことが無いのは当然だ。何があるのかも知らなかっただろう。

「でもそれをさせようとしているんでしょ?」

 そう。もうここまで来たら撤回などできない。

 私は九十九の目を見て頷く。

 吉と出るか凶と出るか、それは分からない。失敗すれば人間はガルマスの餌食となり結晶が地上を覆い尽くすだろう。

 だけど成功すれば……目の前にいる怪物も、壁の外にいる化け物も同時に消すことができる。

「ええ。私はどんな手を使ってでもナンバーズなんて呼ばれる人々を救って見せます。いえ、人類を救うのです」




 甘い臭いと、柔らかい温かさに俺は包まれていた。いや、正確には体の半分だけなのであるが。

 上半身が火照って上手く息が出来ない。

「んっ」

 もぞっと動くと小さな声が聞こえてくる。

「ん、ん、ん」

 立て続けに聞こえてくる声に俺は目を開くと、文字通りベッドから飛び上がった。

「何やってんだよ!」

「ふああ、カイトおはよ」

 いつの間にかベッドにもぐりこんで来たツクヨは、俺の頭を抱くようにして眠っていたのである。

「お前な、い、いつも潜り込んできて」

「ナニヨ、別にいいでしょ。昔と変わらないじゃない……あ、そうでもないわね」

 ニヤリとしたツクヨの視線が俺の下半身に集中して、思わず手で被った。

「これは生理現象でな、だから別にやましい気持ちとかはな」

 追放者の一員となってからツクヨは俺の部屋に頻繁に来る。いやもう真一に来ていると言っても過言では無い。自室に戻るのは掃除する時だけだ。

 おかげで一人用の室内には二人分の食器や家具、歯ブラシまでが揃っている。

「分かってるわよ!」

 これまた飛び切りの笑顔で抱き着いてこようとするツクヨを何とか避けて、俺は部屋の隅まで避難する。

 すると、数回のノックが鳴り扉が開いた。

「おっと、お邪魔でしたね」

「いや、邪魔じゃないぞ。京子さんはツクヨを押さえていてくれ」

「はあ、毎朝よくやるよね。ツクヨは夜に襲えばいいんだよっ! 睡眠薬もあるし、ロープで縛ってしまえばいいのさ!」

 京子は親指をたてると余計なアドバイスを吹き込んで行くからたちが悪い。

 しかもツクヨは雷に打たれたような衝撃を受けているから、今夜は警戒が必要だ。

 俺は背にした壁の感触を感じながらずるずると出口へと近づく。この状態からの脱出がもう少しで果たされる。

 そのはずだったが、不意に現れた戸塚が完全に入り口を塞いで俺に目を向けてきた。

「ん? どうした?」

「そこを退いてほしい」

「却下だ」

「なんで!」

 ここから出たいだけなのに、その願いも敵わない。

 戸塚はやれやれとばかりに首を振る。

「神宮寺から連絡があったぞ。通路の確保は出来たそうだ。それと警備兵の配置と後退のシフト、それから監視カメラの位置まで全て報告が来てる。まあ、でき過ぎてる気もするがな」

 眉根に皺を寄せている戸塚は手に持っている端末を操作すると、見取り図を出してきた。

 一番初めに飛びついた京子は戸塚の横から顔を覗かせると、渋い顔をする。

「うーん、上手くできてるなあ。あーもおお。やっぱり中の情報欲しいい」

 悔しがる京子はどうやら神宮寺が示してきたルートに感服したようで地団太を踏んでいる。

 そりゃいつも道案内をしてる京子にとっては悔しいのだろうが、壁の中の、しかも第三層の内部なんて分かるわけがないのだ。

「話しはこれだけ?」

「ああ。まだ決行までは日にちはあるからな。取りあえずこれだけだ」

「了解した」

 俺は戸塚を押しのけて部屋から出ると、後ろから聞こえてきたツクヨの声を無視して外に出た。

 壁からは約二十キロ離れている追放者のアジトは、いつもどおり静かだった。

 まあ騒げばセブンナイツや警備兵、ガルマスに見つかるから大人しくしているのだ。

 倒壊したビルの一つを勝手に使っており、今いる場所は二十か所目の拠点となっている。

 俺は瓦礫の山となった建物を上り、人の字のように支え合っている高層ビルの屋上まで走った。

 肩で息をしながら腰を下ろす。

「ったく、ツクヨはくっ付きすぎだっての」

 初めて学校に着たころは、それ猛大人しすぎて人形のようだと言われていた。だけどそんな過去を一蹴するかのように今は動き回り、ベッドの仲間で潜り込んでくる。

 そりゃ、イチャイチャはしたい。あれだけの美少女なのだから、断ったら別の趣味があるのかと思われえもおかしくないだろう。

 だけどそれは出来ない。

「まーた逃げてきたんだ」

 不意に聞こえてきた言葉に思わず跳ね上がると、後ろから上ってきた京子の姿があった。

「俺全力で走ってここまで来たんだけど、追いつくの早くない?」

「何言ってるの。安全で分かりやすくて、尚且つ早く目的地にたどり着くようにするのが私の仕事なんだぞ」

「はいはい、そうでした」

 ツクヨじゃないのを確認して俺は再び腰を下ろした。

 すると、隣に京子が腰かけてくる。

「あれだけアタックされてるのに何で逃げるのさ?」

「ん? まあいろいろあるんだよ」

「俺が死んだら、ツクヨがまた元に戻っちまう、とかかな?」

「まあそんなところ」

 図星だ。

 初めて会った時と今では態度がまるで別人なのである。どちらがいいのか、そんなことは分かり切っている。

「青春だね~、いやまあ高校生らしいって言うかさ」

「高校にはもう行ってないぞ」

 今頃皆はどうしているだろうか。山田は別れ際に敵意むき出ししていたし、警備兵の募集にまで応募したのだ。合えば殺されるだろうな。

 遠くを見つめて俺は数か月前までの光景を思い出していた、

 しかしそんなこと等知らない京子はバシバシと背中を叩いてくる。

「そんなに大事なら君が守ればいいんだよ!」

「俺が?」

「そうだよ。カイト君には最強の第五世代アクティブスーツがあるじゃない。だったら、これから離れないようにさ、ガルマスからもセブンナイツからも警備兵からも守ればいいんだよ」

 まったく、こんなポジティブな思考はどこからやってくるのだろうか。

 カラカラと笑う京子はそれから、俺の背後へと目を向けた。

「ほらほら、お姫様の登場だ。後はごゆっくり」

 にんまりとした京子は立ち上がると、軽快な足取りで斜めになっているビルを歩いて行く。

 俺はすぐ傍にいたツクヨを見上げ、少し目を逸らした。

「意外と遅かったな。適正者ならもう少し早いと思ったぞ」

「場所が分からなかったんだからしょうがないでしょ。こんな場所私は始めて来たわよ。京子に教えてもらえばよかったわ」

 ツクヨはさっきまで京子が座っていたところに腰を下ろすと、俺に体重を駆けてきた。

「おい」

「あんたが守ってくれるんでしょ?」

「んなこと言ったか?」

「全部聞いたわよ。私を守ってくれるんでしょ?」

 俺は肩越しに感じるツクヨの体温を感じながら目を細めた。

 やっと思い出した。あの時、確かに俺は施設で約束したんだ。こいつを守ると。

 泣きじゃくるツクヨの顏が笑顔になって行くのを鮮明に思い出す。

 ゆっくりと、だけどツクヨの手を引いていたんだ。

 俺はまじまじと自分の掌を見つめて、拳を作った。

「ああ。任せておけ、俺が絶対に守ってやるから」

「そっか。でも私も戦うわ。この前話した通りよ」

 何度その言葉を聞いただろうか。そのたびに鼓舞させられる。

「頼りにしてるぞ」

「任せなさい」

 はにかんだツクヨは腕に絡みついてくると、そのままじっと荒れ果てた街を眺めた。



『来たぞカイト』

「こっちも目視している。ガルマスが数十体と警部兵が……五十人くらいか。セブンナイツが四人いるな」

『よし。今日の討伐は生放送される予定だからな、第五世代スーツのお披露目をしてこい』

「セブンナイツが襲ってきたら勝つ自信ないんだけど」

『その時は全力で倒されろ』

 無茶な事を言ってくる。

 壁の中では今頃お祭り騒ぎの記念日を行っているに違いない。そのイベントとしてガルマス討伐が行われるのだ。そして生中継され、いかに人類が脅威に対して有効な手段を持ち優位であるかを知らしめる。

 その途中で、割り込んでやろうという魂胆だが、戸塚にはさらにその先があるらしい。

「はあ、全力で戦うに決まってるだろ」

『まあいい。しかしむやみな介入はするなよ。俺が合図してからだ』

「ホントにこれって神宮寺の計画と関係あるのかよ」

 現政権を打倒するためには彼女が作ったルートを辿ればいいはずだ。京子も納得しているのだから見つかる心配も無いだろう。

『関係ある。少しでも成功率を上げるためにな』

 戸塚はそう断言する。

「分かった。指示を待つ」

『遠方にガルマスを目視、警備兵と突撃まであと二十秒。ツクヨ、ハッキングの準備は良いか?』

『バッチリよ。神宮寺の方からも手伝ってもらっているわ』

『よし。テレビ中継のハッキング開始、まずはいつも通りに流せ。それからが本番だ……』

 ため息交じり、いやそれ以上に重々しく発したのが機械越しでも分かる。

 俺の背筋にも嫌な汗がにじみ出ている。

「ガルマスと警備兵がぶつか……ちょっとまて! 皆がいるぞ!」

 俺の少し先で衝突する二つの波。

 その中央になんとナンバーズの人影があったのだ。

「今すぐ助けに」

『動くなカイト。ツクヨ、カメラをナンバーズに向けろ』

「そんな……何を言って。テレビなんかで流したら壁の中がどうなるか」

『分かっている。壁の中の連中はお祭りを止めざるを得ない。それに仕掛けた奴らも動き出す』

 訳が分からない。つい先日まで炊き出しで食事を与えた人たちが次々と倒れていく。

 警備兵がガルマスと衝突するよりも早く、障害になっているナンバーズを打ち殺している。銃の音と悲鳴が混ざり、俺はこれでもかと目を見開いた。

「戸塚!」

『ダメだ。待て。今壁の中では大騒ぎになっているぞ、いい感じだ』

「こっちはもう……ガルマスと衝突した」

 血に染まった地面の上でガルマスと警備兵がぶつかり合い、セブンナイツがガルマスを斬り、撃ち、殴り、蹴る。

 この世のものとは思えないほどの光景がそこには広がっていた。

 傷を負った警備兵が結晶となって行き、光を美しく反射させる。だがそれとは逆に人間とガルマスの血しぶきが舞い、赤の上にさらに赤が塗りたくられていくのだ。

『結果は予想以上だな。カイト、今すぐセブンナイツを仕留めて来い。そうすれば、お前がマザーと接触する必要は無くなる。そのことは神宮寺にも……っておい聞いてるのか?』

「なんだよこれ、この先に何があるって言うんだよ!」

『…………。この機会に俺達はショッキングな映像をながした。それは壁の中にいる反政権を鼓舞するためであり拡大させるためだ。結果は予想以上。予め入れておいた追放者のメンバーでデモ隊を結成し俺達を動きやすくする。それにさっきも言った通り、セブンナイツを遠ざける為にマザーに接触しガルマスをおびき寄せることはしなくても済む。まあそこで倒せたらの話だがな』

「そんな……」

『無理だったら戻ってこい。その時はマザーと会ってガルマスをおびき寄せてもらう。そうしないとセブンナイツはいなくならないからな』

 最悪の選択肢だ。

 だが戸塚はこういう奴だ。電車での襲撃の時も周りの事なんて考えていない。全て追放者のためだ。

 やがてセブンナイツの活躍によりガルマスは一掃され、後に残ったのは数人生き残った警備兵と、結晶化した人間だけだった。

 ハイタッチし合うセブンナイツと、仲間を失い嘆く警備兵の姿だけがそこにはあった。

「あの時もし出ていれば」

『お前はよく耐えた。戻ってこい、マザーと会うぞ』

「分かった」


 壁の中は戸塚の言った通り、二分されていた。つまりは現政権に対して反対派と賛成派だ。いや、正拳と言うよりもシステムに疑問を抱いたのかもしれない。

 だがそのおかげで京子のサポートがいらないと思うくらいにすんなりと壁の中を歩けているのは間違いでは無かった。

「つまんないなあ~。ばっちり私の頭の中にルート入っているんだけど」

 そうぼやく京子は頬を膨らませて市民団体の方に目をやった。

 彼らはプラカードや電子垂れ幕を用いて必死にナンバーズの保護を求めているが、その横では白い目で通り過ぎる人もいた。

「ここまでのルートは京子さんが用意したんでしょ」

「なーにカイト君、フォローしてくれてんの? 君にはツクヨちゃんがいるでしょ」

 ニヤリとした京子は俺の隣に目を向ける。

「そう言うことじゃない。ただ逃げる時に何かあったら困るからな」

 取りあえず言い訳をしておくも、ツクヨの視線が痛い。

「目移りは許さないわよ」

「分かってるって言うか……まあそうだな」

 いつの間にか付き合っているかのような言い方をされてしまった。

「お熱いねえ二人とも」

 他人事だと思って京子はさらにあおってくる。

 もうどうにでもなってしまえ。

 そんな俺達の会話を聞いているのかどうか分からないが、戸塚が不満そうにつぶやく。

「少し足りないな。もう一押しか」

「足りない?」

「ああ。あの映像を流したにしては、反響が少ない。数百人単位での反政府団体はいくつもあったし、非活動的な奴らも動き出してはいる……だがまだだな。セブンナイツのせいか活動自体はそこまで大きくない」

 戸塚の言葉を裏付けるかのように、団体の何人かは警備兵に怯えているようにも見える。

「あまり過激だと、それこそナンバーズになるしね。それこそ適性試験受けなくても、反社会的だと認定されたら壁の外に出されるから」

「京子、あまり睨むと警備兵に目をつけられるぞ」

 落ち着かせるように戸塚は京子の方に手を置くと、一息置いて顎に手を当てた。

「やっぱりあれを見せるしかないか」

 戸塚はいつになく迷う表情にしかし、数秒後には決断を下した。

 ポケットからスマホを取り出すとどこかへと電話をかけると、街中にある巨大なテレビが突如、切り替わった。

 そこに映っているのは紛れもない神宮寺だ。

「テレビ局を取り込んだのは当りだったな」

「どういう事だ?」

「まあ見てろ」

 俺は顔を上げて、神宮寺が写っている画面を見つめた。

 通りすがりの人も何事かと視線を上にして、さっきまで大声を張り上げていた団体も静まり返る。

 テレビ画面の上には緊急速報の文字が浮かび上がり、顔を出している神宮寺もどこか焦っているようにも見える。

『みなさん、本日追放者から連絡があり、彼らの新しい事実がまた一つ判明しました』

 緊迫した面持ちのまま神宮寺は一呼吸置くと続ける。

「第五世代アクティブスーツ、それが追放者の手に渡ったとの通達が来たのです。こちらをご覧ください」

 画面が切り替わり、次に映ったのはガルマスの大群の中で孤軍奮闘している俺だった。

 祝日前の映像だが、そんなことが壁の中にいる奴らに分かるはずもない。

 圧倒的な火力とスピードはこうやって改めて見ても恐ろしいの一言だ。

 そして俺の感情が感染したかのように周囲の人たちにざわめきが起る。誰もかれもが口を開けては目を見開き、完全に画面に釘つけだ。

「あれヤバくねえか?」

「セブンナイツは勝てるのかよ」

「バカ、負けるわけねえだろ向こうは一人なんだぞ」

「でもこれは……」

 そう、先日セブンナイツがガルマスを討伐した時なんかとは比べものにならに程に圧倒的なのだ。

 画面が再度切り替わり、神宮寺の顏が映る。

『これほどまでの戦力を有しているのです。壁の外でうごめくガルマスを討伐するためにも彼らの協力、いやナンバーズの協力こそが必要になってきます。私たちが心を開けば人類は脅威に立ち向かうことができるのです。彼らと共に人類の繁栄を築いて行こうではありませんか』

「さてと、後はどうなるかだな。結果はともかく行くか。マザーのところへ」

 戸塚は画面から目を鼻いて前を向いた。


 俺達はそれから難なく二階層まで上ると、下手な変装をしている神宮寺と合流した。

 ばれそうなのに周囲の人々が気にも留めないのを見ると上手くいっているらしい。

「さっきのは中々の名演技だったな」

「私が局の近くにいたからできたんですよ。まったく、いきなり指示出すんですから」

 ご機嫌斜めの神宮寺の話を聞く限りでは、こんな計画は無かったそうだ。おかげで猛スピードで準備して流したのだと言う。

「これで俺達は通りやすくなったと言うわけだ。ここまで一度も疑われなかったしな」

「そうでしょうね。でもこの先はカイトさんとツクヨさんの身の動向ですよ。あまり多いと疑われますし」

 神宮寺は背負っていたリュックを降ろして、警備兵の服を俺とツクヨに渡してきた。

 黒では無く少し青みがかった制服は街で見る警備兵の服と少し違う。

「さあ行きましょう。今なら上の階層にいた警備兵も減っていますし、セブンナイツも少ないですから」

「セブンナイツも居ないのか? 下の騒動だったら出るほどの事でもないだろ」

 しかし俺の問いに神宮寺は首を横に振って、少しばかり眉根を寄せた。

「ガルマスが来ているのです。おそらく、カイトさん達が近づいて来たのをマザーが感知したのかもしれません」

 神妙な面持ちの神宮寺が口にすると、俺は思わずつばを飲み込んだ。

「数自体はまだ少ないですが……カイトさんが来ているかもしれないと言うのに、少なくはあるんですよね」

 一抹の不安を抱える神宮寺は、その嫌な予感を追い払うようにもう一度首を振ると俺とツクヨを見た。

「時間がありません。早く着替えてきてください」

 せかされて俺達は数分駆けて着替えると、神宮寺の横に並んだ。一応上から一枚は追っているが、それでも目立つ。

「それでは行きましょうか。戸塚さんと京子さんは待機していてください」

「ああ。合図を貰ったらすぐに三階層へ乗り込む。ちゃんとセブンナイツを遠ざけておけよ」

「もちろんです。それでは行きましょう」

 神宮寺が口を一文字に結び踵を返すと俺とツクヨも後に続いた。


 三階層へのエレベーター入り口まで来ると、神宮寺は変装を解き俺達も制服姿を見せなければならなかった。しかし、目の前にいるのが神宮寺としるや、何の疑いも無く俺達まで通してくれた。

「あいつら顔面蒼白だったわね」

 だんだんと小さくなっていく地上を眺めながらツクヨは口の端をつりあげる。

「しょうがないだろ。そりゃ『誰だ貴様?』って言った相手がまさか神宮寺だぜ。しかも怪しさ満点だから銃口向けてたしよ」

「止めてあげてください。彼らは彼らの仕事をしていたまでですよ」

 少々きつめの声音を出した神宮寺に睨まれるが俺は肩をすくめるだけにした。

 こういう所は本当にしっかりしている。

 だからこそ、ナンバーズを受け入れようと声を出してもこいつは民衆に嫌われてはいないのだ。地上にいる警備兵の反応からその様子は分かる。

「約束のアクティブスーツは研究所の四階に保管されていますが、まずは地下のマザーと接触後、セブンナイツの動向を見たうえで取ってください。同時に戸塚さんへの連絡を行ってから私は……」

 神宮寺はぐっと拳を作ると大きく息を吐いた。

 ここから先が問題だ。このクーデターが本当の意味で成功するかどうかは彼女にかかっている。

「殺すのよね?」

「ええ。ですがどうしても考えるだけで震えは止りませんね」

 自分を抱きすくめる彼女は少し不安そうな瞳を俺に向けてきた。

「実は私、一度失敗しているんですよ。お父様の寝室まで行ったのに殺せなかったんです」

「ちょっ、それってどういう事よ! そんなに近付けるなら私達なんかいらないじゃない」

「おちつけよツクヨ」

 俺は神宮寺と戸塚があった際の事を思い出してしまった。手を汚したくないからと戸塚は神宮寺に行ったが果たしてそれだけなのだろうか。

 王である前に、二人は親子だ。父親を殺害することが、どれだけ重いのかは分からないが、少なくとも平穏に暮らしていた壁の中の彼女には耐えられないだろう。

 いや、それは外でも同じことか。人間である以上は超えられない。

「神宮寺には人殺しの経験なんてないんだ」

「でもしたら私たちは……」

「俺達は英雄なんかなじゃいぞ、追放者だ」

ツクヨが言いたいことは分かる。

多分、彼女が国の代表になっても俺達は非難されるだろうな。そして神宮寺も……俺達を非難しなければいけない。彼女は確かに案内人だし加担してはいる。だけど、それ事実を発表する事は出来ない

「そうね、地上の様子を見て少し勘違いしてたわ」

 ぐっと言葉を飲み込んだツクヨは大きなため息とともに目を伏せた。

 たぶんこれが丸く収まるための最善ルートだ。

 そう思っているとエレベーターは三階層にたどりつき、扉が開く。

「いい眺めね」

 目を細めたツクヨの第一声に俺も同感する。

 以前は捕えられてこうして外を見ることなんて出来なかった。それに九十九にも追いかけられていたし。

 だけど改めてみると確かにいい眺めだ。空が近い、雲の中にいる様な錯覚にも陥りそうだ。

「ここに住みたいわ」

「無茶言うなよ」

「彼女のお世話は大変ですね」

「うるさい。さっさと行くぞ」

 俺は取りあえず歩き出した。もちろん方向なんて分かる訳ないが。


 研究所の地下はこの前来た時よりも冷えていた。

『よう来た。もっと近くにこい』

 壁も天井も、そして床さえも凍結されているこの場所で鮮明な声が脳内に響いてくる。

 マザーは以前と変わらない様子で俺を見下ろし、目蓋を開く。

「聞こえているのですか?」

 隣にいる神宮寺が唾を飲み込む。

 俺は彼女を一瞥すると頷き、再び視線を前に戻して眉根を寄せた。多分、思っただけで通話ができる。だけどそれでは神宮寺には伝わらないだろう。

『どうだ? 我と交わる準備は出来たか?』

「んなことするはずないだろ」

『人間はもっと賢い生き物だと思っていたのだがな。淘汰と繁栄はそれすなわち生物の道理。栄えていた者が滅ぶことにより進化を遂げる。今回もそれと同じだ』

「バカ言え、俺達の意思はどうなるんだよ」

『意志など関係ない。それはお前たち人間が一番知っているだろう? 同類を阻害し有益なものだけ残す。今の貴様たちがそうではないか』

 痣家笑うかのような顔をするマザーに俺は奥歯を噛み締めた。人類が生き残るには何らかの特技や才能を持った人間が必要だ、だから一定以下の基準のナンバーズは切り捨てられている。

 現状こそが進化の途中だとこいつは言いたいのだ。

「それは……俺達が今から正す」

『無理、だな。その前に我の部下が貴様たちを一人残らず、いや、貴様以外は全て殺しつくすのだから』

 ぞくっと背筋に悪寒が走ったかと思うと、部屋全体にガルマスアラームが鳴り響いた。

「やっぱりこうなるのですね」

 苦虫を噛んだ様な顔をした神宮寺に俺は目を向ける。

 それだけで説明を要求しているのが分かったのか、神宮寺は重々しく口を開いた。

「マザーがガルマスを呼び寄せることは明白でしたが、同時にこちらで対処できない事も予測可能でした。なにせ人類の土地が半分以上奪われているのですから……」

「セブンナイツは……」

「対処できる装備はありますが……」

「戸塚に言ってくれたら、もっとうまい手があっただろ! それこそ、俺があの時介入していれば」

「ダメです! 確かにその手もあったでしょうが……カイトさん一人にセブンナイツ数人はきつすぎます。ですからここでガルマスとセブンナイツの両者を共倒れにし、今の政権の力を削がないと革命は成功しません」

 すると、俺の端末がなりポケットからスマホを取り出した。

 映し出されているのは戸塚の顏だが、それと同時に外で待機している仲間の様子も映る。

『マザーとの接触は成功したようだな』

「ああ。だけど、ガルマスが」

『分かっている。だが予想以上の数だ……ここからでも壁のすぐ近くまで奴らが迫ってきているのが見える。セブンナイツもかなりギリギリで押しとどめているが』

「もちそうにないか?」

『ああそうだな。しかし、お前とツクヨがいれば別だろう。それにこれは好機かもしれんん』

「好機?」

 突拍子な発言に俺は思わず声が裏返りそうになった。

 ガルマスが攻めてきている、それも予想以上の数で。セブンナイツも対処しきれないのは、多分壁の中の住民たちも知っているのだろう、悲鳴が電話越しでも聞こえてくる。

『ここでセブンナイツに加担しろ。追放者が壁の中の人間を助けたとなれば、俺達を受け入れる者は多くなる』

 それは必然だ。

「ここまで予想していたのか?」

『偶然だ。その時に応じて策を練る。そうしないと生きていけなかったからな。ツクヨと連絡を取り次第、ガルマス討伐に向え。俺達は一気に神宮寺の住む家まで行く』

 一方的に連絡が途切れると、今も渋い顔をしている神宮寺を一瞥した。

 何か言いたそうな顔をしているが、どうやら言葉が出てこないようで、唇をかみしめている。

 しかし俺にも時間は無い。

「ツクヨ、大丈夫か?」

 右眼に意識を集中させて、スーツを取りに行っているツクヨに話しかける。

 すると、すぐに返事が来た。視界もツクヨが見ているものに移り変わる。

『こっちは大丈夫よ。戸塚からの指令も確認しているわ。それにこのスーツ……最高だわ!』

 俺の右眼はツクヨの四肢が見えている。

 色は真っ黒で、所々に赤のラインが入っているシンプルなデザイン。しかしやはり俺と全く同じでは無い。

 ツクヨのスーツは指の一本一本が鋭く、腕と脛には刃がむき出しの状態だ。ボディも俺のより一回りは厚みがありそう。

『格闘タイプね』

「……そうだな」

 見ただけで分かるその特徴に、歯ぎしりしてしまった。

 あまり前線で戦ってほしくはない。変われるならば今すぐにでも申し出たいがそれは無理だろう。ツクヨがスーツを身に纏っていると言うことは、既に脊髄認証を行っていると言うことだ。

 しかしここで悔やんでいる暇はなかった。

『貴様の他にも適正者がいたか! しかも雌だと!』

「やばっ! ツクヨ、三十秒後に外で会おう」

 まさか割り込んでくるとは思わなかった。いや、ガルマスは結晶を介して意思疎通をしているのだから可能性はあったが……完全に失態だ。

『おおおおお! 子供たちよ! 早ようこい!』

「な、なんですかこのうめき声は」

 脳内に直接響いてくる俺には分からないが、神宮寺の耳にはそう聞こえているのか。

「カイトさん、今すぐ出ましょう」

「そうだな。一度外に出てスーツを呼ぶ」

 足早に俺達はエレベーターに乗り込み、地上へと昇る。

 一瞬だけマザーの顏がさみしそうになったがそれは気のせいだろう。

 俺はスマホを取り出すと、戸塚に連絡をとろうとしたがつながらない。

「いつもなら出るのに」

「もう既に上にいるかもしれません。であれば音を出すのはまずいでしょう」

「そうだな」

 どこか追放者らしい顔つきにも思えた神宮寺の顔を覗こうとした時、エレベーターの扉が開いた。

 俺達は急いで研究施設の外へと駆けだそうとしたが、建物内は既に走る人でごったがえしていた。

「落ち着いてください、ここは第三階層ですので、危険はありません!」

 警備兵の呼びかけが霞むほどに、白衣を着た人や清掃服をきた職員が逃げ出していく。

 口々にする単語を拾い集めると、どうやら俺達がいた地下施設での振動をガルマスの襲撃か何かと勘違いしている様子だ。中には既に地上は占領されているとも騒ぎ出している奴がいる。

「みんな想像力豊かだな」

「それは間違いありません。これに乗じて外に出ましょう」

 神宮寺の意見には賛成だが、俺は少しばかり嫌な予感がした。

 あの一室の振動は確かに研究施設全体に響いたかもしれない。だが、それだけでこうも慌てるのだろうか。

 もっと他の要因があるのかもしれない。

 そう思っていると、なんと一回のロビーに何かツッコんで来たのである。

 ガラス片とコンクリートを辺り一帯に飛ばし、固い金属音がこすれる嫌な音が響く。

 外に向かっていた人々が悲鳴を上げ、さらに一階フロアは混沌に飲み込まれた。

「あれはアクティブスーツ! てかツクヨ!」

 そう、地面を滑るようにして飛び込んできたのはツクヨだ。

 禍々しいほどの光沢を放つ黒が目に痛い。しかしそれ故にガルマスと勘違いした人々は逃げ惑う。

「カイト、逃げ……」

「まだまだいっくよツクヨちゃん!」

 ツクヨが皆まで言う前に声をかぶせたのはなんと九十九だった。

 彼女は態勢を立て直させまいとツクヨに衝突し、手にしていた得物で切りつけようと腕を振り上げる。

「こんのおお!」

 ツクヨは九十九の腕を掴み、なんとか防ぐがどうにも分が悪い。

「九十九、何故あなたがここにいるのですか! ガルマスの掃討作戦に出るように言ったはずです」

 声を上ずらせて叫ぶ神宮寺の顏は驚愕していた。

 しかしそんなことはどうでもいいと言う風に九十九はあっけらかんと答える。

「なーに言ってるのさ。ガルマスよりもこっちのほうが断然面白そうじゃん、それに昔の友達に会えるってちょー感動するじゃん? 教えてくれてサンキューね」

 俺は思わずまじまじと隣の神宮寺を凝視した。

「言ったのか? この計画を?」

「……はい。九十九さんにはガルマスが大量に来るからその手伝いを……こっちに来ないように遠ざけたつもりだったのですが」

「それじゃあ外にいるガルマスを食い止められないだろ! ここにいる人間が滅ぶぞ!」

「申し訳ありません……私の失態です」

 予想以上のガルマス、そしてここにきてセブンナイツの介入、どれもこれも神宮寺の失態だ。

「お前は、本当に人間の見方か?」

 思わず出た呟きに、神宮寺は顔を上げて呆然とした表情を作った。

 その顔を見て俺は瞳を伏せると首を横に振る。

「すまない、失言だ」

「いえ、私の責任なのは変わりありません。ですがこれだけは信じてください。私は人間の見方です。壁の外も中も、適性検査の結果、テストの点数で差別はしません」

 真っ直ぐな瞳をした彼女のそれは初めて会った時とまるで変わっていない。

「わかったよ、すまなかった」

「いえ、それよりもツクヨさんの加勢に」

 神宮寺が再び二人に目を向けた。

 まだ状況は変わっていないようで、ツクヨと九十九が懐かしい話に花を咲かせているようだ。

「ぬくぬくと育ったあんたを友達だと思ったことはないわ!」

「いやだなー、ツクヨちゃんと私ってマブ達っしょ?」

「なわけあるか!」

 ツクヨが叫び今度は押し返すも、九十九は一歩下がっただけだ。

 性能の差でいえば圧倒的にツクヨが勝っているのは間違いない。しかし戦闘的性を認められ、適正者でもある九十九に分があるのは確かだ。

 しかも俺の視界に映った敵は一人だけでは無い。警備兵の一人がツクヨを狙っていたのである。

 いかにアクティブスーツと言えども、あの距離から撃たれたら致命傷を与えられるかもしれない。

「やめろ!」

 全速力で走りだし俺は警備兵を突き飛ばす。

「誰だ邪魔をするのは……って青葉か……」

 その声音に俺の懐かしい記憶がよみがえる。

 教室でいつも絡んでいたクラスメイト、他愛のない話も勉強の話もした。それにツクヨが転校してきたときなんて人一倍喜んでいたのは記憶に新しい。

「おまえ、山田か……」

 何とか振り絞った声はかすれていた。

 衝撃緩和と関節の補助のみの黒い第二世代アクティブスーツを身に着け、ガルマス戦でも使われる銃を携えている。もちろん、銃口は俺に向けたままだ。

「な、なんでここに……警備兵に志願したのは知ってたけど」

「うるさい! お前とあの女が追放者の一員だと知っ他時からずっとこの時を待ってた。電車での事件、まだ覚えているよな」

「ああ。俺はお前たちを助けた」

「違う! 俺達を助けてくれたのは神宮寺彩花様だ! 貴様ら追放者と一緒にするな!」

 今にも引き金に指を駆けて力を入れそうな山田に俺はかける言葉も見つからなかった。

 体全体が震えているせいであいつの銃口は今一狙いが定まっていない。

 そりゃそうだ、ここで人間を打つなんてことは無いのだから。

 まあそれは俺も同じなのだが。

「やめなさい! そこの警備兵!」

「なっ、あ、彩花様!」

 後ろからやってきた神宮寺が俺の横に、いや一歩前に出て両腕を広げた。

「追放者だろうと、撃たせません。彼らも人間なのです」

「ですがそいつらは壁の中で暴れたんですよ! 人間としての勝も無ければ常識も持ち合わせていません! 普通が通じない奴らなんです!」

 信仰にもにた感情を爆発させる山田は尚も銃を降ろそうとはしない。

 それどころかさっきよりも落ち着き払っているのか、狙いを俺にバッチリと定めているではないか。

「ダメです! その銃を降ろしなさい」

「なんでそんな……まさか、いやでも…………一つ質問させて下さい」

「なんでしょう?」

「そいつらの見方なんですか?」

 眉根を寄せ、どこか期待を孕んでいる山田の呼吸が荒くなるのが分かった。

 一方的ではあるが、今まで信じていた人物がどういう性格かは理解しているはずだ。もちろん、ナンバーズを助けることを公言していたことも。それと今の状況を結びつけるのは容易いことだ。

「ええ、私は彼らの見方です! しかし貴方達の見方でもあるのです!」

「嘘だ……うそだああ!」

「神宮寺、避けろ!」

 俺は後ろから彼女に抱き着くと真横へと飛んだ。

 瞬間、無数の銃弾が駆け抜けていく。

 すぐに地を蹴り山田の懐へと飛び込むと、腕を叩く。嫌な音が響いたがそんなものは関係ない。

 叩き落とした銃を拾い、俺は悶絶している山田に銃口を向けた。

「このナンバーズ風情が……人間様に何やってるのか分かっているのかあ!」

「分かっているさ」

 俺は肩をすくめると山田を見据えた。

 背後ではツクヨが九十九を押し返したようで、フロアから二人とも飛び立っていくのが感じられる。

 どんな顔をすればいいのか分からない。けれど多分昔のように笑いあえない事だけは確かだ。

「くそがあああ」

 山田は何の躊躇も無く飛びこんでくるが、そんな分かり切った一撃なんかを貰う訳がない。

 すっと体を横にして拳をかわし、足を引っかけると山田は盛大に転げてしまう。

「アクティブスーツ起動」

『アクティブスーツ起動します。到着までおよそ五秒』

 俺はすぐにスーツを呼び寄せると、鼻頭を押さえて睨みつけてくる山田と見合った。

 向こうはまだ続けるようだが、ガルマスの一部を取り込んでいる適正者にとっては何の脅威でもない。

「すまない山田、もう行くな」

 怒りの感情なんて湧いてこない。だけど、もし俺が追放者にならなかったら同じようになっていたかもしれない。

 少しだけほっとしたような気持ちになってしまう。

「待て、まだ終わって」

「いや、終わりだ」

 猛スピードで飛翔してきたアクティブスーツが俺の四肢に装着され、視界が高くなる。同時に神宮寺が、後ろから山田の肩を叩いた。

「もう辞めなさい。彼ら無しでは人間は滅ぼされます」

「そんな」

「あなたは、自分が守りたいと思った壁の中の人たちまで犠牲にするのですか?」

 苦い顔をした山田は視線を床に落として固く拳を作っていた。

「カイトさん、私はこれから実家の方に行きます。父の最後を見届けます」

「分かった。それじゃあ俺はツクヨの加勢に……」

『緊急事態。ガルマス接近してきます』

 思わぬところで機械音が響いてくると、カイトは一蹴しようとした。分かっている。ガルマスなんていくらでもいるのだ。

 しかし。

『神型ガルマスを確認しました。至急向かってください、最優先事項です』

「か、神型ガルマス!」

 いや、この状況ならば自然な事か。マザーが俺を狙い、さらには多数のガルマスが押し寄せているならば神型を投入してくるのは絶好のタイミングだとも言える。

『最優先事項です。至急向かってください』

 急かしてくるが、俺はどうにかしてツクヨの方へと向かいたかった。何千回もの戦闘を経験している九十九との差は単にスーツ性能で埋まるとは思えない。

『あんたは外に行きなさい、九十九はなんとかしてみせるわ』

「ツクヨ?」

『なによ、こっちのスーツもガルマスを追えってうるさいの。てか無線で繋がってるんだから丸聞こえよ』

「……分かった。九十九は任せる」

『二人で九十九を倒して、それからガルマスの所に行くって言う手もあるけど』

 ここで新たな提案をしてくるのだから困る。

「いや、そっちは頼んだ。俺は神型の方に行く」

『分かったわ。でも通信だけはいつでもオンにしておいて』

「はいよ」

 俺は一人で頷くと目の前にまだ立っている神宮寺に視線を向けた。

 彼女は手にしていたスマホから顔を上げる。どうやら神型ガルマスが出たことは知っているようで、顔が真っ青になっている。

「神型には俺が対処するから、神宮寺は行ってくれ」

「……ありとうございます」

 深々とお辞儀をした神宮寺は振り返りもせずに駆けて行く。

 俺は未だに放心状態に近い山田を一瞥し、彼に背を向けた。

 もう話すことは無いかもしれないが、彼が少しでも改心することを願うばかりだ。

「神型ガルマス出現位置をマップにだしてくれ。すぐに行こう」




 飛翔高度は千メートルにもなると言うのに、スーツの望遠強化を使わなくてもはっきりとガルマスの群れは目視で来ていた。

 まるで津波のようにうねり、土埃を巻き上げながら気持ちの悪い一個体となっているかのようだ。

 壁の外ではセブンナイツが一騎当千の活躍をしている一方で、普通の警備兵が次々と結晶になって行く。

 そしてあの大軍が意思疎通できているのは一つの理由がある事に気が付いた。嫌でも目に入るのは神型ガルマス。

 六本の太い脚と二つの長い鼻、四つん這いになっても高さは数百メートルを超える像のような巨体。その背中にビッシリト張り付いているのは紛れもない結晶化された人間だった。

 あの高さなら警備兵の重火器も届かない。飛行能力だけを持った第四世代アクティブスーツも、あの長い鼻をかわしながらの接近は難しいかもしれない。

 だけど。

「やってやるさ、こいつで……対神型ガルマス武器をだしてくれ」

『神型ガルマスを認識、使用者の承諾、二つともクリアしました。対神型ガルマス武器を展開します。使用時に起る周囲半径一キロの家電製品んおよび電子機器への影響を考慮してください』

「え、ちょっと待て。どういうことだ?」

『第五世代アクティブスーツは電子機器から放出される微細な放電をエネルギーとしています。対神型ガルマス武器は一時的ではありますが強制的に放電を促しエネルギーを作り出します。なので他の電子機器は使用不能になります』

「ストップ、通常装備に変更。さすがに今それを使ってもな」

 眼下にいる警備兵のアクティブスーツ、特に運動性能を上げるための関節補助にはバッテリーがある。それを失った途端に人間領域は飲み込まれる。

 そんな目に見えている光景を作り出すほど馬鹿じゃないっての。

「それじゃあ壊しに行くか」

 俺は眼下にいる像のようなガルマスに向って突っ込んでいく。

 あれさえ破壊できれば、ガルマスの動きは鈍るに違いない。そうでなくとも神型を倒すことができれば……。

 しかし、敵の察知が予想以上に早かった。

 四つの目が俺をしっかりと捉えているのだろう、二本の鼻が長く伸び、うねりながら迫ってくる。

 鞭のように撓りながら叩き落とそうとして来るのを、俺は体を回転させて回避しながら迫った。

『右から来ます』

 その声に反応するやいなや急降下すると、間髪入れずに衝撃が襲ってきた。

『左からの攻撃に当たりました』

「こいつ、俺の行動を予想していたのか!」

 グラッと態勢を崩した俺の視界には、さらにもう一発叩きこもうとしている敵の姿があった。

 軽く舌打ちして羽を広げる。

 右横に振り下ろされた鼻の風圧でバランスを崩しそうになったが、なんとか堪えて再び上を目指す。

 大量の結晶を一瞬で消すにはどうすればいいか考えても案は出てこない。通常兵装でも問題はないだろうが、数が数なだけに時間がかかりすぎる。

「短剣」

『右大腿部です』

 そこから出てきた短い得物を握りしめて、俺は敵の顏の真正面を通り抜ける。

 同時に、ガルマスの瞳を突き刺した。

 これでもかと言うほどの力を込めて深々と押し込むと、悲鳴にも似た声を上げるガルマス。

 すぐに手を離し、暴れ狂う敵の前まで来ると、以前使った銃を二つ手に持った。

 中で固まる人間の表情が目につく。

 まるで人を撃っているような錯覚だ。

「違うな。確かまだ生きているんだっけ」

 テレビで流れていたドキュメンタリーを思い出す。心音も聞こえるし脳内活動も停止していないらしい。

 ただ固まっているだけの存在。

 一瞬のためらいが無限にも思えてくる。だけどここで破壊しなければ、下にいる警備兵どころか壁の中の人間までが犠牲になる。

 俺は大きく息を吐き出すと引き金に指を駆けてゆっくりと力を入れた。

 瞬間。

『後方から』

 とスーツの声が途切れたかと思った時には、俺の視界が反転していた。

 何が起来たのか理解するまでに数秒を要したが、それでも原因ははっきりした。

 俺の真後ろにいつの間にか立っていた人型ガルマスが、無造作に拳を振り上げてきたのだ。

 おかげで滑稽な姿で宙を舞ったのである。

「あいつか」

 狙いを定め、俺は反撃しようとしたがなんと、その姿が一瞬にして視界から消え去ったのである。

 今度は右側からの揺れが来たかと思うと、そこにはさっきのガルマスが拳を作っていた。

 あの一瞬で!

『敵が急速』

 言葉が途切れると同時に、ガルマスが俺の懐に入り込んでくると、数発の拳を放ってきた。

 対衝撃の役割も果たしているスーツが何の役にも立たないのかと思えるほどに、衝撃が伝わってくる。

「っつうううう」

 奥歯を噛み締めて激痛を抑え込むと、俺は着地すると同時に素早く一歩下がった。

 完全な感であるが、左から襲ってきた別の一撃を避けることが出来た。

 前を猛スピードで抜けて行ったのは強烈な蹴りだった。

 空振りした敵に今度は俺が強烈な一撃を叩きこむ。完全な格闘だ、これならばツクヨのスーツの方が合っている。

「らあああ!」

 全体重を乗せた俺の拳が敵の腹にヒットする。

 ガルマスが悲鳴を上げながら吹き飛び、その衝撃で結晶をなぎ倒していくもすぐに立ち上がって対面してきた。

『迎撃します』

「そうしてくれ、こっちは避けるので精いっぱいだ」

 一度対面したらもう見失わない。

 しっかりと目を見開き、呼吸を整え、体重を僅かに低くする。

 ふっと息を吐くと同時に、敵の足が微かに動く。

 来るっ!

 感じた瞬間に敵が消えたかのような錯覚に襲われるが、そんなことはない。

『右から』

「もう対処してる!」

 思わず右腕を上げてガードをすると、そこへ敵の攻撃が吸い込まれるように放たれる。

 もはや銃では間に合わないならば、素手か短剣で対抗するまでだ。

「剣を!」

 俺は右方にいる敵めがけて蹴りを入れるも、相手は大きく飛び退き回避した。

 だがその時間があれば十分だ。

 スーツから出てきた剣を手に握り、背中の羽に結晶の破壊を命じる。

『了解しました』

 すぐに反応した背中の翼が赤いレーザーを吐き出すと、結晶は脆く崩れ去る。

「てかこいつが神型なんじゃね?」

 そう思えてくるのも無理はない。動きも力も今までの奴とは格段に違う。足元の超巨大なガルマスはもしかしたらただの獣型なのかもしれない。

 だとたら、御大層な対神型ガルマス武器も当るかどうか分からないな。

 今度は俺が地を蹴り、腕を振り上げた。

「はあああ!」

 勢いよく振り下ろすも難なく敵は腕で受け止め、がら空きになった腹に狙いを定めてきた。

 しかしそれよりも早く俺は膝を上げると、敵の攻撃を防ぎ再び剣を走らせる。

 視界の端ではレーザーによって砕け散っている結晶が光を反射してきらめいており、こんな戦闘が無ければずっと眺めていたくなる。

「grrrrrrr」

 喉を鳴らす相手に俺はしかし、攻撃の手を緩めるなんてことはない。

 肩に、腕に、指の一本までに力を込めて得物を縦横無尽に振るう。

 足で地を掴み、全体重を駆けているにもかかわらず敵は難なく受け止めているのだから癇に障る。

「くそっ、固すぎるぞ!」

『敵速度、さらに増していきます』

「見れば分かる!」

 徐々にだが、俺の攻撃を受けた後に一呼吸つけるほどの余裕が相手には在るように見えたが、見間違いでは無かったようだ。

 やがて俺の速度に完全に追いついた敵に大きく弾かれ、後方に体をのけ反らせてしまった。

「やば!」

 慌てて後方へ下がるも、ガルマスの一撃が襲い掛かってくる。

 しかし俺は体を倒したままスライドするように地面を飛翔した。そしてすぐに別の武器を手にする。

「ターゲットをガルマスに設定。これでも避けられるか!」

 翼から放たれる赤い光線が放たれ、俺は手にした二丁の銃で一応の狙いを定めて引き金を引く。

 だがそんなことで易々と殺されるような相手では無い。すぐに横へと回避しこちらに向かってこようと飛ぶ様に地をかけるではないか。

「らああああ!」

 銃の補正も何もかもを無視して俺はただひたすらに撃ちまくり、同時に結晶を破壊していく。

 まさしく一石二鳥だが、どうしても敵に当たる様子はない。

「ちょこまかと!」

 そうぼやいた瞬間だ。

 俺の視界が、いや、頭の中に声が響いた。

「壊すなああああ!」

「死にたくない、死にたくない、死にたくない」

「ここから出してくれええええ!」

「助けてくれ、まだ生きてるんだ!」

 グラッと視界がねじれ体の奥から嫌なものがはい上がってくる。

「まさか……結晶化された人たちが……」

 適正者である以上、結晶を通しての意思疎通が出来てしまう。ツクヨとの交信も今ならば問題なく行えるだろう。

 しかしだからこそ、結晶化された人たちが死んでいないのならばその意識は入ってくる。

 さらに個々の連中はツクヨと違って、通達のコントロールなんて技を持ち合わせていない。全て発したい分だけ発するのが彼らだ。

「仕方ないか」

 そう言いつつも、やはり人間の阿鼻叫喚の声は体の中に入り込んできて、ためらいを生んでしまった。

 ほんの数秒だけ、トリガーを引くのを止めてしまったのである。

 その隙を突かれ、ガルマスが俺の懐に入り込んで来た。

「なっ!」

 ハッとした時にはもう遅い。

 強烈な蹴りが俺の横腹に叩き込まれ、スーツの中の生身の体まで浸透してくる。

「がっあああああ」

 声を上げて肺の中から全ての酸素が吐き出されると同時に、吹き飛ばされた。

 結晶を壊しながらも何とか止まると、さっきよりも声が俺の中に流れ込んでくる。

 数多のガルマスと戦闘しても汗などかくはずもないと思っていたが、今じゃ湿気が溜まりすぎて視界が曇っている。

「くっそおおおお!」

 さっきの衝撃で銃ははるか彼方へと飛ばされ、もう弾幕は張れない。

「あとはこれだけか」

 脛に装備されていたこの短剣で止めを刺すしかない。正直負ける以外の選択肢は見つからないのだが。

 覚悟を決めるしかない。

 もしここで負けてしまえば、ガルマスの統率は乱せなくなる。それだけじゃない。ここで俺に勝ったこいつをセブンナイツが仕留めるのは酷な話だ。

「そんなことさせるかよ!」

 壁の中にいる人間は嫌いだ。だからと言って外にいる人間が素晴らしいとも思わない。だけど、こいつらがいなくなれば追放者も生まれず、山田のような考えを持つ輩もいなかったはずだ。

「それにツクヨともっとイチャラブしたいしな」

 思わず本音が出てしまう。

 そうだ、人類を救うとかそんな御大層な理由なんかいらない。

「ツクヨと暮らせる世界のために俺は……!」

 足に力を入れて俺は飛び出した。

 頭の中に響く声を消すほどの大声を上げ、自分を奮い立たせる。

 全ての感情を放り出し集中する。

 この一撃に全てをゆだねて感覚を極限まで研ぎ澄ませる。

「はあああああああああ!」

「grrrrrrrrrr」

 ガルマスもここぞとばかりに俺へと猛進してくる。

 敵の姿がだんだん大きくなり、やがて俺とガルマスは衝突した。

 同時に敵は鋭い拳を俺の顔めがけて突きだし、なんと顔面を被っている装甲の半分を吹き飛ばしたのである。

 間一髪で首を倒した俺だが、無数の切り傷が刻まれたのが分かった。

 しかし、ここまで接近すれば敵も易々とは逃げられない。

「がっ……ああああああああ!」

 飛び込んできた破片のおかげで片目の視界が真っ赤に染まるも、手にした短刀を深々と突き刺した。

「grrrrrrrrr!」

 それから思い切り上へと力を込めて、敵の腰から上を真っ二つに引き裂く。

 音も無く、ゆっくりと後ろへと倒れたガルマスはピクリとも動かなくなった。

『神型ガルマスの沈黙を確認しました』

「やっぱりこいつだったか」

 このスーツはどことなく情報が遅れている気がするが、まあ勝ったから良しとしよう。

「しっかしまさか顔の半分が吹き飛ばされるなんてな」

 これには今も驚きを隠せずにいた。

 右眼は普通の景色、左目は装備越しの景色が広がっているのだから少し不思議な感じだ。

 そっと手で触れてみると、固い感触が伝わってくる。当たり前か。

『スーツの破損を確認しました。飛行、戦闘、通信に問題なし。自動照準機能右側破損。温度調整機能が破損、高度の高い所や極端に気温が激しい場所には注意してください』

「分かってる。ツクヨにつないでくれ」

『何言ってんのよ! 全部聞こえてるわよ』

 突然聞こえてきた声に俺はやっと思い出した。

 通信機能は常に入れてたんだ。

「まさか俺がイチャラブしたいって言ったのは」

『……ぜ、全部聞こえてたわよ』

「……ごほん」

 漫画のようなわざとらしい咳払いをして話題を切り替える。

「九十九の方はどうなった?」

『たった今そっちに行ったわよ。今度またそれ直して遊びましょ、って言い残して』

「そっか……」

 強者と戦いたいだけの九十九なら言いそうなセリフだ。

『こっちはスーツの大破損よ。右腕と左足、ボディもボロボロね。見る?』

 俺の視界半分がツクヨの見ているものになった。

 右腕の装備はもはや役割を果たさず、腕がむき出しになっており左足も同様に見るに堪えない。

「俺も同じようなもんだぞ」

『こっちからも見えてる。何とか治すことが出来れば……』

 そこでザザッと砂音がしたかと思うとツクヨとの通信が途切れてしまった。

 思わず話しかけると再び繋がったが。

『やっほーカイト君―元気してる? 私の事覚えてるかなー』

「……シグレ博士、なんでそこに……」

『だって研究所大変な事になってるし、皆はマザー置いて行っちゃうしで心配して来てみたんだよー』

 口調からしてとんでもない笑顔をしているのが思い浮かんでくる。

 良い予感がしない、今すぐここから飛び出して助けに行かないと何をされるか分かったもんじゃない。

『こんな所に適正者がいたのも幸運だよねえー』

「今外がどうなっているのか知ってるのか! ツクヨを離せ」

 ツクヨは気を失っているのか、俺の視界には彼女の見えているモノが映らない。

 だがそんな事もお構いなしにとシグレは続ける。

『外がどーなっているかは知ってるよー。でもそれもこれも人類が淘汰されようとしているだけなんだよー。地上の支配者がかわるだけさー。まあでもそんなことはさせないけどね』

「どういう事だ……」

『全人類の結晶化、それこそ人間んが次の段階に進むべき道なんだよー。君とマザーの接触後におきた適正者同士での意思疎通、結晶化された人間の声を傍受することもできるなんてすごいよね!』

「ちょっとまて、何で俺が結晶化された人達の声を聴けるなんて」

『そりゃ分るよ。第五世代アクティブスーツは適正者の脳波同調を調べる為に作ったんだからさー』

 どういう事だ。元々セブンナイツが着るためのものじゃないのか。このスーツだって来たのは偶然だ。そりゃ少しは戸塚の策略にはまってしまったのはあるが。

 俺はそこでハッとして思わず自分を疑ってしまった。

「……戸塚もそこにいるのか?」

『よく分かったな』

 その声を聴いて俺は膝をつきそうになった。

「あんた昔、研究所にいたんだよな。その時にシグレ博士とも知り合いだって言ってたし、さっきの言葉を聞けば……」

『そうだ。俺はシグレに妹を助けてもらうために全力を注いでもらっている。結晶化の人間を研究するために必要なのは二つ。金とサンプルだ。俺は壁の外でナンバーズとガルマス、結晶をシグレに渡し、シグレは神宮寺家に『結晶からの意志の抽出』を提案して資金を得ていた』

「それじゃあ、何で追放者なんかやってんだよ! そんなことするために悪役してたのか!」

 俺は声を上げ拳を握った。

 今まで信じてきたことが足元から全て崩れていく。

『俺も初めはお前と同じで壁の外を知らなかった……なにせ妹を治すのに必死でな。だけど、もう何十年もナンバーズと関わっているうちに、こいつらも助けたいと思ったのは事実だ。だから、今このシグレの計画を利用することにした。全ての人間を結晶化させ、等しく進化へと導く。だけどその前に人間の精神的調和は何としても不可欠なんだよ』

「精神的調和……ナンバーズを受け入れることで平等にしようって事か」

『そうだ。結晶化で精神抽出をするということは肉体から離れると言うことだ。だからその前に人々の精神を何としても正す必要がある』

「狂っている」

『妹とナンバーズの皆を救うにはそれしかない。ツクヨは大いに利用させてもらおう、大丈夫だ死にはしない』

 そこでぷつっと通信が途切れると、俺はがっくりと膝をついた。

 まだ下では人が戦っている。押し寄せるガルマスを壁に近付けさせまいと銃を手に抵抗している。駆ける音が。発砲音が、悲鳴がやむことはないのだろう。

「あれー、どうしたの? そんな落ち込んでさ?」

 不意に声をかけられて顔を上げると、そこには九十九が立っていた。

 ツクヨと戦闘したと言うのに、スーツについている傷は数えるほどしかない。

「あ、分かったー。もしかしてツクヨちゃんがやられたの気にしてるんだあ。やっぱ私ってちょー強いじゃん? いやまあツクヨちゃんも強かったけどさ、やっぱり性能に頼り切っていると言うかさー。って聞いてんの?」

 じっと黙っている俺に眉根を寄せた顔を近づけてきては、目の前で手を振りだす。

「聞いてるさ」

「よかったああ。もー全く反応しないからさー」

「九十九はこの光景をどう思う?」

 俺は彼女から目を逸らして眼下を見下ろし、次に壁の中を見つめた。

「そーだねえ。ま、楽しいね」

 腰に手を当てて考えるそぶりも見せない九十九はそこまで言ったが、少しだけ間をおいて続けた。

「まーでも人間が押され気味なのは癪だよねー。私としては人類結晶化なんて関係ないけどさ」

「計画の事知ってたのか?」

「そりゃまあ、セブンナイツ筆頭だからねえ。あれっしょ、結晶化した後に機械の体を手に入れてガルマスを一掃するらしいじゃん。つまんないけーかくだよねえ」

 肩をすくめてあきれ果てる九十九は頬を膨らませる。

 なるほどな、そこまで考えていたとは思わなかった。ガルマスの力を借りた後は、殲滅するのみか。

「乗り気じゃないのか」

「ったりまえじゃん! 機械の体で戦って面白いわけないっしょ。死のやり取りだから興奮できるって言うかー。ああもう、なんか言葉にするのちょーむずい! だからさ、そんなことになる前に私は生きている奴と戦いたいわけよ」

 すうっと身構えた九十九に、しかし、俺は希望を見出すしかなかった。

 凄まじい殺気と隙のない構えに圧倒されているのは身に感じている。もしスーツなしでは気絶したかもな。

 本当、こんな化け物相手によくツクヨは戦ったと思う。だけど、ここからh戦いじゃない。共闘だ。

「ツクヨは強かったか?」

「うんうん、さすが適正者って感じだったし、また強くなって戦うために生かしてるよ」

「だけど、そのツクヨが今掴まっているんだ。結晶化計画の実験にされようとしている」

「はあああ? 何それ! てことはもう私と戦えないってこと? ふざけんな! 何のために生かしたと思ってんのさ! もしかしてシグレ?」

「ああ、彼女が連れて行った。お前と戦った後にな」

 九十九はわなわなと震えだすと足元のガルマスを踏みつける。

 ガラスの割れる様な音が響いて結晶が崩れろ。同時にガルマスが唸り声を上げた。

「だからお願いだ。ツクヨを俺と一緒に助け出してほしい」

「そりゃまあ、利害は一致してるけどさー。でも助けたら私に見返りは?」

「俺とツクヨ、二人を一度に相手しての決闘、それと……このガルマスの群れのボスのマザーとの戦いを提供するってのはどうだ?」

「……後者の方って完全に私に丸投げだよねー」

 ばれたか。

 だけどそうでもしないときっとマザーは倒せない。いや、九十九一人で無理ならばもちろん加勢はするのであるが。

 目の前にいるセブンナイツの筆頭はうーんとしばらく考えるかと思ったが、またもや即決して首を縦に振った。

「のった! その約束ちゃんと覚えててよ」

「分かってるって」

「じゃあ早速……その前に!」

 九十九は飛び上がると剣を一本手にして真下にいるガルマスに深々と突き刺した。

 ぐラリと揺れた巨体に俺も思わず飛翔し、九十九を軽く睨む。

「まずはこいつと向こうにいるの倒さないと、人間がやられるっしょ」

 何ともまあ正論ではあるが、いきなりすぎだ。

 九十九はそれから巨大ガルマスの真正面に行くと、なんとひらひらと手を振って挑発したのである。

 ガルマスは長く太い二本の鼻を操って、宙を舞う九十九を狙うが、どうしたことか当たる様子はない。それどころか彼女は襲い来る鼻を一刀両断したのである。

 切れた鼻は血をまき散らしながら地面に落ち、下にいたガルマスを押しつぶした。

 しかしそんな光景を自慢するでもなく、ただ一瞥した九十九は再び自分に向ってきた一撃を回避すると、今度は足元へと向かった。

「まさか……」

 俺が呟くと同時に、彼女はガルマスの足を一つ、また一つと切り落として見せたのである。

『このくらいは出来て当然っしょ』

「まあそりゃな」

『じゃあもう一体も倒してくるから、それ終ったらツクヨの方にいくよー』

 と簡単に言うと、彼女はものの数分もしない内に何とガルマスを倒してしまったのである。

「マジかよ」

『ま、私の実力知った方が対策も立てやすいっしょ』

 これでどうやって策を練ろというのだ。圧倒的なまでの身体能力に、適正者である彼女は身体能力が高い。高すぎる。

 倒れた二体の巨大なガルマスは暫くもがいていたが数分もせずに、息絶えてしまった。

 ハンデなのかどうなのか全く分からないな。

 そう思いながらも意気揚々と飛んでいく九十九の後を俺も追うしかなかった。



「大丈夫だすぐに救い出して見せる」

 戸塚はじっとベッドに横たわっている妹を見つめ、優しく髪を撫でてやった。

 体の半分までもが結晶に被われ、意識があるかどうかも分かっていなかった。そう、ガルマスの研究が進むまでは。

「シグレ、本当に大丈夫なんだろうな?」

「任せてよー。結晶を介しての意志の送受信なら君の可愛い部下二人がやってくれたからさ。ある程度の仕組みは分かったんだよねー。発信側が出していたものを機械で作ってやってそれを体外から送れば……まあ難しい事はさておきー、神宮寺家のことはいいのー?」

「心配ない。今頃は部下たちが侵入しているころだ。あいつを殺さないといつまで立っても世界は変わらないしな。でもその前に厄介な奴が来そうだ」

「来るだろうねー。ツクヨちゃんを取り返しにさー。でもそれじゃ―困るんだよ、ツクヨちゃんはまだ利用価値があるからねー。この機械もそうだけど、まだ改善の余地あるからそのために協力してもらわないと」

「妹を頼む。俺は少し出てくる」

 戸塚はベッドに背を向けると部屋を出てた。

 研究所の最上階、そこからエレベーターで下に降りると、地下で降りる。

 マザーと呼ばれる存在が閉じ込められているのが、確かもう一つ下だったはずだ。

「まあ、これさえあれば問題ではないか」

 うす暗い部屋の真ん中に置かれているのは第五世代アクティブスーツ。

 シグレが神宮寺にも極秘で開発していた三機めのスーツだ。

「しかし、全身が金色というのは仰々しすぎるな」

 思わず苦笑いした戸塚だが、迷うことなく乗り込むと脊髄認証を開始する。

 一瞬の痛みの後に、全身をスーツが囲い込む。

「全機能正常だな」

 一人で頷くと、戸塚は背中に装着されているロケット型の飛翔装置を一瞥した。

 どうせならばカイトのような翼の方がよかったが、これはそれ以上に速度が出そうだ。

 戸塚はスーツを着たままエレベーターと反対方向に歩き出すと、ガコンッと音が鳴り壁が斜めに開く。

 まるで地下駐車場のような設備だが、これならば追放者のアジトにもあった気がする。

 そんなことを思いながら外に出ると、耳元でアラームが鳴り響いた。

「誰が来たかくらいは分かっているさ」

 目を向けると、そこには二つの人影が猛スピードでやって来ていた。

 しかも一人は既に武器を携えこちらを狙っているのだから分かりやすい。

「ツクヨを返せ!」

「いいだろう。だけど勝てたらな!」



「この後は……あの人を倒した後はどうするの?」

そう問われて俺は返事を返すことが出来なかった。

戸塚とシグレの先にはガルマス討伐があり、人類の進化と言う目標が見据えられている。それに対して俺の中にあるのはツクヨを救いたいと言う気持ちだけだ。

救った後にどうする?

問われても答えは出ない。

マザーを倒しても結局は大量のガルマスが地上に残る事は変わりないだろう。その点で言えばやはり戸塚とシグレの計画は……人の意思を機械に入れて戦わせる事はこの上ない策だ。

「分からない。でもツクヨを助ける」


 少しばかり前の記憶を思い出して俺は戸塚に剣を振り下ろそうとしたが、奴の背中に備え付けられていた円柱型の射出機が俺の方へと口を開いた。

『警告』

「分かってる」

 翼を一度はためかせて、放たれた一撃を俺は回避すると、そのまま突っ込んだ。

 渾身の力を持って腕を振りおろし、剣を走らせたが見たことも無いスーツを着ている戸塚に防がれてしまう。

「はああああ!」

 両腕を交差させて人たちを防がれても勢いは止らないが、相手も同様にロケットのような噴出を背にして押し返してきた。

「カイト、お前ももう少し大人になれ」

「なんだと」

「ツクヨ一人の命とその他大勢の命のどっちが大切か考えろ」

「大きい方を取れってか」

「その通りだ。人間は今のままでは淘汰される。その前に進化するんだ」

 俺は一度距離を置こうと離れたが、戸塚はそうさせてくれない。

 閃光のごとき速さで眼前に迫ってくると、首筋に剣を走らせてきた。

 俺は慌ててしゃがみ込んで、がら空きになった腹へと拳を叩きこむと確かな手ごたえを感じた。

「ツクヨ一人の命とその他大勢だと……ツクヨの方に決まってるだろうが! あんたはどうだよ、妹とその他大勢ならどっちが大切だ!」

「それは……」

「ああそうだよ。言えないだろうな。それと同じだ、ツクヨが危険な目にあっているなら俺が助ける。そう約束したしよ」

 アクティブスーツを持っていながらこんな約束一つ守れないで何が出来ると言うのだ。

「ふん、だったら俺も妹に約束した! 必ず助けるとな」

 どっちも同じだ。互いに守るべき相手のために力を振るう。

 だからこそ譲る事は出来ない。

「ツクヨは返してもらう! 九十九は今のうちに中に!」

 俺は後方に控えていた九十九に合図を送ると彼女は上へと飛んでいく。

 しかしそうさせないのが戸塚だ。

「行かせん!」

 俺の剣を弾き飛ばし、瞬時に飛び上がった相手は九十九に追いつくと交戦を始める。

 九十九の凄まじい神技が俺の目にはまだ焼き付いている。あれならば戸塚にも勝てるはずだ。

 だが願った通りに行くわけが無かった。

 戸塚は互角かそれ以上に九十九と渡り合っているのである。

 空気が震え、衝撃の余波が感じられるほどに激しくぶつかり合い、切り結ぶ。

「今か……」

 俺は戦闘が激化し始めるのを感じて急発進した。

 戸塚が苦い顔をするのがはっきりと見える。さすがに九十九相手だと俺を追ってくる余裕はなさそうだ。

「待てっ! カイト!」

「そんな余裕があるんだ!」

 交差した瞬間に戸塚が叫ぶがそんなものは無視だ。

 俺はすぐに第三階層までたどり着くとひときわ目立つ研究所を目視した。

 まだスーツは動く、機能も十分に果たしている。このまま行けば問題なくツクヨを連れ出せるはずだ。その後にはガルマス討伐へ向かって……。

『ガルマスが壁の中に侵入。至急向かってください』

「マジか!」

 振り返って地上を眺めると壁の一部が壊されてガルマスが町へとなだれ込んでいたのである。

 セブンナイツが全滅した訳では無い。一人一人の防衛領域が広すぎて手が回っていないのである。

 警備兵が銃で抵抗するも、中心部まで浸食されるのは時間の問題だろう。

 研究所はすぐそこだ、ツクヨを助けても十分に時間はある。

 ああもう、どっちに行けばいいのか分かんねえよ!

『こっちへ来い』

「マザー……なんで……」

『どうした? 別に意思疎通ができないと言ってないぞ? まあしにくかったのは事実だが、結晶化された下等生物どもが近くまで来てくれたからな』

「なるほど、だとしてもお前の方に行くのは」

『メスがどうなっているか知っているか?』

「……」

『まだ生きているのは感じるが……生命力は強くないのう。適正者ゆえに何かされているようであるぞ』

 喉の奥で笑うマザーに、俺は拳を作っていた。

 どうすればいい? どっちに行けば……。

 迷う時間も勿体ない。

「くそっ!」

「私が行きます! カイトさんは早くツクヨさんの所へ!」

 聞き覚えのある声が俺を振り向かせた。

 そこにはスーツを着た神宮寺がこちらへ来ていたのである。

 俺のところまで来て止まると、間をおかずして捲し立てる。

「早くツクヨさんの家に行ってください! 地上の方は私が食い止めて見せます」

「ありがとう、頼んだぞ!」

 俺はそう告げるなり研究室へと飛ぶ。

「ツクヨのいる場所は分かるか?」

『アクティブスーツの位置検索開始……第三階層、研究施設五階に反応があります』

 適正者を監視するために作られたスーツだ。位置が分かるようにすることくらいしているはずだ。

 半分になった頭装備、その左目には地図が表示されツクヨが来ていたスーツの居所を示している。

 俺は研究所の五階まで飛ぶと、迷わず部屋に突っ込んだ。

 何をする部屋かは分からないが、一見するとただの事務室のようだ。紙が舞い上がり机が壁にぶち当たる。

 扉を見つけるなり広い廊下へと足早に出ると、建物内の地図が表示された。

「こっちか」

 足早に歩き出し、目的の部屋の扉を蹴り破るとそこにはスーツに身を包んだままのツクヨが横になっていた。

「取れないのか」

 外装が変形するほどに九十九との戦いは激しかったのだろう。本来ならば何の抵抗も無く取れるスーツが、体を離れない。

 ガルマスをも相手にするツクヨだ、シグレなんかに拉致されるはずがないと思っていたがこういう事だったのか。

「あっれー。もしかしてカイト君かなー? やけに凄い音がしたと思ったけど、まさか君とはね」

 ひょうひょうとした口調のシグレが扉の前に立っているのを目の当たりにして、俺は怒りを噴出させた。

「今すぐツクヨを解放しろ!」

「無理だよー。彼女はいま結晶化と同じような状態になっているからねー。常に意識を送信し続けているのは不思議だけど」

「どういう事だ」

「簡単だよ。そばにあるその機械は完成したんだけど、やっぱりまだ精神抽出には彼女の脳波が必要なんだ。まあ君でもいいけどさー。とにかくサンプルになってもらっている途中なんだー。無理に剥がすとどうなるかは分からないよ」

「そんな……どうして……」

「人間が進化するのを見たいからさー。ただそれだけだよー。ガルマスを使って、機械を使って、人は死をも克服するんだよー! 素晴らしくない?」

 やはりそこに行きつくのか。

 戸塚のように妹を守りたいからなんて目的は何もない。人間がどこまで進化できるのかをこいつは純粋に知りたいのだ。

 その目には一点の曇りも無い。

 この歳相応の疑問を、こいつは自分の力を使って解き明かそうとしている。

 本来ならば褒められるべき事だが、これではただの暴走だ。

「やめろ、今すぐツクヨを元に戻せ」

「だから彼女は今進化の最先端にいるんだよ? この前で新人類が誕生するのを見たくないのー?」

「そんな事はどうでもいい。今すぐツクヨを返すんだ」

 これまで俺達は安全な壁の中にいた。ナンバーズの命なんか塵とも考えない奴らだっていたことはまだ覚えている。

 俺もそんな一人だった。

 だけどツクヨと出会って変わったんだ。壁の外でも中でも懸命に暮らしている人たちがいた。それは誰もが限られた時間の中で生きていたから……。

 たぶん、これは俺のエゴだろう。だから譲れない。

 手にした得物をシグレに向けて威嚇するが、彼女は飄々とした態度を崩すことはない。

 俺は怒りに来るって踏み出そうとしたその時だ。

「やっと見つけたぞ、我の婿よ」

 地の底から響いてくるような声、その持ち主が何と壁を突き破って出てきたのである。

 四枚の黒い羽をはやし、体の周りにどす黒いオーラを纏っているマザーはゆっくりと床に足をつけた。

「どーして!」

 奇声を上げたのはシグレだ。

 そりゃ驚きだろう、何せ凍り付けになっているはずのマザーが目の前にいるのだから。

 初めのガルマス。世界の半分近くを滅ぼし、やっとのことで捉えた異星人。

「子供たちが街の中に入っているのは確認済みでのう、発電所は既に倒壊しておるぞ」

 シグレの方を向いたマザーが口の端をつりあげる。

 同時にシグレの顏からさらに血の気が引いた。

「だから……確かに発電所なんてものは……地上にしかないし、研究所の全施設の電気もそこで補っていたのが間違いだったのね」

「よく分からんが、この機を逃すわけにはいかぬでのう。将来の旦那様がいるのだから、我自ら取り返しに……その前にそこのメスを殺す必要があるのか」

 マザーは目を細めて右手を突き出した。すると黒い靄が収束し、一本の剣となる。

「これは我が子たち。我々は個にして全体、全体にして個。その中心は我だがのう。この霧はまた貴様たちに殺された子供たちの魂よ」

「訳の分からない事を!」

 俺はマザーに斬りかかった。

 こんな化け物にも一度だけならば傷を負わせることが。

「なっ!」

「激しい求愛じゃのう、我が旦那様よ」

 背中の羽が硬化しぐにゃりと曲がると俺の剣を弾き返す。

 スーツを着たこの体が押し返されるなんて前代未聞だ。普通ならば一刀両断、すぱっと切れると言うのに。

「くそっ」

 俺は縦横無尽に剣を走らせるが、相手は一ミリたりとも動かずに弾き返してくる。

 そのくせ反撃してこない。まるで馬鹿にされているようだ。

「落ち着け旦那様、そのメスを殺すだけじゃ。今削奴は完全に我らと繋がっておる。その機械によって無理やり意識を抽出させられておる。我でも分かるぞ……そいつはもうすぐ結晶化するぞ」

 その言葉に俺は背筋が凍りつきそうになった。

 洒落になってないぞ、結晶化した人間を元に戻すなんて方法はないのに。

「そんなことはさせない」

「無理じゃな。こっちへ引き戻すためには何か強力な……そう肉体的な事が必要じゃだのう。こっちへ帰ってきたいと思うこと。例えば……死とか」

「だったら尚更させない! ここでお前を倒す」

 横になるツクヨを庇うようにして立ち、俺は頼りない得物を構えた。

 その様子を悲しむかのような眼差しでマザーが見つめてくる。

「哀れだのう、旦那様。いや、だからこそ取るに足るオスだな」

 さらにどす黒いオーラを増幅させたマザーからは言葉にならないほどの恐怖があふれ出してきていた。

『敵ガルマスの危険性を確認。すぐに退避してください』

 感覚的な恐怖かと思っていたが、こうしてスーツにも認識されているらしい。

「対神型ガルマス武器を使う」

『勝率は限りなくゼロに近いです。退避をしてください』

「いや、武器をだせ」

『声を認証、承認しました。対神型ガルマス武器を展開。周りの電子機器に注意してください』

 もうそんな気を使うことはない。

 ここにいるこいつを倒せば……悪夢のような人類史が変わるのだから。

 俺の背中に激痛が走り、思わず短い悲鳴を上げてしまう。

 何かが突き刺さり、体の奥に侵入してくる。

 腕に、足に、体全体に何かが挿入されたような感覚に眉根をひそめるが、それがアクティブスーツだと認識するのに一秒もかからなかった。

「これが、もう一つの進化の形なのかのう」

 興味深げにまじまじと見つめてくるマザーは、顎に手を当てている。

 その後ろではシグレが口の端をつりあげた。

「そうよー、これが初めに思いついた人間の進化! 機械と体を完全に一体化させてー内臓の機能を全部代わりに行うことで、寿命をのばすー。それだけじゃないわ―、スーツの力を極大に引き出し、生身の体では耐えられなかった戦闘も行えるのよー!」

 と言うことは今までの戦闘はこのスーツの全力では無かったって事か。まったく、シグレは飛んだ天才だ。分かっていたけど。

『細胞の活性化を確認、神経系の接続を確認、神経伝達信号を倍速にします。スーツとの適合率九十八パーセントまで到達。対神型ガルマス武器、第五世代アクティブスーツ起動しました。動作に問題ありません、戦闘を行ってください』

 俺は体に力を入れ、思い切り踏み出した。

 今までは俺がスーツを着ているという感覚が強かったが、今回ばかりは全く違う。

 このスーツを含めて体なのだ。

 神型用武器が、まさかこのスーツ自体とは思わなかったが、なるほど納得できる。

 迎撃用レーザーを撃っていた羽が変形し、巨大な剣となって俺の手におさまる。同時に、マザーへと振り下ろす。

「早い!」

 敵が目を見開いたのが分かった。

 だがそうれでも俺の一撃は届かない。さっきのように弾かれることは無かったが、相手を吹き飛ばす事も出来ない。

 ぐぐっと、前に押し込むとマザーは頬に汗を流した。

「やはり……やはりふさわしいのう! 生命の究極体として我々はまた進化を遂げる! 旦那様はその種馬には持って来いの人間じゃ!」

「どいつもこいつも……そんな馬鹿な事ばかり言いやがって!」

 全身に力を込めると、敵は大きく飛び退いてこちらを見据えてきた。

「進化だのなんだのとぬかして、結局は俺達人間がやってきたことと変わりないんじゃないか。その本質は他者を落とすことだ」

「それが進化だからのう」

「お前たちはそうなんだろう。だが俺達は人間だ。弱者を助けることができる唯一の生物だ」

「安心するがよい。その考え、すぐにでも打ち砕いてやろう」

 マザーの羽がまたもや変形したかと思うと、鞭のように伸びてきて襲い掛かってくる。

 俺はすぐさま迎撃レーザーを打ち、懐に飛び込んで刃を滑らせた。

 キイイイン。

 と耳鳴りが鳴ったかと思うと、衝撃波で周りの壁が崩れていく。

「はあああああ!」

 背にある迎撃装置はマザーの操る得体のしれない触手を撃ち、俺は剣で本体を責めるが、あと一押し足りない。

 そう思っていると敵は壁も天井も無くなった部屋から飛び出して背を向けた。

「逃がさねえ」

 そう叫んで飛翔し、ピッタリと後ろに着く。

「いいぞ旦那様! それでこそ我の婿じゃ」

「さっきから旦那さま旦那さまってうるさいぞ!」

「何を言うておる。下を見ろ、これが旦那様の言う人間じゃぞ」

 その言葉に釣られて俺は地上を一瞥し、言葉を失った。

 壁の外は紫色の結晶で覆われガルマスがひしめき合っている。それでも、警備兵とセブンナイツが奮闘し、押しとどめているのは不幸中の幸いだろう。

 神宮寺が駆け付けた場所はすぐに分かった。壁中に無数の結晶化された人間がいる所がはっきりと見て取れる。

 今はもうガルマスの侵入は無くなったようで、彼女はかなりの広範囲を守っていた。

 だが、それとは別にマザーはもう一方向を見るように促してきた。そこは壁の中であり、第二、第三階層の居住区へと昇るための駅だ。

 そこには人々が殺到していたのである。我先に上へと言逃げ出す様子は地獄絵図だ。

 罵り合い、悲鳴が飛び交う。ある物は強引に電車へと乗り込み、ある者は先へ行こうと他者を殴る。

「見ろ、あれが本性じゃ。だから我が進化へと導きこのような光景が無い世界へと」

「なに言ってる……これは人間の一面だ!」

「これを見ても人間を守ると言うのか……前言撤回だ、カイト、とやら。貴様は旦那様では無く敵ということじゃな」

「俺はずっとそう思ってたぜ」

 マザーはくるりと俺の方を見ると、今度はツッコんで来た。

「ならばこの星を新たな住処として、また旅立つとしようかのう!」

 衝突した俺はマザーと斬り結ぶ。

 右からの斬撃をいなしたかと思うと、すかさず迫りくる真上からの触手を羽のレーザーで撃つ。

 体全体に力を込めて俺は敵を第二階層へと叩き落した。

 腕の痺れが半端では無い。もはや千切れてもおかしくないと思えるほどに痛い。

 だけどまだ終わらない。こいつがこの位で死ぬのならば苦労はしない。

 得物を構え、マザーが落下した場所に急降下する。

 一つの生き物のように土埃が舞い上がるも、この目にはちゃんとマザーの姿が映し出されている。

「はああ!」

 短い掛け声とともに、マザーの真上から勢いに乗せた一撃を叩きこんだ。

 その衝撃で、第二階層の三分の一が、チョコレートを割ったように崩壊し、地上へと落ちて行く。

 俺も勢いを殺すことなく剣を突き立てたまま地上に衝突したが、目の前にいるマザーは苦い顔をしながらもしっかりと剣を受け止めていた。

 だがこれが最後のチャンスだ。

「人間ごときが我を殺せると思うな!」

「ここで倒す!」

 あらん限りの力を込めて俺は剣を押し込んで行く。

 ゆっくりとだが着実にマザーの胸元に迫る。

「が、あgrrrがrrrああああああrrrgrrrrやめrgrrrr」

 もはや言葉にもならないのだろうか、マザーは他のガルマスと同じような声を上げ、必死の抵抗を見せる。

「はああああああああああ!」

 全身の力を一点のみに集約しマザーを貫かんと刃を押し込んで行く。

 やがてマザーの胸に深々と突き刺さると、彼女は発していた奇声を止め、剣を掴んでいた。

 ぐったりと力なくマザーが横たわると、俺も体の力を抜いてその場に倒れ込む。

『敵の殲滅を確認。対神型ガルマス武器を終了します』

 スーツが煙を出しながら、気の抜けた音を発する。同時に俺の中で燃え上がっていた怒りも終息し、平穏が訪れた。

 すると、すぐそこで何かが落ちてくる音が聞こえてきた。

「これほどまでの実力だったのか」

「お兄さんも少しはやるじゃん。私さ、ちょー楽しかったよ!」

 そうだった、この二人も戦っていたんだ。

 戸塚のスーツはツクヨのそれと同様に大破しており、飛行機能は完全に失われているようだった。

 九十九の方も無傷とはいえないほど、ボロボロになっており今なら俺でも勝てそうだ。

 だけど傍から見るとどちらが勝ったのかは一目瞭然だ。

「うーん、あんたも強いけどやっぱり私が一番だねー。ツクヨちゃんといい勝負してるんじゃない?」

「うるさい。俺はこんな所では負けられない。結晶化している妹を必ず助け出すためには負けられないんだ」

「ほー、でも負けは決定しているんだけどね」

 一人で頷く九十九がゆっくりと腕を振り上げたその時だ。

 銃声が鳴り響き、九十九のスーツに被弾した。

「させないよ、セブンナイツ!」

 叫んだのは追放者のメンバーである京子だ。

 確かこいつらは第三階層にある神宮寺家に行っていたはずだが。

「お前たち、何でここに……」

「神宮寺さんが、地上の現状を報告してきて避難を手伝ってほしいって頼まれたからね。まあ任務は成功したしやる事も無かったから……それにリーダーが戦っていたのは上からバッチリ見えてたし」

「バカな奴らだ。今まで蔑んでいた連中を助けるなんてな」

「それはリーダーも同じでしょ。ナンバーズだった私たちに希望と夢を与えてくれた。妹さんが一番の理由だったとしても、ここまでやってくれたことに違いはない」

 断言した京子を見つめて戸塚はふっと口元をほころばせる。

 戸塚はナンバーズを救おうと、そして妹さえも助けようとしてシグレと手を組んでいた。

 シグレの計画に頼らなければどんな未来があったかは想像もつかないが、それでも戸塚の歩く道は変わらなかっただろう。

「あーあ、これじゃあ私が悪者みたいっしょ。てか最初から殺す気なんかないっての」

 盛大なため息をついて九十九が肩をすくめる。

 こいつはそういう奴だ。自分が見込んだ相手はさらに強くなって戻ってくると信じている。だからこそ、ツクヨに止めを刺さなかった。

「んで、カイトの方もマザーは倒せたっぽいね」

 九十九がこちらに顔を向けると歩み寄ってきた。

「まあなんとかな。おかげで最悪の事態は免れたって感じ」

「てかさー、対神型ガルマス武器使ったっしょ? 途中からスーツの性能下がりまくりで焦ったわ」

「なりふり構っていられなかったんだよ」

 差し出された手を握って俺は立ち上がると、上を見上げた。

 第二階層の床が地上に落下し、第三階層の下部分が筒抜けで見えている。

「さてと、俺はツクヨを迎えに行く」

「じゃあ私はもうちょっとお楽しみかなー。ほらガルマスで人類ピンチじゃん? ここで活躍できないとあんた達と戦えないっしょ?」

「ああ。約束したろ、ちゃんとこれが終わったら戦ってやる」

「オッケー。んじゃまあもう一働きしますか」

 意気揚々と九十九は飛び立ち俺は戸塚を一瞥した。

 目が合うと追放者のリーダーは気まずそうに視線を落とした。

「お前たちの勝だ」

「別に勝負してたわけじゃない。あんたは妹とナンバーズのために戦っただけだろ」

「そうだな。だが俺はまだ諦めていない……何としてでも妹を取り戻す」

 炎を宿した目で顔を上げた戸塚はゆっくりと立ち上がる。

 傍らに京子たちが駆け寄り彼を支えた。

「カイト君、ツクヨを頼んだよ」

「分かってるさ、京子さんも安全な所に避難しておいて。ってもかなりありそうだけど」

「それなりにはあるよ。戸塚ももう少し考えてみよう、別の道があるはずだよ」

 京子が疲れきった戸塚をなだめるように言う。

「そうだな。道は他にもあるかもしれん。シグレと相談してみよう」

 俺は視線を上にあげて飛び上がった。

 第二階層を超えて再び第三階層へと戻ると、半壊した研究所に降りる。

 まだ横になっているツクヨの傍に座り、そっと頬を撫でる。

 今にでも目を覚ましそうだが、俺には取り戻す術なんて思いつかない。

「ごめん、守れなかった……」

 第五世代スーツを着てマザーを倒せても結局は助けることが出来なかった。

 こんな力を持っていても無力感が襲ってくるなんてな。

「すこし卑怯かな」

 そっと俺はツクヨに口づけをした。

 ここに彼女はいないかもしれない、この機械のせいで精神抽出されているならば戻ってこないだろう。

 もはや亡骸となんら変わりない。

 そう思っていると、大きな呼吸音が聞こえてきた。

「なっ!」

 ゆっくりと目を開けたツクヨは、やがて俺の気配を感じたのか目を動かして微笑んだ。

「なんて顔してんのよ」

「いや、だって……なんで……」

「嵐の中で声がしたのよ、そしたらあんたの所に行かなくちゃって思って」

 マザーが言っていたな。こっちに戻ってきたいって意識が無いといけないって。

 そっと唇をなぞったツクヨはどこか含み笑いをした。

「あんた、ズルいわね」

「しょうがないだろうが、もう戻ってこないと思ったんだから……」

「許してあげるわ。でもまずはこのスーツをどうにかしなくちゃね。九十九にやられ過ぎて自力じゃ抜け出せないわ」

「そりゃ簡単だろ」

 俺は外装を掴むと思い切り引き裂いて、優しくツクヨの体を外に出す。

 それからツクヨを立ちあがらせると、外を眺めた。

 前線は九十九の投入で一気に人類へと傾いている。というか、すでに壁の周りにはガルマスの死体の山が築かれていた。

「あんたはいかないの?」

「ああ、後一つだけやり残したことがあってな。熱に約束した訳じゃないんだけど……シグレ博士、戸塚の妹を元に戻せる方法あるのか?」

 俺は振り返ると、瓦礫の後ろに隠れているシグレへと声をかけた。

 ビルが半壊し、エレベータも吹き飛んだ時点で下には降りられない。というか、バッチリとスーツが彼女を捉えている。さっきから『生体反応アリ』の文字が浮かんでうっとうしい。

「あ、あるよー。でも適正者の力を借りないとさー」

「また変な機会を取り付けようってんじゃないでしょうね! あんたのおかげでガルマスの声聞きまくって精神おかしくなりそうだったんだからね」

 立腹しているツクヨが大股でシグレに近寄ると胸ぐらをつかんだ。

 ひいっと短い姫を上げたシグレはすかさず大きく首肯する。

「少し血液貰うだけだよー。抗体をつくる事が出来れば……三年、いや一年で完成できるかもしれないー」

「ほんとよね?」

「ホントだってー。もう人類の進化とかいいよー。結局期待したガルマスも私の知識で勝てちゃったわけだしー。まあ今度は機械との融合かなー」

「その前に結晶化を止める術があるなら早く見つけなさいよ!」

 シグレの頭にツクヨのげんこつが叩き込まれた。

 これで問題は解決するだろう。

「あとは残ったガルマスの処理だな」

 人間領域はここだけでは無い。他にも情報交換している所が居つくかある。

 まあそこまでたどり着くにはかなりの時間が必要だけどな。取りあえずこの辺りの奴を片っ端から倒していくか。

「ちょっと行ってくる」

 ツクヨに投げかけると、彼女は笑って。

「ええ、待ってるわ」

 そう返してくれた。




「壁がなくなった日、初めて人間は纏まりました。それまではナンバーズを迫害し、人間が人間たるゆえんであることを我々は忘れてしまっていたのです。しかし、五年前ついに天敵であるガルマスが消滅し、再び人間は手を取り合うことが可能となりました」

 神宮寺はそう言うと、目の前に集まった人々を見つめた。

 綺麗に区画整理された街に、何所までも続く人間の領域。遠くに壁が見えなくなって五年が経とうとしている。

 ガルマス戦で一番恐れていた結晶化の交代をシグレが作り出したことによって、兵は傷ついても戦いを継続することが出来た。さらに言えば、結晶化しないのだから、ガルマスは集団戦法が使えず、人間側としてはすこぶる戦いやすかった。

 おかげで予想よりも早く他の場所に住んでいた人間と接触できたのである。

 それからはアクティブスーツの技術を提供したことで一気に人間は昔のように地上へと戻る事が出来た。

 足を止めて街頭に設置されている大型モニターから目を離した俺は、再び歩き出す。

「神宮寺も大変だな」

「そうよね。テレビでは引っ張りだこよ、なんでも人類を救った英雄だとか言われてるわ」

 隣を歩くツクヨは頬を膨らませて愚痴を呟く。

「本当のヒーローはここにいるのにね」

 がっしりと腕にしがみ付いて来て、今度は満面の笑みを作った彼女は鼻歌まで歌い出した。

 追放者も壁の存在が無くなると同時に解散した。

 とは言ってもそれだけだ。普通に構成員とは連絡を取り合っているし、昨日は飲み会にまで出席してきた。

「やめろ歩きにくい」

「彼女をそう言う扱いしていいと思っているの? 誰だっけ? もっとイチャラブしたいとか」

「ああああ! 分かったからその話は辞めろ!」

 そんな黒歴史を持ち込まれるとツクヨにはどうしても叶わない。

 大声で遮ると同時に、周囲の目が白くなる。

「あんたらさー、これから何をするか分かってんの?」

 声が聞こえた方を見ると、生気を失った目をした九十九が立っていた。

「お前大丈夫か?」

「だいじょーぶよ。ただちょっと眠たいだけだし」

「本当にその状態で俺達の相手をするつもりかよ」

 こいつ確か、ガルマス戦での活躍から一気に有名になって連絡もろくに取れなかったんだよな。

 それがつい先日、今日なら空いている、とか言い出してきて昔の約束を取り付けて来たんだから、何事なのか気になるところではある。

「ちょっとネタから大丈夫だって言ってるっしょ」

「なん時間寝たのよ」

「三日間で十分」

 言葉も出ないが、こいつが大丈夫と言うならばそれはそれでいいのだろう。

「分かった。その前にシグレの所によっていいか? スーツの場所、あいつだけしか知らねえんだよ。他の人間領域の奴らには渡したくないみたいでさ」

「確か戸塚の妹の所にいるのよね、丁度いいじゃない」

 まあ見舞いがてらに軽く挨拶でもして来ればいいだろう。

 俺達は三人そろって町一番の大病院に行き、戸塚の妹がいる部屋を訪ねた。

 そろりと扉を開けると、戸塚が唇に人差し指を当てる。

「いま寝たところだ」

 戸塚の横、白いベッドに寝ているのは兄に似て凛々しい表情をしている少女だ。

 体の半分をも結晶で覆われていたらしいが、そんな気配は全然ない。

「シグレ博士はどこに行った? スーツを貰う予定だったんだけど」

「シグレならさっきまでいたが、出て行ったぞ。これを渡してくれって頼まれたな」

 そう言いながら戸塚は俺達にタブレットを差し出してきた。

 電源を入れるとそこに地図が表示され、スーツの場所が記される。

「使うのは第六世代アクティブスーツで、そのデータを取りたいらしいから一足先に現場に行ってるとさ」

 戸塚がため息交じりに言うと、俺も苦笑いしてしまった。

 あれ移行シグレはどれだけ志納のいいスーツを研究できるかに没頭している。

 人類の進化を促すはずだったマザーが、己の開発したアクティブスーツにやられて島TT尚だから、興ざめしたのだろう。

「少し遠いけど、それじゃあ行くか」

 病室を出て電車に揺られること一時間。

 俺達は田舎町に降りると、そこから歩いて数分の小さな小屋に入った。

「まってたよー! ささ、スーツはもうできてるから今すぐ初めてー」

 中にいたシグレは、用意していたスーツを披露すると、俺達の背中を押して無理やり装着させる。

「昨日の向上はしてると思うけど、基本的には君たちが着ていた第五世代アクティブスーツと同じだから、違和感ないと思うよー」

 手元にデータ収集用の端末を持ったまま興奮しているシグレは、足早に外に出て俺達を拾い野原へと導く。

「ここでいいのかしら?」

 確かに何もないが、広すぎて誰かの敷地に入っているのではないだろうか。

「だいじょーぶだよ。神宮寺からの許可もあるしねー」

 それならば問題ない。

 俺とツクヨ、九十九は十メートルほどの距離を取って向かい合った。

 たぶん、マザーよりも強い。

 眠気と戦っているとはいえ、セブンナイツ筆頭であり人類の復活の立役者の一人なのだ。

 見た目は女子高生だが。

「向き合うと、少し後悔している」

「なに言ってんのよ、私がついてるわ」

「頼りにしてるそ」

「任せなさい」

 一度負けていると言うのにツクヨは臆しない。

 俺も笑い返すと、九十九が声を上げて呼びかけてきた。

「はじめるよー」

 その合図でつく者はスーツに身を包む。

 どうやらこちらも準備しなければいけないようだ。

「さてと、じゃあやりますか」

「そうね。前の借りを返すわ」

 俺とツクヨはお互いに息を吸って、それから叫んだ。

「「アクティブスーツ起動!」」

 そして衝突した。

 これからはツクヨと一緒に歩んでいく。

 その為の共同作業とでも思えばいい。家も買って、犬も飼って、追放者の見ん後は騒いで暮らしていく。

 ツクヨと行きたい場所ややりたいことはまだたくさんある。ありすぎて困るくらいだ。

 でもガルマスを一掃した今なら全て叶えられそうな気がする。

「やっと勝ったわ」

 その言葉に現実に戻された。

 時間にして小一時間くらいだが、ずっとこいつの事を考えていたために戦いの記憶はあまりない。

「いやー負けちったよ。うん、完敗だねー」

「もっと悔しがりなさいよ!」

 勝ったのに何故かツクヨが怒っている。

 その光景を見て俺は思わずクスリと笑ってしまった。

「カイトも何のよ、あんんた全く戦って無かったじゃない」

「そうだったか? 少し考え事をしていたからかな」

「へー。この勝負以外で大事なことってなによ?」

「以前、ツクヨhが第三階層に住みたいって言ってただろ、だから家を建てるならどこがいいかなって思っててさ」

 はにかみながら言うと、ツクヨは起っていた顔をそむけた。

「……そ、それは大事ね、うん確かに大事よ」

「はいはーい、熱いよお二人さん。私この空気耐えられないわ―」

 場の空気を察したのか九十九はシグレを無理やり引き連れて小屋に戻って行く。

 流石は高校生、上手いもんだ。

「で、何所かいい所はあるの?」

「ああ、ある。まだ第三階層は残っているからな、よかったらそこで一緒に暮らそう」

 今は別々の所に住んでいる。もちろん俺が泊りに行くこともあれば、その逆もある。だけど俺としては、一緒に住みたいのだ。

「もちろん喜んで」

 満面の笑みを向けてきたツクヨの顔を俺は一生忘れない。

 それにやっと約束を果たせたのだ。

 俺が守ってやる。

 そう、やっとこいつを守る事が出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アクティブスーツ 桜松カエデ @aktukiyozora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ