フラグメント
1
これは、何もかも消えてまだ間もない頃の話。
「ゼルは、よく笑うね」
安い食堂での、朝食の席。
先程までは今日の予定について話していて、ふとそれが途切れたタイミングだった。
私が放った言葉に、丸テーブルに向かい合って座るゼルはこちらをじっと見返してくる。
・・・・・・本意ではない。
確かにそう思ってはいたけれど、口に出すつもりはなかったのだ。
自覚していた以上に私の心は弱っていて、言葉を押し止める弁がまるで働いていない。
お願いだから、首を傾げて問い返して欲しい。そうすれば、有耶無耶にできるのに。
ゼルは聞き流してはくれなかった。
「レナが嫌なら、控える」
「っ、ちが、」
やめろ。そんな言葉は求めていない。
私の醜さを、暴くな。
「表情を作るのに慣れてるだけなんだ。ずっと暗い顔でいるよりは、お前の気が楽かと思って」
分かっている。貴女が私にずっと気を使ってくれているのは、短い付き合いでも分かる。
だから本当は、平気そうに振る舞っているのも演技なのだと頭では理解しているのだ。
心がそれを、受け入れていないだけで。
「必死なだけだよ」
困ったような顔で笑うゼルと、私は目を合わせられなかった。
唇の裏を噛むように口を噤む私を、ゼルが静かに見ている。
どうして。貴女は何故。
――私はまだそんなふうに、頑張れないのに。
称賛でも羨望でもない。
それは私の弱さと醜さを浮き彫りにする、嫉妬の感情だった。
「今はまだ、上手く説明できないけどさ」
黙り込む私に構わず、ゼルは声を投げ続ける。
「これでも本当にレナに依存してるんだ。ちゃんと時が来たら、その時は俺がたくさん甘えるから」
「・・・・・・」
「だから、暫くは好きに甘えて欲しい。何でも吐き出してくれていい」
結局の所、私の醜さは全部暴かれていて。
私が情けなさと惨めさで逃げ出したくなることすら、ゼルは先回りして封じてしまった。
喉を震わせながら、私は俯くように頷く。
・・・・・・こいつは、私に優しくない。
気に入らないなら、彼女の心に踏み込めばいい。
そんなことは百も承知で、私は何も聞けずにいる。
いつかはその覚悟ができることを願いながら、私はコップに残っていた水を喉の奥へ乱暴に流し込んだ。
それは、傷の舐めあいにすらならない頃の話。
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