第3話
二人で森の中を駆ける。
この森は人の出入りが少ないらしく、道らしい道はあまり多くなかったが、陽の光が差さないほど鬱蒼としているわけでもない。足場に傾斜や凹凸もないので、さほど探索に苦労するフィールドではないだろう。今は日中が長い時期だし、暗くなるまでまだ余裕がある。
念の為、後ろにゼルがついてきていることを時折確認する。
ゼルの格好は、街中での姿とほぼ変わりない。細かい違いとしては、人目がある場でいつも被っているマリンキャップはボディバッグにしまい、腰のベルトにシースが一つぶら下がっている程度だろう。
私の方も似たようなもので、帯剣してジャンパーを羽織っただけである。ジャンパーといっても、軽くて傷や汚れに強いそこそこ優れものではあるのだが。
剣は何処にでも売っているようなスタンダードな片手剣である。本来の私の戦闘スタイルは、1.5m近い大剣を片手で振り回すものなのだが、今となっては持ち運びが邪魔だし目立つので控えている。というか、愛剣は魔王城に置いてきてしまった。
リーチが以前の半分程度しかない剣を使っているので、咄嗟の癖で剣を振るうと間抜けな空振りをすることが未だにある。その度にゼルに笑われて喧嘩になるのだが。
背後のゼルから声が飛んでくる。
「ところで、これ何処に向かってるの?」
「とりあえず奥」
「おい」
呆れたような声色が返ってくるが、それでもゼルは素直についてきた。
箱入り娘を自称する彼女は、荒事やフィールドワークになると私に主導権を丸投げしている。人との会話になると私は殆どゼルに任せっぱなしなので、ある意味お互い様だ。まあ、ゼルに箱入り娘という定義が当てはまるのかどうかは未だに疑問なのだけど。
「この辺でいいかな」
森に入って10分経った辺りで私は足を止め、近くで手頃な太さの木を一本見繕う。
「ふっ」
見定めるや否や近づき、抜刀からの一閃。たちまちその幹が折れ・・・・・・なかった。
ギィンと鈍い音がして剣が弾かれる。剣をぼんやり睨んでいると、追いついてきたゼルがジト目を向けてきた。
「何やってんのさ」
「いや、ちょっと騒ぎを起こそうかと」
「?」
疑問符を浮かべるゼルを放置して、私は先程の木に向き直る。さっきはちゃんと踏み込まなかったので、今度はちゃんと腰を入れて――
「いや待ってって」
やむなく急制動。
「? 多分斬れるよ?」
「もし出来ても剣が痛むわ。量産品といってもあんまり無駄遣いするな」
「ふむ」
確かに、剣のことはあまり考えてなかった。名残惜しいが、先程ついた木屑を軽く払って剣を鞘に収める。
「あの剣ならこれくらい軽いのになあ」
「そりゃそうだろうけど。なに、音を立てたいの?」
「うん。この一帯の生き物が警戒してくれればいい」
考える素振りを見せながらも首を傾げるゼルに、意図を説明する。
「モンスターにも人間にも割と通用する話なんだけど、外敵から一目散に逃げることってあんまりないんだよね。何かが起こると、こっちの索敵に引っかからない程度に近づいてきて様子を見ようとする。そこからは彼我の実力差次第だけど――よほど臆病でなければ、暫くその距離を保って観察することが多い」
「ふんふん」
「つまりここで音を立てて、私の索敵範囲がこれくらいだとするなら」
私は小石を地面に転がし、その周りに木の枝で小さく円を描く。そして、更にその外周を枝でなぞった。
「ここを探せば、何か引っかかるかもしれない」
ゼルは地面を見て5秒ほど考え込んでいたが、やがて話の続きを理解する。
「レナはここから動かず、俺が気配消して周囲を探れってことか」
「そう。貴女の方が隠密うまいでしょ」
「かもしれないけどー。はーい」
走り回ることに対して不満げではあったが、異存はないらしい。
「まあ、360度回る必要はないよ。今私達はこっちから来たし、あっち180度で十分だと思う」
「へーい」
「よろしく。じゃあ、煩くしてるから」
「・・・・・・・・・・・・」
動くのを見届けようとするが、ゼルはまた何やら考え込んでいる。
「どしたの」
「質問です」
右手を上げるゼル。
「目的以外の生き物が沢山寄ってきたりしませんか」
「来るかも」
「それ大丈夫なの?」
少し考えてみる。
モンスターと一緒に動物が寄ってきたところで、熊が徒党を組んで襲ってくるような異常事態でもなければ私とゼルが危険だとは思えない。モンスターにしても・・・・・・
「大丈夫じゃない? この森にモンスターが沢山いるなんて話は聞いてないし」
「そりゃそうだよ。俺達、この森の情報ちゃんと集めてないもん」
確かに。
無言のまま、二人で見つめ合う。
「・・・・・・大丈夫じゃない?」
「お前くらい適当な方が長生きするんだろうな。よく分かった」
ゼルはため息をつきながら、目で向かう方向を伝えるとスッとその場から文字通り姿を消した。数秒もすると気配の残滓すらなくなり、完全に居場所が分からなくなる。呪術を交えた技法らしいのだが、私の知る隠密とレベルが違いすぎて未だに理解できない。
と、目的のモンスターを見つけた時の伝達手段を話していないことに気付いたが、そこは適当にやるだろう。適切な位置取りで隠密を解除してくれるだけでも大体分かるだろうし。
「さて」
私は、先程切り倒せなかった木に改めて向かい合った。剣を抜き、右肩に担ぐようにして構える。といっても、剣を粗末に扱わないよう注意されたばかりだし、これはただ構えているだけである。
大剣を扱っていた頃は、剣を振り回して作った相手の隙を体術で更に崩すといった戦法が多かった。それが染み付いてしまっているので、両手がフリーになっている状態での体術行使が未だに落ち着かないのだ。
一度深呼吸をしてから左足で踏み込み、掌底。重心を一瞬戻してから前蹴り、剣を担ぎ直しながら回し蹴り。掌底と回し蹴りのタイミングで、鈍い音と木の葉のガサガサという音が森に響く。木は折れこそしないものの大きく凹んだ場所が出来ていて、ついでに毛虫が幾つか降ってきた。ぺっぺっ。
「うーん」
剣を肩から下ろし、柄をつまむように持ちながらプラプラさせる。
やはり、剣が軽い。どうも重心を動かす時の上体の流れ方が歪なので、もう少し慣らさないと癖を頼りに戦闘をするのは控えたほうが良さそうだった。
必要な音は鳴らしたし、何度もやったところで疲れるだけなので後はじっとしていよう。
******
2分後。遠くから、小さく低い唸り声のようなものが聞こえた。
「・・・・・・北西かな」
弾けるように森を走りぬける。ほどなくして、モンスターとゼルの気配を捉えた。
既に両者が睨み合っていたので、視界に捉えた段階でゼルに呼びかける。
「どう!?」
「当たり!」
最初に目に飛び込んできたのは、青白い逆だった毛並み。
声に反応してこちらを振り向いたのは、狼のような顔立ちをして熊並みの体躯を誇る異形だった。こちらを見て敵意を剥き出しにするが、私達の方が格上であることはすぐに確信できたのでそのまま距離を詰める。ゼルと丁度挟み撃ちの形になる位置まで来て、私は足を止めた。
そしてゼルが視線で示した先を見ると、白い物体が目に入る。それが動いたことで動物であることに気付き――少し汚れているが、黒い首輪らしきものも確認。ミルヒちゃんだろう。
こちらを睨むモンスターは、ミルヒちゃんを守ろうとするかのようにジリジリと立ち位置を移動している。
モンスターを無視してミルヒちゃんを連れ帰ることもできそうだが、それではまた私達が消えた後に同じことが起こりかねない。となれば上手いこと屈服させるか或いは――殺すか。
念の為辺りの気配を探り直したが、感知できたのは逃げ出している小動物数匹のみ。闖入者はないと見てよさそうだ。
さて、どうしよう。
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