烈火の龍玉

鴉橋フミ

一章 水晶の少年、龍の少女

プロローグ それは水晶のように

 龍人族レイア

 人の体に鱗、爪、牙、翼、息吹ブレスの貯蔵器など、龍の特徴を宿す人類種。

 強靭な肉体と火炎や氷雪への高い耐性を有し、数多く存在する人類種の中でも最上位に君臨する種族。


――――別名、神に仇なす者。


 遠い過去の話だ。ひとりの龍人族が、神さまを殺した。

 それ以降、彼らは世界中で忌まれるべき存在として扱われている。


 とある、赤髪の少女がいた。

 彼女は感情が昂らない限りは龍の特徴が発現せず、さらにその状態ですら羽ばたける翼を持たず、息吹ブレスをまったく吐けなかった。それ故、不完全な混血の龍として一族から幼くして追放されたのだ。

 たった一人で行く宛ても安息の場所もなく世界を放浪し、先々で何をせずとも恨まれ、時には殺されかける事もあった。

 人の営みには近づけず、獣の摂理には従えず。

 少女は孤独なまま、食い物と愛に飢えて地上を歩いた。


 そうして、とあるひとりの旅人に地獄から救われる。

 彼女に言葉や文字、世界の広さとすばらしさを教えられ、少女は夢を持つ。


「龍が強いって、世界に知らせてやる!」


 少女が唯一誇れるのは、他の種族よりも丈夫で回復の早い龍の肉体だけだった。

 龍人族でも、混ざり物でも、女でも――世界に称賛されるほどに強くなって、種族のせいでしいたげられる事などなくしてやると少女は望んだ。

 そのためにモンスターの討伐を主な仕事とする冒険者になり、戦いに明け暮れる日々を選んだ。

 選択した場所はレノワール。自由を是とし、いかなる種族であっても差別されず過ごせる都市である。近隣にはモンスターの出る森林があり、冒険者が集まる場所だ。

 そこにあっても、少女は独りで戦う。

 孤独は心の強さ。そう言い聞かせて、たった独りで。


 故に、勝負を焦った。


 森林の中、漆黒の人狼ウェアウルフとの対決――少女は決着をはやった大振りな一撃を弾き返され、致命的な隙を生んだ。


「しまッ――!」


 モンスターの鋭爪が迫る。

 死への恐怖、数秒前の自分への恨み、倒せなかったモンスターへの怒り――いくつもの感情がひしめく中で最も強く浮き上がるのは、悲しみだった。


――やっぱ、ひとりぼっちで死ぬんだな。


 わかっている。自業自得なのだ。

 誰とも関われないのは、この腕を覆う紅い鱗のせいではない。逃げているのは龍を恐れる人々ではなく、全部が敵だと思って他人を見ようとせず、差し伸べられた手が怖くて逃げている自分。

 誰でも差別されないという往来の中で、オレは龍だと叫ぶ事が何より恐ろしかったのだ。

 ああ、ああ。そうだ。全部自分のせい。それでも。


 どこかで、憧れていた。

 あの人が読んでくれた英雄譚――――強大な怪物と戦い、友と背を預け合って、人々の窮地を救い、仲間に救われる彼らの姿に。


――……でも、違う。


 だって、あいつらの仲間に龍はいなかったから。


 そうだよな。

 オレみたいな半端な龍を助けてくれるヤツなんて、いねーよな。

 ……ああ、嫌だ。



――――さみしいな。



「させないッ!」


 澄んだ声が聞こえた。

 そんな結末にはさせない、と叫んでくれた声が。

 眼前を透明な何かが通る。それは、声と同じように透明な水晶のたまだった。

 ウェアウルフに命中すると、甲高い音が耳を叩く。虚を衝かれたモンスターは隙を見せた。


「いまっ!」


 声の意味はわかっている。

 少女は己の得物である短刀を持ち直して肉薄し、ウェアウルフの喉を一閃、続けざまに左胸に突き刺した。


「がッ――――ァア……!!」


 ウェアウルフが断末魔と共に灰となって消えていく。

 少女はどっと押し寄せる激しい苦痛と疲労の中で、声がした方向を一瞥いちべつする。

 こちらへ駆け寄ってくる少年の姿が見えた。少女は何故かわからないが、ひとつの気持ちを抱く。



――水晶みてーだ。



 少女はまだ知らない。

 彼との出会いによって、己の物語が始まる事を。


 少年もまた、知らない。

 彼女との出会いによって、止まっていた歩みが進み始める事を。


 これはとある英雄の物語。

 ただ一人ではなく、多くの繋がりが多くを実らせる物語。

 夢を追う者が夢を叶える――そんな、どこにでもある物語。

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