あの日望んだもの

ヒヨリ

プロローグ 何処かの狭間の話

 この世界はとある女の夢物語だ。

 ……うん? 急に何かって? まぁ聞いていきなよ。どうせ暇だろう? だってにいるんだからさ。


 さて、話の続きをしようか。孤独に狂い、愛に飢え、やがて女はたった一つの箱庭を生み出した。

 ……なに? 女が何者なのかって? ふぅん、そんなくだらない事が気になるんだ?

 ほら、分かるだろう? 創世主──要するに神ってやつさ。

 神は信じてないとか、そういうのは良いよ。黙って聞いていけってば。うん、そう、それで良い。案外聞き分けが良いんだね。


 女神は、その箱庭に人を置いた。

 自分に似せて創り出した可愛い可愛いお人形さぁ。それが“人間”。

 そうやって女神はね、人間との共存を望んだんだよ。

 理由、だなんて。決まってるだろう?


 ただ、愛されたかったんだ。


 愚かだろう? 愚かだよねぇ。

 だって、所詮は自分で作ったお人形なんだもの!

 考えてもみなよ。優秀な技術者ってやつが、限りなく人に近いロボットを作ったとして。そして、そのロボットが自らに囁く愛を、まるで本物のように錯覚するのと大差無い痛々しさだよ。それは自分の手でプログラムした偽りの愛とやらなんだから。


 だけど、女神にはそれで構わなかった。

 言っただろう? この世界は、女神の夢物語だ。あの女が描いた、あの女の為だけの甘い幻想。あの女の為に機能する理想郷であれば、“世界”は意味を成したのさ。

 それ以上でも以下でもなく、如何にも“幸せな”物語だよね。めでたしめでたし! とか言っちゃって!


 ……本当に、それだけなら、だけど。


 うん? この続き?

 駄目だめ、教えない。これ以上はシークレットさぁ。

 そうだねぇ、“君”がもうちょっと“理”に近付いたら教えてあげても良いかなぁ。その時になってみないと分からないけどね。

 気になるのならその目で確かめてくると良いよ。

 この先に続く、物語ってやつをさ。

 それが喜劇かはたまた悲劇か、結末はきっともう決まっているんだろうけど。


 ハッピーエンドの方が好きだって?

 それならそう望めば良い。そしてねがうんだ。例えもう終わりは変えられないのだとしても、それくらいは自由だろう?


 ああ、少し話し過ぎちゃったかな? そうだね、続きはまた今度。

 ……今の話に何の意味があるのか?

 無いよ、意味なんて。なーんにも。

 そうだねぇ、強いて言うのなら……誰かにこの話の行く末を見届けてほしいんだよね。

 例え行き着く先が破滅しかないと分かっていても。


 何度だって言うよ。

 この物語は、とある女の──憐れで愚かな女の、ただ一つの夢物語だ。


 これだけは、覚えておいて。



 ……え? こうやって訳知り顔で語るボクが何者なのかって?

 仕方ないなぁ、今日のボクは機嫌が良いからね。教えてあげるよ。


 ボクの名はウィスパー。


 囁くだけの亡霊さぁ。

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