青い蝶の恋

🌻さくらんぼ

第1話 憧れの青い空へ


 僕はあのとき、とても疲れ切っていた。

 だからもし、あの薄暗い路地に入らなかったら、二度と陽の光を浴びる事が出来なかったかもしれない。二度と、どこまでも広がる青い空に飛び込めなかったかもしれない。


 君に、会えなかったかもしれない。





 雲ひとつない、澄んだ空の下、僕は長い眠りから目覚めた。


 今までの僕は、ひたすら周りに溶け込み、静かに生きることだけを考えていたんだ。

 ちょっとでも目立つ行動をした幼馴染たちは、みんな次々と『クチバシ』に連れ去られていくから。


『クチバシ』に捕まったものはいつも悲鳴をあげる。

 けれど『クチバシ』は無慈悲だ。

 捕らえられたら最期。二度とその幼馴染たちに会うことはなかった。

 だから僕たちは、常に怯えて生きていた。


 けれど、今の僕は違う。僕にはこんなにも大きくて立派なハネがある。

 もう、怖いものなんてないんだ!



 いつだって、そうやって調子に乗ったら、取り返しのつかないことが起こる。それをどうして、あの頃の僕は忘れていたんだろう。




 僕が首をひねって見た自分のハネは、その後ろに広がる空よりも、もっと鮮やかな青だった。

 さらに太陽の光があるおかげで、キラキラと宝石みたいに輝くんだ。

 僕の周りでも、次々と幼馴染たちが美しいハネを広げていったけれど、僕ほど素晴らしいハネを持ったチョウはいなかった。みんながそう言っていたんだから、間違いない。


「飛んでみせてよ!」

 みんな、僕を見ていた。

 そりゃあ、とっても緊張したよ。上手に飛べなかったらどうしようって。

 でも、みんなが期待しているんだ。僕は思い切ってハネを動かした。


 体がフワッと浮かんだ瞬間、とても恐ろしかった。

 けれど同時にすごくワクワクした。


 飛んでる、飛んでる!

 見上げるだけだったあの空を、今僕は飛んでいるんだ‼︎ ってね。


 みんなが歓声をあげた。

 僕はそのままどんどん高く飛んだ。

 見渡す限り青に包まれて、まるで空に飛び込んだみたいだった。


 見下ろすと、幼馴染たちは小さな点。

 王様になってみんなを見渡したって、ここまで清々しくはならないだろう。


 そのまま僕は、ひたすら飛んだ。時々花の蜜を吸ったりしながら。

 楽しくて、楽しくて仕方がなかった。



 そしたら突然、地面に叩き落とされたんだ。全身にピリッと痛みが走った。


 何が原因でそうなったのかは、さっぱりわからなかった。

 だから僕は、再び気を取り直して飛ぼうとした。


 でも、ダメだった。空はすぐそこにあるのに。たくさんの白い紐が僕を邪魔する。

「そこを退いてくれよ‼︎」

 僕は声の限り叫んだ。僕はとてもイライラしていた。

 せっかく自由に空を飛んでいたのに! ってね。


 それなのに、紐は何も答えなかった。

 落ち着いて考えばわかることだったんだけれど、腹を立てていた僕には、そうする余裕がなかったんだ。

「無視するなよ‼︎」


 すると不意に、ハネがすごい力で引っ張られた。さっき叩きつけられたよりも痛くて、僕は小さく悲鳴をあげたくらいだった。


 そして、力に気をとられているうちに、紐は跡形もなく姿を消していた。



 僕を引っ張るこの力は、なんなのだろう?

 もしかしたら、『クチバシ』と似た、『何か』かもしれない。

 だとしたら、僕は一体どうなるんだろう……。考えるだけで身の毛がよだつ。


 恐ろしいことが起こる前に、逃げなきゃ。僕は必死にもがいた。

「助けて! 助けて‼︎」

 と声を張り上げながら。


 そんな僕の訴えは虚しく、力から解放されたときにはすでに、閉じ込められていた。緑色の檻の中に。







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