第三章 地球の重力と彗星の引力

病室にて――③ 

 潟元夫妻と初めて会ったのは、四歳の時だった。


 生まれてから四度目のお正月に、僕は父の運転する車に乗って、おばあちゃんの家に行った。その時出会った。いや、正確にはもっと前に会っていたかもしれないが、僕の記憶ではそうなっていた。


 町一面が雪に包まれていて、真っ白い世界に感動したことは今でも覚えている。そして同じく雪に包まれた、かまくらみたいなおばあちゃんの家に親戚一同が集まった。沢山いる大人たちの中で、子供を連れてきていないのは潟元夫妻だけだった。だから夫妻は少し悲しそうで、寂しそうだった。


 けれど、僕が話しかけると价子さんは嬉しそうに笑ってくれた。僕は大人に話を聞いてもらえるのが嬉しくて夢中で話をした。そんな僕たちを見ていた京司さんが、将棋を教えてくれた。「どうだ、将棋は面白いかね」京司さんが優しい声で聞いた。僕は多分正直に「はい」と答えた。


 お正月は過ぎ、皆家に帰った。それから、母に次はいつ潟元夫妻に会えるか聞いた。母は今年のお正月にはまた会える、と教えてくれた。

 けれど潟元夫妻との再会は、もっと早くに訪れた。


 その年の夏、茹だるような暑さの日に、父と母のお葬式があった。その時黒い服を着た夫妻と再会した。


 葬式の間、僕は目に浮かんだ涙を袖で拭いながら両親の遺影を眺めていた。

 そんな僕の肩を誰かがぽんと優しく叩いた。僕がゆっくりと後ろを向くと、そこには京司さんがいて「私たちの元に来ないか?」と言ってくれた。

 僕はその時悲しかったはずなのに、嬉しくなってしまった。感情がごちゃごちゃになって、もっと涙が出た。僕は「はい」と、また正直に答えた。


 葬式の後僕は、お寺の廊下で大人たちの話が終わるのを待っていた。襖一枚挟んだ向こうで、大人たちの怒鳴り声が聞こえた。僕は初めて聞く大人の怒鳴り声が怖くなって耳をふさいだ。暗い廊下の闇が僕を包んでいくようで、酷く恐ろしかった。


 暫くして大人たちが出てきた。僕は眼鏡をかけた女の人に手を引っ張られて連れて行かれた。僕は手を握る女性に「どこにいくの?」と聞いた。女性は笑って「今日からうちの子になるのよ」と言った。僕は潟元夫妻の家に行くと思っていたから、訳が分からなくなった。混乱の中、僕の足は僕の意志を無視して進んでいった。


 悲し気な顔で僕を見送る潟元夫妻の顔が、印象に残っている。

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