第2話 砂漠に落ちた星

 砂漠に落ちた火の玉は、隕石ではなかった。

 宇宙船が墜落したのだ。

 墜落したのは、惑星ハルレニに向かう開拓船だった。ウォセ・カムイは、その船の護衛兼戦闘要員として乗り込んでいた。傭兵部隊の経歴と実地での腕、元雇い主の推薦状で雇ってもらった。もちろん、全てでっち上げ、いつもの通り。

 ウォセは、銀河平和維持協力組合の犯罪者確保部門工作員。身分を隠し、惑星や宇宙船に潜入し、犯罪者を確保する。

 上層部が立てた計画通り、開拓宇宙船が辺境惑星ラウルス星域に差し掛かったところで、警告ランプを点滅させた。原住生命体がドランナジュムと呼ぶこの星に、点検のため不時着し、ウォセが修理中の偶発事故で死亡したと装い、宇宙船は元のコースにもどるはずだった。確保予定者は、スカー・ルンブル。二十歳未満にも関わらず、最重大級犯罪の有罪判決が下された。科されたのは永久収監。囚人収監惑星に移送中、スカーは船を乗っ取り逃亡した。逃亡は約二十五年前。逃亡先が数カ月前に判明し、直ちに確保計画が実行されることになった。

 スカーは、追跡者を撃ち落とす装置をラウルの衛星軌道上に配備していたようだ。未開の星への不時着にバリアを張らずにいた開拓船は、ひとたまりもなかった。逃亡した際の宇宙船を再利用し、スカーが一人でキラー衛星を準備したのであれば、極めて高い知識と能力、冷酷さを持っているのだろう。上層部が予想した以上に、手ごわく危険な相手だ。

 長年、逃亡犯を追っていると、トラップや行動パターンから心理状況が読める。宇宙船まるごと破壊してしまうほどのトラップは、ただ残虐なだけではない。強い恐怖心を抱いている。恐怖の対象はわからない。確保を恐れているだけではないはずだ。

 宇宙船の惨状を把握すればするほど、スカーが用意した破壊兵器の威力に背筋が冷える。

 この状況では、他の乗組員は全員即死だろう。それでも、ウォセは生存者を探し続ける。ウォセさえこの船に乗らなければ、彼らは惑星ハルレニの大地を踏めたはずだ。吐き気がする。

 ウォセは砂の上に胃の中の物をぶちまけた。瞬く間に、乾いた砂に吸いこまれて消えた。

 立ち上がって踏み出した時、耳に着けた通信機が呼びかけた。

「ウォセ・カムイ、報告を」

通信員の冷たい声がする。

「ウォセ・カムイ、報告します。現在、銀河平和維持公歴二五〇三年、八月三日。計画に従い、開拓宇宙船の警告ランプを作動させ、惑星ラウルスに不時着準備中、衛星軌道上の戦闘機器から攻撃を受けた。船は制御不能に陥り、墜落。変形ロボットのブレナイトが、パーソナルシェルターの形状をとったため、自分だけは船外への脱出成功、けがもない。他の乗員の状況を確認中。現段階で、・・・・・・生体反応なし」

「了解。開拓宇宙船は、事故で不時着。残念な事に不時着に失敗し、あなただけが生き残ったと報告されました。よろしいですね」

 いっそう冷たい言葉が耳に届いた。

「この通信速度だと、そばの星に計画本部があるのだろう?だったら、救助に来てくれ」

 ウォセは、怒鳴るように言った。

「大丈夫でしょうか、ウォセ・カムイ。音声チェッカーに、感情過多と警告が出ています。冷静になってください。既に生体反応が無いのなら、救助に向かっても誰の命も助けられません。惑星ラウルスは未開の星で、文明化した異星人の存在を理解できません。また、現住民の進化は我々とは違い、鳥類と有袋類のはざまからのものです。ですので、哺乳類型の人間が、人目の付く時間帯に大勢救助に向かう事はできません。ウォセ・カムイ、あなたの置かれた状況から判断して、あなたの選択は二つです。一つ目は、このまま現住民に擬態して任務を遂行し、凶悪犯罪者で逃亡中のスカー・ルンブルを確保する。二つ目は、過酷な状況に屈した故(ゆえ)の任務放棄です。任務が放棄されれば、次の工作員が到着するまでの数年、逃亡犯はその星で悪事を重ねるでしょう。星の運命も人々の生活も、大きく変わってしまうかもしれません。さらに、任務放棄希望が出された場合、あなたの中に埋め込まれた自爆装置が作動し、即座に命は無くなります。あなたが降り立った星の人々に悪影響を与えないため、かけらも残りません。貴方に埋め込まれている自爆装置から発信される電波で、当局はあなたの宇宙座標を常に知っています。あなたが任務放棄希望を出さずに逃亡を計った場合も、起爆できることを思い出してください」

 冷たい声は静かに言った。

「その警告は聞き飽きた。選択は一つだ。やる」

 ウォセ・カムイは投げやりに答えた。

「即答していただけるほど、あなたの心が健全で嬉しいです」

 ほっとしたように聞こえたのは、ウォセの気のせいだろうか。冷酷極まりない上層部の命令を、声の相手は葛藤を抱えながら伝えているはずだ。それを察する事ができるほど、この仕事に就いて長い。彼女だってウォセと同じ、反論しても提案しても、聞き入れてもらえない環境下で任務を続けているのだ。声の持ち主を励ましたくて一言伝えた。

「大丈夫だ。まだ、任務を楽しめている。俺たちの世界の悪党のせいで、罪のない未開の星の歴史や生活が壊されるなんてまっぴらだ。この仕事に誇りを持っているし、やりがいも感じている。ただ、罪もない人達が巻き込まれてしまうのが辛いだけだ。何も知らざれず、危険を回避する手段を持たないまま・・・・・・君も大丈夫か?」

 ウォセの質問に、冷静な声はしばらく絶句していた。

「・・・・・・ウォセ・カムイ、あなたの早期の任務遂行を期待し、無事帰還される日をお待ちしています」

「おやおや、違うだろう。『早期の任務遂行を求めます』って、これまでの通信員は言っていたぜ」

「通信員も、時には、規定された作戦以外の手法を選び、良い結果を出す努力をするものです。ウォセ・カムイ、貴方のように」

「そうだな、君もなかなかだよ。頼む、乗組員の遺体を回収して故郷へ返してくれ。遺体は、ワープ航法システム故障時のバックアップで乗せている非常用コールドスリープシステムに収納しておく。時間が経過しても、家族に会わせられる状態で保存されるだろう。だから、・・・・・・頼む」

「ウォセ・カムイ、ご要望は承りました。上に掛け合ってみます」

「ああ、君が訴えてくれると知るだけで、気分が軽くなった」

「ご無事で。では、通信を終了します」

「了解」

 

 ウォセは、船外から非常用ポッドのエリアを探した。非常用ハッチを見つけ、船員用のIDコードで外から開けた。それに続く空間には誰も居なかった。船内に入り、ポッドを一つ一つ覗いた。全て空だった。

 レバーを引いて、ポッドの一つを発射した。勢いよく飛び出し、少し離れた砂地に落ちた。ポッドの中の通信機で船主にメッセージを送らなくては。

 ウォセが船から一歩踏み出そうとした時、船体に振動を感じた。叩くような音もした。外に出て、船体全体を眺める。貨物室のハッチが、内側から叩かれ、動いている。ウォセは全速力で駆け寄り、腕のコードでハッチを開錠した。すぐさま、中からハッチが押し開けられ、女性が転がり出て来た。宇宙航行中にはそぐわない華やかな夜会服に包まれた女性は、濃い褐色の肌に金髪。青い瞳をウォセに向けた。

 怪我の有無を確認しようと、ウォセは女性に計器をかざした。計器の画面には、怪我の箇所どころか、生体反応は出ない。彼女の体表と一部下腹部だけに、僅かな輪郭状の反応は有るが、心拍も臓器形状も見えない。ウォセは眉の間にしわを寄せ、髪をかきむしった。

「俺は、船の護衛兼戦闘要員のウォセ・カムイだ。君は誰?アンドロイド?」

「私が誰かは、主(ぬし)が教えてくださるはずです。私の型番などの事を尋ねて下さっているのでしたら、M―226型をベースにした特注製品です。ですが、ウォセ・カムイさん、貴方の情報を持っていません。おかしいですね。覚醒場所として与えられている情報と、この場所も合致しません。私は惑星ハルレニの開拓団長、ナボス・モンテ様の邸宅で覚醒するはずでした。ここは何処ですか。私の主はどこにいるのですか?覚醒時に、主が居ないと不安です」

 ウォセはしばらく答えられなかった。少し考えてから、言葉を選びながら答えた。

「途中、事故で不時着した惑星だ。開拓団に報告する。所有者に連絡が取れるだろう」

 女性は安心したように、にっこり笑った。この場に不釣り合いな、華やかで気品のある笑顔だった。

「かしこまりました。では、非常用ポッドに参りましょう」

 しとやかにウォセに向かって右手を差し出した。そのような仕草を見たのは遥か昔だ。指先で掬うように手を取った。華奢に見える手は、アンドロイドらしい重量があった。左肘を差し出すと、彼女は自然な動作で、ウォセの肘の内側に手を添えた。

 煤で汚れた白い宇宙服の男ときらびやかな夜会服の女が、砂漠の真ん中で腕を組んでゆっくり進むのは、かなり滑稽だ。

 非常用ポッドに着くと、ウォセはハッチを開けた。鳴り響いていたビーコンを消音モードにして、通信機を立ち上げた。

「こちら、開拓宇宙船の護衛兼戦闘要員のウォセ・カムイ。惑星ハルレニ開拓基地、応答願います。開拓宇宙船の異常を知らせる警報が鳴り、最寄りの惑星に不時着を試みました。不時着に失敗し、宇宙船は大破。生存者は私だけです。女性型アンドロイドが一体、覚醒して無傷です。所有者は団長のナボス・モンテさんだと言っています。我々の今後の処遇について、連絡をください」

 通信を送ってから返事が来るまで数時間かかる。ウォセは変形ロボットのブレナイトを呼んだ。彼に預けてあった荷物を取り出した。この惑星の民が着ているものに似せて作った服を取り出し、宇宙服を脱いで身に着けた。貨物室の隠し扉から、ブレナイトがコンテナを取り出してくれていた。コンテナは無傷だった。あらかじめ擬態塗料が塗られている。周囲の景色を映し出して、コンテナは砂漠に溶け込んだ。コンテナの扉をDNA認証で開けた。帰還用の超小型宇宙船も破損していなかった。コンテナの中に宇宙服をしまった。

 壊れた宇宙船を原住生命体から隠す必要がある。擬態塗料を使うか、スクリーン投影による擬態を行うべきだ。貨物室に入り、端末で積載貨物の確認をした。

 そろそろ通信が入る時間、通信機の近くに戻った。女性型アンドロイドは、通信機の前に座っていた。

「お返事、なかなか来ませんね」

 寂し気に言いながら浮かべる微笑は優美で、アンドロイドの彼女も、彼女を受け取るはずだった団長のナボス・モンテも、不運だったなと、改めて感じた。

返信が来た。

「こちら、惑星ハルレニ開拓基地。ウォセ・カムイ、報告を感謝する。君にとっても、亡くなった船員たちにとっても、我々にとっても、非常に不幸な事実だ。保険金受け取りのために、事故情報が必要だ。位置情報と時間が付記された形式で、破損した宇宙船の写真や映像をすぐに送ってくれ。宇宙船航行記録の情報も。次に、添付した一覧を見てくれ。そこに記載されている必要な記録を送ってほしい。最後に、可能な限り、死亡した船員の顔写真とDNA情報も送ってくれ。情報が欠けていると、彼らの家族に保険金が払えない。ウォセ・カムイ、アンドロイドに任務を手伝わせて構わない。使用を許可する。そのアンドロイドは特注品。今ある技術の最高レベルだ。知覚で得た情報も、遺伝子情報も、化学物質も、瞬時に分析記録できる。終わったら再度連絡をくれ」

 そう告げると、通信は切れた。

「了解しました」

 重くなったマイクを置いた。

 ぼんやりとした様子で、通信内容を聞いていたように見えたアンドロイドは立ち上がり、船を端から端までゆっくりと眺めた。ウォセは、携帯しているカメラを放り投げた。カメラは船の上空からと、反対側から、飛行しつつ、宇宙船を撮影した。

「情報をくれる?」

と、ウォセが言うと、アンドロイドは人差し指の爪の下から、機器へ繋ぐための接続端子を伸ばした。

「どちらに出力いたしますか?」

「通信機へ、そのまますぐにハルレニへ転送して」

「かしこまりました」

 ウォセは戻ってきたカメラを左手でつかんだ。

「お帰り」

 つい、癖でカメラに話しかけた。

「まあ、機械に挨拶するなんて、ウォセ・カムイさんは、優しいのね」

笑顔がこぼれた。自分の妙な癖を指摘され、ウォセは小さく舌打ちをした。

 カメラの映像も転送した。次に、調査項目を画面に呼び出した。

「かなり面倒だな」

 ウォセはため息をついた。

「彼と私に、この調査項目をダウンロードしましょう。分担してそれぞれの現状を記録しましょう。そうですね、私は起動したばかりなので、できれば人の手助けを受けたいです。起動初期は、自己判断が間違っている可能性がありますから。船体の詳細情報は彼に任せて、私とウォセさんは遭難者を確認して名簿を作成し、採取した遺伝子情報と撮影した遺体の写真を、管理できるようにするのはいかがでしょう」

 彼女は小首をかしげながら提案した。ウォセは数秒考えてから、同意した。

「そうしよう。ブレナイト、頼めるか」

 ウォセの問いかけに、ブレナイトは電子音で了承の合図を送った。

「乗組員の名簿と遺伝子情報があると、助かるのですが」

「医務室の情報端末がつぶれてなければ、そこにあるはず」

 彼女は、貨物室のハッチの開閉制御盤に爪の下の接続端末を差し込んだ。数回瞬きした。

「ウォセさん、医務室の情報端末にアクセスしました。名簿と乗船員の顔写真、遺伝子情報をダウンロードしました。現在、マッチさせています」

「早いな」

「そうですか。そのような評価を頂けるとは思いませんでした。比較できないので。でも、褒めて下さったのでしたら、嬉しいです」

 恥じらうように微笑むアンドロイドには、困惑する。

 そこからは、流石に、アンドロイドも微笑まなかった。過酷であったことは間違いない。多くの死を見て来たウォセでさえ、辛い作業だった。アンドロイドは、人間の新米傭兵や工作員と違って、涙をこぼしたり、不平を言ったり、パニックを起こしたり、吐いたりしなかった。そのようなアンドロイドの特性に、ウォセは常々敬意抱いている。

 人間じゃないから、造られたものたちが辛さを感じないとは思っていない。きっと、彼らなりに辛いはずだ。それは、自分が、一番よく知っている。

 彼女は透視し、その情報を頼りに、船内の遺体を捜索した。既に救急処置を必要としなくなった彼らをのせるのは、皮肉にも、救急患者運搬用の布製の担架。それを引きずってコールドスリープルームに向かう。せめて、きれいな姿のまま家族に会わせてやりたい。

 乗員は多くない。五十名全員を照合できた。正確に言うと、ウォセを除く四十九名。

 作業が終わったのは、墜落してから約三十時間後だった。

 ポッドに戻り、通信した。

「こちらは、ウォセ・カムイ。情報の収集および転送を終了した。アンドロイドにかわる」

 ウォセはマイクを彼女に渡した。

「私は、M―226型をベースにした、ナボス・モンテ様特注の製品です。現在、外形にも機能にも問題は有りません。日光が強く、皮膚組織による光発電でエネルギー補給は十分できますので、原子核エネルギーシステムはまだ稼働を開始していません。未開の惑星に核のリスクを持ち込まないため、私の早期回収を希望します」

話し終わると、彼女は、マイクをウォセではなくブレナイトに向けた。

「あなたも、お話があるでしょう」

 ウォセはすぐさま送信スイッチを切った。開拓団がブレナイトについて知る事があってはならない。

「ブレナイト、少し眠りたい。返信が来たら起こしてくれ。その間、安全確保を頼めるか」

 ブレナイトは、優しい電子音の調べで、肯定の返事をした。


 ブレナイトがウォセを起こしたのは、三時間後だった。思ったよりも早かった。

「こちら、惑星ハルレニ開拓基地。情報を受け取った。働きに感謝する。今後の処遇を伝える。護衛兼戦闘要員ウォセ・カムイ、この通信を受け取った時点から、全ての任務を解任する。現時点までの給与は、指定口座に入金。死亡した船員と同額の宇宙船事故保険金を、同口座に入金する。解任後、当開拓団は一切の責任を負わない。次に、M―二二六型は、宇宙船事故による回収不能資産と認定された。ナボス・モンテ氏は所有権放棄する。惑星ラウルスに救助は向かわない。以上が、決定事項だ。この通信をもって、全ての接触を回避する。未開の星を守るべき、銀河平和維持協力組合の決定だ」

 そこで、通信は切れた。

 彼女は、静かに通信機のマイクを取り上げた。しかし、すぐにもどした。

「ウォセ・カムイさん、私の情報の中に、所有権放棄されたアンドロイドの対処方法がありません。私はどうしたらいいのでしょう」

 アンドロイドが本気で泣くかどうか、ウォセは知らない。でも、今にも泣きそうなアンドロイドが居るとしたら、彼女だ。ウォセは腹をくくった。ロボットであろうと、アンドロイドであろうと、ウォセは仲間が大切だ。自分が保護できる者は守ってやりたい。

「俺と所有権契約しないか。支払いは、地球に戻ってからだが、かまわないか」

ウォセは提案した。

「まあ、ありがとうございます。生まれてすぐに、浪人アンドロイドになってしまうところでした。支払いはいらないでしょう。所有権放棄されたのですもの。ウォセ・カムイさんが支払う相手はいません」

「それじゃ、まずいだろう?」

「では、後ほど、なにをいただくか、私から提案してもよろしいですか?」

「ああ」

「それでは、ご契約を」

 そう言うと、彼女はウォセの小指の先を少し傷つけた。彼女の指先から、ウォセの遺伝子情報が取り込まれた。次に、手を頭にかざした。記憶情報を収集した。そして、最後に、彼女自身の情報を直接ウォセの脳に与えた。彼女の目から投影され、空間に浮かび上がる契約書の最後に、ウォセは人差し指で記名して親指の腹を押し付けた。

「契約成立でいいか」

「はい」

「じゃあ、まず、擬態塗料を宇宙船にかけるのを手伝ってくれ」

「かしこまりました。貨物室C―一〇に、塗料は有ります。ブレナイトにお願いできますか」

 電子音が軽快に鳴った。

「それが済んだら、周囲に部品がないか確認して、それから、・・・・・・」

「お仕事が、たくさんありますね」

「面倒だろ、うんざりするよな」

「いいえ。楽しみですわ」


 飛行小体を使って、宇宙船の外壁全体に擬態塗料を散布し終わると、太陽が地平線に接していた。宇宙船の残骸は砂漠の景色に同化して、そこに何かがあるようには見えない。燻る煙の匂いも、数日経てばわからなくなるだろう。

 壊れた宇宙船の部品が散乱していないか確認する。ウォセは計器をかざして、南方向から西を過ぎ、ゆっくりと北を向いた。更に回転し、北東から東へ向けた際に、大きな物体があると計器が告げた。金属片ではない。確認すべきだろう。ウォセはブレナイトと東に向かった。アンドロイドも着いてきた。計器が示す場所で、砂に埋まった大きな塊が見つかった。緑色の鱗で覆われている。ブレナイトが送風して、周囲の砂をどける。出てきたのは大きな生き物の体の一部。原住生物の死骸だ。腐敗も乾燥も、まだしていない。ごく最近、命を落したのだろう。爪が着いた翼の一部が砂から覗いていた。翼は表面が滑らかで、羽は生えていない。蛋白質が焦げた臭いがした。

「宇宙船の事故に巻きこまれたのだろうか」

 ウォセは呟いた。

 彼女は、あたりの空気の匂いを嗅いで、砂の中の遺骸を透視してから答えた。

「数種類のたんぱく質と脂質が燃焼しました。何らかのエネルギー攻撃が、大きな生物の急所に直撃した可能性が高いです。宇宙船本体が受けた攻撃によく似たものでしょう。宇宙船やかけらに衝突したなら、体の損傷は広範囲で不規則なはずです。周囲に船のかけらもありません」

「なら、これも、スカー・ルンブルの仕業か」

「スカー・ルンブル?どなたですか?」

「後で説明する」

 ウォセが目を上げると、アンドロイドの横顔は、こわばって見えた。

「どこか、痛めたのか?」

「沢山の人や、この星の生き物が亡くなったのは、大変残念です。残念だと思うと、何だかこのあたりが痛くなるのはどうしてでしょうか?」

 アンドロイドは、左の人差し指を自分の胸の真ん中を指した。

 アンドロイドの瞳は、焦点が合わず、ウォセの脳を透視しているのか、生き物には見えない何かを探っているかのようだった。

「人間は、その感覚を『悲しみで胸が痛い』と、呼ぶ。人間でなくても、感じる」

 気付かない内に、ウォセも右手で胸の真ん中を触れていた。

「ウォセ・カムイさんも、悲しみで胸が痛いのですね」

「そんなわけない。それから、ウォセでいい」

 周囲に破片が無いか見て回ったが、やはりなかった。コンテナまで帰還しようと、ふりむいた時、砂に足元を取られた。

「うっ」

 アンドロイドは、ウォセの方に走って来たが、円錐型の斜面の手前で足を止めた。

 ウォセは、すり鉢状の斜面に左脚を踏み込んでいた。左脚は斜面を流れる砂の渦に巻き込まれ、バランスを取ろうとして右足も踏み込んでしまった。砂はさらさらと流れ、ウォセはあっという間に流され、砂に飲まれた。

 ブレナイトは動物の遺骸の一部に自らを固定したと同時に、ウインチからスチールロープを吐き出した。彼女はロープをウエストに回して結ぶと、流砂の中に足を入れた。彼女も斜面を流されていく。ウォセの左前腕だけが、砂から出ている。力が抜けて動かない。アンドロイドは、身を乗り出し、ウォセの左手を両手でしっかり掴んだ。ブレナイトはウインチを一気に巻いて二人を引き上げる。

 ウインチが巻かれるにつれ、ウォセの体は少しずつ砂から出た。体が半分ぐらい出たところでウォセはせき込んだ。だらりとしていた腕に力が入り、一度止めるように合図した。両方の鼻の穴から、ふん、と砂を出し、口の中のつばを吐いた。浅い呼吸を繰り返した。

「ウォセ、大丈夫ですか」

 もう一度、ウインチが動き出す。ウォセは知らぬ間に、右手に何か掴んでいた。それは立派な剣だった。完全に流砂から抜けると、ウォセはその剣を砂に突き刺し、剣に身を預けて休んだ。美しい模様が付いた緑色の鞘。ウォセは、引き抜こうとした。だが、ウォセの怪力をもってしても、剣は抜けなかった。

「なんだ、抜けないなんて、模造品なのかな。まあ、ないよりましか」

 ウォセは剣を腰に差した。

 帰り道、ウォセは歩かせてもらえなかった。アンドロイドの手で、無理やりブレナイトに乗せられた。生身の身体の弱さを思い知らされた。彼ら機械はたゆみなく働き続け、ミスをしない。羨ましかった。

 宇宙船に到着すると、砂まみれのウォセにブレナイトが空気を吹き付け、きれいにしてくれた。

「あなたは万能ですね、素敵です」

 彼女はブレナイトを撫でた。ブレナイトは電子音で何か言い返した。彼女がウォセを助けた事をほめたのだろう。彼女は照れて笑っていた。

 長い間、共に任務をこなすうちに、ウォセは機械のブレナイトに対してある種の絆を感じるようになっていた。一方、彼女とブレナイトは、出会ってすぐに緊密になった。ウォセの知らない機械の言語でコミュニケーションを取っている。妙に寂しかった。それは、地球でほかの人間たちと過ごしている時に胸の底に溜まる、ある種の疎外感に似ていた。

 ウォセは何処にも属せない。

 オレンジ色の夕日の最後の断片が、地平線に辛うじて引っかかっている。太陽は歪んで平たく見えた。空の眺めは、東に向かうにしたがって暗い闇となり、星が煌めいていた。

 雲一つない砂漠の空は、どの空よりも宇宙空間とのつながりを強く感じる。

 宇宙を漂う孤独を感じた。たった、ひとりで。

 いや、自分を、一人と呼ぶのは、許されるのだろうか。

 自己憐憫の波を押しやるために、ウォセは次にすべき事を考えた。


 貨物室は比較的損傷が少ない。そこで夜を明かすことにした。折角だから、船長専用食に手を付けた。予想より旨かった。非常用の医薬品を、ブレナイトの格納スペースに入れた。ウォセが見送った同業者の多くは、その中にもう一つ薬を入れた。楽に死ぬための薬だ。彼らは、『御守りみたいなもの』だと言ったけれど、それを持って行った仲間は、誰一人帰還しない。

 食後は眠くて仕方なかった。ウォセは床に横たわって、彼女に説明を始めた。

本来の身分は、銀河平和維持協力組合の犯罪者確保部門工作員。逃亡犯スカー・ルンブルを追っている。なぜ、墜落する羽目になったか。

 記憶装置で得たこの星の情報や言語、歴史、文化は、対記憶スキャン部分を開放して、彼女に直接読んでもらった。

「驚きました。工作員は、記憶をスキャンニングから隠せるのですね」

 彼女は目を丸くしていたが、人間のように取り乱しはしはかった。

「対記憶スキャン突破方法の開発と、新たな対記憶スキャン対策、イタチごっこだ。俺の記憶スキャン対策は、最新の技術に対抗できたみたいだ」

「そのようですね、少し悔しいです。突破方法を演算してみます」

「おいおい、やめてくれよ。そんなことをするより、この星に紛れ込む演算をしてくれ」

「かしこまりました。では、まずは、私の名前が必要です。主、支払いには、私の名前をいただきたいです」

「支払いが名前?ああ、まだ名前がないのか。支払いの方は、地球に帰ったら、ちゃんと金で払う。・・・・・・さて、貴族のナボス・モンテは、何とつけただろうな」

「いえ。私の主は、ウォセ・カムイです。ウォセが考えた名前がいいです」

「俺が主だなんて、不運だな」

「そうではありません。惑星ハルレニで予定されていた私の役目は、とても小さなものでした。たった一人の人間の玩具となる事。わびしい辺境の惑星で、贅沢に馴れた団長を楽しませ、退屈を感じさせないで過ごさせる。ただそれだけ」

「楽な任務で、楽しく過ごせるなんて、俺は大好きだが・・・・・・」

「私は機械です。楽などしたくありません。有意義に過す方がいいです」

「有意義だった?この星の作業が?」

「ええ。ウォセが言いました。ご遺体が、きれいなまま、ご家族に再会できるのは、とても重要だと。その重要な任務を私はお手伝いできました。とても有意義です」

「まあ、俺にとっては大切な事だけど。他の人間はどう思うかな?」

「私が出会った人間は、ウォセ、あなただけです。あなたの判断が、全てです。それに、惑星ハルレニでの有意義な仕事なんて、あったとしたら、団長の子供を産んであげることぐらいでしょう。それに比べたら・・・・・・」

「ちょっとまて、なんで機械が子供を産む?」

「ご存じないのですか?セクサ・ザロケイド・ドロイドです。私の主たる役目です。厳選された地球型人類の凍結卵子を内部に持っています。外観と振る舞いでご主人様の気持ちを高め、人工授精させ、人工子宮で赤ちゃんを育てる。団長には、事業を引き継ぐお子さんが必要だったのです」

「噂では聞いたことがあるが、本当にいたとは・・・・・・驚いた」

「ええ、驚くほどの無駄遣いです。高性能な私を、そのためだけに使うなんて、ばかげています。私は、多くの人々の役に立つことがしたいです」

「命を生み出すのも、大切な仕事だ。命より大切な仕事なんて、俺には理解できない」

「そうなのですか。ウォセは、命が一番大切なのですね。きちんと記録しました」

 彼女の真っすぐな青い瞳に、ウォセは視線を逸らせた。

「勝手に記録しといてくれ。しかし、機械は物好きだな。こんな辺境惑星が嬉しいのか・・・・・・」

「はい。うれしい理由は、あなたと働くことが楽しいからです」

 ブレナイトの電子音が、さわやかな音を奏でた。

「ほら、ブレナイトも、あなたと働く、冒険の生活は楽しいと言っていますよ」

「単なる任務だ。ブレナイトには苦労を掛けてばかりだ。楽しいはずないさ」

 ウォセは苦笑した。ブレナイトが短く音を出した。

「頑固者って、言っています」

 彼女が通訳をした。

「・・・・・・そんなことを、ブレナイトが言うのか?」

 ウォセは頭をかいた。その腕を、彼女は撫でた。

「主の子供を産むのも、私の役目です。今の主はウォセ・カムイです。一番大切な仕事として、それをお望みなら、いつでもお引き受けいたします」

 ウォセは動きを止めた。濃い青の瞳は、これまで見たどの女のそれよりも美しい。

 ウォセは頭を振った。

「名前か、・・・・・・。どんな名でも、大丈夫か?」

「ええ、勿論ですわ」

「・・・・・・エミナ・レイ。古代の言語で、意味は、微笑みの風だ。俺の名を付けてくれた人間の、生まれ故郷の言葉」

 ウォセは束の間、自分の身の回りの世話をしてくれた、白衣の女性を思い出した。眠るときは、古代の物語を語り、眠れない夜は歌を聞かせ、そっとリズムを刻んで肩をたたいてくれた。エミナの上品な仕草は、それを思い出させる。

 彼女は何も言わず、口を押えていた。

「・・・・・・違う名がいいか」

「いいえ。名前をいただくとは、言葉が出ないほど嬉しいものなのですね。私は、エミナ・レイ」

 エミナはかみしめるように名を言って、恥ずかしそうに笑った。

「朝までには時間がある、もっと良い名を考えようか?」

 ウォセは聞いたが、もう、目も明けられなかった。エミナはクスクス笑った。

「エミナ・レイ、微笑みの風。この名を大切にします」

「俺は何も持っていない。今、与えられるのは、それだけだ」

 ウォセは肩をすくめると、壁を向いて転がった。

「寝よう」

「承知いたしました」

 惑星ラウルス、原住民族がドランナジュムと呼ぶこの星の、砂漠の夜は、静かに更けていった。


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