ニャルラトホテプさんの受難
蜂蜜 最中
ニャルラトホテプさん幹事になる
「どうも、毎月月末が本当に憂鬱、出来れば這いよりたくない混沌・ニャルラトホテプです」
僕はそう言いながらランプのとろ火だけがたよりの薄暗いBARカウンターに腰掛ける。
「いきなり暗いねー」
口元を隠して上品に笑う天照さんがスっとシーザーサラダの皿を寄せてくれた。
「毎月幹事やらされてテンション上がるわけないじゃないですか。天照さん、ラノベ読みすぎじゃないですか? 常時あんなハイテンションで鬼のようにボケられませんて」
「あはは、ごめんね。本当は私もやってあげたいんだけど……」
「いえいえ、そんなことやらせられませんよ。僕が怒られちゃいます」
天照さんは日本神話の最高神だ。そんな方にこんな雑用やらせたら僕らの本拠地に日本神話の武神達が殴り込んで来てしまう。
あそこのミソロジーはやばい。一度関わると容赦なく自分達の神話に染め上げてしまう。それで仏教と道教、ヒンドゥーの神格たちが何人か飲まれた。八百万恐るべし。
それに、だ。第一、お世話になっている天照さんにそんなことをさせられるほど面の皮が厚くないんだ僕は。
あっと、バーテンのディオニュソスさんが睨んでる。注文しなきゃ。
「ディオニュソスさん、僕とりあえず生で」
「あいよ」
「そういえば天照さん、ロキさんとトトさんはまだ来てないんですか?」
天照さんにあと二人来る予定になっている飲み友の所在を問う。
「ロキのヤローは出禁だ」
「……ロキさん、ディオニュソスさんの店でもやらかしたんですか?」
「あの野郎、うちの酒樽に火をつけようとしやがったんだ。余興には丁度いい、とか言ってな」
本当に凄いな僕の先輩は。なんにでも喧嘩を売っていくな。
とはいえ、少しまずい。今日はロキさんに暴れるの控えてもらうよう説得するつもりだったんだけどなあ。
「……流石ですね。じゃあトトさんは?」
「トトさんは少し遅れるって連絡あったよー」
「几帳面なトトさんが珍しいですね」
集まる時はいつも十五分前には現地にいる方なんだけど、珍しいこともあるものなんだなあ。
「トトさん残業だって。ラーさんが勝手に法律作ろうとしてたから阻止しなきゃってため息ついてたよ」
「ああ……老神はどこもめんどくさいもんなんですね。うちもめんどくさいし」
「アザトースさん?」
「です。日本は平和そうですよね。最高神が優しい天照さんだから。うちはもう、あのじいさん起きると世界終わっちゃうから冷や冷やでおちおち深酒もできやしない」
最後に深酒したのっていつだっけ?
ああ、旧神たちとの封印戦争の時だ。あの爺様が封印された時に飲み明かしたんだった。……一人で。
「私も結構めんどくさいよ? ストレス爆発しちゃうと引きこもっちゃうから」
「天照さんがそこまで溜め込むってよっぽどでしょう? そこは周りが支えなきゃ。まあうちの老害だったら永遠に引きこもらせますが。なんだったら、そのまま餓死してくれればいい――ってそもそも、あいつ引きこもりだった」
「ニャルくん溜まってるねー」
「神話界切手のトリックスターとかって勝手に呼んでくれてるけどここ数年色んなとこ出ずっぱりでろくに休めてないんですよ。寝かせてくれよ頼むから!! 困ったらニャルラトホテプのせいにしとけばいいとか底が浅いんだよ作家共!! クトゥルー神話愛してるならほかの邪神使えよな!! 主に僕のために!! しかもミソロジー仲間からは新参系ミソロジーだからってんで扱いが本当に雑ですし!!」
本当に泣きたくなる。どうしていつもうちばっかり――というか僕ばっかり!!
「まあまあ。あ、麦酒きたよ。トトさんには悪いけど先に乾杯しちゃおっか」
「そうしましょうか」
ディオニュソスさんからエールを受け取り、二人で小さくグラスを掲げ、
「乾杯です」
「かんぱーい」
一気に煽る。仕事でくたびれた体にとってキンキンに冷えたエールはヴィーナスさんとフレイヤさんの誘惑に匹敵すると思う。
「白いヒゲができてるよ」
「え――」
クスリと笑んだ彼女はハンカチで僕の口元を拭いてくれた。なんか気恥しい。
「すみません」
「いいのいいの、昔弟達のお世話してたんだから――それで何話してたんだっけ?」
「ああ、風当たりが強いって話ですね。まあしかたないと思ってるんですよ。僕らは基本人助けないし。というかむしろ滅ぼす気満々の邪神勢ですから。それに僕らが初めてミソロジープロージットに参加したとき凄い生意気な事しましたしね」
「あー確かにすごかったね。……ごめんね、うちの弟が」
「いえ、あれはクトゥルーくんが悪かったですよ。スサノオさんもヘラクレスさんも悪くないです。ヒュドラさんとダゴンくんが絶対喧嘩しちゃダメって口酸っぱくして言ってたのに『はぁw? どうせ地球の土着神だるぉw?』とか言って喧嘩売りに行ったの彼ですし」
よりによって魔性殺しの神格に喧嘩売らなくてもいいのになあ……。
「そういえば、ヒュドラちゃんとダゴンくん、もともとこっちの子たちだもんね。それにしても今のクトゥルーくんの声真似すごい似てたよ! 思わず録音しちゃったよー」
「ええ!? 録音してたんですか!? やめてください、恥ずかしいですよ!!」
「大丈夫だって、とっても似てたよ? ほらスーリヤさんもミスラちゃんも似てるってラインが返ってきた!」
「ああああああああ太陽神のグループにー!! どうしてくれるんですか、またルーさんに絡まれるじゃないですかー!! あの人ってば僕と顔合わせるとすごい顔でブリューナクぶん投げてくるんですよ!?」
「ルーくん不器用だから……あれでニャルくんのこと気に入ってるんだよ?」
「絶対嘘だ!!」
僕は忘れないぞ!! 僕の三つめの目を見ながら「死に晒せクソジジイ!!」とか言ってブリューナクぶん投げたあの人の殺意に満ちた顔を僕は忘れないぞ!!
「わかったわかった、ごめんごめん」
「もうっ! 謝って済むなら法の神なんかいらないんですからね!!」
「――そんなことを言われてしまうと私もアヌビスもシャマシュさんも傷ついてしまうよ?」
そこにはにこやかに笑うイケメン――ならぬイケ雄鳥がいた。
僕の尊敬してやまない偉神、エジプト神話の縁の下の力持ちにして主神ラーさんの懐刀であるトトさんだ。
「トトさん!」
「トトさんおつかれさまー」
「待たせたね、ニャルくん。天照さん。ディオニュソスくん、私にもエールを」
「あいよ」
「それで、トトさん。ラーさんどうなった?」
「いやーえらい目にあったよ。やっぱり人類の神を敬う心を試すとか言ってセクメトさんを出撃させようとするわ、アポピスけしかけようとするわ、心臓を乗せる天秤に細工してアメミットちゃんに必要以上心臓を食べさせようとするわでほんと大変だった」
「やりたい放題ね」
「ラーさん、本当に天照さんと同じ太陽神で主神なんですか……?」
うちの御大とやってること大して変わらないじゃないか。
「昔は偉大な方だったんだよ? ただ人類が文明の光に頼りだした辺りから一気に老け込んじゃってね」
「私達って人類を導く存在だけど人類の祈りが無いと消えちゃうからねー。ラーさんちょっと焦ってるんだよ」
「ミソロジーってそう簡単に消えるもんじゃないと思うけどなあ。僕らみたいな例だってある訳ですし」
僕たちのミソロジー――クトゥルー神話と呼ばれているんだけど、僕たちの神話は近代に入って人類と接触した、と言うていの若い神話だ。誕生してもうすぐ百年か、っていうレベル。そんな神話が徐々にではあるけど名前を広めつつある昨今、エジプト神話というメジャーすぎるミソロジーが消えるとは思えなかったんだけど、歴史あるミソロジーはそれはそれで悩みの種があるみたいで、
「ミソロジーその物が消えることはもうないと思うけどそれでも古びた神格が消える事ってたまにあるのよ? 私の国なんかもそうだしペルーンさんのとこもそう」
「ペルーンさんっていうとスラヴですよね?」
「そう。あそこは文字が発達してなくて口伝でしか神話を伝えてなかったのが致命的だったかな。キリスト教の侵攻で一気に廃れちゃったの。今はきちんと文書や絵で補完されてるからもう心配ないけどね」
僕たちが生まれる前はミソロジー同士の潰し合いが頻繁に行われていたとは聞いていたけど、いざ本人達から聞くと生々しいなぁ。
「きちんと形として残すのが大事なんですね」
「そうだよ。ニャルくん、万が一労災が起きてもいいようにタイムカードの記録はきちんととっておくんだよ? スマホでぱしゃっとね。それさえあれば私が助ける」
「了解です!」
「おー流石は法の神様! それっぽい!!」
「法の神としての言葉でもあるけど、九割がた経験則だよ」
「あー……トトさん、仕事多いもんね……」
「法と書記と魔術と……あと何でしたっけ?」
「測量と時間、外交、戦闘、夜と月の管理。あと世界が終わった時に再生する役目をもってるオグドアドをたたき起こすのが仕事かな」
「控えめに言って仕事多過ぎでしょ……エジプトそんなに人手不足なの?」
「そういうわけじゃないんだけど……なんでかな、気が付いたら仕事が山積みにね」
「うちくる? 八百万の神々総出で歓迎するよ?」
「ありがたい申し出だけど、私があそこからいなくなったら、多分うちのミソロジー消えてなくなる」
「エジプト神話の命運はトトさんの双肩にかかってますね」
「大変さで言ったらニャルくんも大概だよ? あちこちのエンターテインメントに顔だしてるでしょ? 読んだよ? 這いよれニャル●さん。女装して大変だね?」
「あれは別の顕現体ですから」
「自分を無限に分身させられる能力は羨ましいなぁ。その力があれば私の仕事もはかどりそうだ」
トトさん、顔がマジすぎて怖いです。
「トトさんは仕事安請け合いしすぎなの。体強くないんだからもっと落ち着きなさい」
「あ、今のお姉ちゃんっぽいですね!」
「ぽいも何もお姉ちゃんですから!」
「うちの老神にもその優しさが一欠けらでもあれば頑張れるんだけどなあ……」
遠い目をしてぼやくトトさん。あーすごくよくわかる。本当によくわかる。
「ところでさっきトトさんが言ってたオグドアドって完全な無から世界を作りなおせるあれですよね?」
「そうだけど……急にどうしたの?」
「いや、うちの老害ぶち殺してオグドアドさんに世界作りなおしてもらうのもありかなって」
「こらこらニャルくん。軽率に世界を滅ぼそうとしないの」
「へへっ、すみません人類を滅ぼす邪神でもあるので」
「だめだよニャルくん。それはずるい。第一それが許されるなら私が既にやってる。そして主神の座をオシリスさんかホルスくんにする」
「ですよねー」
「ねえ、ちょっと二人とも? 上司の暗殺計画を大っぴらに話すのやめない? 同じ最高神としていたたまれないんだけど?」
「最高神を殺すのは物騒に過ぎる。どうせならロキをやってくれ。ほら、エールお待ち」
「ディオニュソスさんも何考えてるのよ……」
「ロキ死ねって考えてる」
「愚問だったわ――ってこんなこと話してる場合じゃないでしょニャルくん!!」
「そうでした。来週のミソロジープロージットの作戦会議するんでした」
「早いねえ、もう月末か」
「そうなんですよ。この前やっと終わらせたーって思ったのにもうですよ」
「前はみんなでローテーションしてたんだけどね」
「新参者が飲みの席を用意しなきゃいけないって悪しき風習いい加減やめましょうよ」
「私達は良いんだけどイシュタルちゃんとゼウスさんがねえ……」
「あの二人はちょっと根性捻じ曲がってるからね」
「ヒュドラさんとダゴンくんが土下座してたのはそれかあ……」
あの二人、元々メソポタミアとギリシャ出身だもんなあ。
「まあ、あの二人には私達のほうからそれとなく言ってみるよ」
「だから、頑張れ。最後だと思って」
「天照さん……トトさん……!!」
「感激するのは後々、先ずは本題だよ。前回はたしかパルテノン神殿だったよね。どうする? 私の所は今いい感じにあたたかいよ?」
「うちでもいいよ? クシナダヒメちゃん家のお酒美味しいよー」
ありがたい申し出だった。でも、前回のプロージットってロキさんを抑え込めなかった僕には他人ん家で飲む度胸は無い。よって、
「今回はうち――アーカムでバーベキュー大会を開こうかと。僕、ビアガーデン経営してるんで。ロキさん対策はこれで万全です」
ちなみに対策というのは、補修業者が手配済み、ということだ。
「「…………いい子や」」
「それでなんですが、今回件のクトゥルーくんが星辰がいい感じだから参加したいって言ってきましてね。彼は反省してるんですが……その、」
「ああ、わかった、そういうことね。弟のことは任せて!! 私とクシナダヒメちゃんで抑え込むから!! いざとなったらお母さんにも出てきてもらうから心配しないでね!!」
「ありがとうございます!! ……後はヘラクレスさんですか。ゼウスさん、全力でブーストするだろうなあ」
「私、ヘルメスくんと友達だから、メガラさんと息子さんたちに話通しておくよ」
「本当ですか!! ありがとうございます!!」
「これで後はヘラさんが何かしなきゃ大丈夫そうだね」
「……………」
「……………」
「……………」
「「「あそこの夫婦碌なことしないね」」」
神話界きっての迷惑夫婦は信用しちゃだめだ。
「と、とりあえず私はヘルメスくんともう少し煮詰めてみるよ」
「私も弟が暴れないようにオーディンさんにグレイプニル借りれないか頼んでみる」
「ありがとうございます。それじゃあ僕は招待状と肉とお酒の発注するので一足先にしつれいしますね」
「はーいお疲れー――ってニャルくん、スマホ震えてるよ?」
「え、あ、本当だ。あれ? シャンタク? ――はい、もしもし」
『もしもしマスター!? 大変です!! ビアガーデンが――ロキ様たちに燃やされてます!!』
「……………………………………………………すぅ、」
――ロキてめえこの野郎!!!!――
――――――――――――――――――――
出演神
ニャルラトホテプ【クトゥルー神話】
主人公にして語りべ。最近有名になってきたトリックスター。だけど、ここではただの苦労人。ミソロジープロージットの幹事を任されている。ビアガーデン経営をしていたが本日消し炭になった。トトをリスペクトしている。
天照大御神【日本神話】
日本神話の最高神。傷つきやすいサンシャインレディ。昔は弟たちに手を焼いていたが弟たちが大人になってからは少し寂しくなってる。お姉ちゃんって言われるとちょっと嬉しい。
トト【エジプト神話】
エジプト神話の屋台骨。書記、測量、数学、夜、時、魔術その他諸々、様々なものを管理している元祖社畜神。実は体が弱い(主に足腰)。この作品ではラーの暴挙に頭を悩ませていることが多々ある。
ディオニュソス【ギリシャ神話】
元武闘派のギリシャ神話の神。豊穣と葡萄酒の神でその権能を活かし神格向けのバーを営んでいる。酒樽に火をつけたロキをぶち殺したいと割と真剣に考えている。
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