vs 異世界化狸
真っ白な立方体が上昇していく。その中には、グラマーな体型の小麦色の肌をした女がいた。腰より少し上くらいまで長く伸ばされた漆黒の髪の女の名前は、クルス・ホーム。
クルスは青年だった。錬金術に代わる新たな技術を発掘するために開発されたEMETHシステムの不具合によって女体化してしまうまでは。
師匠で五大錬金術師のアルケミナと共にシステムの解除方法と失踪した五大錬金術師を探す旅をしていたクルスが、一人でこの実験に関わったのには理由があった。
五大錬金術師の命を狙う敵が少なくとも二人いる。一人は白いローブを身に纏う中肉中背で性別さえも分からないという、錬金術研究機関『聖なる三角錐』のボスのトール。
もう一人は、ラス・グースというクルスとは面識がないヘルメス族の少年。
この事実を知ったクルスは力を求めた。
EMETHシステムによって絶対的な能力を手に入れたクルスでも、あの二人には勝てない。
自分よりもチートな暗殺者からアルケミナを守るためには、どうしても力が必要。
この実験で経験を積み、強くなりたいと決意を固めた時、立方体がドスンという音と共に停止。
『三十秒後に戦闘を開始します。これよりカウントダウンを開始します』
戦闘実験の始まりを告げるカウントダウンは無機質な声だ。
『……ゼロ、戦闘開始』
アナウンスが流れた後、十メートル四方の立方体の灰色の面が下にスライドした。もう一つの部屋と繋がり、戦闘が行われる二十メートル程の空間が出来上がる。
戦うことになる異世界の怪物を探し、クルスは周囲を見渡す。すると、戦闘会場の端で薄汚れた灰色の肉の山が転がっているのが見えた。
そして、次の瞬間、クルスは目を大きく見開く。そこに現れたのは白いローブを身に纏う中肉中背の人物、トールだった。
クルスの体に悪寒が走る。心臓が激しく震え、動くことすらできなかった。
トールと最初に戦った時は、一撃で倒され、二回目の遭遇は窮地を脱する方法を考えるだけで精一杯。人の命を何とも思わず奪っていく悪に、クルスは恐怖していた。
クルスはトールとの距離を素早く詰め、打撃や蹴り技を連続してトールに当てていく。トールは猛攻を避けない。
攻撃を繰り返す中、クルスの心は絶望の色に染められていく。どんなに攻撃しても、敵は傷一つ付いていない。
鬼のような耐久力。何度攻撃しても意味がない。
敵はクルスの気の緩みを狙い、右腕を掴んで、その体を床に叩きつけた。
固い床がクレーターのように凹み、叩きつけられたクルスの体が悲鳴を挙げる。
全身が痛み、クルスは立ち上がることすらできない。
悪夢が五大錬金術師の助手の脳裏に浮かぶ。トールが残忍な方法でアルケミナを殺す。その様子をクルスは、ただ師匠が殺される場面を見ることしかできなかった。
そんなことにならないためにも、クルスは強くならなければならない。
しかし、敵は強過ぎる。クルスの攻撃にビクともしないし、たったの一撃で大ダメージを受けてしまう。
このまま何もできず倒されてしまえば、戦闘実験に参加した意味がない。
そう思ったクルスは最後の力を振り絞り、立ち上がる。だが、足は生まれたての小鹿のように震えている。このままでは動けない。
いつの間にか左手に持っていた黄金の槌を振り下ろすトール。
なぜかその動きは、クルスの目にはゆっくりと映る。動きを読んだクルスは、トールの左腕を右手で掴む。そして、左手で黄金の槌に触れた。
すると、トールが所持していた槌が文字通り消滅。
武器を失った敵の腕を投げ飛ばし、そのまま回し蹴りを行うクルスは、違和感を覚える。
先程と同じ威力の攻撃のはずなのに、トールは前方の壁に叩きつけられていた。
この前までは攻撃を受けてもビクともしなかったのに?
クエスチョンマークが頭に浮かび、一瞬の内に推測を思いつく。
今のクルスにはトールへの恐怖心がない。
強敵に恐れていては、大切な物を守れない。その気持ちが、クルスを強くした。
床にうつ伏せの状態で倒れたトールは、一瞬の内に薄汚れた灰色の肉の山へと変化して、その後動くことはなかった。
クルスの勝利をアナウンスが告げ、スライドしていた扉が上昇。再び立方体の部屋は密室になり、ゆっくりと出入り口がある空間に向けて移動を始めた。
一連の対戦の様子を観察するモニター室の中で白い髭を生やす腰の曲がった老人は腕を組む。
「たった三十秒で実験終了か」
白衣を纏う黒縁メガネの青年研究員は、実験結果をまとめていたパソコンの画面から顔を上げ、不満を口にする。
「早過ぎますよ。長期戦になると思ったのに」
「不満を口にする暇があったら、実験映像をスロー再生して実験結果や考察のレポート書け。この三十秒に、実験結果が凝縮されているはずだ」
「はい。分かりました」
ぶっきらぼうに答えながら、研究員はキーボードを叩く。
異世界化狸 戦闘実験考察
異世界化狸が化けることができるのは姿だけとのことだったが、実際は武器を持った姿で化ける。その武器は本物のスペックを再現していない可能性が高い。
恐怖心により強さが変わるが、相手の恐怖心が薄れてしまえば、弱体化してしまう。
即ち、恐怖心を克服してしまえば、容易に駆除が可能。
異世界化狸は、元の薄汚い灰色の肉の塊に戻り、死亡する。
クルス・ホーム 山本正純 @nazuna39
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます