届かぬ綴り、

@_chica

第1話 雨

「拝啓、届かぬ貴女へ」



ゴミ溜めの用な部屋で目を覚ます。

アルコールの匂いと酷く刺さる頭痛で今日も僕は吐いた。

三ヶ月か。そう呟きタバコに火をつける。

一杯になった灰皿と鼻につく悪臭から今日こそは掃除をしようと心に決め、もう一度僕は目を閉じた。雨の音を子守唄に。



ねぇ見てハチ公だよ!嬉しそうに僕に語りかけてくる彼女

彼女と知り合ったのは二年前、専門学校の入学式だった。

18年生きてきて人に恋をした事が無かった僕なのに、恋に落ちるのにそんなに時間はかからなかった。


料理の専門学校だった、別に料理が好きだった訳じゃない。

特にやりたい事も無く、大学に入る頭も無かった僕がモテそうというふざけた理由で決めた場所。

クラスを見渡してもそんな人がたくさん居た、

こんなもんか。呟く僕の隣で目を輝かせて授業を受けている彼女を見つけた。

僕は心底馬鹿にしてやった、まじめに受けている人なんて全然居ない、

クラスが決まったばかりでこれから2年間楽しく過ごす為に皆近くの人と話してばかり、それなのに何をそんなに。と。

一ヶ月も経つと随分クラス分けもされていた

真面目な人、不真面目な人、その中でも何個かのグループ

僕はというと一番駄目な所、一番不真面目な場所に居た。

毎日のように友達の家に集まり、家にも帰らず夜通し遊んで日が昇ったら寝始めて昼過ぎぐらいに学校に行く

それでも彼女はまた遅刻かよとか退学になっちゃうよとか、説教をしてくれて、その声は凄く優しかったのをよく覚えてる。

そんな生活が三ヶ月程続いたある日の放課後

珍しく彼女が真剣に明日はちゃんと来て。と、それだけ言い残して帰って行った日があった。

なんだあいつ、そう思いながら僕も珍しく早めに家に帰った。


次の日1限に間に合う電車に乗りながらたまたま早く起きれただけだから、なんてかっこわるい事を考えながら学校に向かった。

学校につくなり彼女が笑顔でよく来たね、えらいね。なんて言ってきて。

その笑顔がやけに眩しくて、僕は彼女に恋をした。


僕は彼女の一生懸命な所が好きだった。

いや、嫌いだった筈なのに、それは一種の妬みで何も一生懸命になれる物が無かった僕がただ羨ましかっただけなんだって気がついた。

だからこそ初めて出来た僕の好きな彼女が好きだったし僕を一生懸命にさせてくれる彼女が大好きだった。

ただ、今まで誰も好きになった事の無い僕はどうしたらいいか分からなくて

ただ毎日彼女に好きと言い、ただ毎日一生懸命学校に行った。

彼女の優しくて断れない性格を利用して、何度も遊びに誘った。

何度も何度も、馬鹿みたいに。

嫌がる素振りも見せずに幸せそうに笑う彼女を見てもっと、好きになっていった。

そんな生活がずっと続いていた。


二年に上がり、梅雨に入る少し前、僕は彼女に告白をした。

返事は今じゃなきゃ駄目ですか。

そんな事言われたらいつでも言いよ、と言うしかなくって

いつぶりかのずる休みを僕はしてしまった。

この時初めて気づいたんだけど僕は愛が重いらしい。

心が曇り、外はもうずっと雨が降っていた、

雨の音がうるさくて、無性に消えてしまいたくなって、僕は手首を初めて切った。

誰かに話すとまだ振られた訳でもないのにと言われるだろうけど

どうしようもない不安でまるで世界が終わるんじゃないかってぐらいの気持ちだったんだ。

暫くの雨の後、久しぶりに晴れた日、僕は昼過ぎに学校に行った

そこには見た事の無い悲しい顔をした彼女が居て

明日はちゃんと来てとあの日と同じ言葉を口にした。

なんて酷い事をしてしまったんだと思いながら、僕の事を考えてくれていたんだって喜んでる自分が居て、何とも言えない複雑な気持ちになったのを覚えている。

それからはちゃんとした。彼女の為にも自分の為にも。

そして梅雨が明けた頃

僕と彼女の交際が始まった。


付き合ってからは楽しかった、いろんな所に行った。

水族館や映画館、ウィンドウショッピングをしたり散歩をしたり、

でも何よりも彼女の作る手料理を食べるのが一番好きだった。

もうすぐ付き合って半年になる頃、お互いに手紙を書こうという事になった。

悩んだけれど普段言えない事や彼女に伝えたい事が多すぎて

出来上がったそれはルーズリーフ6枚分文字がびっしり詰まっていた

彼女は文字の多さに最初こそ笑ったけれど

目に水を貯めながら黙って読んでくれた。

好きだよと彼女が呟いた。

初めてだった。僕が告白して付き合ってほんとに彼女は僕の事が好きなんだろうかと不安になっていたから、初めて聞いたその言葉が嬉しくて僕も少し泣いた。

彼女は好きなのはあれだから、この手紙だから。と恥ずかしそうに誤摩化していた。

彼女はどうやら僕の文章が好きらしくて優しい感じがするとか言葉が奇麗、なんてべた褒めしていた、

僕は好きな人のおかげで初めて自分の事を少し好きになれた。

もう彼女無しでは生きられない、その時そう思ったんだ。


彼女と付き合ってからの僕は真面目だった。

学校にちゃんと行き、授業もちゃんと受けて一生懸命頑張った。

ギリギリだったけど卒業も決まって彼女に祝ってもらったりして

変わったねぇ。って笑う彼女に

君のおかげだよ。なんて臭い台詞を言ったりして

卒業後は二人で頑張ろうって上京してきたんだ。


東京での夢物語を描いていたのにそんなに甘くはなかった。

仕事は甘くなくて、15時間休憩も無しに立ちっぱなしで休みも無くて

仕込みが間に合わない日はお店に泊まって体罰も日常だった、時には鼻血が出るまで殴られたり、体に新しい傷を増やして帰るのが日常だった。

それは僕だけじゃなくって彼女も同じで、

会う時間も無きゃ、会っても愚痴ばかり、夢見た物は何一つ出来てなかった。

一年と少し頑張った頃僕に限界が来た。

元々好きじゃなかった料理をこれ以上続ける理由が見つからなくて逃げてしまったんだ。

彼女に合わせる顔がない。そんな事思っていたのに

よかった。よく頑張ったね。なんていつか聞いた優しい声で言われたもんだから僕は今までで一番泣いた。彼女も一緒に泣いてくれて、

休み被るねどこ行こうか。なんて、久しぶりに仕事の話以外を彼女と話した、

ずっと一緒に居てね、なんて言う情けない僕に彼女は優しくうん。と一言言ってくれてそれだけでもう僕は何でもよかったのを覚えてる。


それからは暫くだらだらとバイトをしながら生活していた

それでも彼女はまだ頑張っていて早く仕事を探さなきゃと思う僕にいつもやりたい事見つけようね。って言って支えてくれた。

そんなある日掃除をしている時に昔の手紙を見つけた。

彼女に貰った手紙、きっと彼女の家には僕のあげた手紙が残っているんだろう、

好きだと言ってくれたあの手紙。

僕が自分の中で唯一好きな自分をくれたあの手紙。

小説書いてみようと思う。

勇気を出して伝えると

凄く言いと思う、読んでみたい。

といつも通りの優しい声が返ってきて安心した。


でもそんなに甘く無くて、今まで本も何も読んでこなかった僕には文を書く事は出来なかったんだ。

それでも頑張って書いては消してを繰り返して

誰かに見せたりいろんな所に出してみたりそんな事を繰り返していた。

帰ってくるのは駄目。の一言だけ。

それでも頑張って書き続けた、僕の文を好きと言ってくれた彼女を信じて。

彼女には進んでるよ、と嘘をつき寝る間も惜しんで書き続けた。


季節は巡って年を越して居た。

結果なんてすぐに出る訳が無くって、それでも限界だったんだ。

こんなに頑張ってるのに、誰も認めてくれない。

弱い僕はいとも簡単に自殺の道を選んでしまった。

何をしてもうまくいかないみたいで、気がついたら僕は病院に居て、


目を覚ました時には彼女はこの世に居なかったよ。


きっと誰よりも真面目で、誰よりも優しかった彼女の事だ。

僕が死のうとしたのは自分のせいだ。なんて思ったんだろう。

泣けなかった。それどころか馬鹿らしいとまで思ってしまった。

きっと命は助かったけど心は死んでしまったんだろう。


それでも僕は気がついたら小説を書こうとしていた。

もうこれしかないとそう思ったんだ。

もちろん書けなかった、いや書けないなんてものじゃない

人の感情が分からない、人の言葉が分からない。

僕の書く文から「 」が無くなった。




もうどうでもよかった。自分には何も無い。

それでも惰性で毎日寝て起きてを繰り返している。

閉め切った窓の外から雨の音だけが聞こえる。

もうすぐ梅雨がくるらしい。

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