女王と王の舌戦


「破廉恥め。邪悪な主はサイの雇用主に相応しくない、ファバル。即刻わしに譲るよう手配せよ。戦国の柱であろうとも、その前にサイはひとりのひと。道具のようにこき使って誰とも知れぬ輩に戦場で殺させて処分しようなどと考えおる主は卑劣漢にほかならぬ」


「マシーズ王、憶測での発言は」


「たわけたことを、セツキ。主ほどの男が察せぬ筈あるまい。とうに知れておろう?」


「……っ」


「サイの意思を優先したいが、このままではサイの苦しみは増すばかり、死の危険は増える一方、心の崩壊は最速で解決せねばならぬ問題。これだけの悪条件下でよく今まで耐えておったと感心じゃ。冷酷漢共め……。可哀想にのう、辛かったじゃろう、サイ?」


「私は」


「もう、無理をする必要はない。主の心の悲鳴が聞こえてくるようじゃ。かような目をして痛みに耐え、無理矢理現状を呑もうとしておるそのような姿……見ておられぬ」


 マナの言葉にサイは瞳をひどく揺らし、動じている。つまり、当たり、ということ。女王を戯言吐き呼ばわりしない時点で知れているが、それ以上にサイの心が瞳に現れている。辛く悲しいのを必死で耐えてきたことを認められてサイは泣きそうになっている。


 泣きだしてしまいそうに瞳を潤ませ、涙を必死で堪えている痛々しい姿でいる女戦士はなるほど、女王の言うように戦士である前にひとりのひとだ。なのに、他の兵や戦士にはそのよう接するのに、ファバルはサイだけ除外し、ただの駒で道具として扱った。


「サイ、主はもうここにいない方がよいじゃろう。鬼よ、サイを自室に連れていき、休ませるのじゃ。あとで見舞いにゆこうぞ。安静にしておるがよい。身も心も」


「……わかった」


「うむ。いいコじゃな」


 まるで幼子にするように「いいコ」と言ったマナは優しい目をしていた。まさにまさしく愛し子を見るかのように。瞳は慈愛に満ちていた。マナに見送られてサイはカザオニに抱かれたまま姿を消した。カザオニがサイの使っている部屋に連れていったのだ。


 たしかにこれ以上ここにいるのはサイの精神に悪い。少なくともファバルの顔を見る限りは。王はひどい顔をしていた。憎悪と怨嗟をあらわに……冷たい、鬼のような顔。


 ココリエも思わずぎょっとする。今まで見たことがない父の表情に恐れを抱いた。


「こどもの小遣いでこき使っておき、いざ、わしが可愛がってやろうとするなりそのように憎悪を剝きだすとは、主は本当に地獄の悪鬼ではないか、ファバル王?」


「……代価を、踏み倒す気か?」


「なんの代価があろう? 主にとってサイはそこほど大切か? 否、断じて否じゃ。主はサイを小道具程度にしか思っておらぬ。そのような者の下でサイは戦士の本懐を遂げることなどできぬ。捨て駒にされるとわかり切っておる。露骨なその態度にでておる」


「アレは私の娘を苦病で苦しめ」


「否。苦病を仕掛けたのは他者。サイは癒しの術を持ち戻ったとジークから聞いておる」


 王たちの舌戦。マナ女王の正論にファバルはカシウアザンカでの一件を持ちだそうとしたが、マナはそれについても調べをつけていたのか即座に正しきを返した。


 ファバルが誰になにを聞いたのか知れない。だが、その誰かはルィルシエが苦病に罹ったのはサイのせいであり、サイが死ねば癒える、とまことしやかに言ったのだろう。


 サイもその誰かに心当たりがあるようだが、ココリエに教えてくれることはなかった。


 その前にサイはココリエとは口を利かなくなった。ファバルの残酷さでひとり秘密を抱えている。そう、今も。たったひとりで耐えている。マナが言うよう、可哀想なことに。


「だが、そう。どうしても代価が欲しければ……ほれ、そこで金脈を探るがよい」


 ほれ、とまるで犬におやつを与えるような軽さでマナはファバルに一枚紙切れをひらりと寄越した。そこはなんでもない、ウッペ領土にある山の地図だ。そこで金脈を探れ、ということはここに金脈がある、ということなのだが、どうしてそんなことがわかる?


「夢視か」


「さての、わしの才能云々なぞどうでもよかろう? これで代価は払った。わしはこれで失礼するぞ。サイの容体が心配じゃ」


「マナ、正気か!? 本気であの」


「……。それは何者かに憑かれたカグラ王と同じ台詞じゃな、ファバル。憎悪に取り憑かれておるのではないか、主こそが、今」


 最高にきつい捨て台詞を吐いてマナはツチイエを伴いファバルの部屋を辞していった。


 だが、ココリエは不意に思いだしていた。カグラ王を。あの様、たしかに憑かれたようであり、まるで本人の意思と別に憎悪を膨らませていたかのよう。少なくともサイはそう言っていた。アレはカグラの意思ではない、と思う? みたいなことを。


 ものすごく曖昧だな、とその時は笑ったものだ。それも今となっては遠い思い出。


 サイは心を閉ざしつつあった。今はもう閉ざしているのかもしれない。ファバルにきつく、無意味に残酷を敷かれ、理解してくれる者がいない中にたったひとり。


 マナがサイの容体を気にするのもわかる気がする。ココリエもサイのことを心配し、あとを追いたいが、父は許さないと耐えた。無念でも、サイの悲哀に到底及ばないから。


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