早速の助言と悪魔の躊躇


 先に呪われし者(のち宿主と略)を呪いから解放するに必要なもの……その先に書かれていた文句を読んでサイは無言で赤面し、紙を破ってしまいたくなった。なんじゃそりゃ、とかどういうアレな趣味でそうなった? とまじめに訊きたくなってしまった。


 先に書かれていた宿主を解放する方法。それは想いのこもった口づけ。しかもそれだけではない。現在宿主は自力で食事がとれない。無理に口へ押し込んでも無意味。食事は解呪者の口移しのみ有効、と書かれていた。……なんだ、悶えろってか?


 サイがなんなんだこれ、新手のいやがらせ、虐め? と思いつつも読み進めていく。


 と、解呪には本当の気持ちが必要、と書かれていた。これについてはサイの理解が及ばないのでスルーして、解呪完了後のことを確かめる。解呪が完了、呪いの移行が終了したら解呪者は意識不明となる。宿主は数日して目覚める。


 読み終わったサイは思わず変な呻き声をだして悶絶してしまった。なんなんだ、なんなんだ、とぶつくさ言いたいのを必死で我慢してもう一度読み直してみるが内容は変わらず解呪者になるしかないサイに宿主たるココリエに口づけしろ、と書いている。


 イミフ、イミフ、イミフ、意味わっかりませーん、とサイは頭を抱えてしまう。頭の中ではイミフが踊り狂っている。不気味まっくす消えろ、とサイが念じてもサイがイミフを抱えている限り彼ら彼女らは踊り続ける。


 果たして、イミフ、という単語に性別があるのか? とかどうでもいいことを考えて気を紛らわせるサイはもぉーどうすることもできない。だいたい……。


「想い、ってなんだ?」


「おおい、そっからかい?」


「……勝手もすぎるぞ、セミ」


「おい、ひとの名前は正確に覚えな。セネミスだ。誰が一夏の命だ。呪詛追加すんぞ」


 本当に。失礼すぎる。ひとの、それも女性の名前を昆虫と混同してしまうとか。


 ただまあ、サイに悪意がない、もとい天然ボケなのでセネミスも以上をつつけないのだが。一応もう一度名乗っておくことで妥協した王女は困ったような笑い声。


 まさか妙齢、までいかなくても歳頃の娘が「想い」を知らないとは思わなかったのだ。


「おめえ、ココリエのこと好きだろ?」


「知らぬ」


「いや、おめえの胸に訊けよ」


「この邪魔肉が答えてくれるのか?」


「喧嘩売ってんのか? それとも本気のまじめボケか? 今時こんなのがいるとはなぁ」


 豊かな胸を邪魔肉と表現され、自分の平均的な胸を思ったりでもしたのかセネミスの声に殺意が混じる。が、サイの様子からしてまじめに、いたって真剣に言葉を返している、というのを知ってどこかからか聞こえてくるセネミスの声がため息を吐いた。


 あまりの無知っぷりに呆れてしまった様子ではあるが、それで譲歩してくれるほど優しくはないだろう。結論しているサイはセネミスがせめてヒントのひとつ寄越してくれないか、と思ってきょろきょろしてみる。すると、呆れ声が教えてくれた。


「ココリエとわっちが仲良くお喋りしていた雨のあの時、苛ついていただろ、おめえ」


「どうでもいいことと不快なことは記憶から消すことにしているので覚えていない。どちらも同じ屑籠にいく。よって不明。だいたいなぜ私がく、くく口づけなんて」


 なんで自分がそんな恥ずかしいことをしなければならないのだ、とサイはぼそぼそ抗議したが、どこかにいるセネミスはからからと笑った。とても愉快そうだ。


「可愛いなぁ、サイ。近頃のおませなガキんちょよりよほど面白いぜ、おめえ」


「私が面白おかしかろうとお子ちゃまだろうとどうでもいい。「想い」とはなにか!?」


 ココリエを案じて、ココリエのことが心配で吼えるサイにセネミスは不思議そうな、不可解そうな吐息を零し、逆に質問してきた。素朴な疑問。


「おめえ、愛されたことがねえのか」


「……ほぼない。それが?」


「なるほどな、納得だ。理解できねえ筈だ」


「?」


 サイが「想い」を理解できないことに理解を示したセネミスは頭を抱えでもしているのか、深々とため息をついている。サイはさらに謎深まってはいぱーイミフ状態。


 だが、放置はそう長くは続かなかった。


 セネミスはココリエを呪い、先でサイを呪うと宣言しているわりに丁寧な答を寄越してくれた。それはサイの無知を憐れんでのこと。それ以外にはない憐憫を含み、声には苦しみすら滲んで浮かんでいる。


「愛されたことのない者は誰かを愛することができない。自分の中に愛情がないからわけるべき愛がない。だから、どんなに頑張っても愛せない。他者を恋い慕っていることにすら気づけない。そして、知らないなりに嫉妬する自身を卑しみ、嫌悪し、苦しむ」


「それがどうした」


「それを今すぐ理解するのは不可能。サイ、だがな、それでも思いやりはできる筈だ」


「思いやり……大切にする、ということか? 大事に思って、守る気持ちか?」


「そうさ。どうだ、それならできるかい?」


「かろうじて理解できる。だが口づ」


「それじゃあ、そういう感じに変更しておこうかね。あ、口づけは変更なしな」


「……ぶっ殺」


「は?」


「お前、覚えておけ。絶対半殺す」


「ふふ、半分、ね。ありがとよ」


 そこで音声が切れたのか、耳に大きめブツっという音が聞こえてきた。


 サイが耳の穴を小指でほじって耳に残る不快な音を追いだす。……あまり乙女がしない方がいい動きというか仕草というかアレだが、まあ、サイなので仕方ない。


 彼女に性別の区分はあまり関係ない。


 関係ないが、口づけを撤回させられなかったのはクソっと思っていたりして。サイにも恥はある。見ず知らずでないだけましだが、が、だから平気ではなく、なまじ知っているだけに余計恥ずかしい。悶死しそうだ。


 ああ、なんでこんな目に……。とか悲観しそうになるがそれはココリエの台詞だ、と切り替えてサイはココリエを見た。死んだように眠っている青年。昨日の晩、胸が、それも臓が痛むと言っていたのでかなり調子が悪かったのだろう。


 なのに、気丈に振る舞おうとしていた。見落としてしまったことをサイは悔いた。そして、だからこそこれで謝罪の気持ちになるならと解呪に挑むことを決意した。


「……もうちょいタンマ」


 決意したはいいが、恥ずかしさは当然、去らない。サイは精神集中と銘打って頭を抱えて覚悟ができるまでしばし、悶えて唸ってもういっちょ悶えたのだった。


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