歓待の宴


 夕暮れ時。城に仕える官職者たちのほとんどが仕事を終えてこの日の為に用意された宴に向かうのに大広間に集まりつつあった。そんな男たちの群れに混ざってとても美しい娘がひとり超不機嫌な空気をだしていた。彼女の隣にはウッペ王女ルィルシエの姿。


 ふたり共綺麗に着飾っている。片やうきうき楽しそうに。片やげっそりと。着飾るなんて地獄の拷問で反吐がでると言わんばかりで対照的である。


 本人に向かって直接褒めそやすことはできないがまわりにいる男たちの心は同じだ。


 美しい。とても戦場いくさばを引っ搔きまわす戦士には見えない。それこそ一国どころか周辺諸国をも傾けるほどの美貌と美に相応しい着物と装飾品は女を輝かせている。


 だが、美しさと別に女の不機嫌は続く。酒宴の会場に到着してからもそれは続き、隣にいる王女は困り顔だ。


 昼間の騒動を忘れていないルィルシエだったが、それでもアレはサイの矜持に関わることであり、戦士の誇りをかけた行動だったのだと説明され、渋りつつも納得した。


 菓子袋は当分持っていていいと言われたのでサイなりにルィルシエに対して気を遣っていると知れてからは普段通り接している。つまり、じゃれついている。


 酒宴参加を強制されて不機嫌なサイだが、昼間のことでルィルシエを邪険にすることもできず、できないことだらけ、思い通りにいかないことだらけで機嫌は最悪。


 特にこれから酒に接近するなど処刑に等しいと思っている臭い。サイはルィルシエと共に上座の中でも下の方に座ろうとしたが、後ろから来たセツキがサイを引っ張って賓客のひとりであるデオレドの隣へ座らせた。サイが睨んでも鷹は涼しい顔で流した。


「よお、女。異国人だと聞いていたが、着物を着るのか? それとも、あわせたのか?」


「私の名は女、ではない」


「では、名乗れ。たっぷり呼んでやる」


「……。断固拒否」


 一瞬、上座に座っている面々、特に男たちがひやっとした。ほんのかすかな瞬間だったがサイから殺気が漏れたからだ。そのまま「死ね」とか「ウザい、クズ」とか言いだしそうな雰囲気だったので堪えてくれて大感謝。だが、名乗るくらいはしてくれ。


 ま、暴言吐かなかっただけよしとして、ファバルはデオレドがサイへ必要以上構う前にとっとと乾杯の音頭を取って、宴をはじめた。乾杯するのに盃へ酒が注がれていく。サイもいやいやだったがデオレドに酌をしてやる。なにしろ王直々の頼み事だ。


 ついでに言えばここで堪えてあとでなにかたかってやろうとか考えている次第。茶葉とか。最近、ウッペに来る問屋がサイの好みをここぞと衝いた葉を仕入れてくるので誘惑が多くてサイはココリエにお小遣いの増額を頼もうか本気で考えていたところだ。


 それが、このクソ王子をご接待してやるだけで茶葉買い放題になるかもしれないと思うと気が紛れる。主に鼻の。


 におう。本当にそこかしこから酒のにおいがぷんぷんにおってくるのでサイはそれだけで辟易状態である。それぞれに酒の最初の一杯を飲んだ男たちが次を飲んだりしていると料理の膳が届けられた。山の幸をふんだんに盛った膳で山菜もいつも以上の量だ。


「なんだ、この気味の悪い草は」


「山の馳走を不気味呼ばわりするな」


「ご馳走? これが? この小魚もか?」


「立派で上等なヤマメだ。小魚ではない」


「それはそれは。質素なご馳走だことだ」


「そんなに言うなら食うな。酒だけ喰らえ」


 ウッペの厨で働く女官たちが腕によりをかけてつくり、この日の為に山にこもってこれだけの量を釣ってきてくれた釣り人たちに失礼極まりないデオレドを軽く叱ってサイは新しく届けられた徳利から新しい盃に新しい酒を注ぐ。


「ん?」


 その酒にデオレドは首を傾げた。最初に注がれたのは白濁の酒だった。米の風味をそのまま味わえるファバルお気に入りの濁り。だが、次に持ってこられたのは違う。


 最初の乾杯は全国的に馴染みの深い濁り酒だったが、ここウッペでは平素、王が愛飲している澄の酒がある。今日は特別にそれを王が許可し、樽を開けたのだ。


 ……ファバルが飲みたかっただけというのが有力説だが、触れない。見返りの為に。


「おい、女。口直しの水か?」


「酒である」


「だが」


「今年の御目通りにも持っていった、帝も気に召す極上の澄酒だ。中でもお気に入りを特別にファバル王が振る舞ってくれたのだ。これもまた歓迎の意。味わって飲め」


「み、帝様が……?」


 サイの説明にデオレドが目を見開いた。あの戦国最上位貴族が太鼓判を押す極上の酒がだされた。そのことに驚いて少しの間、青年は硬直した。


 サイはそんなデオレドを放置に加え無視で自分の膳に盛ってある食事をとっている。


 放っておかれているデオレドだが、サイの説明を確かめるべく新しい盃を手に取って口をつけた。一口、二口で飲み干したデオレドの目は輝いている。横目で見て、サイはすぐ新しい澄酒をデオレドの盃に注ぐ。デオレドは喜んで酌を受ける。


 膳への不満はどこへやら。デオレドはどんどん杯を重ねていき、合間で膳にも手をつけている。海が遠いウッペでは定番のそれでもご馳走であるヤマメやイワナはそう滅多に手に入らないので、本当に今日の食事はご馳走だ。


 最初、難色を示していた山菜についてもサイが平然と食しているので齧っている。


 で、すかさず酒を呷る。山菜料理のいくつかは濃い味つけで肴の代わりにしてあるのでファバルの話では酒によくあうとのことだったが、デオレドも気に入ったらしい。


 最初、文句たらたらだったのが嘘のように食事と酒を喜び、酒宴を楽しんでいる。


 サイは酒のにおいだけで「おぅえっ」だったが、デオレドの盃に注意を払い乾く前に注ぎ足してやる。まあ、デオレドがサイの気配りなど気にする筈もなく、気づかずに追加される酒に舌鼓を打っている。結果、酒宴開始一刻でほんのりできあがっている。


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