これなるは我が矜持


「ふざけるな、人喰い蜘蛛」


 でも、やっぱりサイなので弱い立場でありながらも抗議は暴言でした。なのに、チェレイレ王妃はサイの暴言にくすくす笑う。おかしい、と。面白いとばかり。


「あなたには選択肢も決定権もありませんのよ? すべては王陛下の御心次第」


「じゃ、死ぬ」


 言うが早いかサイは《戦武装デュカルナ》で短剣をつくりだすなり逆手に握って自らの喉を衝こうとした。……。そう、衝きかかったのだが、寸でのところでセツキが自分の槍斧をサイの喉と刃物の間に割り込ませた。それは本当に一瞬以下の出来事。


 セツキの反射速度があとほんの少しでも遅ければサイは死んでいた。本気だった。それがセツキの得物の腹にぶつかった衝撃でわかったし、音ですらその衝撃の強さを物語っていた。澄んだ金属同士の奏でる音。甲高い、断末魔の叫びが如き、音。


「はあ、はあ、は……っ」


「邪魔立てするな、セツキ」


「サイ、正気ですか!?」


「いたって正常だ。己に選択できぬ事柄などあってはならない。生命とは選択である」


 本当の本当に極論で話す娘だ。たしかに生きることは選択することだ。生きるのも死ぬのも、生かすも殺すもすべては選択の果てにある結果。


 だから、それを奪われることは死ぬことに同じ。だから、奪われるくらいならば死を選び、辱めから自らを救い、気高く終わる。迷わず一瞬の躊躇もなく行ってしまおうとする辺りはさすが、としか言いようがない。


 だが、本当に悲しいことだ。自分自身の命を軽視していることもそうだが、よりにもよっての前でそれを行うことも厭わない即決さが。ぐっ、とサイの袖が引かれる。サイの無表情に気づきの色。サイがはっとして自分の袖を引く手の主を見た。


「ルィ」


「……サ、イ、今、サイ、今っ」


「……ほんの冗談だ」


「嘘、ですわ、サイ、今本気で……う、うぅあああぁっよか、サイ、セツキ、サイーっ」


 泣きそうな顔でサイの袖を引っ張っていたルィルシエがとうとう泣きだし、サイの瞳に痛みが満ちた。その瞳は今を見ていない。遠い遠い過去を見ている。


 サイが以前、一度だけうっかりで零したのだが、ルィルシエを見ているとレンを思いだすのだそうだ。似ても似つかぬのに。妹、という立ち位置にいるせいだとサイは結論していた。妹として扱われているから同じ妹であるレンを連想する。


 だから、サイはルィルシエが苦手。レンを思いださせる彼女といると、苦しい。


 ルィルシエが笑う。レンが笑っている気がする。ルィルシエが泣く。レンが泣いている気がする。気のせいで済む話なのに、どうしても気のせいにできない。それくらい深くサイはレンを愛していた。目の前で父に殺されて奪われた妹。最愛にして唯一の家族。


 レンがいればなにも要らない。そう、言っていた。だが、ここにレンはいない。だからただただ日々自分が果たすべきを果たして生きていくしかない。わかっている。なのに、シレンピ・ポウからの客たちがサイの日常を壊して殺そうとした。


 自分に取り縋って泣くルィルシエを見るサイの目には深い悲しみ。泣かせてしまったことへの後悔。サイの手から短剣が消える。同時にセツキも自身の武装を消した。


「サイ」


「うるさい。わかっている」


 もう少し考えて行動しろ、と言うより早くサイはわかっていると返した。これにセツキは呆れのため息を零しかけてやめた。サイが反省しているのはよくわかった。


 ルィルシエに泣かれてサイはいつもだったら面倒臭そうにするが、今回は自らの非を認めている。認めてルィルシエの髪を優しく撫でてあやしてやっている。


 しかし、これでは話が進まないのでファバルは通りがかりの女官に部屋まで送っていくよう頼み、娘をサイから剝がした。ルィルシエはいやがりかけたが、サイがいつものお菓子袋を持たせたことで渋々納得して女官についていった。


 菓子で釣るサイもサイだが、釣られるルィルシエもまだまだこどもだ。


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