悪魔の意地悪企み


 だから、サイは試しにまず、願うのではなく訊く、希望を訊ねるのに顔をあげさせた。


「私をここから逃がしてウッペに」


「やすい」


「この枷には特殊な」


「しょうち、している」


「ここは忍者の巣窟のような」


「……あれで、しのび? しょうし」


「……」


 どうやら、彼にとってここにいる忍は忍にあらず。なり損ない、とすら思っているのがよくわかった。ここから逃がしてくれる。ウッペに帰れる。この特殊な枷もなんとかできる。これだけ聞いて、というか言わしめて安堵しない人類はいない。


 逃げられる。そう聞いてサイは安心した。だからこそ、言った。カザオニに願った。


「私はお前に給金を払えないのは百も承知だろうが、一応言っておくし、その上でお前に願うことがある。聞いてくれるか? カザオニ。悪魔の為に在る鬼よ」


「!」


 サイの言葉にカザオニはいつだかの夕暮れに見せた嬉しそうな、本当に喜ぶような笑みを口元に少しだけ飾った。


 サイに願いが通じたことを喜ぶ。その純粋な感情表現はなんというか人間というより獣のようだ。……なるほど。忍とは獣の隣に在る者、ということか。とサイは理解した。


 理解して、ハクハたちの未熟さ、忍になり切れていない様を憐れに思った。本当に忍として人間を捨てたカザオニからしたら彼らは人間に毛が生えたようなものなのだ。


 まあ、そんなことはどうでもいいとして、サイは願いがある、叶えてほしいものがあると聞いて微動もせず、気配だけで器用に落ち着きなくそわそわしているカザオニにひとつだけ、今一番に優先しておくべき願いを口にした。


「ウッペに教えてくれ」


「?」


「私の所在をウッペに教えにいって、お使いをしてきてくれないか?」


「……な、ぜ?」


 唇だけで疑問を述べたカザオニにサイはだがいつもの無表情の瞳に意地悪な感情を揺らした。それを見つけてカザオニの紅瞳には疑問符が浮いた。サイがなにを思っているのかはかりかねているようだ。サイはくすっと、彼女らしからぬ笑い声を漏らして教えた。


「あの男、ジグスエントは私を完全に行方不明で隠した気になっている。それをぶち壊したら、どんな顔をするか、想像しただけで噴きだせる、というものだ。違うか?」


「……」


 サイの言葉にカザオニはすべて理解した。


 彼女がなぜこんなにも楽しそうなのか。ジグスエント、北方の国で最も恐ろしく切れ者である彼をだし抜こうというのだ。あたかもサイがここに囚われて意気消沈しているように見せ、ウッペにこっそり密告し、ウッペの者が来たと同時に解放を願う。


 カザオニはサイへの認識を少し改めた。もっと堅くて融通の利かない、面白みのない女戦士。本当に戦う為だけに在る悪魔だと思っていたから。だから、つい、カザオニも苦笑してしまう。サイの貴重な面白成分、悪戯心、こどもっぽさを発見して愉快になった。


 ただ、なんとなくそういうところがあるのは既知であったような気もしなくもない。


 ふたり無表情で瞳だけ笑みを含んで意思を交わしあった。そして、カザオニは消えた。まるで最初からそこになにもなかったかのように。無存在たる鬼は存在をどこかに消してサイの命を果たしに動いた。


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