遺言


 すたすたすた、と迷いのない足取りで進んでいき、部屋の奥に入っていってしばらく。戻ってきたサイはなにか、黒と朱の漆で模様が描かれた小さな箱を持ってきた。


 サイはすでに開けてみたのか、サクサクと歩いてなぜか箱をユイトキに差しだした。これにユイトキは首を傾げてサイを見るが、サイはユイトキが受け取るのを待って微動だにしない。なので、ユイトキは助けを求めてファバルやココリエを見たがふたりもわけがわからない様子。


「サイ、なにを持ってきたのだ?」


「おそらく、カグラが己に宛てたものだ、ユイトキ」


「! 聖上が、某、に……?」


おもてに己宛てと記してある。中身は自分で確認しろ」


 サイの言葉に、カグラが自分に宛ててなにかを残していたことに恐れ多さを感じているユイトキだが、ファバルに目で確認を取って頷かれたのでサイから箱を受け取る。


 ユイトキの緊張で震える指が箱を開け、中身を取りだした。あいた空箱はサイが受け取ってくれたのでユイトキは集中して中身、手紙のようなものを開いた。


「ユイトキ、私が敗れたあと、死んだならばなにも悩むことはない。すぐにウッペへの攻撃を取りやめ、ファバル王に同盟の申し入れを行え。……これ、は……?」


「カグラの遺言書か」


「ウッペへの攻撃を取りやめる……? だが、だが、勅命を果たさねば、センジュの民たちは」


「落ち着け、ユイトキ。他になにかないか? その手紙、私からは数枚重なって見えるが?」


 ファバルに指摘されてユイトキは手紙に、カグラからの遺言書に続きを見つけてひとつ深呼吸した。紙をめくって続きを読む男は蒼白な顔だったが、しっかり声をだす。


 二枚目の遺言書にはこう、記してあった。


「まず、私の後継者を伝えておく。ユイトキ、私の跡を継いでくれ。お前がセンジュを、これからの新しいセンジュをつくっていくのだ。他に適任がいない。重荷を背負わせることを許しておくれ。とりあえず最初はファバル王に指示を仰ぎ、どんな小事にも通ぜる心をつくるのだ」


「うむ。大事の前の小事だな」


「勅命のことならば心配要らない。センジュが一度でも白旗をあげてしまえば、それで代表が死ねば帝様は此度のお戯れに飽きられるだろう。感情すべて押し込めてすぐにでも、ご挨拶に伺うのだ。帝宮での礼節はファバル王かココリエ王子、もしくはセツキ武将頭がご存じだろう」


「ものすごくウッペに丸投げ感が」


「サイ、言うな。敢えて、言うな」


 ココリエの突っ込みでサイが黙った。敢えて言うな、ということはココリエもそれへ丸投げじゃん、という感想を抱いた、ということなのだろう。理解して、サイは黙ってユイトキが三枚目をめくるのを見つめた。


 三枚目にあった文字を見て、ユイトキは手紙を握ってくしゃりと顔を歪め、泣きはじめた。


 ココリエが近かったのでユイトキから手紙を失敬してさっと眺め、男に代わり、読みあげた。


「頼む。見守っている」


「やはり丸な」


「サイ、言うな。言うんじゃない」


 丸投げな気がする、と言いかけたサイに今度はファバルが釘を刺す。極太の次に太めのやつ。


 王族ふたりに続けて釘をぐさっとされたのでサイはこれに関してはどうやら自身の非常識を認めてくれた模様。他のもちゃんと認識してくれたらいいのにね。


「なるほどな。カグラ王にもよき後継者となってくれる候補者はいたわけだ。道理で覚悟を固めておられた筈だ」


「ファバル、王……っ」


「これからはそなたが民に責任を持ち、カグラ王の跡をしっかりと継ぎ、自信を持って努めよ、ユイトキ王。そなたさえ準備がよければすぐにでも同盟国として集落などに触れをだす準備をするが、いかがか?」


「……お願いし、ます、ファバル王。私などではカグラ様の後任は厳しいでしょうが、ご指導を賜りたく存じます。どうか、民の為、センジュに光を、ご助力を……」


 震える声で願うユイトキはファバルにしっかりと頭をさげる。その姿は、とても立派だった。


 民の為にこうべを垂れる王。そうそういるものではない上にユイトキはまだ若い。しかし、心根はカグラが後継者に選んだだけあり、素直で柔らかい。ファバルはよき王がひとり、また戦国に生まれたことを祝う気持ちでユイトキの肩を叩いた。承諾で同盟の締結を示す動作。


 視界の端にそれを見てサイはひとつ息を吐いた。


 これでセンジュ国は終わりを告げてはじまっていく。


 そのことになにかを思うことはない。サイの思考はそんなものに占められない。何者にもサイは縛れない。そう、たったひとり過去にいた、在った、サイが愛した大事な片割れを除いて。妹のことに想いをはせかけたサイはふと視線をあげて眼前に広がる血の海と先を見つめた。


 赤黒い海の向こうにカグラの死体が転がっている。カグラは帝の戯れに命を懸けて死んだ。それをどうこう言わない。カグラに選択肢はなかったのだから。だから、なにも言わないでおくサイだが、不意に脳に掠めたのは不思議な違和感だった。なんというか、それはとても……。


「イミフ」


 カグラの人物像と先ほど戦った時の邪悪と醜悪さがどうしても噛みあわない。変、というよりは気持ち悪いものを感じてサイは寒気を覚える。まるでカグラの肉で心だけ他人のものだったかのような異質さは想像だけで反吐がでそうな気持ち悪さだ。自分が自分でなくなるなどと。


 自己喪失とも違う。まったくの他人が憑依したかのような、心霊的気味悪さにおげぇ、となるサイだったが、押し込めて撤収準備にかかる。カグラの骸はユイトキに追いついた補佐官たちが丁重に葬った。サイたちも火葬と遺骨及び灰の埋葬を見てからウッペに引き揚げていった。


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