共闘の末に


「悪魔よ、王子への遺言は済んだか?」


「己が、この世に言い残せ、アホ」


 連続の重傷でサイの息は若干あがっているが、毒舌はいつも通り絶好調だ。サイがいまだに元気であることにカグラは苦蟲を噛み潰したような顔をしたが、すぐいやらしい笑みを皺深い顔に浮かべた。愚か者を嘲る神のような傲慢さを表情に宿し、男は再びあぶくを噴く口を開く。


「では、死ね」


「死ぬのは己だ」


 互いに相手を呪う言葉を吐いて飛びだす。カグラの薙刀、風属性で強化され研かれて神速に及んでいる突風の刃はサイの反射神経であってもなかなか躱せない超速度。


 だが、そこにはひとつ重大な欠点がある。


 カグラの振った薙刀は空を切った。一瞬早くサイは床を蹴って宙に逃れていたのだ。神速の刀を躱されたことにカグラが疑問を抱く間はない。サイのまわし蹴りが颶風を纏ってカグラに迫っていた。老戦士は寸でのところで躱す。サイの爪先が老人の顎髭の端を掠めて速度で切断。


 それだけで終わらず、サイは回転の勢いに乗ってさらに逆の足で蹴りを放つ。二段蹴りにはさすがに反応し切れず、まともに喰らったカグラの左二の腕が爆ぜたように千切られる。老王は絶叫を放ち、よろよろと後退。


 サイの脚力によって引き千切られた腕の断面は無惨。断面の肉は挽き肉となり、潰れた脂肪層が飛散し、砕けた骨がそこかしこに散らばっている。カグラの腕は完全に破壊されていた。これで薙刀の威力は確実に減、だ。


 しかし、それで攻勢を緩めるサイではない。さらに攻めの手を繰りだしていく。サイはカグラの懐深くにもぐって右から鉤突きを繰りだし、左は次に備えて拳を握る。


 サイの手足、無手であろうとも無手ではない超破壊的剛力をかなりの脅威と判断したカグラはサイの突きを躱す。距離を稼ぐ為、多少の危険は覚悟して樹木のそばにまでさがったが、サイはすぐに刀を抜いて間を置かず投擲。そのサイの向こう。老戦士の視界に飛び込む一本の矢。


 サイの刀を冷静に躱し、ココリエが放ったただの矢如き、と思って右腕を使って薙刀を振り、叩き折ろうとしたのが大きな間違い。矢は矢であってただの矢でなかった。


 サイがカグラのそばから飛び退く。サイの後退を合図に矢が変化する。ぐん、と肥大化した矢の胴体部分はやがて色づきはじめ、濃い緑となる。カグラが目を見張った瞬間、矢であったものは急速膨張し、破裂。七条の竹槍となった。鋭利な切っ先をカグラに向け、凶器が殺到。


 カグラは動けない。感覚の麻痺、ではなく物理的に動けなかった。……躱したと思っていた。


 サイの投げて寄越した刀がカグラの背に垂れていた背外套を貫き、樹木に縫いつけていた。


 息のあったふたりの連携攻撃にカグラはもはや笑うしかない。サイがギリギリまでカグラを引きつけてココリエの存在をかすませ、最後はココリエの特殊矢で仕留める。


「――」


 カグラの口が何事か紡ぐ。サイが読唇で読みといた限りは「天晴」と言ったような気がした。


 ただまあ、アレほど強烈にひとを呪っていた男の最期残す言葉が相手への賞賛であるとは思い難いのでなにかの勘違いかもしれないと思ってサイは黙っておく。


 そして、ココリエの放った矢、竹槍となった矢の立体攻撃がカグラに殺到。老戦士を串刺しにしていく。竹槍群れの向こうに消えたのでいまいち見えにくいが、なんとなく直前に見えた感じからして……。


「どういう甘さか」


「うん。そう言うと思った」


「む?」


 隠れる直前まで見ていた感じ、急所を外しているように見えたサイは素直正直感想を吐いた。


 しかし、サイのみなまで言わない指摘にココリエは予想していた、と返してサイに歩み寄る。


 これにはサイも疑問符。サイが甘えるな、と指摘するとわかっていて急所を外すとはなにかしらそうした、そのようにわざと工夫した理由があるのだろうか。


「父上の話がまだだっただろう?」


「……。どうせつまらぬ話であろう」


「王が他国の王に対話を求めるのはそれなりに理由があってそうするんだ。覚えておけ、サイ」


「私には関係ない」


 王の意図を汲むような立場にあがることなどないからと言ってサイはココリエのありがたい話と教えを無視。


 サイの無関心さにココリエは苦笑していたが、背後を振り返って父親に合図。ファバルはふたりとカグラの殺傷圏から離れた場所で息子と側近娘の戦闘を見物していた。


 ファバルの顔には微妙な感情がある。まるで、なにかよくないことを予想してしまったかのような、そんな顔でいる王はそれでもすぐに息子の戦果を讃えて笑った。


 ファバルの足が進み、カグラの下へと進む。サイはまだ警戒していたが、ファバルがやめさせた。


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