言葉の刃
悪魔であるサイが嫌う悪鬼もしくは羅刹の形相でカグラは嗤っている。愚かを嘲るのとは違う、弱さを詰るでもない。ただただ、心の底から憎しみと蔑み、謗りと嫌悪、殺意を以て嗤っているのだ。……どう考えてもいいひとではない笑みでサイをせせら笑うカグラは余裕の表情。
「私はな、弱き者たちの扇動者であろうと決めた日から書を読み、実践し、バカにされながらも《
「だから?」
「弱きを脅かす悪魔め、今こそ己の首を刎ねる時」
「イミフ」
「知る必要はない。ただ、
「己が私のなにを知っているとほざく?」
「親殺し」
「!」
傷を庇ってなんとか立とうとするサイは満身創痍に等しい状態。動けば動いただけ血が流れていくようなひどい状態だったが、守護義務に従って動き、ついでに意味不明なカグラに言い分を訊いてみた。なにか、恨みを買うような真似をした覚えはないが、あまりに殺意が露骨だ。
戦国でのなにかしら罪を想像していた。だから、サイは衝撃を受けた。どうして、と咄嗟に紡ぐこともできないくらい驚いた。どうして、カグラがサイの親殺しの罪を知っているのか。サイの罪を知っているのはサイ自身と、打ち明けたココリエ、ファバル、セツキの三人だけだ。
なのに、どうして、知っている?
「そして、なによりも深き罪は血肉と魂をわけた妹を死なせ、自分だけ命を拾った浅はかさと卑しさよ」
「っ!?」
疑問に揺れるサイにカグラはさらに畳みかけるよう追加で
予想できていなかっただけに心への負荷は乗倍でのしかかってサイの心を挽いていく。心を、大切な臓をぐちゃぐちゃにされる激痛にサイは無表情をかすかに歪めた。
「違うか、悪魔? 最愛と言いながらも結局、
「ち、違……っ、私はレンを、あのコを」
「言い訳無用! 弱きを殺めた罪を思い知れ!」
サイの否定を言い訳だと切り捨てたカグラは薙刀を振りかぶったが、その場を飛び退く。カグラのあとを追いかけるように矢が床に突き立っていく。広い部屋に広がっていく怒りと、どこから湧いてでたのか不明な樹木がカグラを逃がさないよう、輪となって室内に広がっていく。
「先から聞いていれば……」
怒りに満ち満ちた声。それはサイのすぐそばで聞こえてきた。レンを死なせた、という急所を貫かれて悲しみに呑まれかけていたサイがぼやける視界に声の主を入れる。
淡い亜麻色髪。空色の瞳。整った顔立ちの青年がサイのそばでサイを守るように立っていた。
「ひとの、サイの心に土足で踏み入るなどとよくも」
「ココ、リエ……?」
「立てるか、サイ? 大丈夫だ、そなたはもうひとりではない。アレは余と一緒に仕留めよう」
「でも、私は、私はレンを守れなか……っ」
「サイ、過去を嘆くことは自由だ。だが、今は前を向いてくれ。今、そなたのそばには余がいる。余はサイが死ぬなど考えたくない。どう考えてもルィルに怒られるし、余自身もそなたを喪いたくない。優秀で素晴らしい側近はそういるものではない。それにな、言った筈だ、サイ」
レンを喪った日のことを思いだして悲しみに呑まれかかっているサイにココリエは優しく強く言い聞かせる。
言った筈だ、とサイの記憶を揺さぶり、告げる。
「他の者はわからぬが、ひと、個々の感情は仕方ないが、余もルィルもサイのことが好きだぞ?」
「……ぁ」
「サイが死んだら悲しむ者が今、サイの目の前にいるのだぞ? それでも、もう諦めるのか?」
優しいココリエの言葉がサイの瀕死に陥った心に沁みていき、大きな傷口を塞いでいく。サイの瞳にサイの心がうつっている。ココリエはサイを信じて待った。
そして、緩慢にサイの体が動いた。懐を探り、なにか、丸薬のようなものを取りだして口に放り込み、噛み砕く。
女を優しく見守っていたココリエが水筒を差しだす。もらって中身を一気飲みしたサイは水を頭にもかける。
まるで、気合いを入れ直すかのように。
それで悪夢から目覚めようとするかのように。
そして、辛いことだけでない現実にきちんと向き直る為にサイはまばたき数回。深くひとつ息を吐いて頭をあげた女戦士の瞳には元通り強靭な意志と強さが戻っていた。
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