戦士の教え
「……けっして詫びるな。弱さなど見せるな。勇敢であった、いいやつだった、と笑って死者を讃えてみせよ」
「た、たえる……?」
「墓石に刻むは名ばかり。ひとの記憶に刻むは生前のよき姿であれば死者は幸深く思い逝ける」
死人に鞭を打つな、と言うがサイの言っていることは真逆のこと。実に単純明快で易しい。
どんなに心をこめて刻まれても所詮墓に残るのは名前だけでしかない。ひとの記憶に刻むものはだったら死者のよき姿であれば死んだ者たちは救われ、幸せに逝ける。
讃える者が多ければ多いだけ戦士の罪も重くなっていく。それでも讃える。讃え続けていく。
一度でも悔いれば死者は無駄な
永遠に消えてしまい、二度目の死を与えられる。
戦士であればとんでもない辱め。呪い恨もうとも足りない屈辱をこれでもかとつけられるに等しい。鞭、どころの話ではない。尊厳のすべてを踏みつけにするに等しい。
だから一度でも武器を取った者は共に在った者を、そして同じ戦場に生きていたすべての死者を讃える。それが敵であれ、味方であれ。区分けされることはない。同じ人間で掲げている御旗の印が違うだけだから。それぞれの正義の為に戦って散った者に区分を与えるなどと酷だ。
「……集落長を筆頭に、暮らしていたひとたちはよい者たちだった。弱い者を逃がす為に自ら肉の壁になっていた」
「ふむ。集落全体で幾人暮らしていたかは知らぬが、それでも突然の奇襲に遭っても三十人以上が生き延びたのは奇跡的だ。弱き者の為に命を投げる。なかなかできぬ」
「ああ、尊敬することしきりだ。某も、散る時は愛する者の為に散っていきたいと願っている」
「うむ。誇りに殉ぜよ。なれば自ずと叶う」
サイに教えられたまま自身が殺した者たちのことを讃えはじめたユイトキにサイはまるで何事もなかったかのように言葉を返し、もうひとつ助言した。愛する者の為に散る。戦士が思い描く夢想だが、叶えば冥利に尽きる。それに必要なものをサイは過去にあった経験でえている。
サイの瞳が揺れる。女戦士が思いだすのは六年前の降誕祭があった雪の日。あの時、サイは誇りを捨ててでもそれに愛されてみたいと思ってしまった。後悔した。ひどく、とても、果てもなく後悔して苦しくて、一晩中泣いていた。誇りを投げてしまった為に大切を失くした。
くだらない浅さでレンを喪ってしまったサイは二度とないようにと刻んだ。誇りを投げてでも欲しいものはなにもない。名声も、栄誉も、褒賞もなにもかも無意味。黄泉の国に持っていけるのは魂とそれに宿っている光と闇だけ。誇りという光。罪という闇。それだけだから……。
他に持っていけるものはなにもない。ちっぽけな命が抱えられるものには限りがある。それを誤れば、目測を誤れば途端に瓦解し、崩壊し、落ちていってすべて失くす。
「その」
「む?」
「助けの言葉をいただき感謝いたす。貴殿からの一発は死者たちよりの叱咤と思って忘れぬぞ」
「あって然るべき常識も知らぬ阿呆に最低限を叩き込むのは先達者の義務である。礼は不要」
「そういうわけにはいかない。ありがとう」
ユイトキはひとつ礼の言葉を述べて頭をさげた。サイはいつものようにイミフと瞳を揺らす。
当たり前のことをしただけでどうして感謝されるのか意味がまったくこれっぽっちも解せないサイは首を傾げている。戦国の人間たちはよくひとに感謝の意を示す。
ココリエもサイが拳術の稽古をつけてくれることにいつも感謝を述べているし、ちょっとでもよいと思って褒めるとサイの教えがいいお陰とかなんとか頭おかしいことを平然と真顔で言いやがるのでサイとしては困惑チックだったりする。どうして、そういう発想になるのだろう?
――戦国のお礼文化というのはまっこと謎である。
……。おかしい。一般常識がないサイは一般人の常識の方がよほど摩訶不思議だなどと変なひとである。戦国に限った文化でもないだろうに、お礼を言うことくらい。
ただ、サイの中ではこんなことに礼を言うのは非常識で登録されている、というのは知れた。
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