第8話 成り上がり前夜
「と言う訳でだ。戦力差はまだ分からないが、E組全員の意識を魔術戦に持っていかせなきゃならないのは分かるよな?」
「えぇ、それは勿論。……ところで、急に仕切り始めましたね」
「まぁまぁまぁまぁ、それは置いておいて」
所変わって瑞希の部屋の前から瑞希の部屋の中へ。景久の部屋と同じ間取りでありながら、小棚や小物、布団などが置かれている部屋の真ん中で対面する二人の間には、自販機で買ってきた紙パックのジュースが二つ置かれている。
「実は争奪戦やら大会やらに参加できる都合というのはあらかた揃っている。俺たちE組は授業すら放棄されている暇人の集まりだから、バイト以外の時間は丸々訓練に使えるというのもポイントだ」
「試合の日は事前に知らせておけば休みを作れますしね。遊ぶお金欲しさでやっている人が殆ど見たいですし、そんな長時間のバイトを入れてる人は居ないみたいです。ただ……」
「あぁ、言いたいことは分かる。勝てる見込みもないのに訓練に時間を費やして、遊ぶ時間を減らしたくないって奴が多いんだろ?」
損得を求める人間の心理としては当然だ。瑞希とて、入学してから景久以外を誘わなかったというわけではない。あらゆる意味で強制することも出来ない彼女からすれば、それは実に歯痒い思いだろう。
「それの解決方法は簡単ではないが単純だ。ようは勝てる見込みを見せつけてやればいい」
「でもどうするんです? 実績もない人の言葉じゃ動かないと思いますけど」
実に説得力のある疑問を口にする瑞希。目に見えない言葉よりも目に見える実績、論より証拠、不安で縮こまるものを動かすには、明確な根拠を以て、その不安を取り除かなければならないのだ。
「それも単純な話だ。実績が無ければ作ればいい」
「……?」
根拠が無いように聞こえて、やけに堂に入ったセリフに、瑞希は景久の体が不思議と大きく見えた。
「とりあえず1年E組全員を集めて話がしたいな」
「それだったら、さっちゃんに頼みましょう。あの子、クラス全員のメアド知ってますし」
マジで? そんなセリフをグッと呑み込んだ自分を褒めたくなった。扉を開けて部屋から出ていく瑞希の後を追いながら、気付かれないようにスマートフォンを取り出して電話帳を確認してみると、そこには
(なるほど、猿飛里美だからさっちゃんなのね)
瑞希の部屋である107号室を出て6部屋隔てた位置。101号室の扉をノックすると、出てきたのは金髪をサイドテールにした美少女だった。
「こんばんわ、さっちゃん」
「あっれー? みーちゃんどうしたんすか? もう寝てるかと思ったのに」
明るい口調と明るい笑顔。第一印象はギャルといったところか。無機的な美貌を持つ瑞希とは対照的に、全体的に派手な印象を受ける美貌。身長もスラリと高く、プロポーションも良いときた。
二人が並べばそれぞれ正反対の魅力が際立ち、まるでそうあるべきという意図をもって邂逅したようなイメージすら湧いてくる。
「それに最近みーちゃんお気にの間宮ちゃんまで。何々? マジでどしたの?」
「実はですね……」
瑞希はどこか嬉しそうに、景久が共に大魔闘武祭の優勝を目指してくれるようになったと語る。
「というわけなのです」
「おめでとー! ちょっと赤飯炊かなきゃ! 赤飯赤飯!」
たった一人で姦しい里美と瑞希は、両手の手のひらを合わせて喜び合う。余り出会ったことのないタイプの少女に若干腰が引けながらも、景久は二人に問いかけた。
「えぇっと……随分仲良いけど、2人は……」
「実はアタシらこう見え」
「幼馴染なのです」
合点がいった。入学してからの知り合いにしては仲が良すぎると思ったが、幼い頃からの仲なら納得だ。
「まぁ良いや。それでさ、ちょいとE組全員を今から一か所に集めてほしいんだけど。大事な話があるから」
「それはいいっすけど……間宮ちゃん、大丈夫なんすか?」
「え? 何が?」
「何がって……だって間宮ちゃん今――――」
「男子にメッチャ、ヘイト貯めてるっすよ?」
「そう言うことは先に言ってほしかったなぁっ!?」
寮一階の玄関口に集められたE組男子7人の姿を確認した途端、景久は彼らの手によって縛り上げられていた。どこから持ってきたのかギザギザした石畳の上に座らせ、更に膝の上に重石を乗せるという、昔の拷問セットがやけに怖い。
「えぇい、離せっ! 俺はこんな目に遭う謂れはねぇぞ!?」
「いいや、お前には重犯罪の疑いがかかっている」
「貴様、ここ最近緒方さんと二人っきりで何をやっている?」
「……え?」
殺気の籠った14の視線が景久を射抜く。そんな彼らに対し、親近感が沸くのは何故だろうか?
「何って……魔術の勉強……?」
「成程……」
彼らは揃って遠い目をし……次の瞬間、重石や石畳を持っている男子がそれを握り割った。
「二人で勉強デートをしたと自慢したいと言う訳か……!」
「ふざけんなボケェっ!!」
「勉強する気があんのかカスがぁっ!!」
「バ、バカな!? 一体全体どうしてそういう認識に!?」
困惑ここに極まれるといった景久に、里美は事の真相を語りだす。
「あー、間宮ちゃん。うちのクラスの男子って、殆どが彼女絶賛大募集してるんすよ」
「いや、それは俺も欲しいけど……」
「それで……みーちゃんって可愛いと思わないっすか?」
「それはまぁ……客観的に見れば」
「じゃあ間宮ちゃんは、可愛い子が男と仲良くしてたらどう思うっすか?」
「妬ましいからぶち殺すけど…………あ」
ようやく彼らの殺意の正体が分かった。これはアレだ、景久が一輝に抱いているのと同じ類のものだ。自分差し置いてなに美少女とイチャついてんだ的な、妬み100パーセントの混じりっ気の無い殺意だ。
「E組3学年でも3人しかいない貴重な女子をよくも……!」
「それもとびっきりの美少女である緒方さんをよくも毒牙に……!」
「ま、待て! それは誤解だ! お、緒方、お前も何か言ってやれ!」
「実は私……前から間宮君の事が気になってたんです」
「おーい、スコップ用意してくれ」
「場所は裏山でいいか? 土が柔らかい場所を知ってるんだよ」
「おいぃぃっ!? 俺を埋める場所まで相談し始めたぞ!?」
ひとしきりからかって満足したのか、瑞希は男子たちを諫める。
「まぁ冗談はさておき、彼とは本当に勉強してただけです。そんな色気のある話じゃありませんから離してあげてください」
「ちっ……仕方ねぇな」
「緒方さんの優しさに救われたな」
命辛々といった風に縄を解いて脱力する景久。こんな凶暴なクラスメイトを、本当に纏められるのかと不安になってくるが、とりあえず彼らの関心がどこに向かっているのかを何となく察し、元魔王は全員を見渡しながらこう告げた。
「とりあえず俺を縛った件については置いておくとして……お前ら、今のE組の待遇を向上し、上手くいけば女子ともお近づきになれる方法について――――」
『『『詳しく聞かせろ』』』
前言撤回。彼らとは何となく上手くやっていけそうだ。
「まぁ、俺が言ったことを実現しようとすれば、争奪戦、選抜戦に勝ち、大魔闘武祭の優勝が一番確実なわけだが……」
その言葉に、先ほどまで浮足立ちながら前屈みで聞きの姿勢に入っていた男子たちは、一斉に尻込みする。
「んなもん無理だろ」
「A組3学年に勝って、全国の養成学園にも勝たなきゃなんねぇんだろ?」
「俺たちは戦闘向きじゃない弱いスキル低い魔力しか持ってないからE組に居るんだぞ? そんなんでどうしろってんだよ」
不可能に対する当然のざわめきを、景久は予定調和の如くしばらく聞き入る。やがて喧噪も静まった頃を見計らって、元魔王は9人を見渡しながら堂々と告げた。
「弱いスキルに低い魔力……ねぇ。まぁ、確かにお前らのスキルは使いにくいのが多いんだろうよ。じゃあ聞くが、強いスキルってなんだ?」
「攻撃が出来たり、防御が出来たり、回復が出来たりするスキルだろ」
「そう、それが世の中の認識だ。汎用性が高いスキルと高い魔力、詠唱省略のセンスがある奴ほど強い。そいつは俺も認めるところだ。事実、全国屈指の強豪である月観川学園を始めとし、多くの異能養成学園でも同じように教えてるみたいだし、軍やプロの世界でも同じ教えだ。この教科書も使いやすいスキルの持ち主前提の戦い方ばかり書いてるし、魔術に関しては術式を暗記して詠唱省略のやり方を覚えろ! って論調だし」
景久は魔術Ⅰの教科書を掲げ――――
「こんなトイレットペーパー以下の紙ごみの通りにしてたら何時までたっても魔術戦に勝てねぇよ!」
力一杯近くのゴミ箱に叩きつけた。瞠目するE組一同の反応を無視し、景久は更に捲し立てる。
「お前らが散々自嘲してる弱いスキル……なんで発動できるか知ってる奴いるか?」
「それは……異能保持者なら魔力を放出すれば発動できるだろ?」
メガネの少年の言葉を景久は一蹴する。
「それは発動の仕方であって理屈じゃない。……魔力は一定の流れに沿って動くことで法則に干渉し、現象を引き起こす。それを技術として確立させたものを魔術と呼ぶのは知ってる奴もいるよな? 法陣術式なら魔法陣通りに魔力の流れを作ることで、発声術式なら発声によって変化が生じた体と振動する空気に魔力を流すことで魔術を発動する。中学二年生が大暴走したみたいな魔法陣を描いたり、恥ずかしい詠唱唱えなきゃならない理由がまさにそれなわけだが……じゃあスキルは何だ? 法陣術式も発声術式も無しに、ただ魔力を放出するだけでなぜ現象を引き起こせる?」
それに答えられるものはこの場に一人もいなかった。なぜならそれは、異能保持者にとって身体機能の一つのようなもの。呼吸するのと同じように当たり前の事だからだ。
「答えは単純、俺たち異能保持者の遺伝子情報そのものが魔術を発動する術式だからだ。世の中のアホはそんな事も知らず、やれ神からの送り物だの、やれ突然変異だの、間違った認識を世間に植え込み、仮にも学術書である教科書にまで原因不明何て書かれる始末。もうね、バカとしか言いようなねえわ」
呆れ果てたかのような侮蔑の嘲笑を浮かべる景久。それでもまだ足りないと更に続ける。
「魔術に関してもそうだ。どいつもこいつも攻撃、防御、回復の3つが正義で、他を知ろうとしないと一目見れば分かる戦い方。詠唱省略すれば速く発動できるから絶対的に基本詠唱に勝っているという思い上がり。低レベル過ぎると呆れ果てたわ」
物凄い勢いで世の中の異能保持者たちを罵り倒す景久。自分自身平凡な魔力、世間では弱いとされるスキル、詠唱省略が一切できないセンスしか持ち合わせていない一学生の暴言だが……今の彼には有無を言わせない覇気のようなものを発していた。
「それで話を戻すが、スキルだって要は魔術の一種。なら術式による改変が出来ると思わないか?」
その言葉は、この生まれ持ったスキルと魔力量がものをいう世界で誰も考えたことのない発想。もし公に実現すれば、世界中に激震が走るだろう。
「俺の言うことが信じられないか? ならその証明として……俺と緒方の2人だけでB組30人前後に争奪戦を挑み、完勝してやるよ」
『『『……はぁあああああああああああああっ!?』』』
そんなとんでもなく無謀なことを言い出した景久を、クラスメイト全員が正気を疑う。A組に次ぐ能力で個人個人でも実力が違う相手30人近くを、E組2人で挑むなど、どんな運に恵まれても不可能だと、全員が思い込んでいるからだ。
「俺がお前らに
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