九夏3000キロ

沢田輝

プロローグ

 田舎の爺さんは自転車で転んで足を悪くして以来、外出の頻度が下がった。

 それで家でジッとしとったんがアカンかったんやろう。

 最近どうも調子悪いって婆ちゃんから連絡があって、おとんが様子を見に行った時にはもう認知症が始まってたそうで、病院で調べてみたら脳が少し小さなっとったらしい。


 オレはまず脳が小さくなるって事に驚いた。驚いてから、もうアカンのん? と聞いたら、悪化せん限りは大丈夫やと。

 やから面倒見なアカンってんで、結局、爺ちゃんは治療用の施設、婆ちゃんは介護施設に入れることになった。親類は全員田舎から離れとるし、しゃーないわな、と思ったが、小さい時は夏の休みによく遊びに行って世話になったし、(まぁ遠い親戚には良い思い出しかないもんやろうけど)、正直その日一日は気分が落ち込んだ。


 自転車でちょっと転んだくらいで、人って儚いもんやなぁ、とリビングのソファでぼうっとしてたら、おとんが「お前も認知なったんか」と笑えん冗談を言う。

 アホか、と一蹴したら、夏に見舞いに行くからな、と取り繕ろうように言われた。


 それでもどうしても気ぃが悪いんで、

「春休み暇やし、先に一人で見舞ってくるわ」

「夏の方はどうすんねん」

「そっちも行くがな」


 行かんかった。

 その夏は、旅をすることになったから。

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