第五話 努力は必ず報われるものではない。でも、努力しなければ何も変わらない。


「さて……エステレラの住民達よ、今回の失態を詫びさせて貰う。このような男に重役を与え、好き勝手にさせていたこと。魔王として、恥ずべきことだ」


 申し訳なかった。取り出した時と同じように、大鎌を再びどこかへと消して、セトが住民達の方を向いて頭を下げた。ざわめき出す衆人。無理もない、彼は魔王なのだ。簡単に頭を下げて良い立場の人じゃない。

 それでも、セトは自分の非を認めたのだ。


「見ての通り、私は若輩者で魔王としても頼りないだろう。だが、噂にあったようなことは何もない。人間に対して不信感など抱いていない。そんな余裕は無かった、この仮面は……ただ、この顔にあった病を隠す為だけに付けていたのだ」


 改めて、真珠色の仮面を取り出してセトが語る。魔法で姿を変えられても、アトピーを隠すことは出来なかったのか。

 銀髪の魔人は強大な力を持つが、病弱な面もある。ジルの場合は感染症だったが、セトはアトピーとしてその体質に悩んでいたのだ。


「しかし、思えばこれも浅はかだったな。魔人は誰もがそうだが、特に魔王は代々その容姿が必ず話題になった。私が玉座に着けば、病のことで心無い言葉を投げつけられたかもしれない。それが、ただ怖かっただけ。そんな言葉に屈する程度では、王という重責は務まらないのに」


 セトの話に、しんと聴衆が静まり返った。そうか、魔王でもそういうことが気になっていたのか。


「病が治ってからこのことに気がつくとは、本当に恥ずかしいことだ。だから……私は二度と、仮面などには頼らない。たとえ病が再発したとしても、もう隠したりしない。これは、もう要らない。約束しよう、私はこの身に刻まれた名君のように、人間と魔族の友好と平和を護る為に全力を尽くそう」


 そう言って仮面を持った手を高く上げた、次の瞬間。まるで手品のように、仮面が粉々に砕け散ってしまった。きらきらと光る塵が、海風に乗って天へと昇る。


「……これでどうだろうか、ご老人」

「ひょ、ひょえ!?」


 不意に、セトが誰かの前に歩み寄った。明丸がその場から少し動いて、聴衆達の方を見る。


「あ、トマスさんだ」


 そういえば、あのお爺さん。散々魔王のことで文句言ってたな。何なら、本人アレクの前でも愚痴ってたし。

 ただ、今は夢のような美男子に見つめられて茹でだこみたいになっている。


「あなたのご意見はごもっともだ。弁解するつもりはない。だからこそ、これからの働きで挽回させて貰う」

「ふぁわわ!?」

「私が魔王として一人前になるまで見守って頂きたい。だからどうか、元気に長生きして欲しい」


 微笑みからのウインクばちこん! 効果は絶大だ! おじいちゃん死んじゃうかもしれない!


「ふぁ、ふぁー!?」

「キャー! セト様カッコイイ!」

「イケメンになるとは思ってたけど、まさかあの坊やが魔王さまだったなんて! 燃える展開じゃない!」

「陛下ー!! 貴方にずっと付いて行きますうぅ」

「いやぁん、魔王さまぁ? この後、あたし達のお店に寄って行きませんかぁ?」

「うーんとサービスしちゃいますよー!」


 ……若干下心がある者がちらほら居るが。魔王セトへの不信感は、これですっかり晴れたらしい。

 ていうか、人気がうなぎ上りだ。これがカリスマというやつか。


「……あのウインクも、ハルトが教えたやつにゃ。ハルトのせいで魔王さまが口汚さと人たらしのスキルをゲットしちゃったにゃ」

「うん、もう何も言わないで」


 呆然とするシナモンと、その場にしゃがんで頭を抱えるハルト。しばらくそっとしておくことにしよう。


「アキマルさん、それから皆さん。改めて、礼を言わせて欲しい。ありがとう。あなた達のお陰で自信が付いた」


 銀髪を風に靡かせながら、セトが明丸達の元に戻る。相手の顔を見るだけで赤面してしまうというのは初めての体験だ。

 イケメンって、心臓に悪いんだな! 血行はよくなりそうだけど!


「あーははは、まあ……魔王さまのお役に立てて、光栄でした」

「……あの。もう一つだけ、あなた方にお願いがあるのだが」


 もじもじ。ジョナンをひれ伏せさせた先程までの威勢はどこへやら。口調と声は変わったものの、その仕草はアレクと同じだ。


「アレクではなく、この姿の私でも……その、友達になって欲しい」

「え?」

「……駄目、だろか」


 ハルトが立ち上がって、これで何度目かの視線会議。まあ、答えは最初から決まっているのだが。


「当たり前にゃー! シナモン達はもう友達にゃん! いや、もはや親友にゃ!!」

「恐れ多いとは思うけど。今更そこだけは変えられねぇよ」

「はい。大切なお友達ですよ、セト様」

「あなたが誰であろうと、俺達は友達です。むしろ、こちらからもよろしくお願いします」

「皆さん……ありがとう」


 無邪気で、眩しい程の笑顔。うっ、イケメンの笑顔って眩しい! 失明する!

 予想外の展開ではあったけど。何はともあれ、これで一件落着か。


「……にゃ? そういえば、結局ユアの借金ってどうにゃるのにゃ?」

「あ、確かに。お金は、戻ってきましたけど」


 ハッとした。そうだ、一番大事なことを忘れていた。全然一件落着してなかった。いや、でもジョナンは死人みたいになってるし。

 どうなるんだろう。四人が視線で訴えかければ、セトがぽんと手を叩いた。


「忘れていた」

「ええ!」

「おーい、しっかりしろよ魔王さま」

「うぐ、任せるが良い! えっと……さっきの契約書は、どこにやっただろうか……ああ、あったぞ」


 あれでもない、これでもない。セトがいつの間にか自分のテリトリーにしまい込んでしまった契約書を探すこと、数十秒。

 改めて、問題の契約書が目の前に現れる。ユアの名前と、三か月前にこの手で書いた明丸のサインがあった。

 ……それにしても、あの頃はまさか三か月後にこんなことになるなんて、思わなかったな。


「ジョナンは白状したが、改めてこの契約書の真偽を確かめる必要がある。だが……内容を見る限り、そもそもユアさんが支払うべきものではないだろう。偽りであるならもちろん、これが本物だとしても、無効となるのが妥当だと私は判断する」

「そ、それでは!?」

「うむ。我が名の下に、この借金の契約は正式に取り消しとさせて貰う」


 ユア達の目の前で、セトが魔法で取り出した羽根ペンで『無効』と大きく書き記す。その下に、ちゃんと自身の名前も書き加えた。


「……じゃあ、借金は……最初から、無かった?」

「そう。気持ちの良い結末ではないだろうが、どうか納得して欲しい。それに、これは間違いなくあなた達の努力によって導かれた結果だ。あなた達四人の内、誰か一人でも居なければここまで辿り着かなかった。よく頑張ったな、皆」

「え? え? お、お店はどうすれば?」

「薬局カナリスは、今まで通りに営業を続けてくれて構わない。というより、続けてくれないと困る人が大勢居るようだぞ」


 わあ、と空気が震える程の歓声が上がる。えっと、理解が追いつかない。つまり、これは……ひょっとして。


「やった……やりましたよ、アキマルさん! 皆さん!」

「うおぉ!! 鳥肌立ったぜ!」

「にゃっほーい! シナモン達の完全勝利だにゃーん!」

「やった……ほ、本当に……」


 薬局カナリスを護れたのだ。他でもない、明丸達の努力によって。このお店を、ユアの大切な宝物を護ることが出来た。


「やっ……やったあぁー!!」


 嬉しいとも、安心したとも言える達成感。生まれて初めてこみ上げてくるような実感に、明丸は指先が震える程に全力で喜んだ。

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