クリスマスの奇跡

ゆずこしょう

12月24日、25日

12月24日

冬休みの退屈な日、世間がクリスマスイブで盛り上がる中、僕は家でひとり図書館で借りた一冊の本を読んでいた。

その本の内容は、世界中のサンタクロースにまつわる伝記や小説を集めた短編集だった。

一つ一つの話自体はつまらなく単調な物だったけど、その中の一つの話に僕は興味を惹かれた。

それは、ある女の子がペットとして飼っていたハムスターが亡くなりショックだった所、クリスマスにある方法で一週間だけの条件付きでハムスターを蘇らせ、その一週間の間に少女は生きている間には出来なかったことをしてあげるという話だ。

そんなの、創作で出来すぎた話だと思う。けれど、僕は本の通りに願い実行した。

クリスマスイブのその日の夜、僕は死んだ母親を一週間だけ生き返らせた。



12月25日

 目が覚めたのは朝の8時が過ぎだった。携帯ラジオから朝のニュースを伝えるアナウンサーの声でうっすらと瞼を開いた。

 一瞬だけ学校に遅刻すると思い飛び起きたが、冬休みだったことを思い出して目を開くと、僕の隣では茶色がかった髪が顔を覆い隠している母親の姿があった。

 もしかして、まだ夢を見ているのかも知れない。その思いはいまだにあったが、無視するように布団から出るといつものように台所に立って朝ご飯を作り始めた。

「いい匂い」

その声に振り向くと布団の中から這い出てきて、寝ぼけた表情を見せる母親の姿が。細くて白い腕で体を支えて起き上がると部屋の中を漂う匂いを嗅いている。

あきらって料理出来るんだ」

そう言って目玉焼きを作る僕の手元をのぞき込む。ふと母親から香水の匂いなのか、爽やかないい匂いがした。

「このくらいなら誰だって出来るよ」

「そうかな、私が彰と同じくらいの時には料理なんて全然できなかったけどな」

それは自分でやる状況ではなかったからではないか、と心の中で呟く。

「あれ、これって一人分?」

「え、だってお腹すくの?」

母親は「うーん」と自分のおなかの辺りをさするような仕草をした。

「多分、おなかすいてるんじゃないかな」

「そう」

幽霊になってもお腹は空くんだなと思いながら、僕は冷蔵庫の中から卵をもう一つだけ取り出してフライパンに落とした。

その間も、僕の後ろで様子を見ている母親は何か手伝いたい様子で体を揺らしている。

「お母さん、何かすることはない?」

「僕一人で出来るよ」

「そんなこと言わずにさ」

「それじゃあ、お皿を出して机の上に並べて」

「分かった」

母親は後ろの食器棚から皿を出して机に並び始めた。これじゃあどっちが親なのか分からないな。

しばらくして出来上がった料理は目玉焼き、白ご飯、それと野菜炒めに沢庵。

冷蔵庫にある物で即席で作ったがそれなりの出来栄えになった。

「おいしそうだね」

「そうかな、いつもこんな感じだけど」

「冷めないうちに食べようか」

「うん」

いただきますをして、料理を食べ始める。

目の前の椅子に誰かが座るのはいつぶりだろうか。それどころか、学校以外で誰かと食べることが新鮮な出来事だった。

「うん、美味しい。あきら料理上手だね」

そう言って、本当に美味しそうに料理を食べる姿は幼くも見える。

それからも食事中は主に母親の方から話を振ってきて、話題に尽きることは無かったが、おかげで食べるのにいつもより時間が掛かって、なんだか時間が早く感じた。

「おなか一杯、ありがとう彰。お皿は私が洗うよ」

「いいよ、自分でやるから」

「良いの良いの、こういうのはお母さんに任せなさい」

胸を張って言うことでもないだろうと思ったが、きっと強情になって変わってくれないだろうと想い仕方なく任せることにした。

けれど、数分もしない内に危ない手つきの母親の様子と自分がやらないことにもどかしさを感じて、すぐに手伝いに入る。

「ありがとうね」

そう言って泡まみれの手で僕の頭を撫でようとしてきたのを寸前で僕が避けた。

「あ、ごめんごめん」

そう言って笑う母親は、「つい」と言っていた。

そんな笑みを浮かべる母親は僕が物心を付く前に死んた。

だからか、僕には母親がいないものだと受け入れることが出来たし、それが当たり前のように思っていた。

仏壇に飾られている無邪気な笑顔を振りまく母親の姿しか知らなかったのが、今こうして幽霊となって僕の目の前に現れている。きっとそれは喜ばしいことなんだろうけど、どうにも僕には受け入れられなかった。

生き返った母親を家族と思えることは出来なかったし、それ以上に僕には家族が何なのかよく分からなかった。


12月24日

「あれ、どうして」

僕が小説の通りのやり方をした次の瞬間、目の前に現れた母親は茫然と立ち尽くして、何が起こったのか分からずに驚いていた。

それは僕も同じで、これまで遺影の写真でしか見たことがなかった母親が現れて、夢をみているのかと思った。

「あきら?」

名前を呼ばれて僕は首を縦に振った。

「大きくなったね、今何歳?」

「10歳」

「そうか、そんなに大きくなったんだ」

そう言って近づいてきて暖かくて柔らかい手で僕の頭を撫でた。

けれど、母親は僕からしてみれば初対面の人と同じで、つい視線を逸らした。

平祥子たいらしょうこ

母親の名前は仏壇の写真の裏に書いてあったから知っていたが、それ以上の事は知らなかった。

聞いた話では病気で亡くなったと聞いたけど、それも本当かどうかは分からない。

「どうして、私ここにいるのかな?」

頭を撫でる手を止めるとふと思い出すように呟いた。その様子をみると、どうやら自分が死んだことは知っているようだった。

「僕が生き返らせた」

「生き返らせたって、そんなこと出来るの?」

驚いた母親に、僕はさっきまで読んでいた小説を手渡して、この話の通りにしてみたのだと説明をした。

ここで言っておくと、僕はサンタクロースを信じてはいなかった。だから母親を生き返らせたのもサンタクロースの奇跡なんかじゃなくて、きっと偶然みたいなものだと思った。

偶然が折り重なって、母親を生き返らせることに成功した過ぎないんだろうと。

「へぇ、そういうことなんだ」

小説の一編を読み終えた母親は、本から視線を僕へと再び変えて見つめると暫くの間、何か考え事をするように瞼を閉じた。

きっと、生き返ったことに自分自身も受け入れることが難しいんだろうと思ったが、どうやらそういうことでもなかいようだった。

「私に残された時間はあと一週間ってことだよね?」

「うん、小説の通りなら。多分今年まで」

「それなら、一週間の間に今まで出来なかったお母さんらしい事をしてあげなくちゃいけないね」

そう言って再び無邪気な笑顔を向ける。

その姿は遺影の海辺で取られた笑顔の姿と重なった。



12月25日

 こうして、僕は死んだ母親を生き返らせたのだが、相変わらず家族が何をするものなのか分からず、皿を洗い終えるとこれまでと同じように借りてきた課題図書の本を読み進めていた。

母親はそんな僕の事を邪魔しないように意識してか、部屋の隅にあるテレビを一人で見ていたが、やがてそれも退屈になってきたのか近づいてくる。

「ねぇ、あきらが良かったらで良いんだけどさ。外に行ってみない?」

「寒いからやだ」

ストーブのせいで乾燥して少し掠れた声で僕は言った。

「でもさ、ほら雪が降ってるんだよ。せっかくだし遊んでみない?」

「疲れるし」

「結構、積もってるし、もしかしたら小さいかまくらも作れるんじゃない?」

そう言われて、窓の外を覗いてみると連日降っていた雪は予想よりも積もっていて、遊ぶのには十分だとは思ったが。

「本当にするの?」

「うん、遊ぼう!」

僕は母親に押しに押されて、読んでいた頁に栞を挟むとハンガーに掛かっているコートを着て外へと出た。

外に出ると雪は降っていなかったけど、冷たさが顔に刺さった。吐く息は白くて、この寒さで遊ぶつもりなのかと改めて母親の方を見てみると、どこからか引っ張り出して来た茶色のロングコートを着ていた。

「ここでは遊べないね」とアパートから少し離れた公園へと行く。

そこには雪遊びをするには十分な雪がまだ手つかずにあって、まるで白い芝生の上を歩いているようだった。

「えい」

母親は足元の雪を固めて僕に向けて投げてきた。

「ねぇ、あきらも雪で遊ぼうよ」

「手が冷たくなるし嫌だよ」

「そう言わずに、ものは試しでやってみようよ」

僕がどうするか悩んでいる間にも母親は一人で雪の上を駆け回り、雪玉を作っては投げてくる。

「はぁ」

僕は諦めて地面に積もっている雪の塊を掴んで丸めて母親に向けて投げた。

しかし、その球は母親にいとも容易く避けられて反撃を食らってしまった。

「そんなんじゃ当たらないよ」

母親は笑いながら再び雪をかき集めて雪玉を作り始めた。よくこんなに冷たいのに雪玉を作れるなと思ったとき、母親はすでに死んでいる人間なんだということに気付かされる。

 今の状況を誰かが見たらどう見えるんだろうか。本の中で紹介されていたルールによると、生き返らせた人間に与えられた猶予は一週間だけという条件の他にも、生き返らせた人間は、願った人間にしか見えないとも書いてあった。

人を生き返らせるなんて事をしているんだから、それくらいのペナルティもあって当然だろうが。今のところ僕にしか見えない母親は本当に見えているものなのだろうか、ただの幻想の可能性もある。

そうすると、僕は公園で一人で雪遊びをしている可愛そうな子どもということだ。

「どうかした?」

急に雪玉を投げるのをやめたからか母親は少し心配そうにつぶやいた。

「なんでもない」

僕は言いながら掴んでいた雪玉をその場に落とす。

母親は少し複雑そうな笑みを浮かべると、持っていた雪玉を真新しい雪の上に転がした。

「次は雪だるま作ろう?」

そう言って雪玉をどんどん転がしていき、大きくしていく。

「ほら、彰も作って大きな雪だるまにしよう」

言われて僕は仕方なく同じように雪玉を転がしていった。段々と大きくなる雪玉を転がすのは骨が折れたが、最後は母親と二人でもう一つの雪玉の上へと乗せた。

雪だるまの形を整え、木の枝を飾り付けて完成したころには、冬だと言うのに大きな汗をかいていた。

「出来たね」

「うん」

出来上がった雪だるまを見てみると僕の身長より頭一つだけ小さい。

これだけまじめに雪だるまを作ったのはもしかしたら初めてかもしれない。少し満足して、その雪だるまを眺めているとそれを見た母親が言った。

「もう一つ作ろうか」

「これだけで十分だよ」

「でも、一人だけだと寂しそうだしさ」

そう言いつつすでに雪だるまを作り始める母親の姿に呆れたが、僕も仕方なく雪だるま作りを手伝った。

それはさっきよりも大きくて、頭を乗せるのもなかなか苦労した。

「完成!」

興奮する母親を横目に、僕も疲れの中で完成させたことに少しだけ充実感を感じた。

「二つ並べると何だか親子みたいじゃない?」

「そうかな」

そう言われてみれば、二つが並んでいると親子が並んでいる姿に見えなくもないかもしれない。

雪の上で二つの雪だるまを見ていると母親が手のひらを見せて呟いた。

「さすがに寒いね」

そう言われて、僕も自分の手をみると真っ赤になっていて気が付けば感覚が無くなっているのに気づく。

僕たちは急いで家に帰った。家に入る前には服に着いた雪を落としてから濡れた靴下を脱いでストーブに赤くなった手を近づける。

「私も」

母親はそう言うと同じようにストーブから吐き出される熱に手を差し出して温まった。赤く染まった手は段々と熱を帯びていって透き通る白い色になっていく。

さっきまであれだけ寒かった体も徐々に暖かくなるのを感じるが、芯まで冷えた体はまだ寒気を感じていた。

「少しは暖かくなった?」

母親は僕の顔を覗き込むようにして聞いた。

「まだ寒い」

言いながらストーブの温度を上げようと手を伸ばした時だった。母親が、僕の後ろに回って背中から手を伸ばして抱きしめてきた。

僕は驚いてストーブに伸ばした手を止めて、後ろの母親の事を見ようとした。けれど、体勢的に喉元と顎と茶色の髪だけしか見えなかった。

「これで暖かいでしょ?」

確かに、幽霊だというのに母親に抱き疲れると心地のより暖かさに包まれていて、人ではないのに人の存在感を感じた。

温もりと呼ばれるだろうそれを、初めて実感出来た気がした。

「ねぇ、彰。私は彰の事が大好きなの」

母親は僕を抱きしめたまま呟く。なんだかドラマのワンシーンみたいだと思った。

「こうやって、彰ともう一度出会えて本当にうれしい」

一週間だけという制約の中で、僕は死んだ母親を生き返らせたが何故そんなことをしたのかは自分でもよく分からなかった。だから、ただの興味本位と自分に言い聞かせたが、本当のところはよくは分からなかった。

それから暫く、お互いに無言の時間が過ぎた。

「ねぇ、そろそろ重いからどいてくれる?」

僕はもう一度振り返って、母親の様子を見ようとした。すると、後ろから静かな寝息が聞こえてくる。

どうやら、僕を抱きかかえたまま眠ってしまったらしい。

「これじゃあ、本当にどっちが子供なんだか分からないな」

すっかり温まった体で、母親を起こさないように横にさせて毛布をかけた。

僕は母親を起こさないように静かに夕食の準備を始めたが母親は起きることはなかった。

わざわざ起こすのも申し訳ないと思い、僕は作った夕食にラップをして、起きたら食べれるようにしておくといつものように本を読んだ。

時々、母親が起きてこないかを見たが起きる様子はなかった。

雪遊びで疲れたにしても寝すぎな気がするが、僕が寝るころになってもついには起きずに、僕は静かに「おやすみ」と呟いた。

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