39 ルビノワ、改めての写真集発売疑惑に悩まされる

 ルビノワの話が始まり、いつもの様に終わった。

 残酷な記述だが、読者諸兄には、どうかご容赦の程をお願いしたい所存である。




「皆さんこんばんは、ルビノワです。今日も皆を呼んでいるので、出て来て頂きましょう。

 みんなー」

「こんばんは、毎日暑くて、洗濯物の溜まり具合に眉をひそめる幽冥牢です。

『強い日差しに照らされてしたくもない日焼けをするくらいなら、雨露に舐め倒されている方がマシさ……』

と思います」

 ルビノワ嬢の眼鏡が激しくずり落ちた。それを右手の中指でつい、と直しつつ、訊ねた。

「あ、主殿、日焼けはお嫌いですか?」

「ええ、自分が日焼けするのはね。例えば理由の一つとして

『染める髪の色に困る』

というのがあります。まず、金髪にしたとしましょう。ところがどっこいしょ、」

「椎○さんですね」

「ご名答。

 で、日焼けした途端に偽サーファー一丁上がりではないか、というザマになるのです。私はあのカラーリングが好きになれんのです。それが主な理由ですかね」

「他にも色々ある、と」

「ええ。あ、でも、あなた方女性陣が日焼けする分には全然問題無しですよ?

 病的なまでの日焼けでなければ、父さんは大歓迎だ」

「何時から私の父親に……」

「皆さんこんばんは! 朧ですよう☆

 今のお二人の会話からエキゾチックな雰囲気のルビノワさんを想像してしまい、何だか久々にドキドキしている朧委員長ですよう☆」

 幽冥牢がふと思い出した様に補足した。

「ゲームでは2Pカラーと呼ぶあれですね」

「ああ、なるほど……主殿が何故嘆かれているのか、痛い程よく分かりました」

「恐れ入ります」

 幽冥牢とルビノワが互いに、深々と頭を垂れた。

「で、今度はどんな写真集を出版されるんですかあ? ルビノワさん。

 予約受付は開始しましたか? シリアルナンバー入りですか? お求め易い価格でしょうか!?」

 両の拳を握り締め、頬を染め、碧眼を輝かせる朧。彼女をここまで熱狂させる何かが、ルビノワとの間にあったとしか思えない熱狂ぶりであった。

「そんなの出していないし、予定もなしよ! ううっ、また写真集ネタか!!」

「え……っと、」

 指折り数える彼女。

「・鑑賞用

・寂しい夜用

・保存用

・枕の下に敷いていい夢を見る用

・本物と見比べる用

 という事で、五冊絶対に必要ですねえ☆

 お値段の方は3000円以内にして頂けませんかあ? それなら私のお小遣いでも買えます。ファンの希望ですよう☆」

「ああ、でしたら俺も一冊……」

 主はほっておいて、朧のほっぺを

『みゅっ!!』

とつまむルビノワ。

「あ、あん……っ!」

 瞳を切なげに閉じて喘ぐ朧。

「喜ぶな、このおとぼけ高給取り! 無駄にお金を使っちゃ駄目でしょう?」

「ルビノワさんへの出資は無駄遣いじゃありませんよう!」

「ま、まあまあ、お二人とも」

 割って入り、なだめようとした幽冥牢に、朧による悪魔の囁きが。

「ご主人様もちょっとご自身の場合に置き換えてみて下さいよう。一生懸命に少ないお小遣いで揃えたあれこれを無造作に

『いらないもの』

ですとか、

『無駄遣い』

と称されてぼろっかすに扱われたら、どんな気分がしますかあ!?」

 幽冥牢の瞳が一瞬で怨嗟に曇った。

「なるほど、それは、ひとまず蹂躙した上で抹殺するしかない……!」

「主殿? 憎い相手への社会的地位の剥奪と殺害は計画的に!」

 幽冥牢の秘書としての心構えからなのか、反社会的なアドバイスも辞さないルビノワ。幽冥牢も一瞬頷きかけたが、反論した。

「で、ですが、個人が迷惑をかけない範囲での趣味を粗末に扱われたらば、それは最早立派な内政干渉として遺憾の意を示した後で、具体的に実力行使をするしか。

 私とて幼少のみぎりから何回持ち物を蹂躙され、闇に葬り去られた事か、思い出すだけでも魂がなけなしの良心を嘔吐してから吐血しかねん勢いでして、」

「あくまでイメージですから! 朧の言葉に流されないで!!」

「むぅ、それもそっか。はぁ……」

 幽冥牢の興味はその瞬間に完全に失われた様子で、瞳を伏せた。悔しげに朧が拳を振り上げて抗議する。

「ああん、せっかく味方が増えると思ったのに鎮火しちゃったあ!」

「雇用主をホイホイ操るな!」

「いやあ」

「褒めてません!」

 照れくさげに後ろ頭をかく幽冥牢に、ルビノワが容赦なく釘を刺す。

「駄目だったあ☆」

「次は頑張りましょうねえ☆」

「そうしまあす☆ イェーイ☆」

 謎のハイタッチを楽しげに朧とかます幽冥牢・

「何でそういう時、やたらと仲良し風なのよう!」

「何故でしょうね……?」

「不思議ですねえ」

 怪訝な表情で小首を傾げる雇用主とメイド。ルビノワは目眩を覚えながら訊ねた。

「そもそも3000円以内って何よ!?」

「この場合

『税抜き価格が3000円、もしくはそれより下』

を指します」

 真顔で応える朧。

「あら、ありがと朧ちゃん☆……って違うっ!

 そんな事が聞きたいんじゃないのようっ!!」

「ええっ、違うと仰るんですかあ!?

 ううっ、間違えちゃった……またお情けを頂けないんだわ。しくしく」

「一寸あなた」

「ルビノワさん、言いたい事が少しも分かりませんよう? 私はいつでも抱かれる覚悟は出来ているんですから、あんまりじらさないで下さいよう……」

 涙目で訴えかける朧。ルビノワはジト目を向けつつ訊ねた。

「あなたの人生は私ことルビノワの事が大きな比重を占めているの?」

「ええ、かなり大きく」

 真摯な態度と曇りのない眼差しの朧。

「わーい……」

 疲弊し切った声で万歳するルビノワ。

「シリアルナンバー入りでそのお値段ですか。ファンサービスはばっちりですね、ルビノワさん☆」

「喜ばないで……」

 穏やかな微笑を浮かべながら肩を叩く幽冥牢に、目の幅涙を滝の様に流して応えるルビノワ。

「こんばんは、沙っちゃんだ」

「皆さんご機嫌如何? るいです」

「ルビノワ殿、話は聞かせてもらった。どうか内部のふぁんである我々の為にも出してはもらえぬか、その、ぱのらまさいずの写真集とやらを」

「私からもお願い致します、ルビノワさん。私達の夜の生活のバリエーションを広げるのに一役買って頂けませんか?」

「いやいやいやいや、何故パノラマサイズなんですか? お風呂のふたにでもなさるおつもりですか?」

 衝撃に沙衛門の瞳が見開かれた。

「ややっ、それは気付かなんだ。嗚呼、何と斬新な手法。

 いつもながらルビノワ殿の頭脳には恐れ入る。はらしょー」

 サムズアップして見せる沙衛門と、その横で小さく拍手し、ルビノワに微笑むるい。

「えっ!?

……しまったー……」

『これはもう、自爆して行くスタイルなんじゃないのか』

と思わせつつも、自覚のないルビノワ。

「いつもお風呂にルビノワさんが一緒だなんて夢が一杯ですよう☆ 湯あたり決定ですよねえ。もうっ、ルビノワさんたら全人類の敵なんだからあ☆」

「孤立させるな!」

「ルビノワさん、納得の強さですね☆」

「納得しないで下さい!」

「ルビノワさんのお風呂のふたの傍で、沙衛門様に可愛がられるのですね。

『おや、どうした、るい。ルビノワ殿が見ているぞ? ふふふ』

と囁かれながら。素敵です……☆」

「むう、なるほど……俺も立ちくらみを起こしそうだ。まさに夢空間だな。長生きはするものだ」

「ホントですねえ……☆」

 それぞれが己が妄想に耽りつつの視線を向けて来るのを振り払う様に、ルビノワがシャウトした。

「何故そんな事にー! ひどいひどい!!

 主殿までアホ妄想に耽ったりして!」

「えぇ~……!? 俺は基本的に、相手に見切りを付けられるまではその人の味方ですよ?」

「ほ、ホントですか!?」

「そのつもりですが……はあ……やはり態度で示さないと駄目なんだなあ。いやはや、反省反省」

「主殿……素敵☆」

 嬉しさのあまり立ちくらみを起こすルビノワ。

 しかし。

「それに今回どっちに付いてもぼろ儲けだし。ルビノワさんをかばい切れば誉めてもらえるだろうし、逆にかばい切れず沙衛門さん達に捕まっても、両手で顔を覆ってしまう程度の目に遭わされるくらいで済むかなあ、とか」

「……前言撤回……」

 青ざめるルビノワ。

「えー!? 僕はただ褒められたかっただけなのにな……ちぇっ」

 屋内だというのに、何故か転がっていた小石を蹴る幽冥牢。

「そんな心を引き裂かれた青年風の態度で見つめても駄目です!」

「俺にとって本気と演技は紙一重の差でしかないんですよ? 今はそれで行こうと思えるかどうかの違いですから、

『基本的にいつも本気で生きている』

と言えるし、

『いつも演技である』

とも言われてしまえばそれまでですし。ちなみに今は

『本気でルビノワさんをかばいつつ様子見だ!』

という心境です」

「主殿って悪魔ですか?」

「ひどいなあ……」

「意外と策士だな、主殿」

「いや、

『皆の話を聞いていたらそのポジションが一番楽しい』

というのがポンと浮かんだだけです」

「楽しいかどうかで決めるんですかあ? 人生投げてますねえ? ご主人様」

「いや、出来る範囲で人生を楽しもうかなと。勿論みんなの事は大事です。これは本当。

 でも、時々は遊ばせてくれてもいいでしょう?」

「いつも遊んでいる様な気が……」

「『『真面目にやっているのに

『そう見えない』

と言われる事が多いと、人間こうなるよ?』

というのの見本と見て頂ければ」

 ルビノワの指摘に苦笑しながら、幽冥牢はそう言った。

「そんな事があったんですか?」

「ええ、主に以前の職場でね」

 ため息をつくと、幽冥牢は何となく、という感じで手足や首、腰の関節をほぐし始める。

「何か可哀想ですねえ」

「お気持ちだけ頂きます。ルビノワさん達や、ネットで皆と話していると、

『真面目にやっていてもいいのね』

と思えるから別にいいです。そう思っているのは忘れないで欲しいかなと。

 さて、では、

『俺はルビノワさんの味方ですよー』

という証明の為に身体を張りますので、追いかけっこで写真集を出すかどうか決めましょうか、ルビノワさん」

「結局やるんですか?」

「ああ、俺達はやる気満々だぞ。なあ、皆?」

「パノラマサイズですからね」

「元手のかからない自前の快楽には忠実でいたいですからねえ☆」

「楽しいのが好きなんでしょう?」

と、幽冥牢が訊ねると、

「勿論」

と、楽しげに朧達は声を揃えて告げた。

 幽冥牢が告げる。

「じゃあルールを。沙衛門さん達は影から出て来たり、取り囲むのはなしで。手ぶらでタッチのみ。それと、俺を捕まえても、ルビノワさんが三十分逃げ切ったら彼女の勝ち。

 それでいいですか?」

「やれやれ。自分の権利を守るしかないか。

 いいですよ、あ、ちょっと待って」

「どうなされた?」

「今日はパンプスなんです。走ると壊れるかもしれないタイプなので、裸足になります」

 ルビノワは脱いだそれを指先に引っ掛け、揺らして見せた。

「これでよし。飛んで行って落ちたこれに三人で触ってからスタートで。

 いいですか?」

「望む所だ」

「ルビノワさんのお履物……☆」

「コレクション、コレクション☆」

「では行きますよ。そーれっ!」

「あ、すげー!」

 遠投もいけるルビノワによって、スタジオの奥に孤を描いて飛んで行き、見えなくなる彼女の靴。それを足踏みして見送る追っ手の三人。明らかに楽しくてうずうずしている様子である。

 遠くで落ちる音がし、一斉に走り出す三人。

「さ、主殿! 守ってくれるんですよね? 逃げましょう!!」

「了解。では、スタート!」

 手を取り合い、二人は楽しそうに走り出した。

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