28 ルビノワ、サイトオープン一ヶ月記念日でも、やはり朧にヘッドロック
ルビノワの話が始まる。
「皆さんこんばんは、ルビノワです。
今日の関東地方は蒸しましたね。私もエアコンの利いた部屋へ逃げ込む始末でした。暑いよりは寒い方が好きです。だってほら、汗をかくと色々と透けちゃいますから……ねえ? オホン。
ああ、サマーセーターにでもしようかな、仕事着。
さて、では今日のお知らせを……」
そろそろお家芸の域に達したのではないかと思われるルビノワのまとめぶりであった。
例によって彼女の仕事終了と共に、幽冥牢達が招かれる。
「はろはろー☆
今さっき朧さんの写真修正を終えた幽冥牢です。腹減ったー」
「こんばんは! 朧委員長ですよう☆
今まで忘れていましたが『委員長』に就任してからあっという間に一ヶ月経っていたんですねえ。私もびっくりしましたー」
「沙衛門だ。そう言えばそうだな。
早いものだ。我々がこの『暁幽冥牢帖』に登場してからも大体一月経ったしな。めでたい」
そういえば、そんな名前のサイトだった(残酷)。
「こんばんは、るいです。
なら今日は皆さんでお祝いをしませんか?
『オープン1ヶ月記念パーティー』
という事でいかがでしょう」
「それはいいですね。俺もすっかり忘れていましたが、いやはや、そうなんだよなー。早いものだ。
その間、皆に輪姦されかかったり、性の奴隷にされかかったり、正気を失ったり……ホントに色々ありました」
そう告げると、感極まったのか、幽冥牢は取り出したハンカチで目元をそっと拭った。
「そうですね。私も感動してちょっと涙が……って違いますよ!
そんな事しか覚えていないんですか? 主殿」
「あっという間でもないけれども、楽しかった事として覚えているのは、大体そんな生暖かい思い出ばかりです。我が人生において、多分今が一番明るい時間だと思います。フフフ」
「ご主人様も大分壊れてしまった様で私も一安心ですよう☆」
「安心するな! 何なのよ、その心の底から安堵した表情は!?」
久々に朧にヘッドロックを掛けるルビノワ。例によって朧の腕はルビノワの腕と朧の首の間にしっかり差し込まれていた。至福の表情を浮かべる朧。
「今日はホントにいい日ですねえ☆
こんなにルビノワさんに愛してもらえて、私は世界一の幸せ者ですうっ!
何しろ、ふふふふ、む、胸の感触がたまりませんっ! 切ないよう、切ないようっ!!
ルビノワさん、私、ずっと……ずっとあなたにこうしてもらうのを待っていたんですからねえっ! ううっ」
「ヘッドロックされるのをか!
恋人を待っていた様に言うなっ! いじらしく泣かなくてよろしいっ!!」
「いいなあ……私にもそれかけて下さい。ルビノワさん」
るいが胸元に軽く握った拳を当てつつ、切なげに依頼した。
「これはこの子に対する罰なんです! 断じてサービスプレイなどではないんですよ?
そこの所、くれぐれもお間違いなき様お願い申し上げます!」
「でもでも全然効いていない様ですが。あっ、そうだわ。料金をお支払い致しますから私にもそれをやって下さいな。お幾らですか? わくわく」
「ですからサービスではないと言うのに! 一万円をちらつかせないで下さい!!」
「だってお二人とも凄くラブラブで、見ていてこちらが切なくなります。妬けちゃいます。
で、ではこれでは駄目ですか?」
『ご祝儀』と書かれた袋に二万円を入れ、深々と頭を下げながら両手で差し出するい。まるでラブレターを差し出す女の子の様な雰囲気が彼女の周囲を包んで行く。少しだけ頭を上げ、不安そうに様子を伺うるいに、ルビノワの眼鏡が激しくずり落ちた。
もし幽冥牢に商才があったとしたら、
『狼狽する眼鏡美人のベストな図はこちらです』
と沙衛門かるいの達筆な筆による宣伝文句を刻んだ立て札を置けば、見物料が取れたかもしれない。
しかし、そんな蛮勇さを発揮出来る幽冥牢はこの世界線にはいなかったのだ。
「そんな物は受け取れませんっ! そんな哀れっぽい目で見ても駄目です」
「……分かりました。ああ、いえ、仰らないで。
『私の身体も上乗せしろ』
という意味ですよね。初めてではないですけども、優しくして下さい」
いつものマフラー風のショールみたいなものを
『するっ……』
と雰囲気たっぷりに外すと、自分の首の後ろに両手を差し込み、カラスの濡れ羽色の豊かな髪をかきあげるるい。恥ずかしげな吐息をつく。
それからおもむろに頬を赤く染めながら着物の帯を解き始めた。白い肌が露わになりかけたのを見てあわててルビノワが叫んだ。
「着物を脱がれても駄目ですっ!」
「ええっ!? で、では
『着たままでないと駄目だ』
と仰るんですか?」
「いえ、行為そのものを回避したいかなと!」
「照れちゃって☆ ホントにもう、ルビノワさん、何てマニアックな方なんでしょう。
私、感服致しました」
「他の事で感服されたかったです! 何だろう、仕事とか!?」
「ああ、それは既に心得ております」
「でしたら! 何で!? 何でこうならなければならないのか!!
そこを私はるいさんに問いたい!」
「えぇ~……?
でしたら、そう、例えば、どれ程言葉を重ねようと結局は行動で評価されるのに、今ここでまさに口先三寸で
『私がそちらもいけるから』
と言えば、ルビノワさんはホイホイと納得されてしまうのですか? それは関係性としてあまりに軽薄ではないでしょうか。
『女心とマク○の空』
とも言うそうですが、それはあまりにあんまりではないでしょうか?」
物憂げな眼差しで幽冥牢が頷く。
「ありますね、そういう事。で、行動で示せば今度は
『説明不足にも程がある』
とか、
『は?』
とか言われるんですよ。はっ、やっとれんすわ」
「ああ、
『あちらもこちらもとどのつまりは彼岸の二人』
というのを、時として嫌という程突き付けられるあれよな。
男女、突き詰めれば人の相互理解の大変さ、それが築いておる社会。それそのものが、実は巨大な罠なのではないかと、時折思考に耽らざるを得ぬ」
「うんうん。
沙衛門さんには今度フランツ・カフ○の短編集をお貸ししましょう。不条理を理解している人程、諸行無常を感じつつ読める事請け合いです」
「その折にはよろしく頼もうか」
「それ程厚さはありませんが、その不条理さにため息しか出ませんので、そこだけご注意を」
「心得た」
二人はお辞儀を交わした。
「お気持ちはお察ししますけれど、ひとまずそこの二人は黙ってて下さい! それと、るいさんはアニメから離れて下さい」
「な……!?
ルビノワさんは、私に、
『生涯アニメを見るな』
と……!?」
どこからかピアノの鍵盤を激しく叩き付ける音がし、打ちひしがれた様子で、るいが唇をわななかせた。
「そうじゃないですうー! 後、何で怒られてるんだ私ー!?
私はノンケでもホイホイいける口ではないって話をしてるんですー! 個人的に阿部高○はポリシーのあるキャラとして尊重していますが、あのポジションになるつもりは毛頭ないんですー!!」
魂の叫び。それに対し、るいは穏やかに微笑して頷いた。
「女心は複雑ですものね。ルビノワさんの日々のお疲れ、私がほぐしてあげます。
理解し合いましょう? お互いのあれこれを」
「診察室でごねてる患者みたいな扱いはやめてー!?」
縁なし眼鏡の奥で瞳をうずまきにし、ルビノワの頬を目の幅涙が鉄砲水の如く伝うのも何のその、朧が付け加えた。
「そうなんですよう☆ いつもはきつい印象ながらけしからんタイトスカートスーツ姿、もしくはロングスカートながら、サイドの切れ込みも深く、着込んだブラウスシャツのボタンも挑発的に外し、谷間を強調させる。それでいて下品にならない! 更に曇りの一点もない縁なし眼鏡に、赤紫に染めた長髪、その毛先はふくらはぎを撫でようかという長さとボリュームを称えた、ポニーテール!!
嗚呼、まさに神様のくれたデザイン。それがルビノワさんの正体なんですよう~☆」
ヘッドロックの重圧もなんのその、夢見心地でルビノワの胸に優しく指を這わせる朧が言ってのけると、
「違います!」
と、ルビノワが更にシャウトしたがスルーされた。そのルビノワや朧と、およそ同じくらいの長さとよく手入れされた、こちらは黒髪をなびかせるるいが、ほう、と劣情を誘う吐息をその唇から漏らした。
その光景を見て沙衛門と幽冥牢は
『朧ちゃん、ありがとう!』
とそれぞれの呼び方で声をかけ、一礼してから両手を合わせた。
「では俺も次に並ぼう。二時間で頼む。今日はシャワーを浴びて来たから綺麗な身体だぞ」
「じゃあ、俺はお試しでお願いします。列はこちらで?」
るい、沙衛門、幽冥牢の順で一列に並ぶ。何故か大変行儀良く静かに正座し、最後尾の幽冥牢などはそれを示すプラカードすら掲げていた。
「あ、主殿まで……ええいっ、やめやめっ! 体力の無駄だわ!
とひょひょ……って皆で一斉にご祝儀袋を出して来ないで下さい!!」
「そこをどうにか取り持ってもらえぬものかなあ」
「俺も真面目にお願いしているんですけれど。伝わらないかなあ。
そうね、比喩としては
『もっとホントのあなたを僕らに見せてよ……』
ってテイでどうですかね?」
野郎二人組は色々と吹っ切れてしまった様子だった。
頼み方が紳士的である点と、一度何もかも見られてしまった点が最後の議論すべき点としてルビノワの脳裏でぶつかり合い、対消滅した。
「そんな情熱的な目で見られても私は動じませんよ!? 離して! 手を握っても駄目ですっ!!」
幽冥牢が会話パターンのひとつを叩き付ける。
「一体父さんのどこがそんなに気に入らないと言うんだね。そのー、何だ、一度家に戻って、家族でじっくり話し合おうじゃないか」
「誰なんですかあなたは!」
るいもいつの間に装着したのか、フリル付きのエプロンの胸元で指を絡ませて手を組み、懇願する。
「お母さんからもあなたにお願いするわ。帰って来て頂戴、ルビノワちゃん」
「誰か何とかしてー!」
揉めている所を背にしてカメラの前に立つ朧。
「こんな感じですがこれから私達はお祝いをします。このページがこれからも続く事を祈って。
アーメン」
そう言って瞳を閉じると、何故かオーケストラの指揮者の如く優雅に、しかしその両手を猛禽類の翼の様に大きく広げてから、早九字を切る朧だった。
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