俺の転生先が一匹の毒虫なのはおかしい件

johnsmith

1. 変身

 ある朝、俺ことグレゴール・ザムザがトラックに轢かれる夢から目覚めると、自分が異世界のベッドの上で一匹の巨大な毒虫に転生してしまっているのに気づいた。


 少し状況を整理してみよう。


 俺は甲羅のように硬い背中を下にして横たわっているようだ。頭を少し上げてみる。虫の筋肉というのは人間の筋肉と異なり中心の骨に向かってではなく、外骨格に向かって筋が伸びており、このまるでスーパーファミコンの1Pコントローラーを上下逆に持った状態でマリカーの2P側の画面しか見せてもらえないかのような倒錯した感覚には少し当惑した。


 そして何より驚いたのは、当たり前のことだが目が複眼になっている事であった。複眼と人間の目というものは、そもそも視覚情報を処理するプロセスの基本から異なるのだ、今俺は自分の体がどうなっているか確認するために首をあげようとしたのだが、よく考えたら視野角の広い複眼で体の方が視界に入ってこないということは、カマキリのように飛び出した目を持った昆虫ではなく、どちらかといえばアリやゴキブリ、ムカデのような触角などの器官によって外界の知覚を中心的に行うタイプの昆虫であることは、容易に想像できた。そもそも虫の視覚系は紫外線に寄った色相の解釈を行うので、朝日や部屋が真っ青に見えるのも、その影響だろう。


 この複眼ではある程度訓練しないとまともにものが見れそうになかった。というわけで、俺は触角を使ってみることにした。こめかみに微妙な力を入れると、今まで俺の体になかった部分がわずかに風を切っている感触がある。なるほど、或いは視覚によらない知覚というのはこういうものか、とひとり合点をいかせ、触覚で自身の体を確認してみる。ボコボコとした凹凸のある腹、腕は転生前の太さからすると、情けないくらいに細くなってしまっているが、少なくとも阿修羅像とタメを張れるくらいに本数はあるようだ。何より転生する前よりも多いのだから不平を言うのもおかしな話であろう。


 触角の感覚を考えるに、これが夢ではないことは明白であった。腕(もとい足)の方で頬をつねって見ようと試みたが、指に相当する部分が何しろ一本という構造になっているので、それはなかなかうまくいかなかった。


 まずは視覚をなんとかせねばなるまい。そう思うと、俺はまず、複眼によって結ばれた複数の像を理解する訓練から始めたのだった。


 或いは読者諸氏はこの状況に俺が絶望するのではないか、とお考えかもしれないが、前世の記憶もあるし、何よりこのサイズの昆虫が自重で潰れず存在しているということは、相当の筋肉量がある、という証であろう。

世はなべて力こそパワーである。力さえあれば生きて行く上でそう困る事はなかろう。


 俺はこれから始まる異世界での生活に、胸が踊るような心持ちであった。

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