逃亡者

 レジオルド憲兵隊第十七隊が商業都市オロステラを訪れたのは、昼と言うにはまだ早い刻限のことだった。

 長い間走り続ける馬の脚を気にかけたオルランドは、街の外壁へ馬を寄せると、全隊員に休息を取るように命じた。


 商業が盛んなオロステラの街中は、多くの人々で賑わっており、団体で行動するのは難しい。隊員はそれぞれの班に別れ、少し早めの昼食を取りに向かった。

 テオとジルドが所属する、オルランド率いる第一班には、本来ならばもう一人、フランコという隊員が所属していた。だが、彼は先の任務で怪我を負い、今は王都の治療院で療養中の身だ。隊長のオルランドが荷馬車班の代わりに街の外に残ったこともあり、テオとジルドはふたりだけで昼食を取りに街に来ていた。


「何か食べたいものはあるか?」


 食堂の店先を眺めながら歩いていたジルドが、後をついて歩くテオに尋ねた。

 商業都市と言うだけのことはあり、この街では各国の様々な料理にありつける。出店の料理を食べ歩くのも一興だ。

 香草で燻されたギニアの丸焼き、熟れた果実の甘辛いタレを絡めた串焼き、珍しい南国の木の実のジュース。

 店先に並ぶ多彩な料理を眺めては、その味を想像し、テオは生唾を呑み込んだ。

 朝食すらまともに取れずに任務に就いたのだ。空になった胃袋が、すぐにでもと食糧を欲している。


「それなら」と言いかけて、テオは口を噤んだ。護衛代わりに荷馬車に残ったオルランドのことが、不意に脳裏を過ぎる。

 ふたりで好きなものを食べて来いと言われはしたものの、隊長であるオルランドを差し置いて下っ端の自分が息抜きの食べ歩きなど、以ての外だ。

 尊敬する隊長の顔を思い浮かべ、表情を引き締めると、テオはジルドに提案した。


「ジルドさん、せっかくですから――」



***



 街道を囲んでいた背の高い草は街に近付くに連れまばらになり、外壁の側では芝生のように刈り揃えられていた。

 街の外壁に沿って植えられた木々の木陰で、オルランドは草の上に腰を下ろした。離れた木陰に停め置いた荷馬車と馬の様子を窺いながら、膝の上で頬杖をつく。気が緩んだのと同時に腹が珍妙な音を鳴らし、空腹を訴えた。


 テオとジルドを街に向かわせたのは良いものの、街の外に残る自分と荷馬車に残したマリアの昼食のことをすっかり忘れていた。残念な腹の虫が悲鳴をあげるまで、全く気付きもしなかったのだ。

 オルランドが後ろ髪を掻きながら荷馬車へと目を向けると、ちょうどマリアが幌から顔を出すのが見えた。屈託なく微笑むマリアに小さく手を振って見せると、マリアはひらりと馬車から飛び降り、オルランドの元へ駆けて来た。


「きみも空腹だったりするのかな」


 苦笑して呟けば、マリアは怪訝な表情で小首を傾げた。

 手を触れなければ言葉が伝わらないと言うのもなかなか不便なものだ。 

 オルランドが街の外に残った理由は、前回の任務から休息無しに今回の任務に就かせてしまった全ての隊員に、僅かでも休息を取らせようと考えてのことだった。

 だが、それとは別にもうひとつ理由があった。世間知らずのマリアのことだ。


 自身の特殊なちからを隠そうともしない、無邪気で馬鹿正直な彼女を、街に連れて行くことに躊躇いがあった。

 これまでのやり取りから、ある程度の事情は伝わっているはずとはいえ、万が一にでもうっかり街中で魔法を使われてしまえば任務どころではなくなってしまう。王都に召還され、彼女はたちまち軍法会議にかけられることになるだろう。

 ただでさえ任務が山積みの毎日なのだ。それだけは避けておきたかった。

 それに、オルランドの知る限り、マリアはこの国にとって害のある存在ではない。できることなら、このまま隊に同行させて、任務を終えたあとにでも、彼女の尋ね人に会わせてやりたかった。


 真剣に考えを巡らせていたオルランドだったが、その思考を遮るように、空気を読まない腹が再び間抜けな音を出した。立ったままオルランドを見下ろしていたマリアは、一瞬目を丸くしたあと、腹を抱えて笑い出した。

 

「********?」


 オルランドを指差してマリアが笑う。言葉はわからなくとも、何を言われているかは容易に想像できた。

 きまりが悪くなり、頬を若干赤らめてオルランドが顔を背けると、マリアは穏やかに微笑んで、腰に提げた布袋から何かを取り出した。マリアがオルランドに差し出したのは、日保ちするよう乾燥させた獣の肉だった。

 オルランドが呆然と瞬きを繰り返していると、マリアはもうひとつ干し肉を取り出し、一口齧ってみせた。乾燥して硬くなった肉を咀嚼しながら、食べろと言いたげにオルランドに干し肉を突き付ける。

 もごもごと口を動かすマリアと差し出された干し肉を交互に見ているうちに、オルランドは思わず吹き出してしまった。


「あぁ、ありがとう。いただくよ」


 目尻に涙を浮かべて、オルランドはマリアから干し肉を受け取った。

 草の上に並んで腰を下ろして、ふたりはたいして美味くもない干し肉をもそもそと食べた。



***



「夕刻迄には間に合いそうだな」


 最後のひとかけを口に放り込んで、オルランドは地図を確認しながら街道へ目を向けた。

 先に干し肉を食べ終えたマリアが街道の脇に立ち、遠方を望んでいた。背の高い黄金色の草むらが風に吹かれて波を打ち、マリアの朱紅い髪が風に揺れる。

 黄金色の世界に一筋の朱紅が混じる、そのコントラストが、オルランドには酷く幻想的に感じられた。


「ただいま戻りました!」


 唐突に明るい声が響く。オルランドが振り返ると、出店の串料理を両手に持ったテオとジルドが、オルランドのいる場所に向かって歩いてくるところだった。


「隊長も空腹じゃないかと思って」

「せっかくですから、ご一緒にいかがですか」


 口々にそう言って、ふたりはオルランドに串料理を差し出した。その行動が先程のマリアと重なり、オルランドは再び吹き出しそうになった。

 すんでのところで笑いを堪え、和やかに微笑むと、オルランドはマリアを呼び戻し、テオとジルドが買ってきた串料理を四人で分け合って食べた。

 珍しい料理をひとくち食べては大袈裟に感嘆の声をあげるテオに、マリアが次々に串料理を勧めていく。その様子がとても微笑ましく感じられた。

 食事を終える頃になると、テオとマリアはすっかり意気投合しており、身振り手振りで意思の疎通を図れるようになっていた。


「……テオはすごいな」

「あれも一種の才能ですね」


 ジルドと共にふたりの様子を眺めながら、オルランドは小さく溜め息を吐いた。

 精神感応能力など使わずとも初対面の相手と心を通わせることができるテオに、オルランドは僅かばかり嫉妬していた。

 常日頃から山積みになった任務のことで頭がいっぱいで、オルランドには他人に心を開く余裕などない。そんな彼のことを気難しい人物だと考える者は多く、真面目な仕事ぶりから人望は得られても、ひとりの人間として慕ってくれるものは少なかった。

 はしゃぐふたりを眺めながら、オルランドはほんのひととき、感傷に浸っていた。


 しばらくすると、街に出掛けていた他の班員がちらほらと姿を現しはじめた。

 太陽がちょうど真上に位置するこの時間に発てば、夕刻前に充分な余裕を持ってエストフィーネに到着できることだろう。

 出立の準備を促すために立ち上がり、部隊を見渡したオルランドは、街道を駆けるふたつの影を瞳で捉えて動きを止めた。


「あれは……」


 目を細め、もう一度その影を確認する。


 それはただの直感だった。

 傍の木に繋いであった手綱を握り、ひらりと愛馬に跨ると、オルランドは街道に向けて馬を走らせた。



***



 あれからどれくらい経っただろう。

 夜明け前に森を出て、逃げるように街道を馬で駆けた。焼け落ちた故郷を目にするのが恐ろしくて振り返ることすらできず、ただただ硬く目を閉じ続けた。休むことなく馬を駆るヤンの背中を、縋るように抱きしめながら。


 気がつけばすっかり陽は昇り、辺りは明るくなっていた。街道の先を行くヤンの父も徐々に馬の速度を落とし、いつしか二頭の馬は並足で街道を進んでいた。


「見えてきたよ、ほら」


 気遣うような優しい声に促され、レナは顔を上げた。ヤンの指が指し示す先に、真っ白な外壁と規則正しく立ち並ぶ樹々が見える。

 これが『街』なのだ、とレナは思った。


 レナが生まれ育った村から外へ出たのは、これが初めてのことだった。

 色々な街に出掛けてみたいと考えたことは何度もあったけれど、こんなかたちでその願いが叶うなんて。運命とはなんて残酷なものなのだろう。

 生まれて初めて見る『街』の外壁に目を向けたまま、レナは首に懸けた闇色のペンダントを握りしめた。



「ここでお別れです。お気をつけて」


 夜明け前の薄闇に覆われた森の境界で、ゼノはレナに別れを告げた。旅の目的を果たすために、これ以上の同行はできないと言って。

 既に話はついていたのか、ヤンとラウルは何も言わなかった。


「渡しそびれていましたが……」


 そう言ってゼノがレナに手渡したのは、小さく折り畳まれた紙切れだった。

 今後のためにラウルに渡して欲しいと言って、彼は闇色のペンダントをレナに託した。

 掛ける言葉もみつけられず、彼の赤い瞳をただみつめるだけのレナに、彼はそれ以上何も言わず、ひとりで街道を歩き出した。振り返ることのない彼の背中が道の果てに消えるまで、レナは街道に立ち尽くしていた。


 ゼノがくれた紙切れには、約束どおりカッテージチーズのつくりかたが書き綴られていた。手渡されたペンダントをラウルに見せたとき、この先の街に信用できる鑑定屋がいることを教わって、レナははじめてペンダントが金に変わることに気がついた。それならばせめて、手放すそのときまでと、ラウルに頼んでペンダントを預からせてもらった。

 闇色の石が湛える静かな光は何処か暖かく、レナの心に深い安息をもたらした。



 外壁のつくりがはっきりとわかるほど街に近づいた頃、前方から駆けてくる馬が目に入った。


「憲兵隊だ……」


 馬を駆る小豆色の髪の男がきっちりと着込んだ制服を見て、ヤンがぽつりと呟きを漏らす。

 ラウルとヤンの前で馬を止め、男は敬礼すると、その名を名乗った。


「レジオルド憲兵隊第十七隊隊長オルランド=ベルニだ。察するに、貴公等は東のエストフィーネ村の者ではないだろうか」


 エストフィーネ村。二度と戻ることのない故郷の名前。

 オルランドに言われるまで、ヤンもレナも自分達が暮らしていた村がそう呼ばれていることすら知らなかった。父親に連れられて様々な街を訪れた経験のあるヤンでさえ、生まれ育ったあの村が世界の全てだったのだ。

 村を守るためには憲兵隊のちからが必要だった。だが、ゼノに可能性を否定され、助けは来ないものだと諦めていた。

 その憲兵隊が今、目の前にいる。野盗の襲撃には間に合わなかったけれど、憲兵隊は村の要請に応えてくれたのだ。

 村は焼け討たれてしまったが、逃げ延びた人々がまだ残っているに違いない。憲兵隊は、きっと彼らの助けになってくれる。

 手綱をかたく握りしめ、ヤンは顔を上げた。


「村が野盗に襲われました。お願いです、村のみんなを助けてください」

「無論だ。出来得る限りの手を尽くそう」


 震える声で懇願するヤンに、オルランドは力強く頷いた。



 オルランドに連れられて街の外に待機している憲兵隊の元へ向かう途中、ふたりは東の地平線を振り返った。

 森を出てから馬で街道を駆けるあいだ、一度たりとも振り返ることができなかった故郷の村。あまりにも遠すぎて、その姿はもう目にすることすら叶わない。


 遥か遠方を望むふたりの眼から、理由もなく涙が溢れ出た。

 このとき初めて、ふたりは村を追われた現実を受け入れたのだった。



***



 何かに引き寄せられるように街道へと馬を走らせたオルランドは、しばらくすると人を乗せた二頭の馬を連れて木陰に戻ってきた。手前の馬には壮年の男性が一人、奥の馬には年若い男女二人が乗っている。

 薄汚れた衣類を身に纏った三人は憔悴しきっているようで、目元に落ちる隈からは疲労が色濃く感じられた。

 年若いふたりを乗せた馬の手綱を引いて、オルランドはテオの元へとやってきた。


「彼と話がある。ふたりを頼めるか?」


 壮年の男性を目線で指して、テオに手綱を握らせる。周囲を見渡し、離れて見守っていたマリアに歩み寄ると、オルランドはその手を握り、頭を下げた。


「我々の部隊には女性がいない。すまないが、彼女のことを頼めないだろうか」

(わたしでちからになれるなら)


 馬の背に目を向けて少年と少女の姿を確認し、マリアはふわりと微笑んだ。

 壮年の男性の元に戻るオルランドを見送って、テオとマリアはふたりを荷馬車の傍へと案内した。

 

「俺はテオ、彼女はマリアだ。隊長とおじさんの話が終わるまで、ここで休むといいよ」


 そう言って、テオは軽々と荷馬車に飛び乗る。幌の中に姿を消し、ふたたび姿を見せたテオは、抱えていた水と食料を少年と少女に分け与えた。

 長い間、何も口にしていなかったのだろう。ふたりは目の色を変え、時折噎せ返りながら水と食糧を胃袋に流し込んだ。

 落ち着きを取り戻したふたりは、テオとマリアに向き直って礼を言った。ふたりとも年の頃は十七、八くらいだろう。少年は田舎の村でよく見かける地味な服を着ていた。それに対し、少女のほうは壮年の男性や少年とは違う、不思議な服装をしていた。

 両の手脚の金属飾りと少し露出の多いその衣装は、マリアが故郷の祭りで精霊を祀って踊る際に身に纏うものによく似ていた。おそらく彼らは、祭りか儀式の最中に野盗の襲撃を受けたのだろう。


 長いあいだ馬で駆けてきた疲労のせいか、空腹が満たされ、憲兵隊に保護されたことで気が緩んだのか。しばらくすると、少年と少女は揃ってうとうとと舟を漕ぎだした。

 オルランド達の話がまだ終わりそうにないのを遠目で確認して、マリアは荷馬車から毛布を引っ張り出し、少女の肩に掛けてやった。


「ありがとう……」


 消え入りそうなか細い声で、少女が俯いたまま礼を言う。ほんの少しでも元気付けることができればと、マリアは少女の顔を覗き込み、翡翠の瞳を見開いた。


 少女の胸元で、微かな光を宿す闇色の石。

 マリアが捜し求めていた『彼』の手がかりが、其処にあった。



***



 荷馬車と馬の様子を気にかけながら、オルランドは壮年の男が語る事の経緯に耳を傾けていた。


 男の話と先ほどの少年の言葉から推測するに、三人が先の出動要請に関わっているのは間違いないだろう。野盗は既に、村を襲撃したのだ。

 これから村への救援と野盗の討伐に向かわなければならない以上、オルランドには現状をできるだけ正確に把握しておく必要があった。

 街道で野盗に襲われていた旅人を助けたことから昨夜の襲撃に至るまで、男の話を粗方聞き終えたところで、オルランドは憲兵隊の到着が遅れたことを男に詫びた。村のことも野盗のことも、できる限りの対処をすると約束して。


「この先どうするのかは貴公の判断に任せるが、必要であれば出来得る限りちからになるつもりだ。何か要望はあるだろうか」

「何もありません。私は息子と、……娘と平和に暮らせれば、それ以上のことを望むつもりはありません」


 オルランドの問いに、壮年の男は静かに、それでいて力強くそう答えた。



「隊列を組め。直ぐに発つ」


 エストフィーネ村から落ち延びてきた三人の姿がオロステラの雑踏の中へと消えるのを見届けると、オルランドはすぐさま全隊員に告げた。


 先の男の話が事実であれば、野盗は既に村の襲撃を終え、隠れ家へと戻っていることだろう。

 隠れ家の在り処が森の奥である以上、平時なら簡単に見つけることはできない。だが、あの三人は馬を連れて移動していた。街道から森にかけてその形跡が残っている今ならば、アジトの場所を割り出すことは不可能ではない。

 野盗を討つ。今がその絶好の機会に違いなかった。


 出立の準備を整えて、オルランドは足早に荷馬車へと向かう。幌に覆われた荷台の片隅で、マリアはひとりで膝を抱えていた。

 ほっそりとした肩に触れ、声をかけると、怪訝な眼差しがオルランドに向けられた。


「マリア、きみには荷馬車班と村へ向かってもらいたい」


 オルランドがそう告げると、マリアは小首を傾げ、瞳を瞬かせた。


「エストフィーネを襲った野盗の隠れ家が森の奥にあることがわかった。私は部下を連れてそこに向かわなければならない」


 先の男は、隠れ家がある森の中は、荷馬車が通れないうえに大人数での移動にも適していないと言っていた。そのため、隠れ家には少数精鋭で向かわなければならない。

 村に火を放った連中が戻ってきている可能性も高く、襲撃を受ける危険もある以上、女性であるマリアを同行させるわけにはいかなかった。

 村にも早急に救援が必要なのだ。部隊をふたつに別け、危険の少ない村に向かう部隊にマリアを同行させるべきだ、とオルランドは考えていた。

 だが、マリアはオルランドの意見を是としなかった。


(それならわたしもあなたと行く。大丈夫、森は得意だから)


 意気込みながらそう言って、オルランドがいくら説き伏せようと試みても食い下がるのをやめなかった。


「大丈夫ではない。本当に危険なんだ」

(でも、行きたいんだ)

「何故、そんなにも食い下がるんだ? きみの捜し人がいるとでも言うのか?」

(そうじゃない。でも、彼の手掛かりが……)


 言葉尻を濁して僅かばかり躊躇ったあと、マリアはオルランドに打ち明けた。

 野盗から逃げ延びてきたあの少女が彼女の捜し人と出会っている可能性が高いこと。少女が身につけていた闇色の石が『彼』の物に他ならないことを。


「それならば、尚更きみは村に行くべきだ。あの村は祭りの最中に野盗の襲撃を受けたのだから」


 尚も食い下がるマリアにオルランドは告げた。

 旅人である『彼』が村の祭りを訪れるのは珍しいことではない。先の男の話から、祭りの最中に共に捕らえられた旅人というのは十中八九マリアの捜し人だろうということを。


 情報通りであれば、彼は既に三人と共に野盗から逃げ延びている。

 野盗の隠れ家に手掛かりが残されている可能性があるならば、それと同様に、村にも手掛かりが残っている可能性が高い。


「森を調べたら必ず村に向かう。きみの捜し人の手掛かりになりそうなことがあれば、必ず伝えよう」


 一方的に約束すると、オルランドは少数の部下を連れて、森に向かって馬を走らせた。

 まだ躊躇いを消せずにいるマリアを置いて。



***



 焼け落ちた村の門をくぐり、彼は真っ直ぐに広場へと向かった。

 中央通りにあしらわれた色取り取りの花々は、村を焼いた火の手にかかることもないままに、道を美しく飾り立てていた。


 一本、また一本と花を摘みながら、彼は坂道を登る。

 赤黒く染まった石畳の広場に行き着くと、彼は倒れ伏す無数の影を避けて進み、折り重なったふたつの遺体の前で立ち止まった。

 女性の遺体の頭部を割る重い鉄の塊を、男性の遺体の喉元に光る鋭利な刃物を引き抜いて、ふたりの遺体を隣合わせに並べ、見開かれた瞼を手のひらでそっと伏せる。

 焼け爛れた広場を抜け、村の全域を見渡せる小高い丘へと登ると、彼は無言で村を見下ろし、腕に抱えていた色とりどりの花を空に向けて手放した。


 風に吹かれた花びらは蝶のように舞い踊り、静寂と灰に呑まれて眠る村に静かに降りそそいだ。


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