西野村に出た被害は甚大なものとなった。

 すぐに畑へ逃げた女子どもや老人のほとんどは死を免れたが、八名の〈鬼狩り〉が命を落としたのである。〈鬼〉の亡骸は時間が経つと黒い灰となり消えてしまうため、正確な数は判らなかったものの、おそらく三十を超えたのではないかと推測された。


 それは歴史上最悪の事件だった。もっとも多く〈鬼〉が現れたとされる「丁(当時の年号:今からおよそ百五十年前)の氾濫」でも、確認された〈鬼〉は十五に満たなかったし、死者の中に八名もの〈鬼狩り〉の名が刻まれることはなかった。


 これを機に都から〈鬼狩り〉の増員計画が持ち出され、これまでの倍近い五十名以上もの〈鬼狩り〉を常駐せねばならぬという滅茶苦茶なお触れが出た。ほとんど〈鬼〉の見られない東野村や北野村から、近いうちに新たな〈鬼狩り〉が補充されるらしい。


 それに住居を与えねばならぬということで、いよいよ西野村も規模を拡大せねばならなかった。〈闇の森〉近くに設けられた蔵の周りに、新たに十軒以上の家を建てることとなった。番匠は、中原村から多くの使いが出された。新たな白樺の木を用意する目処は、まだ立っていない。


「家を補修することはあったが、家が新しく建つなんて、一体何年ぶりなんだろう」


 ナギは、番匠がせっせと働く姿を遠目に眺めながら、隣に立ったタツゴへそれとなく尋ねた。


「さあな。私も生まれてこの方、家が建つところなど見たことがない」


 ナギはそれをさほど不思議には思わなかった。西野村はいついかなる時でも、決して変わることのない村だったから。それは遥か昔からそうなのだろうと思っていた。


「変わらぬものなどあるまいさ」


 不意にタツゴが言った。その背中が我が家に吸い込まれてゆく。ナギはそのあとを追った。


「時を経れば、なにもかも変わるのだ。西野村も、物も人も変わる。新しい時代がやって来る」


「でも、これがいい時代を迎える兆しのようには思えねぇけど」


「分からんぞ? 新時代の幕が開けるその時までは」


 タツゴはそう言い残すと、自室へと戻り戸を閉めてしまった。ナギの父親は昔からこうだった。意味深長なことを言って、核心については言明せず、自室にこもるとすぐ寝入ってしまうのだ。


 それに慣れてしまったナギも、早々に家を出てコウタのもとへと向かった。〈鬼〉の大量出現した日からかれこれ一週間ばかりが経っていたが、コウタの足はまだ完治にはほど遠かったからだ。


 ところが家を訪ねてみると、迎えに出たのはコウタその人だった。杖をついて、足には雑に包帯を巻きつけてある。どうやら歩けるようにはなったらしい。


「どうだ、驚いたかナギ? これが若さだ!」

「はあ。俺のほうが若いけどな」

「細けぇことはいいんだよ」


 軽口を叩くコウタを介助して座らせてやる。コウタはなおも馬鹿げたことをしゃべり続けている。


「あの日、〈鬼〉が出たってのに屈みこんで動かなかった女の子いたろ? 都から来たっていうあの子よ。肝が据わってていいと思わねぇか?〈鬼〉が暴れてるってのに、逃げずにおっさんを助けようとしたんだぜ?」


 都からやって来たテルは、タツゴによれば鬼流しを受けた罪人ではないらしかった。彼女は都の名門カツラギ家の息女で、カツラギ家は代々不可思議な術を使うのだという。それは陽術ようじゅつと呼ばれ、触れたものに「役割を与える」能力をもつのだとか。


〈焔〉と〈閃〉がそれぞれ同じ素材で作られているにもかかわらず、異なる力を発揮するのは、そのカツラギ家の力なのだという。


 陽術は、生き物に触れれば「治癒の役割」を与え、回復を早めることもできる。ゲンジが眠りに落ちてしまったのは、身体機能を治癒のみに特化させた代償らしい。


 しかし、テル本人によれば、彼女は術の扱いに秀でてはいないそうだ。一向に術の適性を高めることができず、長く懊悩の日々を過ごしてきたのだという。


 そこでテルは、カツラギ家に秘蔵されていた、とある文献の文言にいたく惹かれた。なんでも「対極の力との対峙」によって、陽術の適性を高めることができると。


 テルは、それを実践することにした。即ち、陽術と対の力を成す陰の存在——〈鬼〉の現れる村へ出向くことにしたのである。


 カツラギ家は、表向きテルの荒行を容認しない態度をとった。しかし彼らには、優秀な子があった。テルの弟であるエイは、姉より遥かに陽術の技に優れていたのである。


 夜半屋敷を抜け出し、〈鬼狩り〉に泣きついたテルが、タツゴとサノとともに都をあとにすることができたのは、彼女が「期待されない子ども」だったからに他ならなかった。


「そんなことより、お前はなんであの子に傷を癒してもらわなかったんだ?」


 テルの技はまだまだ未熟らしいが、自然に傷を癒すより、彼女に頼んで治してもらったほうが早く癒えるはずだ。ナギも小さな傷をテルに頼んで治してもらったが、たちまち傷が塞がってゆくので、目を瞠らずにはいられなかった。


「強く見せるために決まってんだろ」

「は……?」


 ナギは半ば呆れて言った。


「痛みに耐えて、誰の力も必要としない強い男であることを態度で示すんだ」


「そんな不可解な態度をとるより、素直に頼ったほうがあの子のためになるんじゃないか? あの子は修行をしに来てるんだぜ」


 そこでコウタがはっとなにかに気付いたような素振りを見せ、口許を手で覆った。


「なる、ほどな……」


 ナギは大仰に嘆息を漏らした。

 ところが友人に呆れられていることなどお構いなしに、コウタは荒々しく膝を叩いた。


「今からテルちゃんのところに行って、治してもらってくる!」


 そう言って、気ばかりが逸り立ち上がろうとしたコウタは、痛みに悶絶し、後に泣きながらテルの治療を受けたのであった。


                   ☯☯☯


「ウチの野菜はちっとも芽が出ませんね」


 サノは、柵で仕切られた他の畑とミヨの畑とを見比べながら、額の汗を拭ったミヨに言った。他の畑には芽どころか葉が茂っているのに、ミヨの畑だけは綺麗に畝が整えられているだけで、緑は見えなかった。


「仕方ないのよ。ウチのは出る時季が違うの」

「なるほど。そういうことですか」


 サノは土の上に水を撒いてやりながら、胸を撫で下ろした。


「ええ。ウチの育てているのは冬になってようやく収穫できるくらいに大きくなるの。芽くらいはそろそろ出てくるでしょう」


「そうなんですか。楽しみですねぇ」


「ええ、楽しみね」


 そう言ったミヨの顔は、仏のような慈愛に満ちていた。サノの胸にちくりと痛みがはしる。


 あの日、ミヨはサノに「逃げろ」と言った。本当はテルを救うべきだと解っていただろう。だが彼女は、なによりもサノの身を案じてくれたのだ。


 サノはその言葉を裏切った。そしてもし、ナギが来てくれなければ、間違いなく消えていた。〈鬼〉に殺された者は、命だけでなく肉体をも失うことになる。


 運がよかった。


 そして自分は、こうしてミヨと畑に立っているほうが性に合っている。重い刀を振り回し、〈鬼〉と戦うなんてまっぴらごめんだ。もう死の恐怖を味わいたくなどない。たとえ罪の意識が一生この心を苛むのだとしても、あの恐怖には抗いがたかった。


 けれど——。


「あら、サノ! 芽が一つ出てるわ!」


 ミヨが子どものような無邪気さで手招きをしている。その足許にひょっこりと米粒と同じくらいの緑が顔を出していた。一度見てしまえば、その命は実際の大きさよりも遥かに大きく見える。


「かわいいですねぇ」


 かわいい。愛おしい。ありがたい。


 サノは気付いていた。本当は自分がどうあるべきか。どうあることが正しいことなのか。


〈鬼〉に立ち向かっていったあのとき、死を実感するのと同時に、啓示めいた予感がサノの胸を打った。


 だからあの瞬間だけは、死を恐れずにいられた。ただ死は傍らにあり、息をすることと同じくらいその身に寄り添っていた。にもかかわらず、サノは自分がことを知ったのだった。


「……奥方」


 サノは小さく頭を下げた。視線の先に小さな、それはそれは小さな芽があった。爪先を擦っただけで死んでしまうような儚い命だ。いつ死ぬとも分からぬ朧な命だ。


「オレはこれから奥方をたくさん不安にさせると思います」


 ミヨは優しい人だ。ナギもタツゴも、そうだ。だからこそ、彼らが本当の愛情で自分に接してくれていることくらい、頭を使うのが苦手なサノにも分かる。


「だけど、許していただきてぇ。オレはようやく自分のすべきことを見つけました」


 さらに深く腰を折った。他のどんなことが許されなくとも、これだけは許しが欲しかった。他の誰でもない彼女の許しが。


「頭を上げなさい、サノ」


 その声音があまりに柔らかで、祓川のせせらぎよりも、春を告げるウグイスの囀りよりも美しかったものだから、サノは許しを得るまで決してあげまいと思っていた頭をあっさりと上げてしまっていた。

 ミヨはこの上なく優しげな目で、こちらを見ていた。その肩にいただくのは透き通るような浅葱色の空だった。


「許すなんてとんでもありません。あなたのしたいことは、あなたが決めればいいのよ、サノ。たとえそれがどんな道でも、あなたが自分に嘘をつかず決めた道なのなら。私に言えることなんてなにもあるはずがないでしょう」


 サノは思わずその場に膝をつきそうになった。小さな芽がなければ、実際そうしていただろう。視界が割れ、肩が震えていた。喉が焼けるように熱かった。


 今まで誰が、こんなにも優しい言葉をくれただろう。

 まして自分は罪人なのに。助けられる者を見捨てた、最低の人間なのに。


「サノ、あなたは私に心配をかけていいの。沢山、うんと沢山かけていいのよ。愛して、愛しているから、あなたへの心配が生まれるのだもの」


 首の辺りがこそばゆかった。ミヨの髪の感触だ。肩の後ろに回された手が温かい。額に当たる肌の温もりが愛おしい。


『お前は娼館で生まれたんだ』


 いつかお頭がそう言っていた。だからサノに母親はいなかった。いなくてもいいと思ってきた。母の温もりがなくとも、サノには頼りになるお頭がいたし、気の良い「仲間たち」がいたのだから。


 けれど、母親に抱かれる赤子を見る度、母親に手を引かれる子どもを見る度、サノは冷たくなってゆく心をどうすることもできなかった。時に妬み嫉みに胸を焼かれるのは、耐え難い苦しみだった。


 今、そんな思いの数々が泡のように弾けて消えてゆく。


 嗚咽を堪えきれなかった。

 村人たちがこちらを見ている。泣いているところを見られるのは恥ずかしい。


 だからと言って、どうすることもできない。泣きやむことも、ミヨから離れることもできず、サノはいつまでも子どものように泣き続けた。


                   ☯☯☯


 外へ出ると、冷たい風が肌を強張らせた。空はまだ薄暗く、東の方角だけが薄らと白み始めている。門衛を務める〈鬼狩り〉たちは、そろそろ交代の時間だ。若い〈鬼狩り〉——コウタが欠伸をして、もう一方の年嵩の〈鬼狩り〉がその頭を小突いた。


 ナギは二人に「おはよう」と声をかけ、道場へ向かった。


「えっ……!」


 道場の扉を開けてみて驚いた。普段なら、決していないはずの男がそこにいたからだ。


 サノが目を瞑り、姿勢を正し座しているではないか。


 寝室はサノと同室だが、まだ外は薄暗いし、そもそもろくにサノの様子など確認していなかった。まさかサノが自分よりも先に起きて道場にいるなどとは思ってもみなかったのだ。


「ど、どうしたんだ、サノ?」


 声をかけられたサノは薄目をひらいて「おはよう」と言い、前に腰かけるよう勧めた。

 ナギは、普段のサノの臆した様子がないのを怪訝に思いながら、正面に座した。

 そこでようやく気付いたのは、サノの傍らに木刀が置かれていることだった。ナギはますます訝しんだ。

 サノが、ゆっくりと頭を下げた。またも「えっ」と声が漏れたのを咄嗟に呑み込む。


「ナギ。オレに剣を教えていただきてぇ」

「なんだってっ?」


 驚きで声が裏返った。


 臆病で特段腕っぷしが強いわけでもないサノが剣を?

 夢でも見ているのだろうか。


「剣を教えていただきてぇ」


 サノは繰り返した。その声音は鋼のように硬く、揺らぐことがなかった。ナギは息を呑んで、サノを見た。


「まあ、待て。とりあえず頭を上げてくれよ」


 言うと、サノがゆっくりと面を上げた。その目に不安が揺れていた。けれど不安の中に強い芯のようなものが通っているのを、ナギはたしかに見て取った。


 覚悟だ。覚悟が宿っている。

 ナギはサノの心情を斟酌し、姿勢を改めた。


「どうして剣を教えて欲しいんだ?」

「〈鬼狩り〉になるために」


 答えは驚くほど早く返された。生半な覚悟でこのように早く、重い一言を口にするのは難しい。本気なのだ。


「それがどういう意味か解って言ってるのか?」


 ナギはいつになく厳しい口調で言った。


〈鬼狩り〉とは、制度の上では容易くとも、容易い心持ちでなれるものではない。安易な選択は身を滅ぼすことになるだけだ。まだ十八のナギでも、選択を誤り、〈鬼狩り〉の生き方を軽んじ死んでいった者を何人も見てきた。自分自身、心の甘さから死にかけたことなど、両手の指をすべて折っても足りない。


「言うまでもないことだが、〈鬼狩り〉は危険な務めだ。この村にいることと、〈鬼狩り〉としてあることは、まるで違う意味を持ってる。お前はそれを理解してるのか?」


 短い沈黙の後、サノが口を開く。


「……理解してると言えば嘘になる。オレはまだ〈鬼狩り〉を軽んじてるのかもしれねぇ。それ故にあっさりと命を落とすかもしれねぇ。だけどオレは、やっと自分が正しく生きるための道を見つけた」


「それが〈鬼狩り〉になることなのか?」


 深い頷きが返ってきた。


 どうやらサノの意志は固いようだ。真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に、他の〈鬼狩り〉たちとも劣らない強い輝きが見て取れる。


 しかし、サノは今や家族だ。自分の弟のようなものなのだ。死なせるわけにはいかない。ナミのように喪うわけには。

 それでも——サノの目を見ていると、ナギは厳しいことを口にできなかった。辛辣な言葉はいくらでも思い浮かんだが、サノの決意を砕き、踏みにじる言葉は口にすべきでないと解っていた。


 サノがこうして頼みごとをするのは初めてのことだ。こんなにも真っ直ぐに自分を見てくるのも初めてのことだ。


 ナギは迷った。なにを言うべきか。止めるべきか、止めざるべきか。


 長い時が流れた。欄間から光が射しこみ、鳥の囀りが聞こえた。


「じゃあ最後に一つだけ聞こう」


 浅く息を吐き、ナギはタツゴとミヨの姿を頭の中に思い描いた。


「お前に、家族を悲しませる覚悟はあるか」


 その時、目に見えてサノの双眸が揺れた。きっとサノも自分と同じ二人を思い描いたことだろう。ナギ自身、このことを思うたび胸が苦しくなる。ミヨに心配をかけさせてしまう自分の情けなさに、何度、血を呑むような思いを味わってきたことか。


 しかしその覚悟があったからこそ、ナギは死地に飛びこんでゆくができた。

 口では「復讐のため」と言いながら、心の端からそれを切り捨てることはできなかったのだ。


 長い沈黙があった。


 やがてサノがゆっくりと目を閉じ、開いた。

 そこに炎が揺れていた。あの夜の炎が。


「ある。その人が悲しんでいられるように、オレは〈鬼狩り〉になる」

「悲しんでいられるように?」


 ナギは意外に見返した。


「人は生きてるから悲しむんだ。その人が悲しむってことは、オレが死んじまっても、その人が生き残るってことさ。生きてりゃ悲しみも乗り越えられるときが来る。ナギだって、ナミさんの死を乗り越えて、今日まで生きてきたんだろう?」


「……」


 ナギは言葉を失った。


 ナミの悲しみを乗り越えて俺は生きてきた?


 違う。自分はずっと復讐を糧に生きてきたのだ。悲しみを払拭できず、その黒々とした思いだけを抱えて生きてきたのだ。いつか、いつか憎き〈鬼〉どもを——。


 どうするつもりだったというのだ……?


 ナミの命を奪った〈鬼〉は、もうどこにもいないというのに。ナミを殺した罪は、他の〈鬼〉にはないというのに。


 自分はなにを果たすつもりだった? 復讐だけが自分を生かしてきたのではないのか?


 ナギが当惑していると、サノはさらにこんなことを言った。


「タツゴ殿に頼むこともできたんだ、〈鬼狩り〉になること。だけど、オレはナギから許しが欲しかったし、ナギの〝護る剣〟を教えて欲しかった」


「護る剣?」


「ナギはいつもオレを護ってくれたじゃねぇか」


 違う。自分の剣は復讐の剣だ。そんな誇り高い剣ではない。憎しみと怒りを塗りたくった穢れた血の剣なのだ。


 しかしあのときの、四人を背に戦った意志を、穢れていたと言えるだろうか。


 ミヨに不安をかけまいと生きてきた日々を。タツゴに負かされ、強くなろうとした日々を。今は亡きナミのもとで、コウタともに手を合わせた日々を。


 穢れていたと、復讐のためだったと言えるだろうか。


「護る剣……」


 思い出す。熱くなった身体。漲った力。仲間を傷つけまいと立った意志。


「……そうか」


 ようやく得心が入った。


 サノも同じ気持ちだったのだと。

 遮二無二刀を振るったあの瞬間、サノの胸にも同じものが宿っていたのだと。


 ナギはゆっくりと立ち上がった。そしてサノへ踵を返した。


「ナギ……」


 弱々しい言葉が漏れて聞こえた。サノは落胆したように俯き、動こうとしなかった。

 ナギはそんな義弟の姿を肩越しに認め、決然として言った。


「立て、サノ」


 道場に用意された木刀を一つ手に取り、振り返る。睨みつけるようにサノを見る。相手は〈鬼〉だ。憎き〈鬼〉だ。人を殺す邪悪だ。


 そしてこの背が負っているのは、喪われていった志と、今守るべき命だ。


「俺はまだまだ未熟だ。これから教えることが正しいことばかりとも限らない。だが剣を知りたいなら、俺の知ってることを全部お前に叩きこんでやる。立て、サノ!」


 その時、タツゴが道場の扉を開いた。


「はいっ!」


 威勢よいサノの叫びが外にまで突き抜けてゆく。


 目を丸くしたタツゴに一瞥を寄越すこともなく、二人は向かい合った。それから間もなくして、はっしと木刀同士が打ち合い、風を斬る音と呻き声とが続いた。

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