第99話 小さな失敗

最近、人気だという駅前のスイーツ店で、看板メニューのパフェを2つ頼んだ。


向かいの椅子に座っている時末さんのお姉さんが、最近あったことを楽しそうに話す。


話題も、いつだって明るいものばかりだ。合コンに行った時の話や、海でナンパされた時の話。大学生である彼女の、屈託のない輝かしい世界。


私は、彼女の綺麗な容姿と堂々とした性格だけでなく、深い闇が存在しないような場所にいることが羨ましかった。


「結衣ちゃん、どうした?」


話を一通り終えると、彼女が心配そうな顔で私を見つめた。突然だったから、私は誤魔化すことができなかった。暗い表情を貫くことにする。


「私は…」


「ん?」


「私は、お姉さんのように明るい人になれるでしょうか?」


考える余地がなかった。『明るい人』という響きが幼稚に聞こえたから言葉を選びなおしたいし、彼女の質問の答えになっていないのが申し訳ない。


案の定、回答に困った彼女は逡巡したが、思いのほか早く答えた。


毎日が楽しいの。綺麗な唇を動かして透き通るような声を発する。


「私は、今生きてる毎日が楽しくてたまらないの。もちろん、暗い過去もあるし、未来のことだって不安になることもあるけど…」


そう言い切ると、彼女は再び逡巡した。そして、私に問いかける。


「例えば、結衣ちゃんは、何か達成したい目標ってある?」


達成したい目標。私にとっては日常的なものだ。


「はい、あります。昔は、大きな目標も」


「それって、どんな? あっ、言いたくないなら言わないでいいからね!」


他人を気遣う彼女の顔を初めて見たから、失礼ながら驚いた。


「私は、今は勉強でトップになること、バイトで一番できる人になりたいです。昔は、陸上部で全国大会に…」


言いかけると、胸のあたりが苦しくなった。また、あの幻聴が聞こえそうだ。あいつのせいで。


そう答えると、彼女は目を見開いていた。すごいよ、と興奮したように見える。


「すごいよ、結衣ちゃん」


「いえいえ、こんなの、ただの目標ですから…」


「それでも、大きな目標を立てられる人はすごい。あと、バカな私の、なんとなくの勘なんだけど、いつか結衣ちゃんは大物になるね!」


声を大にして言うものだから、周りの視線がこちらに向く。私は、恥ずかしいと思いながらも、姉弟だな、と思いおかしくて笑った。


「そうやって、大きな目標を決めて努力するのは大事だよ。でも」


彼女は続きを言ってもいいのかどうか迷いながらも、言い切る。


「今を大事にすることも忘れないで」


今、という言葉に反応してしまう。


「いつか来る将来に向けて努力するのは本当にすごいし、尊敬する。でも、そのいつかの前の今日も、同じくらいに大事にしてほしいの」


私は、と続ける彼女の身体に力が入って震えている。こんな姿を見るのは初めてだ。


「4年前に大学受験に追われてる時は、以前まで遊んでた友達との付き合いを断ち切って、みんなよりいい大学に行こうと、そればっかり考えて勉強してた」


「なにが、言いたいんですか?」


私の身体も強張った。これから何を言われるか、だいたい分かっていたから。


「志望校には無事に合格。上位の成績で、私は満足した。それでも、どこか寂しかった」


早く注文したパフェが来てほしい。私はそう思ったが、なかなか来る気配がない。


「家族以外、誰も祝ってくれる友達がいなかったから。両親や隆太が祝ってくれたのは本当に嬉しかった。でも、身内以外は誰も私のことなんて見てなかった。今まで昼ご飯を食べたり教室移動をしていた子たちも。もちろん、家族にすら祝われない人の方が圧倒的に苦しいかもしれないけど、そういう友達がいないのもどこか寂しい。家族の優しさがあるからこそ、そういう小さな寂しさが余計に苦しいのかも」


年上の女性が、自身の暗い過去を思い出すたびに息苦しそうな顔をするのは、見るに耐えなかった。


それでも、彼女はすぐに私の方を向き、思いをぶつけるように私を見た。


「だから、結衣ちゃんも、今を大事にしてほしいの。『今』を犠牲にした『未来』じゃなくて、『今』と一緒に歩いてほしい。私みたいに、後悔して欲しくないから」


大成功した世界に残る小さな失敗は、意外と気になるものよ。

彼女は、苦笑して私にそう言った。



大変お待たせしました、と店員さんが、二つの甘そうなタワーをテーブルに置く。


さっ、溶けないうちに食べましょ! と、彼女は自分の頬を両手で軽く叩き、手元に置かれたロングスプーンを手にして、まずはてっぺんにあるバニラアイスの一部をすくい取った。

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