第91話 反応
亀井さんに彼女が出来たことに、私はショックを受けていた。
私から見たあの人も、彼から見た私も、お互いに過去の人なのに、そのショックは案外にも大きいものだった。
自分の環境を守るために、人を裏切っておいて、実にムシのいい話だ。私は当然の報いを受けているのに、それを甘んじて受け入れない。無神経に期待までしてしまった。
その一方で、時末さんが私に後ろめたさのような態度で接するのは、どうしてだろう。自分の親友が、こんな最低な女に騙されていたのだから、むしろ糾弾して然るべきなのに、彼はそれをしない。
だから気になるのだ。明らかに非があるのは私であるにも関わらず、時末さんが私を気遣うように接することに疑問を持つ。
1つだけ、引っかかることがあるとしたら、中学時代に男子の先輩に聞いたあの言葉。
何か得体のしれないものに、心を操作されてるみたいで、気持ち悪かった。
中学生が真剣になってあんなことを言うなんて馬鹿馬鹿しいと思う一方で、もしかしたら本当にそうなのだろうか、亀井さんには何か特別な力があるのだろうか、ありえないはずなのに無意識に想像していた。
そういえば、時末さんが時折、幽霊でも見えているかのようにピクッと身体を動かす瞬間がある。本当はもっと大きな反応をしたいけど、周りの視線があるからそれを我慢するように控えめに微かな動きをするのを何度か見かけた。
特に4月はその機会が多かった気がする。5月にも何度かあったが、やはり4月が。時末さんの反応は、時々来るその見えない『何か』に慣れたかのように、次第に動きが小さくなった。そのせいで6月は、反応が見えないのかもしれない。というより、私が彼と会う機会なんて少ない方だから、目撃することもそれに比例して少ないのだろう。
7月。2週間ぶりに私とシフトが重なった彼は、どこか嬉しそうだった。「よお」と挨拶する声のトーンが普段より少し高い。
ここ最近、嬉しいことでもあったのだろうか。6月のあの日と比べるとやけに元気なものだから思わずクスッと笑ってしまった。
なんだよ、と今までの遠慮する声とは全く違う、他のスタッフと接する時のような砕けた口調と初めて対面した。
「だって、なんか楽しそうだったから。何かあったんですか?」
「いや、別に。なんもないよ」
怪しい、と上目遣いで覗き込むが、彼は笑って誤魔化しただけでそれ以上は何も言わずに更衣室へ向かった。
私もよく聞くロックバンドの曲を、鼻大柄な金髪の男が鼻歌で歌う様子は、見ていてやはり楽しそうだった。
そして、ほんの一瞬だが、亀井さんに彼女ができたことがどうでも良くなった、気がした。
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