第58話 今すぐにでも
「とりあえず」
「そのチカラが本当だったら、感謝しなきゃね。ありがと」
『ありがと』
私は、彼に感謝した。
だから、思い切って映画を観に行こうと誘った。行けると確信していたから、断られた時のショックは大きかった。
お礼を言ったら、『魅了』出来るのではなかったのか。高校2年生であることは彼から聞いていた。条件は揃ったのに。単なる偶然で、私に『チカラ』なんてものは最初から存在しなかったのか。
彼みたいな特別な『チカラ』を持つ人には効力がないのかもしれない。私の『チカラ』に気付けるはずもないから、それを『拒絶』することはまずない。
でも、彼がもし私の気持ちを100%の意思で『拒絶』したのなら、今ごろは失意のどん底に突き落とされたような気分だっただろうな。
結果として、私の『チカラ』は無効だった。
しかし、その反面、私は安堵していた。
相手を『魅了』した約3ヶ月後には、私は呆れられるから。
友永の時みたいに、あんなふうに傷つかなくていいから。
映画を断られてから、彼が八百屋に来なくなった。
私のせいで、お母さんと楽しく話す機会を彼から奪ってしまうことを考えると、申し訳なくなってくる。お母さんにも、彼を心配させてしまった。
「ねえ、昨日のドラマ観た〜?」
「観た観た、面白かったね〜」
同じような光景を何度も眺めるようなつまらない日常が帰ってきた。休み時間、独りぼっちで席に座る私の近くで、楽しそうに話す女子たち。その教室の隅でふざけあう男子たち。
亀井さん…。
しばらくして、クラスの人たちが、声を止めて私を見つめ始めた。教室の全員が興味の眼差しで、視線を私の方に向ける。
それに関して、私は驚かなかった。それには、ちゃんとした理由があるから。
私は、思いっきり涙を流して泣いていたからだ。肩を震わせて、嗚咽交じりの息を漏らす。
大粒の涙をぽとぽと落としながら、思ったことはたった1つ。
今すぐにでも、亀井さんに、会いたかった。
頭の中で、それを言葉にすると、切なくて、寂しくて、やるせなくて、たまらなかった。
机の上に、点々と出来上がる、小さな水たまり。
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