第32話 暗闇で

結局、亀井くんの教室には行けなかった。彼だって、もう私のことを嫌いになったから、来て欲しくなかったに違いない。


「今日は、6組の彼のところに行かないの?」


最近、亀井くんの教室に行ってから、クラスの目立つ女子たちから、よく声をかけられるようになった。


4月の初めの頃も、「藤田さんかわいいね」とか「好きな人いるの?」とか、中身の薄い会話で私に話しかけていた。話題が尽きたのか、スカした態度を取り続ける私に飽きたのか、彼女たちはいつの間にか私に話しかけて来なくなった。


私は、そんな彼女たちを、うざいと思っていたし、軽蔑していた。


平均よりも少しだけ容姿が良いだけなのに、自分たちが周りより偉いと思っているところ。私のような根暗な人間に話しかける時の、「可哀想だから話しかけてやってる」みたいな顔。そんな自分たちのことを、私のような脇役にも優しくする、マンガの主人公みたいだと勘違いしているところ。



おまけに、アニメやラノベのイラストを見ただけで、「気持ち悪い」と言いたげな顔をするところ。そうやって、外見だけで「オタクが見るもの」と決めつけて、その作品の奥深い中身を知ろうともしないから、会話の内容だって、虫に喰われたどんぐりみたいにスカスカなんだろうな。



今日もそうやって、「6組の彼」という言い回し。男女で会うというだけでそういう話に持っていこうとする馬鹿な連中にほとほと呆れる。



男子だってそうだ。今も、4人ぐらいのグループで、こちらに気づかれないようにチラチラと見ているのが分かる。私が彼らと目を合わせようとすると、何もなかったみたいに4人で話しているふりをする。



亀井くんだけは違った。

作品に対する愛情と、下心のない会話。



私がこの高校生活で唯一、胸を張って友達と言える人だった。


会いたい。父さんの出した条件を満たすためじゃなくて、純粋に話がしたい、顔が見たい。


亀井くんに会いたい。





眠くないのに、机に伏したような姿勢でいると、隣に人の気配があった。


どうせ、またあの子達だ、そう思った。腕に匿われた暗闇にいても何と無く分かる。


特に用事がなくても、わざわざここまで来る彼女たち。


うっとうしい。





「藤田『くん』」



えっ…。



「ご飯、もう食べた?」

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