第33話 これから

声が聞こえた。


私が今、1番求めていた、亀井くんの声。


もう、口も聞かれないと思っていたのに。


嬉しかった。心に開いた大きな穴を、埋められたようだ。大袈裟じゃなくて、死ぬほど嬉しかった。


「ご飯を食べたか」と、笑顔を向ける亀井くん。私も笑顔で答える。

女だと気付いてもなお、「藤田『くん』」と呼んでくれる。本当に優しい人。


「ごめん、食べちゃった」


「残念…」と、彼は本当に残念そうに苦笑した。


「でも」

私は言う。


「体育館前で食べない?私、体育あるし。あと…、話したいことがあるの」


私は、聞いて欲しかった。




体育館前。


5限まであと20分だから、弁当を少し急いで食べる亀井くんに、ゆっくりと一方的に話した。父さんとの約束のこと、そして、彼はもう知っているだろうけど、私が『アサシンガール』の著者であることを。


亀井くんは、懸命に弁当を頬張りながらも私の話に、丁寧に相槌を打ってくれる。


「私、最低だよね。父さんの出した条件のために、友達になって、女の子であることを隠して、騙して…、本当にごめんなさい」


喋っている途中で、私は、涙が出そうになった。懸命にこらえる。


亀井くんも嫌だったよね。

こんな冴えない女に騙されて、出し抜かれて、プライドを傷つけた。


許されることじゃない。


彼と会うのはこれで最後になる気がした。

最後に、私の言い分を聞いて、怒りをぶつけて、終わると思った。


わがままだけど、まだ、彼に会いたい。もっとずっと、楽しく話していたい。



相槌だけ打っていた亀井くんは、食べ終わった弁当に蓋をして、ようやく言葉を発した。


じわじわと、距離を置かれて、気付いた頃には疎遠になるんだろうな、私たち。



「3巻…、やっと…」


「えっ…」


「やっと見れるよ!3巻!アサシンガールの!よかった…。ていうか、藤田くんが伏見ソウシだったなんて、夢みたいだ!」


予想だにしなかった言葉に、私はたじろぐ。彼は続ける。


「条件クリアだね!もう、友達でしょ!」


「でも、私は女の子…」


「関係なくない?むしろ、女の子の視点で、アニメとかラノベの感想聞けるから、楽しいじゃん!」


「でも、こんな目立たない女…」


「いいじゃん、暗殺者みたい!レイナみたいでカッコいいよ!」


アサシンガールの主人公レイナは、目立たない私の、理想の姿。

目立たないならいっそ、こんなカッコいい女暗殺者になりたい。そういう思いで書いた、私の自慢の主人公。


こらえていたはずの涙がポロポロと落ちて、顔がくしゃくしゃになった。


レイナを認めてくれたことは、私の今までの全てを認めてくれたようで、嬉しかった。


「ご、ごめん!なんか、まずいこと言った?」

亀井くんが私の泣き顔を見て、慌てる。


「ううん、ありがとう…」


彼が、少しだけホッとしたようだ。


「とにかく、これからも僕は、藤田くんの友達で伏見ソウシのファンでありたい。もう、些細なことで、拒絶したくないんだ。人とちゃんと向き合っていたい。その結果として、こうして藤田くんが、僕に秘密を打ち明けてくれたことが嬉しかった。だから…」


だから…。


「僕も、打ち明けるね。信じてくれないだろうけど」




キーンコーンカーンコーン。


チャイムが鳴った。


「やっばい、また今度!」


そう言って、教室の方向へ走る。


慌てる彼の背中を見て、思わず、間が悪いな、とクスッと笑ってしまった。



さて、私も、この泣き顔をどうにかしないとな。



そう焦っているはずなのに、気持ちの良いほどに、心は躍っていた。

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