第28話 整然と静止と…

約束の時間の5分前、河川敷に着いた僕の前に、7部丈のジーンズと黒いTシャツを着た美少年の藤田くんがいた。


「早かったね、亀井くん」


「うん、約束の時間はしっかり守りたい主義でね」

ふざけ調子に答える。


じゃあ行こっか、という声で僕たちは河川敷をあとにした。




藤田くんの家は、一言でいうと立派だった。


マンガみたいな豪邸ではないが、僕の家なんかより2倍は広くてオシャレだ。白を基調とした綺麗な外装と、敷地の前に立つ西洋風の豪華な門扉。


中に入ると、玄関は吹き抜けになっていて、二階の廊下や部屋のドアが見えた。



彼の母親らしき人が出迎えてくれる。


「あら、こんにちは!どうぞ上がって」


こんにちは、おじゃまします、と返す。


美人なお母さんだ。八百屋のおばちゃんといい勝負。藤田くんはお母さん似かな。丸い輪郭とパッチリとした目元。



友達が来ることがそんなに珍しいことなのか、藤田くんに笑みを向ける。藤田くんは嫌そうにチラとだけ母親を睨む。



藤田くんの部屋は、男子のものとは思えないくらいに綺麗な部屋だった。全体的に整然としていて、匂いも男臭さを一切感じさせない。閉まりきったタンスの中も、きっと外側と同じように整頓されているのだろう。



「じゃあ、さっそくしようか」


そういって、棚の中にこれまたキレイに収納された据え置き型ゲーム機とテレビに接続するケーブルを取り出して、画面が見やすい高さに調整するための台に置かれたテレビと、それをつなぐ。


それを黙って見守る僕は、少しだけ退屈だったので、僕のとは全く違う属性の、彼の部屋をキョロキョロと見渡していた。


机の上に、紙の束みたいなのが置かれているのを見つけた。右上の角には穴が開けられていて、そこに黒い紐を通している、厚い束。


なんだろう、あれ。


「ちょっと、やめてーーー!!!」


「えっ」


机に目を落として、紙の束の正体を確認しようとした僕は、驚いて声の方向に首を半回転させた。


しかし。


あわてて僕のところに駆けつけようとした藤田くんは、テレビとゲームをつなぐケーブルに足を引っ掛けて、そのまま僕の方に飛んでくるような形になった。


その拍子に接続が途切れ、プチっと、テレビが暗転する。


「えっ、ちょっ」


僕は、ちょっと待って、とばかりに咄嗟に肘を曲げた両手を前に出した。


僕は、倒れこむ勢いに倒されて、背中から倒れた。



「いってて」


頭を少し、強く打った。痛い、よりもふらっとした感覚の方が強い。



上には、藤田くんがいて、前に出した両手は、藤田くんの胴体にあるけど…。




違和感があった。


頭部とか意識じゃなくて、両手に。



正確に言えば、両手の感触に。



マンガやアニメで使う擬音なら、間違いなく「プニッ」てなるのが正しい、水風船みたいな柔らかい物体。



両手で、そのプニッとする塊を奇跡的にキャッチしていた。



整然とした部屋の、時間が止まったように静かな空間。


プチっと、電源の切れたテレビと…。


プニッとした感触。



藤田くんが胸元にある、僕の両手を見て、静止した。


僕の両手が、何を掴んでいるのか。


お互いに、何秒かして事態に気付いたようで、次第に顔がかああっと、赤くなった。



「きゃああああ!!!!」


「えっ、ちょっ、ごめん!!」




バチンッ!!!


目をつむって放つビンタは、僕の左頬を確実に捉えた。






藤田くんは、藤田『くん』じゃなくて藤田『さん』だった。






藤田くんは、女の子だった。

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