昨日も今日も、次の日も

村むらさき

01、

「カビが生えてますね」

 銀色の小さなラッパみたいな器具を耳に突っ込んだ途端、耳鼻科医は私に告げた。

 カビ。

 何が起きたのか分からないままに、私は病院によくある硬い白いベッドに寝かされ、肩を抑え込まれながら、左耳を、どーどーと洗浄された。仰向けの姿勢で首だけを横に倒している。頭の上では、何やらかちゃかちゃと金属音がして不安になる。なんとか目だけ動かして音のするほうを見ようとすると、どうやら頭が動いていたようで、今度は頭を抑え込まれる。「次は何をするんですか」と震える声で聞いてしまいたいのを必死に我慢してギュッとこぶしを握ると、それさえも叱られてしまった。


「おだいじになさいませ」

 とってつけたように、白衣の人たちが次々と言って、私は余計に途方に暮れてしまう。「耳にカビを生やしてしまってすいません」と頭の中で答えながら声に送り出されるようにしてお向かいの薬局へ向かう。

 私は、こどものころ、このシステムが不思議でたまらなかった。大嫌いな病院とぶかぶかのスリッパにやっとおさらばできたと思ったら、病院に似て妙に清潔ぶった建物に連れて行かれる。自動ドアをくぐるとまた、ぶかぶかのスリッパが待っていて、てらてらした床を滑るようにして歩くと母に「きちんと歩きなさい」と窘められる。待合室の冷たいソファに腰かけると私の心臓はまたどきどきしてきて不安でたまらなくなる。

「注射しない?」

「しない。お薬貰うだけ」

 薬局にきているだけなのに、注射の有無を聞く私に、うんざりしたように母が答えてくれる。そう言われると安心する。一番怖いのは、「たぶんね。でも、もしかしたらするかも」という母の曖昧な返答だった。幼い私には、難しいことなんてわからない。病院と薬局は同じような場所だった。






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