数字の森の白雪姫

オタクの朝の日課。

「おはよう！」

「おはー！」

普通の女子高生達の挨拶し合う脇をすり抜けて、うつむいたまま前かがみ気味に歩く私。

あまりに存在感がないためか、下駄箱の右隣の塩沢さんが振り向きざまに「ひぃ！」と小さい悲鳴をあげた。

向こうからしてみたら貞子同然である。

私の毎日の日課は、2階の職員室の廊下側の壁の掲示板。

数学の山田先生が、趣味の一環で数学オリンピックの出題例などの問題を張り出してある。

脇の小さなダンボールが提出ポストで、その脇に張り出しと同じ問が印刷された小さなプリントが何枚か用意されている。私はこれを、バレないように持ち出すのが毎週の私の日課。

理数科にバレないように気をつけることが重要である。

理数科のプライドを逆なでしようものなら私の高校生活はもっと肩身の狭いものになるだろう。(ただの被害妄想)

数学オリンピックとは数学1Aの範囲から出題される数学選手権大会。

正確には国際数学オリンピック大会(IMO)で、予選から勝ち抜いた4名が日本代表として世界大会に進出できるものである。

IMOの受験資格は高校２年までなので、高校3年の私には出場権はない。

IMO自体には興味はなく、問題を解くこと、その解答の美しさへの追究が好きなだけ。

ただの独りよがりのオタクの嗜みである。

ちなみに、美しい回答はここに張り出されるのだが5週連続私がはなまる解答(ふふふ)

次が、理数科の九重ガク。

数学の美しさとは、数式がいかにスマートで簡潔的なものであるかはもとより、数式のシンメトリックなどの美術的な要素も『美しさ』の要素だ。

ちなみに世界イチ美しい公式と言われているのが、オイラーの公式。

『eｉπ＋1=0』

長くなるのでこの辺に…。

私はいつも偽名でIMOになぞらえてIMO子(芋子)のネームで出している。

誰も気づくまい。ふふふ

プリントをこっそり拝借して、教室に向かう。

1、2組は理数科3、4組は普通科。

今日も理数科2組前は九重ガクを取り囲む取り巻き女子達で騒がしい。

私のクラスは普通科の3組なのでこれを超えていかないといけないのは、私にとって「苦痛」の何ものでもない。

何が「苦痛」に値するのか。

それは彼女達の好奇な視線は必ず文字(数)という形で発せられる。

「あっ牧内さんだ。」

この、9文字の言葉。

挨拶をしていいのか、無視するに値 するのか…。

無視しようもんなら「キモ。」の2文字

挨拶すれば「…。」挨拶されちゃったよという視線と0文字の返答。

この彼女達の反応への“美しい反応”を考えると、答えなどでやしない。

答えのない世界は私に意味をなさない。

数学の世界では、数字で作られた神様の産物である世界をより美しく証明し表現することにある。

答えのない無限の世界∞は苦痛。そう。

‥∧__∧

9 ´∞｀ 2「苦痛なのだ。」

らしくないダジャレはその辺でにしときましょう。

今日は8人の取り巻き…。

8の約数の和は1、2、4。計7

今日は5月7日。あ、ラッキーな日かも！

しかも両方素数♡

この「苦痛」で下がった気持ちを数字達は私を浮上させてくれる。

そんな風に一喜一憂しながら賑やかで華やかな集団を横切る。

3-2の九重ガク。

生徒会長で、何かと話題になる学校王子。

まぁ世間一般で美形なのかもしれないが、わたしには興味がない。

生徒会長挨拶でキャイキャイ言われようが、

ファンクラブならぬものが存在しようが全く興味がない。

唯一興味が湧くなら…。

水泳部で鍛え上げられた肩の『逆三角形』と言われるもの。

両肩の点を結んで、三角形を描く場合二等辺三角形になる点と、正三角形になる点は体のどこに当たるのかくらいだ。

数学オタクの変態ではあるけど、舐め回して見ていたらそれこそ変態になるので妄想だけにしておこう。

取り巻きに袋叩きにされてしまう…。

私は世の中の男の美形と呼ばれる美しさよりも、数学の定理の美しさの方がよっぽど心惹かれるものがある。

人間の男など、フランクモーリーの定理で正三角形ができることが証明される美しさに比べたらハエよ！ハエ！

と思っている普通科3-3牧内リナ。

不覚にもこの時、さっきのプリントを落としてしまったらしい…。

「数学は、それを正しく見定めれば、真実だけでなく究極の美をも備えている。冷酷で厳格、絵画や音楽の華美な罠のない美を。ーバートランド・ラッセル 」