嘘つき後輩と正直先輩の三段論法

喜怒楽 愛

うそつき

「人間は嘘をつく。私は人間だ。故に私は嘘つきだ」

「…………突然なんですか?」


と言いつつも、僕は大して驚いてはいない。先輩のこんな発言はよくあることだから。いい加減慣れるさ。


「この三段論法は成り立つかを検証せよ!」


先輩は女性らしい細くて美しい人差し指で真っ直ぐに僕を指す。その仕草が立ち振る舞いがあまりに様になっていて、つい検証しなきゃと思ってしまうのは先輩の魅力の成せるわざなのだろう。もっとも本当に検証に付き合うほどの変わり者は僕ぐらいだろうけど。

いつものように僕と先輩は放課後の第二図書室に二人っきりでいる。

先輩は街を歩けば百メートルに一回は声を掛けられるほど抜群の顔立ちとプロポーション。

学業でも入学以来学年一位を独走。全国模試でも常に一桁台をキープ。

運動神経も抜群で得意のテニスはプロに勝った事があるほどの実力者。

頭脳明晰、文武両道、眉目秀麗……先輩を表す単語はいくつもある。誰もが彼女の美貌に才能に実力に圧倒される。そして誰もが口を揃えて言う。


ーーーー彼女はだ。と


そう、これだけ完璧超人の先輩が何故眼つきの悪さと捻くれ者、ついでに言えば嘘つきとして、 真っ先にこの第二図書室へ島流しにあった僕なんかと二人っきりでいるかというと、単に先輩の奇行が原因なのだ。

先輩とデートに行けば、好奇心の赴くまま自由に奔放して、相手の男が呆れていなくなったことすら気付かない上にそもそも誰といたのかも忘れてしまったり。

ある日突然、時代はスポ魂だよ! と言い、当時所属していたテニス部全員とフルマラソンを強行(当然、完走できたのは先輩のみ)してみたり。

物理の授業中、エンディングが見えた! と呟き謎の公式を黒板いっぱいに書き量子力学多次元並行世界確立のための超高速微粒子拡散発生装置の開発論(難しい過ぎて何一つわからない)を展開するなどなど、それはそれは数々の逸話を残しておられる方なのだ。

それ故、本来は学内カーストの最上位として輝かしい学校生活を満喫できるはずが、こんな校舎の隅っこにある司書の爺さんが趣味で集めた各分野の専門家しか読まないような本で溢れかえった第二図書室なんぞに島流しにあったうえに僕なんかとこうして突拍子もない話しをしているわけだ。


「さあ! シンキングタイムは終了だよ。回答をどうぞ!!」


まあ、島流しにあっている当の本人はそんなことは気にもしないで今を楽しんでいる。そんな先輩を見てるとこの人はただの変人ではなく、自分の内側からくる衝動に正直に生きているだけなのだと思う。捻くれ者で嘘つきの僕とは正反対だ。


「そうですね。成り立ちません」

「へぇ〜。断言する根拠は?」


先輩の妖しく光る瞳が真っ直ぐに僕を見つめる。心拍数が徐々に上がってくるのがわかる。だが僕は嘘つきだ。自分の内側からくる衝動など抑えてみせよう。


「……まず情報を整理します。ここで確実なのは【私が人間である】ことです。自己申告なので定かではありませんが、自分を人間として認識できるぐらいの自意識はあるということ。そのレベルの自意識を自己申告できるのは人間と断定していいでしょう」

「続けて」

「次に【人間は嘘をつく】ですが、全ての人間が嘘をつくとは限らないので【人間は嘘つき】とは断定できません」

「それで?」


続きを促す先輩の表情には妖艶さを秘められている。その強力な誘惑に流されないように続ける。


「最後に【私は嘘つきだ】ですが、本当に嘘つきの発言であれば【嘘つきである】という事実が嘘になります。逆に正直者だった場合は【嘘つきだ】という発言が嘘になります」

「うんうん。後輩くんはクレタ人だったんだね」


今度は幼い子どものような屈託ない笑顔の先輩。ギャップに萌え死にそうだ。もちろん、そんなことはおくびにも出さずに僕は結論へ向かう。


「以上の観点から【人間は嘘をつく。私は人間だ。故に私は嘘つきだ】の三段論法は成り立ちません」

「ブラボー! さすが後輩くん! 面白い回答だよ!!」


賢い愛犬を褒めるように僕の頭を撫でまわす先輩。う〜〜ん……どこまで本気かわからない人だ。どこまでも本気なんだろうけど。


「それでこの言葉遊びにどんな意味があるんですか?」

「ないよ。ちょっと思い付いただけ」

「……先輩」

「冗談冗談。自称【嘘つき】の後輩くんがどういう反応するか、興味があってね」


本当に心の赴くまま正直に生きている人だ。


「なら、先輩はこの論法をどう解釈するんですか?」

「私? そうだねーーーー信じる」

「えっ?」

「人間は嘘をつくものだと思うし、私は人間なんだと思うし、そして私は嘘つきなのだと信じる」

「それだと嘘つきの言うことも信じるってことですか?」

「うん。だって嘘が必ずしも悪いこととは限らないでしょ? 逆に真実が良いことは限らないしね」


先輩の言葉が嘘でないのは嘘つきである僕にはわかる。嘘であれ真実であれ心の内側からくる衝動に正直に従う先輩はその真っ直ぐさ故に辛い想いも沢山しただろう。そうでなければ今こんな所にいるべき人じゃない。

飛び抜けた力を持った人もまた捻くれ者や嘘つき同様、虐げられてしまう。それでも先輩は人を信じると言える。なんて強い人なのだろう。僕には到底無理だ。嘘ではぐらかすのが限界だ。

そうでない先輩みたいな人が虐げられる真実とは何なんだろうか……


「真実は残酷ですね」

「……うん。だからきっと嘘は優しいんだよ」


出会って初めて憂いを帯びた表情を見せる先輩。何かを断ち切るようにその魔眼とも言える大きな瞳を閉じ、ゆっくり深く息を吸い込むと意を決したように続ける。


「真実は残酷だ。だから嘘は優しい。故に嘘つきは優しい」

「……また検証すればいいですか?」


僕が尋ねると先輩は この検証は私がするよ。と言い僕の手をそっと握ってから続ける。


「私は優しいものが好きである。君は嘘つきである。故に私は君を好き」


先輩の手から温もりと一緒に想いが伝わってくるのがわかる。どれだけ言葉を重ねても、言葉では伝えきれない想い。本当に真っ直ぐな人だ。


「ーー僕は先輩のこと、嫌いです」


そっぽを向き、できる限り素っ気なく言う

ーーーーでも、繋いだ手だけは離さず強く握り返す。一瞬驚いた先輩だったが優しく微笑むと僕の耳もとでそっと囁く。


ーーーーうそつき。

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