セカンドステージ

闇の商人

 俺はいつものように作物の世話をしていた。

 この辺りは乾燥地帯であり、水の管理は重要だ。井戸からくみ上げた水を軍の放水車を使って散水する。消火用の大仰な装備なのだが、定期的な整備点検は必要だ。まあ、俺がその任務をしてやるついでに畑に水を撒いているだけなのだがな。公私混同だと非難されそうなものだが、此処で採れた作物は全て砦の厨房に回しているので文句を言うやつは一人もいない。

 散水を終え装備を片付けている所へ一人の人間の男がやってきた。この男はテラの父親で名前をランドラーという。

 彼はここまで走ってきたようで額に汗を流し肩で息をしている。

 何か焦っている。

「どうした。ランドラーさん」

 ハアハアと荒い呼吸をしながらランドラーが答えた。

「ハーゲンさん。娘が、テラが、倒れたんです」

「軍医には見せたのか?」

「ええ、リオネ様にお見せしたのですが、急いでハーゲンさんを呼んで来いと言われまして……」

「わかった」

 俺とランドラーは放水車に乗り砦へと戻る。


 軍医リオネとは旧知の仲だ。彼女は腕は確かなのだが高慢で口が悪い。そのせいかこんな辺境へと飛ばされている。まあ、俺の同志みたいなものだ。ちなみにこの砦に医師は彼女しかいない。

 砦に着いたところで整備士のフェオが出迎えてくれた。

「ハーゲンさん、医務室へ急いで」

 放水車の格納を彼に任せ医務室へと急ぐ。

 医務室へ入るとテラの手を握りった母親のリアが涙を流していた。

「どうしてこんなことに。テラ、目を覚まして……」

 ベッドに横たえられたテラの顔面は蒼白で所々黒い斑点が浮かんでいる。

 黒死病?

 そう疑った俺を察してか軍医のリオネが話し始める。

「黒死病ではない。原因はおそらくコレだ」

 金属製のトレイに乗せられたコレとは、淡く輝く紅い宝石だった。5㎝くらいはありそうな大きな石だった。

 俺が触ろうとすると制止された。

「触るな。この石は何かの回路が織り込んである。回路だ」

 小柄だが高慢なリオネがさらに高圧的な態度を取る。

「もう一度言う。これはだ」

 魔術。

 知らない言葉ではないのだが、俺たちはこの言葉を使わない。

 信仰の篤いこの国ではこの魔という言葉を嫌う。神と正反対の概念だからだ。

 他の文化圏では悪魔、魔法、魔術といった概念も肯定的に受け取られているらしいのだがここでは違う。魔法や魔術と同様の概念をここでは法術と称する。

「隣町のルボラーナで数人死者が出ている。このまま生気が無くなり全身真っ黒になって死亡するんだ。伝染病の疑いかかけられていて、今は隔離検疫している所だな。原因は恐らくこの石。テラはこれを道端で拾ったのだそうだ」

 その話を聞いて俺は真っ先にあの胡散臭い商人アルゴルの顔が浮かんだ。

「恐らく、手に取った者の霊力を吸い上げ、どこかに転送している」

 霊力、命そのものだ。こんなものを撒き命を集めて何をする気なのか。

「テラはどの位持つんだ?」

「魔石をテラから離したのでしばらくは大丈夫だろう。しかし、この魔石と縁が繋がってしまったので油断はできない。何か心当たりがあるのか?」

「ああ」

「行くのか?」

「ああ」

「ならば私も連れて行け」

「え?」

「テラから話は聞いている。その件だろ?」

「相変わらず鋭いな」

「まあな。私にも体験させろ」

 リオネはニヤニヤ笑いながらトレイの魔石をピンセットでつまみ、金属製のボックスへ入れ蓋を締める。それをショルダーバックに入れ斜め掛けに肩から下げた。

「ハリオ後は任せた。点滴を続けろ。切らすなよ」

 ハリオと呼ばれた助手が返事をする。俺はリオネに促され医務室から退出した。


 ゼクローザスの格納庫へ向かうのだが、途中で厨房の従業員に囲まれる。

 テラの母リアの同僚たちだ。

「テラちゃん大丈夫?」

 皆が心配そうに俺たちを見つめる。

「ああ、何とかする」

 とは言ったのだが、解決の目途が立っているわけではない。

 彼女たちはサンドイッチやおにぎり等の食べ物、果実のジュースを手渡してくれる。

「テラちゃんを助けて」

「がんばって」

「私たちのドールマスター」

 彼女たちの声援を背にゼクローザスに乗り込む。リオネは俺の膝の上だ。

 フェオから通信が入る。

「少尉殿。今回は夜間演習という事で出撃許可は取ってあります。名目は夜間における支援砲撃技術の向上ですね。もちろん迫撃砲がバッチリ搭載してあります。思う存分撃ちまくってください」

 コントロールパネルを見ると[追加装備:重迫撃砲120㎜]とある。

 前回と同じ場所で戦うならこれは使えないのだが、無断出撃ではない理由付けの為だから仕方がない。


 砦を出た俺たちは前回と同様、近くの丘陵へと向かう。

 何の約束もしていなかったのだがそこにはアルゴルがいた。

「必ず来られると思っておりました」

 恭しく礼をするものの敬意は全く感じない。

「あの魔石をバラ撒いたのはお前か」

「ええそうです。ハーゲンさん。また怪物と戦って頂きます。勝っていただければ魔石の効果は無効としましょう。あの女の子も助かりますよ」

 なかなかの曲者だ。まだ隠し事はありそうなのだがそのまま戦う事を選択する。

「分かった。へ連れて行け」

 10m×10mの光る門が現れて開く。

 俺はゼクローザスを前に進めその門をくぐった。






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