かいつく!~こぼれ話~
朱音海良
水中で藻掻くような眠気の中で
「おはよう、つくしさん!」
薄膜に包まれるような微睡みの外から聞き慣れたうきうきとした明るい声が聞こえて見ていた夢も忘れるように細く目を開けると何度も触れた髪がさらさらと視界で解けてゆく。
こうして起こされる場合、普通は家族、その他でも大体は同じ家に住んでいる人のはずだが冴えてきた頭がそれを否定して自分の昨日の行動を振り返るも彼女とはいつもの学校からの帰り道で分かれてから顔を合わせていないし、帰宅して施錠もしたはずだ。
「………おはようかいらたん…どこから入ったの?」
ベッドから体を起こそうとしたが彼女が覆い被さっていたので動くのをやめてただ下から細くしか開かない重い瞼のまま目線を合わせた。
「えへー、そんなことより朝ごはん食べるー?」
はぐらかされた。
いつものことだ、知らない間に合鍵でも作ってあっただけのことで特に問題はない、そう流して提案された朝ごはんについて何を食べるか考えようとしたが遠くから緩く睡魔が近づいてきてうつらとして瞼が閉じていき上手く思考が進まなくなってゆき理性でかけた鍵も緩み壊れてゆき普段は閉じ込めていた感情がじわりと顔を覗かせてくる感覚に襲われた。
鍵を拾い扉を閉めそのまま鍵をかけ直しこの情欲を閉じ込め彼女を立たせキッチンに向かうのが正しい朝の手順のはずだが昨夜は深くまでイベントだデイリー更新だとゲームに勤しんでいたこともあり、吸い込まれるような眠気に抱き込まれその扉を閉めることすら私の寝ぼけた頭には出来ず手が隠されていた願いのまま動き、返事をしないわたしに「ねー!何食べるのー!」とスプリングを揺らし無造作にその柔らかな髪をこちらに垂らしている彼女の頬を抑えそのまま口づけた。
「えっ、な、なんっ…ま、まっ」
カーテン越しの淡い陽がふわりと赤く照る頬を見せるも1度開いた感情の扉は閉まらず、逃れようとする彼女に足を絡め紡ごうとする言葉ごと蓋をし藻掻くほどに身を捩るほどにそれを後悔させるように何度も唇を吸い舐め彼女の制服が縒れ皺になろうと構わず息も吸えぬ程に溺れさせた。
そうしている内に離れようと反発していた彼女の手が次第に何か衝動を逃がすように時折強弱を付けながらわたしの服を掴み始めたのに気づき、強くすり抜けないように抱きしめていた腕を少し緩め右手で頬に触れ蕩けたその瞳と目を合わせようとしたがはっとしたように逸らされわたしの右首元に顔を隠されてしまった。
「こういう時のかお、見られるのは、恥ずかしい…かな…」
切れる息を整えながらわたしの首筋に頬を当てた彼女の頭を撫で絡んだ髪を弄びながらつい笑ってしまい鍵のない扉から抜け出たわたしの欲望が溶けた気がした。
「そんなの今更でしょ。」
体を捻り彼女の方を向き行き場の無さそうだった彼女の右手に左手を重ね絡めると返事の代わりかそれが当たり前のように握り返された。
しばしその手を見つめていると思いついたように彼女が話し始めた。
「……ねぇ、制服ぐちゃぐちゃなんだけど。」
少し落ち着いたのか不満そうな顔で自分から顔を近づけてくる。
「うん。」
「あと、髪もぼさぼさになった。」
「うん。」
「しかももう今から出ても遅刻の時間になった。」
「うん。」
「これはもう仕方ないよね?」
「ふふっ」
不満を抱いているような言い訳を並べて何が言いたいのかは分かっている。
「かいらたんの出席日数次第かな~」
「あ!まだ平気だし!」
目をぎゅっと瞑りふーんとむくれる彼女に笑い、それがなんだかこの上なく幸せなように思えて仰向けになり息をついた。
「あー、そういえば」
パチパチと瞬きをして乱れた前髪を直しながら彼女が声をかけてくる。
「どうやって入ってきたかだけど、鍵を壊しただけだよ。」
どうやらそっちの鍵も彼女に壊されていたようだ。
それも想定範囲内だなぁと思いながらも壊された鍵を直すのは面倒だろうなとか鍵を壊される音で起きない自分のことだとか実は今まさに鍵を壊されていてその音に連動して夢の中でわたしは鍵をかけた欲望を解き放ちそれを満たしたわけではないだろうかと生まれていく可能性たちをかき消すために改めて親指でゆっくりと彼女の唇をなぞった。
「夢じゃないなーこれは」
「なんの話…も、もう今触んないでよ…」
滑らせていた指を弱く掴まれる。
少し濡れた瞳に心の敏感な部分を射貫かれぞわりとするあの焦燥感がまた走り形を作り突き上げてくる。
「これはもう壊した本人にしっかり責任取ってもらわないと…」
「ちょっと待って…待ってってばやだ、つくしさん聞いて、も、ばかぁ!」
先程よりも少し高くなった陽で透ける窓越しに走る遅刻の生徒達の声が聞こえる中、わたし達は手を握り唇を這わせ体を重ねる。
かいつく!~こぼれ話~ 朱音海良 @kairaxkogasa
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