悪魔との契約
時は遡り――。
ガルヴァス皇宮に帰還する数か月前、キールは研究室にて自身が開発したシステムの詳細を、タイタンナイツ全員に説明していた。
「――という訳でして、機体と同調することでより性能を発揮しやすくなるのです」
「ホゥ……! ソイツは面白そうだな。あの化け物共を倒しやすくできるってことか!」
「ま、そういうことです」
「ハハハッ……!」
自分と機体を一つにすることで強大な力を発揮する人騎一体システムを聞いて、アレスタンはヴィハックを殲滅できることに嬉々とさせていた。だが、それを不快と感じる者も少なからずいた。
「――そんなものに頼らずとも、我々が奴らに劣るとは限らんのではないのか?」
「!」
「それは私も同意見だ」
「私も」
タイタンナイツのリーダー格であるヴァルダをはじめ、クラネット、エリスもそれに同調する。だが、その反論もキールは予想していたようだ。
「……そう言うと思いましたよ。確かに、あなた方はお強い。しかし、ヴィハックもさらに成長を繰り返し、進化している。とすれば、こちらも何らかの変化がなければ奴らには到底かなわないと思いますが?」
「…………!」
「それに、あなたにはもう失いたくないのではありませんか? ご自分の大切なものを……」
「!」
キールの挑発めいた発言に、ヴァルダは言葉すら何も出ず、ただ歯を強く噛み締め、拳を握り締める。弱みを付け込まれたかのように聞こえたのか、眉を吊り上げる。
その彼を憐れみとも取れる表情と共に、クラネットとエリスは目を向けていた。
「俺はやるぞ」
「! レギル……」
「この国を守れると言うなら、どんな手だろうと、使えるものは使うまでだ。たとえどんな危険があろうとな……!」
「しかし……!」
手段を選ぼうとしないレギルの言動に、ヴァルダ達三人は困惑する。ところが、アレスタンはそんなレギルにシンパシーを感じたのか、嬉々とした表情のまま彼に近寄り、肩をかける。
「面白れぇ! 面白れぇぞ、レギル! さすがは俺が見込んだだけのことはあるぜ! キール、さっさとそのシステムとやらを搭載させろよ!」
「もちろんですよ。あなた方の予想通り、リスクは存在しますが、見返りは十分とれますよ」
「フフッ……!」
いかにも悪だくみをしそうな顔つきをするキールを見て、ヴァルダ達はタラリと冷や汗をかきつつ、無言となっていた。その三人に視線を変えたキールが言葉をかけてくる。
「慎重な対応をしてくるあなた方がそう言うなら構いませんが、何かを成し遂げたいのでしたら、決断は今のうちにした方がいいと思いますよ?」
「「「…………」」」
キールの更なる囁き。その囁きはまさしく、悪魔との契約を持ちかけてきた時と同じ気分だと三人は感じた。それを察したキールは、さらに言葉を続ける。
「もし皇帝陛下でしたら、構わず言い出しそうですね。もっとも、既に許可は頂いていますが」
「陛下が!?」
「ええ。軍備の増強ではなく、個人の力量を上げることに注いでやれ、と……」
「…………!」
キールから頂いた皇帝の言葉にヴァルダは怪しむ。今以上に軍備を拡張するよりも個人の力量を上げるのは的確な発言である。ただ、説明する限りでも充分リスクが伴うこのシステムを認めるのは、人としてどうかと思うのだが、皇帝ならばそれも十分あり得ることであった。
「どうします? このままだと彼らに後れを取りますよ?」
「…………」
(挑発なのは分かっている。だが……)
今のままで終われない。頭に過ったその言葉がヴァルダを悩ませ、口を噤ませる。しかし、キールの提案を受け入れるということは、人としての領分を踏み越えることに近い。いわば、人であることを捨てるようなものだと彼は理解していた。
だが、ヴィハックは次々と勢いを増す上、新たな個体も出現しており、自分達だけ、いや全軍投入しても抑えきれるかどうかも分からない。
だからこそ、人の常識を超えた産物で人ではない化け物に対抗するしか方法がなかったのである。そもそも、人を守れるのは人を超えた者にしかできないのだから。
人としてなのか、人であることを捨ててでもか、ヴァルダは二つの選択を迫られた。
「本当に……その力が、何かを守れるのか?」
「それを決めるのは、あなた次第ですよ?」
「……なら、私は――」
そして、時は戻り――。
「この国を守るために力を手にした、という訳か……!」
「ええ。賢い選択を取ったと思いますよ?」
「…………!」
タイタンナイツのメンバー全員が人騎一体システムを採用したことに、ヴェルジュは驚愕する。しかもタイタンナイツの中でも実力の高いヴァルダがそのシステムを機体に搭載させたことは何とも予想外だったのだが、力を手にすることに焦っていたのも理解できる。
実際、彼はロードスの悲劇にて失ったものが大きかったからだ。失うことに忌避的になるのもしょうがないだろう。もしも自分だったら、同じ選択をしていたのかもしれない。
「それで、今出撃している五人全員は、〝抗体〟を手にしているということか」
「はい。これなら、連中を圧倒できる――と思っていたんですが……」
人騎一体システムを投入することはアドヴェンダー自身にも何らかの措置、すなわち〝抗体〟を身体に投入する必要がある。それによって、機体の反応速度を上げることができるはずなのだが、イマイチ効果が見られていなかったのである。
「その割には、ずいぶんと時間がかかっているようだな?」
「……初めにあの黒いシュナイダーを見て、もしかして、だと睨んでいましたが、やはり同じシステムを使われていたというのが、真実だったようで……」
「!? まさか、奴らも!?」
「だとすれば、あの運動性も腑に落ちる……!」
レイヴンイエーガーズのシュナイダーが、キールが開発したシステムと同じものを使用していることに驚くヴェルジュ達。
同じシステムで対峙しているならば、拮抗するのは自明である。だが、それ以前に十機のシュナイダーがめぐるましく移動を繰り返しながら火花を散らす戦闘に、彼女だけでなく、オペレーター達も開いた口が塞がらなかった。
その中でキールは薄気味悪い笑みを浮かべる。
「フフフ……! まさか、こんなにも早く、素晴らしい戦いを見せてくれるとは、感謝したいもんですね……!」
「どこがだ?」
「このシステムを実現できる科学者なんて、そういませんよ。もし存在していたならば、あの方々しかあり得ませんから……」
「?」
(あの方々……?)
キールが言う人物に、ヴェルジュは訝しむ。
人騎一体システムは確かに、キールが最初に開発したものだ。ところが、レイヴンイエーガーズがこれに似たシステムを使用しているなら、キールと同じ考えに行き着いた者があちらにいてもおかしくもない。
そのキールは自身の記憶の中で、ある人物を思い浮かばせていた。
「ヴェルジュ殿下、あなただって、知っているはずです。皇族・・として帝国に広く貢献した人物を……」
「! まさか……!」
「そのまさかですよ」
「しかし、あの方は……!」
ヴェルジュもすぐに一人の人物を過らせるが、その人物であることを必死に否定した。なぜなら、その人物はもう《どこにもいない》のだ。
「ですが、もう一人いたはずですよ。私と同じあの方の教え子を」
「? もう一人……?」
「あの時から行方が分からなくなりましたがね……」
ヴェルジュはしばらく長考した後、一人の人物が頭の中に浮かんだ。そして、キールにその身開いた目を向ける。
「やはり、私に立ちはだかるのはあなたですか。……ラヴェリア・ベルティーネ」
キールは、過去に自身の研究と真っ向から対立した彼女が今ここにいることを確信する。そのラヴェリアが開発したアルティメスを逆参画に歪めた口元を作りながらモニター越しに見つめるのだった。
一方、ヤタガラスの艦橋から戦況を確認していたハルディ達は、大型モニターに映るシュナイダー同士の戦いを、その高度なまでの戦いに圧倒されていた。
「これが……アドヴェンダーとシュナイダーが一体化を果たした者同士の戦い……!」
「けど、あちらも〝
「……ルーヴェから聞いてはいたけど、まさか本当だったとはね」
以前、ルーヴェからラヴェリアと共にヒュペリオンに隠された機能を聞いていたハルディは、その時は半信半疑だったものの、今の状況を見て、それを確信せざるを得なかった。
何しろ、人騎共鳴システムはラヴェリアが独自開発を行ったシステムだと語っていたのである。だが、あちらにも同じものがあるとは考えもしなかったのだろう。情報が洩れているのではないかと思われるが、これを作り出すなどそう簡単でもない。
その上であちらが独力で開発したのならば、同じ考えを持つ者がいてもおかしくないのだと結論付けることができる。もっとも、あちらも同様に驚いているかもしれないが。
となると、機体性能は互角と言ってもよい。機体性能、似通ったシステムの衝突が起きれば、簡単に決着はつかないだろう。もし決着をつけられるとしたら、それはいち早く機体性能とシステムを十分に引き出せる、強い・・人間が勝敗を決めることになる。
もっとも、身体機能が高い者ということもあるが、それだけでは機体と一体化させるシステムを使いこなせることはできない。もし相手が同様のシステムを使っているのなら、同じ欠点を抱えてもおかしくないからだ。
いったいどっちが強いか。それは、アドヴェンダーの意志がこの先の運命を決めるかもしれない。
――ガァアン!
とんでもなく固い鈍器が同じ素材のものと衝突したかのような鈍い音が鳴り、その衝突を生み出した得物を抱える二機のシュナイダーは、互いの敵を認識しながら見合っていた。
「っ……!」
「しつこい……!」
ポセイドルクスとキュベレイア。
同じ長物を手にした両者はそれらをぶつけ合い、ペースを掴もうと内蔵される武装を展開しながら一進一退の攻防を繰り返した結果、彼らの周囲に建てられていた建物は傷つき、見るからに破壊の痕が所々に刻み込まれていた。
「こりゃあ、確かに難関かもな……! だが、これほど歯ごたえのある相手は久方ぶりだ!」
膠着状態のまま、長引く戦闘で息を切らしていた道扇であったのだが、簡単に墜とせない相手を目にしても、逆に生き生きとしていた。
強大な力を手にし、これまでアジア連邦やEU連合に潜んでいたヴィハックを相手にしていた彼にとっては、人同士、しかもシュナイダー同士の戦いはあまり歯ごたえを感じていなかったようだ。
しかし、目の前にいる相手が自分らと同じく強大な力を有する存在で、しかも同等の力で渡り合えることに、道扇は喜びを爆発させる。しかもそれが帝国の名誉ある騎士、タイタンナイツなら、なおさらである。
もっとも、その道扇が乗るポセイドルクスと相打つキュベレイアに乗るエリスは、そんな気分にはついていくことすら不快だったようだ。
(何なのよ、コイツら……! ただのテロリストじゃないと思っていたけど、ここまで拮抗されるのは……!)
国に近い規模を誇る都市を一介のテロリストが墜としたことに少し懐疑的だったエリス。
ところが、ガルヴァス皇族からテロリストの討伐を請け負い、すぐに終わるのだろうと戦闘に参加したのだが、予想外にも手こずる羽目になったわけである。
油断というより、彼女の慢心がこの状況を招いたことには違いないが、それ以前にあれだけの技術を生み出すことのできる国家が存在するのかも疑わしかった。だが、目の前で起きていることは間違いなく現実だと理解する他なかった。
(それに、カルディッド卿だけでなく、レギル達も……!)
さらに自身と同じ地位に属するレギル達も、相対するシュナイダーと交え、膠着状態が続いていた。彼らにとってもまさしく予想外の他ならず、加えて時間も過ぎていた。そもそもタイタンナイツにとって、時間は《最大の敵》だというのにだ。
「そろそろ潮時かもしれませんね……」
「何っ!? まだ戦え――」
「戦況を見誤らないでください! また次の機械で行えばいいのですから……」
「!」
これ以上の戦闘を不毛だと感じたキール。それをヴェルジュは反論しかけたところに彼が言葉を遮った。彼の言葉通り、シュナイダーを稼働させるギャリアニウムも少なくなってきているため、これ以上長引くのはよろしくないだろう。
それを含めて、キールはヴェルジュ達に撤退を促す。そこにヴェリオットが近づいてくる。
「確かに、貴殿の言う通り、まだ軍隊の再編も終わっていない。しかし、彼ら五人全員が出動する意味があったのか?」
「ありますよ。実際、彼らが使っているものが何なのか分かりましたからね。それに、レイヴンイエーガーズと糸を引いている人物の正体も……ですが」
「…………!」
「それが分かっただけでも、収穫だと思いますよ。それに、あの機体に対抗できるのは、人騎一体システムを持つタイタンナイツのシュナイダーしかいないことも……!」
(……何て奴だ。敵の情報だけでなく、奴自身が開発したシステムの有能性を見せつけるとは……!)
一回の戦闘でかなりの収穫を出したキールを見て、ヴェリオットとグランディは彼が生み出したその力に、慄くのだった。
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